特集 AI時代の人材育成
森 晃憲(文部科学省大臣官房審議官(高等教育局及び科学技術政策連携担当))
近年、人工知能(AI)、ロボット、Internet of Things(IoT)、ビッグデータ等の技術の急激な進化により、グローバルな環境において、情報、人、組織、物流、金融など、あらゆる「もの」が瞬時に結び付き相互に影響を及ぼしあう新たな状況が生まれてきています。これにより、「第4次産業革命」と言われる産業構造の転換や、「Society 5.0」と呼ばれる未来社会の到来が見込まれています。将来的にはAIやロボットによる職業代替の可能性も指摘されており、就業構造の劇的な変化など、これまでの直線上にない予測不可能な時代が私たちを待っているかもしれません。
このような社会の到来を見据え、中央教育審議会において「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(平成30年11月26日)が取りまとめられました。答申では、2040年頃までに社会は、「SDGs(持続可能な開発のための目標)」、「Society5.0・第4次産業革命」、「人生100年時代」、「グローバル化」、「地方創生」の5つの側面で変化していくと指摘し、これからの高等教育改革を考える上でのメルクマールとして位置付けられるべきものとされています。そして、そのために今後実現すべき方向性が3つ提示されました。
① 学修者が「何を学び、身に付けることができるのか」を明確にし、学修の成果を学修者が実感できる教育を行うこと。このための多様で柔軟な教育研究体制が整備され、このような教育が行われていることを確認できる質保証の在り方へ転換されていくこと。
② 18歳人口は、2040年には、88万人に減少し、現在の7割程度の規模となる推計が出されていることを前提に、教育の質の維持向上という観点から、規模の適正化を図った上で、社会人及び留学生の受入れ拡大が図られていくこと。
③ 地域における高等教育のグランドデザインが議論される場が常時あり、各地域における高等教育が、地域のニーズに応えるという観点からも充実し、強みや特色を活かした連携や統合が行われていくこと。
この方向性に基づいた諸施策が2040年までに実を結び、教育と研究の機能が十分に発揮された高等教育を通じ、我が国そのものが新しい価値を生み出す国へと発展していくことを期して、必要な政策が着実に遂行されていくことが求められています。
また答申は、今後の社会を牽引する人材に必要な素養として、読解力や数学的思考力を含む基礎的で普遍的な知識・理解と汎用的な技能を文理横断的に身に付けていくことが必要であるとしています。これに加え、数理・データサイエンスに関する知識・スキルを基盤的なリテラシーと捉え、文系・理系の区別を超えて全学生が共通して身に付けていくことが重要であると指摘しています。予測不可能な時代だからこそ、多様な知識を組み合わせて新しいものを生み出していく力が社会の支えになるため、こうした力を備えた多様な人材の育成を求めています。
令和元年6月11日、統合イノベーション戦略推進会議にて「AI戦略2019〜人・産業・地域・政府全てにAI〜」が決定されました。「人間中心のAI社会原則」(平成31年3月29日統合イノベーション戦略推進会議決定)に基づき、実現すべき未来のビジョンを共有した上で、AIの社会実装を推進するための戦略を策定したものです。教育については、従来の「読み・書き・そろばん」に代わって、デジタル社会においては「数理・データサイエンス・AI」の三拍子が必要であると示され、2025年までの実現を念頭に、今後の施策目標が設定されています。とりわけ高等教育段階においては、年間約50万人の大学・高専生全員が数理・データサイエンス・AIに関する知識を習得する目標が示されています。これを「リテラシー教育」と称し、学部1〜2年生段階を想定しています。さらにその上のレベルに「応用基礎教育」を掲げ、年間約25万人の育成目標を掲げています。これはいわゆる理系学生と人文社会学系学生の30%相当を念頭に設定された目標で、対象としては学部3〜4年生段階を想定したものです。
図1 AI戦略2019 人材育成について
出典:統合イノベーション戦略推進会議(第5回)資料
リテラシー教育では「初級レベル」の標準カリキュラム・教材の開発と全国展開を2019年度に実施し、その翌年の2020年度には「初級レベル」の認定コースを導入することとしています。また、カリキュラムに数理・データサイエンス・AI教育を導入するなどの取組み状況等を考慮した、大学・高専に対する運営費交付金や私学助成金等の重点化を通じた積極的支援も行うこととされています。2022年度にはすべての大学・高専の学生が初級レベルの教育を履修できるようにするためMOOCや放送大学を活用した、誰もがいつでも数理・データサイエンス・AIを学べる教育環境を創り出すことも提起されています。50万人という、すべての大学・高専生に教育を展開していくことはとても壮大な目標ですが、Society5.0の実現に向け、我が国の国際的プレゼンス向上と産業競争力の抜本的強化を図る中で、その基礎となる数学的な考え方やデータサイエンス教育の普及は必須かつ急務であることに違いはなく、関係各位が叡智を結集して取組まなければならないと考えています。
応用基礎教育では約25万人の大学・高専生が、自らの専門分野への数理・データサイエンス・AIの応用基礎力を習得することを目標としています。応用基礎教育では「応用基礎レベル」の標準カリキュラム・教材の開発と全国展開は2020年度に、「応用基礎レベル」の認定コースの導入は2021年度を予定しています。また、外国の優良教材の活用を含むMOOCの活用拡充、外部専門家、AI×専門分野のダブルメジャー等の学位取得が可能となる制度活用など、これらの学習・学修を経験できる環境を整備し、いわゆる数理・データサイエンス・AIの知識・技能・基礎力を他の専門分野により高度に応用できる人材を育成することとしています。
2020年度に初級レベル、2021年度に応用基礎レベルの導入を予定している「認定コース」とは、大学・高専の卒業単位として認められる数理・データサイエンス・AI教育のうち、産業界のニーズも踏まえた優れた教育プログラムを政府が認定する制度(認定制度)を構築、普及促進するというものです。この認定制度は、2019年度に企業・大学・高専・高校等の関係者による議論を経て、認定方法やレベル別の認定基準、産業界での活用方法を検討し、制度を創設することとしています。認定については、内閣府・文部科学省・経済産業省の3府省で行うことを予定しており、学生はその認定された教育プログラムを学ぶことで、例えば就職活動時にアピールできる仕組みとするなど、産業界で活用できる仕組みを検討してまいります。
文部科学省においては、入口から出口までを見据えた数理・データサイエンス・AI教育を促進する取組みを推進していきます。まず、入口にあたる入試では新学習指導要領に対応した2024年度からの大学入学共通テストに向けて、必履修科目「情報Ⅰ」の追加を検討することとしています。教科「情報」に関する問題素案を学校関係者から募集し、モデル問題を検証していきます。大学入学後は各大学が「数理・データサイエンス標準カリキュラム」を参考・活用した教育プログラムの提供を実施することとなります。標準カリキュラムは学生が身につけるべき基本的な素養や、学修成果の評価方法を体系化したものであり、数理・データサイエンス・AI教育を自大学において展開する際に参考としていただきたいものです。標準カリキュラムは学習指導要領改訂や高大接続改革の状況を踏まえ随時改訂するものであり、まずは初級レベルのカリキュラムから着手し、2020年度にはより高度な応用基礎レベルのカリキュラムを検討していきたいと考えています。標準カリキュラムについては国立大学による事業として6拠点大学(北海道、東京、滋賀、京都、大阪、九州)がコンソーシアムを形成し、全国展開を図るとともに、全国の大学で活用できるオンライン教材も開発していく予定です。
図2 大学の数理及びデータサイエンス教育の展開について
さらには、2019年度からは普及推進の協力校として20大学を選定し、全国をブロックに分け(表1を参照)、自大学における全学的な数理・データサイエンス教育を先行的に推進しています。今後、各大学と連携したFD活動や大学横断の人材交流等を図っていきたいと考えています。
表1 拠点大学と協力校について
ブロック 拠点大学 協力校 北海道・東北 北海道大学 北見工業大学、東北大学、山形大学 関東・首都圏 東京大学 筑波大学、宇都宮大学、群馬大学、千葉大学、お茶の水女子大学 中部・東海 (滋賀大学) 新潟大学、長岡技術科学大学、静岡大学、名古屋大学、豊橋技術科学大学 近畿 京都大学、大阪大学、滋賀大学 神戸大学 中国・四国 (大阪大学) 島根大学、岡山大学、広島大学、愛媛大学 九州・沖縄 九州大学 宮崎大学、琉球大学
多くの学生が所属する私立大学においても、数理・データサイエンス・AI教育の先導的取組みが実施されておりますが、これから取組みを開始する大学や文系主体の大学においては、まさに標準カリキュラムや教材、ならびに各地域におけるワークショップ等を参考にしながら、取組んでいただければと考えております。各地域における普及・推進は、現在、国立大学を拠点校および協力校のミッションとしてスタートしていますが、私立大学の皆さま方におかれましては、我が国の未来のために積極的に連携を深めていただくよう、文部科学省としても支援、促進に努めていきたいと考えております。出口にあたる就職では産業界のニーズを踏まえた認定制度を創設し、産学官でその趣旨を共有していくことを目指し、AI戦略にも記載のある通り、今年度中に制度を創設し、各大学の教育プログラムを複数のレベルで認定することを目指しています。
また、「Society5.0に対応した高度技術人材育成事業」では産学連携による実践的な教育ネットワークを形成し、サイバーセキュリティ人材やデータサイエンティストといった産業界のニーズに応じた人材を育成する取組みを支援しています。まず「成長分野を支える情報技術人材の育成拠点の形成(Education Network for Practical Information Technologies, enPiT)」プログラムにおいては、学部段階の学生を対象とした実践的教育を推進するメニュー(enPiTⅡ)と社会人・IT技術者の学び直しを推進するメニュー(enPiT-Pro)の二つのプロジェクトを実施しています。enPiTⅡでは「ビッグデータ・AI」、「セキュリティ」、「組込みシステム」、「ビジネスデザイン」の4分野に分かれ、PBL(Project Based Learning, 課題解決型学修)中心の実践的な教育を実施するとともに、各分野の教育を推進する中核拠点と全体の運営を担当する運営拠点による教育ネットワークを構築し、開発した教育方法や実践により得られた知見を全国に普及することを目指しています。
図3 enPiT Ⅱについて
enPiT-Proでは、社会人を対象に大学が有する最新の研究知に基づき、情報科学分野を中心とする高度な教育(演習・理論等)を提供するため、産学ネットワークを構築し、短期の実践的な学び直しプログラムを開発・実践しています。このように、enPiTプログラムでは主に情報技術(AI・システム・セキュリティ等)を開発し、社会の課題を解決できる人材育成に取組んでいます。
図4 enPiT-Proについて
次に「超スマート社会の実現に向けたデータサイエンティスト育成」プログラムでは、産官学連携により、文系理系を問わず様々な分野におけるデータサイエンスの応用展開を図り、数理・情報的課題解決力を持ち、新しい価値が創造できるデータサイエンティストの育成を目指しています。具体的には、産業界や地方公共団体と連携体制を構築し、ビッグデータや社会における実課題の提供を受け、PBLやインターンシップ等を軸にした教育プログラムを開発・実践しています。このことを通じて、情報技術(データ等)を活用して社会の課題を解決できる人材を育成していきたいと考えています。
図5 超スマート社会の実現に向けたデータサイエンティスト育成事業について
科学技術の進展により、知識の更新と社会の変革が、今後も我々が予測できないスピードで全球的に起こり得る可能性は否定できません。そのことに最も近接している高等教育においては、これまでのようにその時代その社会が求める人材育成をしていたのでは、到底間に合いません。知を創造し、社会実装し、社会変革に対してイニシアチブを取れるイノベーション人材の育成が急務です。そこには文系も理系もありません。
我が国が国際社会において今後もプレゼンスを示し続けるために、そして若者たちが変化の激しいこの世界で活躍できるために、やがてくる社会のパラダイム・シフトに備え、高等教育が先んじて変わらなければなりません。「AI戦略2019」のインパクトは確かに大きいですが、こうした前提に立ち返って議論を深め、大学関係者のみならず、我が国の社会全体を巻き込んだ対話と合意形成により、未来を創造していく1つの契機だと捉えることができるのではないでしょうか。文部科学省は、今後も様々な関係者と対話を重ねながら、必要な施策に全力で取組んでいく所存です。