巻頭言

世界で輝くWASEDAとICTの活用

田中 愛治 (早稲田大学 総長)

 今日の日本の大学において、社会に貢献し得る人材を教育し輩出するためには、ICT(Information and Communication Technology)の活用は必須の要件と言えよう。その中で、今後の日本の私立大学が教育研究においてどのようにICTを活用すべきかについて、私見を述べたい。
 私は昨年11月に本学総長に就任したが、就任当初から掲げているのは「世界で輝くWASEDA」を目指すという目標である。その目標の背景には、本学の創設者・大隈重信が建学の精神である三大教旨として、「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の活用」を述べた事にある。大隈は、「世界に役立つ学問」を行い、「その学問を社会に活用」して教育を行い、「一身一家一国家のみならず、進んで世界に貢献する抱負を持たなくてはならぬ」と説いた。
 これを今日風に表現すれば、ICTのような最先端の学問の成果として世界で活用されているテクノロジーを、教育に反映して世界に貢献する人材を育成することを意味する。それを目標とすると、「世界で輝くWASEDA」となろう。
 その上で、私が教務担当の理事の時から強調してきたのは、全学のすべての学部に提供できるアカデミック・ツールの教育である。これを全学基盤教育と呼んでいるが、その定義は、大学というところで学問を学ぶためにも必須で、かつ社会に出ても知的な職業に就けば必須となるアカデミック・ツールである。
 全学基盤教育には、①日本語を母語とする学生に論理的に日本語の文章を書く教育である「学術的文章の作成」を、②英語を母語としない学生に論理的に英語の文章を書く教育Academic Writing & Discussion in Englishを、③文系の学生にも論理的思考を教える「数学基礎プラスα」等の数学科目を、④AIによるビッグデータの分析へ導く「データ科学入門」を、さらに⑤「情報科学の基礎」を提供している。「情報科学の基礎」は、どの学部の学生もICTを利用した教育を受ける上での必須のアカデミック・ツールである。上記の基盤教育の5部門のうち②英語の教育以外は、すべてeラーニングによるオンディマンド型の授業形態をとっている。
 それらの基礎の上に、本学は2017年12月にデータ科学総合研究教育センターを設置した。この構想は、私が教務担当理事の時からその重要性を認識しており、私がグローバルエデュケーションセンター所長の時に、現在のデータ科学総合研究教育センター所長の松嶋敏泰教授と議論を重ねてきたもので、全学の学部と大学院の研究科の学生、院生、助手、ポスドク、教授らにも開かれたセンターである。
 データ科学を一つの学部として設置せず、全学のどの学部・研究科とも連携を取れる形にしたことに重要な意義がある。例えば、クレジット・カードの数千万人の利用情報をAIで分析する場合、高度なビッグデータの分析手法を用いたとしても、その分析結果の解釈は消費者行動の計量分析を専門とするビジネス・スクールか商学部の教員や院生らの解釈なしには、実社会に貢献できる形での報告はできない。
 別の例では、本学ではデータサイエンス・コンペティションを2019年7月27日に開催したが、理工学部からも多くの学生の応募があり、機械学習など高度な分析を用いたプレゼンも多い中で、優勝したのは政治経済学部政治学科の学部生だった。やはり、高度なデータ分析とその結果を解釈できる専門知識との融合が重要であるということを示した一例となった。
 今後は、このようなデータ科学と各専門分野との連携が重要である。同時に、ICTの活用も、データ科学に基づく実証的な根拠を示すevidence-basedな議論の展開も、理系と文系の壁を越えた連携なしには、現実社会に貢献できる人材の育成が難しいということを、我々はよく理解しておく必要があろう。


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】