特集 AI時代の人材育成

平和に資するAI人材を−立教大学の取組み

郭 洋春(立教大学 総長)

1.はじめに

 日本政府は、2019年3月29日の統合イノベーション戦略推進会議で、教育改革の一環として、文系、理系を問わず、大学、高等専門学校の学生ら約50万人を対象に、初級レベルのAIの知識を習得できる教育課程の導入や教材の開発を進めるとしました。そのうち理工系や保健系を中心とした約25万人は、より高度な知識も学べるようにすることも同時に提唱しました。AIに関する習熟度を政府が認定する仕組みも作り、就職などで活用できるように産業界と連携し、社会人が学び直せる教育の機会も提供したいとしています。今や日本社会全体が、AIの必要性を訴えており、いくつかの大学・大学院ではすでにデータサイエンスを中心に、積極的にAI教育を始めています。
 日本政府の「AI人材年間25万人」計画は、単に日本国内でAI人材の不足に対応するだけではなく、AI人材の不足により、国際競争力がさらに低下することへの危機意識の表れでしょう。現に、2019年6月の統合イノベーション戦略推進会議では、「人工知能技術は、近年、加速度的に発展しており、世界の至る所でその応用が進むことにより、広範な産業領域や社会インフラなどに大きな影響を与えている。一方、我が国は、現在、人工知能技術に関しては、必ずしも十分な競争力を有する状態にあるとは言い難い。(中略)ここ数年のビッグデータ等を通じた人工知能技術の利活用に関し、米国や中国の企業等による覇権争いが激しさを増しており、様々な分野で従来の延長線上にない破壊的イノベーションが生み出されてきているが、我が国は、後れを取っている状況である。」[1]との認識を示しています。
 これに先立ち、日本政府は「統合イノベーション戦略」(2018年6月15日閣議決定)に基づき、内閣に統合イノベーション戦略推進会議を設置しました。
 そして2019年3月には『人間中心のAI社会原則(案)について』をまとめました。その中では、AI戦略の基本理念として、①「人間尊重」、「多様性」、「持続可能」の3つの理念を掲げ、Society 5.0を実現し、SDGs(Sustainable Development Goals「持続可能な開発目標」)の貢献。②3つの理念を実装する4つの戦略目標(人材、産業競争力、技術体系、国際)の設定。③目標の達成に向けて、「未来への基盤作り」、「産業・社会の基盤作り」、「倫理」に関する取組みを特定しました。特に、4つの戦略目標の理念(実現する社会)として、「人間の尊厳の尊重(Dignity)」、「多様な人々が多様な幸せを追求(Diversity & Inclusion)」、「持続可能(Sustainability)」を強調しています。[2]
 また、安倍首相の指示で創設された「人工知能技術戦略会議」は、その問題意識として、①世界をリードしていくために我が国が有する現場の強みを踏まえた人工知能技術戦略と、AIとその他関連技術の融合による産業化ロードマップを策定し、その実現に向けて、同会議を政府の司令塔として強化して、各省連携した取組みを進める。②近年のAI技術の利活用の劇的な進展は、データの質や量という観点から検索エンジンなどのインターネットのプラットフォームを握る米国のIT企業が主導し、中国などが追い上げている。③今後拡大するAI市場の取込みと生産性革命等を達成するためには、世界での我が国の立ち位置を考慮して、より戦略的に取組む必要がある。④このため、現在の人工知能技術戦略の取組み状況を踏まえた上で、さらに産業化ロードマップを加速するための、追補的施策と国際ベンチマークに基づく具体的な目標を設定して、産学官が一体となった取組みを深化・加速することが重要であるというものです。[3]
 要するに、世界で急速に進展するAIをめぐる技術開発並びに産業創造に対して、日本は産学官が一体となってAI市場の取込みとそれによる生産革命を達成しようということです。
 一方で、日本ではAIをめぐる研究開発・実用化については米中の後塵を拝している状況です。言い換えれば、21世紀はAIが社会の隅々に浸透し、誰もがその恩恵を受けるとともに、AI社会に対応した人材を育成することが求められているにもかかわらず、いまだ十分に対応できていないということです。それに対し日本政府が、大学に対してAI人材の育成を求め、それに応じる大学を積極的に支援しようとしています。

2.本学のAIへの取組み

 こうした社会状況に対し、リベラルアーツをその教育の柱としてきた本学が、日本初のAIに特化した人工知能科学研究科(以下、「AI研究科」)を2020年4月に開設することにしました。本学が取組んできたリベラルアーツ教育とは、真理を探求し、世界の仕組みを知り、そのために自らに必要な能力を見極めるための基礎教育です。それは目先の利益にとらわれず、世界全体から問題をとらえる知力、予想外の出来事に直面した時に的確な判断を下す洞察力、そして人間社会の一員として未来を担う自覚、これらを兼ね備えた人間を育てることを本学は自らの使命としてきました。それは本学が創設された当時、日本社会が功利主義、実利主義が跋扈する時代風潮においても、キリスト教に基づく教育=人間性を磨く教育を追求し続けてきたのです。
 この理念・考え方は、本学が2020年4月に開設しようとしているAI研究科と軌を一にするものです。本学が開設する日本初のAIに特化した大学院は、機械学習やディープラーニング、さらには社会実装を中心とした科目を設置し、21世紀をリードするグローバルリーダーを育成するのが目的ですが、上述したリベラルアーツ教育にAIを融合することで、21世紀の経済社会の課題に応えうる人材、人生100年時代を構想できる人材を育成・輩出したいと考えています。
 言い換えるならば、これからの本学の教育は、リベラルアーツ×AI=21世紀の経済社会をリードする「グローバルリーダー」を育成することで、社会の発展に貢献したいと考えています。
 特に、グローバル化に伴って複雑化する現代において、特定の専門知だけで社会を見通すことは困難になってきています。その際、本学が創立以来培ってきたリベラルアーツ教育とAIを掛け合わせることによって、分野横断的な広い視野と技術力を併せ持つ、真に社会に変革を起こしうる人材が育成できると考えています。言い換えれば、本学だからこそできるリベラルアーツとAIの融合、それが本学の新たな使命であり、AI研究科を開設する意味があるのです。 
 具体的には、AI研究科では以下のような人材を育成したいと考えています。
 第一は、AIサイエンティストです。これは高度な機械学習やデータサイエンスの知識を持ち、論文から最新のAI技術を実装する人材のことです。21世紀の日本の経済社会、ひいては21世紀の発展に資するAI技術の開発を担う人材といってもいいでしょう。第二は、AIエンジニアです。AI技術をソフトウェアで解析し、実データに対して機械学習を応用できる人材のことです。AIエンジニアは、AIに関する専門的な知識や技術を持ち、ビジネス上の課題に対してAIをどのように使えば解決できるのかプランニングをしていく役割を担います。第三は、AIプランナーです。これは基礎的なAI知識を持ち、エンジニア・プログラマーとして業務活用を企画する人材のことです。社会でAI人材が不足しているという時、AIエンジニアの数が足りないと思われがちですが、それ以上に「AIプロジェクトをマネジメントする人材」=AIプランナーの方が圧倒的に足りないとも言われています。AI研究科では、このAIプロジェクトを企画できる人材を多数育成する予定です。
 最後は、AIプロデューサーです。これは幅広く深いAIの知識・技術を身につけ、製品開発やサービスの企画立案を行う人材のことです。正にビッグデータを基に、それを活用することで新たなビジネスチャンスを創出できる人材ということができるでしょう。こうした4つのカテゴリーの人材を育成することが、21世紀の日本ひいては世界の経済社会の発展につながると考えます。(図1)

図1 立教大学が育成するAI人材

 さらにAI研究科のカリキュラムの特徴は以下の4つです。一つは、機械学習・ディープラーニングの本格的な学修です。機械学習を中心に人工知能やデータサイエンス分野、ディープラーニングを本格的に学修し、先端的研究に携われるようにする予定です。そのため、機械学習・データサイエンスを修得する上で重要な基礎科目(情報科学など)を重点的に学んでもらいます。また、「先端科学技術の倫理」といったAIを社会実装する上で重要な科目群を配置し、基礎研究から社会実装までバランス良く学んでもらいます。二つは、「社会科学×AI」による革新的・分野横断的教育です。AI研究科が目指すのは、広い視野を持ち、AIと社会をつなぐ力を通して、様々な社会課題の解決のために貢献できる人材の育成です。例えば物理学や生命科学といった自然科学だけでなく、社会学や経済学などの社会科学の専門知識と人工知能によるデータ解析等の技術を持ち合わせ、領域横断的なデータ解析を展開できるなど、分野を横断して活躍できる力を幅広く習得してもらいます。三つは、産学連携による「社会実装」の本格展開です。AI技術と社会をつなぐ人材育成のために、研究と教育、社会実装の三位一体となった環境を用意したいと考えています。社会実装では、企業でのAIプロジェクトの最前線で活躍している教員から最先端AIプロジェクトの実習指導を受けることができ、提携企業との共同研究の中で学びを発展させ、社会に生かす実践的な力を身に付けていくことが可能となります。そのために、現在多くの企業と提携すべく、協議をしている最中です。四つは、昼夜間開講により社会人にも学びやすい環境を提供します。現在多くの企業でAI人材が不足しているといわれています。AI研究科では、こうしたニーズに応えるべく、社会人が働きながら人工知能科学の修士号を得られるように平日夜間と土曜日に科目を集中的に配置します。これはたんに社会人の履修上の便宜を図るというものではなく、理系学部出身の学生、人文社会科学出身の学生、そして様々な専門性を持つ社会人学生たちが、同じ講義・演習を受講することで、相互に刺激を与えながら異分野間のシナジー効果を引き出だす環境を提供しようという狙いもあります。(図2)

図2 人工知能科学研究科のカリキュラムの特徴

3.AI研究科の最大の特徴はAI ELSI

 さらにこれら4つの特長の上に、AI研究科が力を入れているのが、すべての学生にAI ELSIを教育することです。AIの活用にあたっては、「ELSI」("Ethical, Legal, and Social Implications"=倫理的、法的、社会的諸問題)に十分な配慮が求められます。
 AIがどれだけ良い目的のために技術を活用したとしても、そこには落とし穴があるかもしれません。あるいは、用いるデータ自体に社会的、倫理的な問題がある場合も想定されます。したがって、AIを社会で展開・実用化する際にどのような問題が生じるのか、正しいデータサイエンスの使い方とはどういうものかをすべての学生に理解させることが重要でしょう。
 言い換えれば、せっかく修得したAIの知識が非平和的分野で使われるのでは意味がなく、世の中を発展させるため、平和で平等な社会を築くために用いられなければ修得する意味がありません。倫理やモラルをしっかり学び、正しく活用できる人こそが、本学の建学の精神に則ったAI 人材であると思います。その意味では、AI ELSIこそAI研究科の特徴であり、大きな要になると言っても過言でありません。
 現に、人工知能学会では、学会内に人工知能学会倫理委員会を設立、「人工知能研究者の倫理綱領(案)」を2016年6月6日に発表し、その序文では、「人工知能は経済、政治、産業、行政、教育、医療といった幅広い領域で人類にとって目に見える形と見えない形で大きな役割を果たしていくものと考えられる。人工知能研究開発者は人工知能の研究、設計、開発、運用、そして研究者の教育を行っている。人工知能はその汎用性と潜在的な自律性から人工知能研究開発者の想定しえない領域においても人類に影響を与える可能性があり、人工知能研究開発者によって為された研究開発がその意図の有無に関わらず人間社会や公共の利益にとって有害なものとなる可能性もある。
 人工知能の研究開発が人間社会にとって有益なものとなるために、人工知能研究開発者は高度な専門的職業に従事する者として自らの良心と良識にしたがって倫理的に行動すべきである。人間が創造したものによって人間の幸福を損ねることがあってはならないことを人工知能研究開発者はここに確認し行動する」[4]ことを求めているほどです。
 特に「綱領」の「1(人類への貢献)」では、「人工知能研究開発者は人類の平和、安全、福祉、公共の利益に貢献し、基本的人権を守り、文化の多様性を尊重する。人工知能研究開発者は人工知能を設計、開発、運用する際には専門家として人類の安全への脅威を排除しなくてはならない。」[5]と掲げるなど、社会貢献・平和寄与、基本的人権の尊重など人類への貢献を第1に掲げています。
 この点については、人間中心のAI社会原則会議が作成した『人間中心のAI社会原則(案)』の中でも、「AIの利用は、憲法及び国際的な規範の保障する基本的人権を侵すものであってはならない。
 AIは、人々の能力を拡張し、多様な人々の多様な幸せの追求を可能とするために開発され、社会に展開され、活用されるべきである。AIが活用される社会において、人々がAIに過度に依存したり、AIを悪用して人の意思決定を操作したりすることのないよう、我々は、リテラシー教育や適正な利用の促進などのための適切な仕組みを導入することが望ましい。」と謳っています。[6]
 AI研究科でもAIにかかわるELSIを重点分野と捉え、人工知能の倫理を専門とする教員を配置し、AI ELSIを学ぶ科目を1年次必修とする予定です。言い換えれば、AI ELSIを修得することで21世紀の平和社会、社会正義、社会発展に貢献できる人材を育成したいと考えています。
 さらに、AI研究科の開設以降、なるべく早い時期にすべての学部学生にもAIを学ぶことができる環境を整えると同時に、研究者養成のため博士課程を設置することも目指します。特に、すべての学部学生が自ら学ぶ専門教育にAIが融合することで、今まで以上に専門教育の理解・意味などを理解するようになるでしょう。他方で教員にとっても新たな教育の展開の可能性が広がるでしょう。
 文系学部中心の本学がAI研究科を開設する意義は、日本社会では文系学部出身者が多い中で、彼らがAIを理解・活用できるようになれば、21世紀の経済社会を幅広く支えることができます。これはどこの大学でも取組むことができます。AI教育は特定の大学・大学院だけで実践すべき教育ではありません。そのことを本学が率先して証明したいと考えています。

4.おわりに

 昨今の大学、特に私立大学を巡る環境は厳しいものがあります。少子化による受験生の減少、入学定員の厳格化、東京23区内に大学の定員抑制、授業料の国私間格差等、課題を挙げればきりがありません。
 しかし、課題が多いからといって日本において私立大学の役割が低下することはありません。むしろ、大学生の8割近く、そして研究者の大半が私立大学に在籍、教育・研究している現状を考えれば、ますます私立大学の役割はその重要性を増すでしょう。その際、私立大学が堅持すべきは、建学の精神に基づいた教育を行うことです。いくら時代が変わっても、建学の精神に基づく教育実践こそ私立大学の使命であるからです。そのためには、各大学は社会発展・平和の構築のために自らの教育・研究を社会に還元する責務があります。
 本学では、その駆動力の一つをAIと考えています。AIをめぐる様々な議論をあることも踏まえ、それをどのように21世紀の社会発展に結びつけるのか、人々の生活を豊かにし、人生100年時代を充実したものとして歩んでいけるようAIを21世紀のリベラルアーツへと昇華させたいと考えています。その試みがどのような結果を生み出すのか。大いなる期待を持って取組むつもりです。

参考文献
[1] 『AI戦略 2019〜人・産業・地域・政府全てにAI〜』統合イノベーション戦略推進会議決定、令和元年6月11日。統合イノベーション戦略推進会議決定、1頁。
[2] 人間中心のAI社会原則会議『人間中心のAI社会原則(案)』、4頁、平成31年3月29日。
[3] 同上、9頁。
[4] 人工知能学会倫理委員会『人工知能研究者の倫理綱領(案)』、2016年6月6日。なお、人工知能学会倫理員会では、この倫理綱領案は2016年度人工知能学会全国大会における倫理委員会企画による公開討論での意見募集のために作成された当時の時点での案であり、人工知能学会の公式の見解や意向を示す最終案ではないことを付記しています。
[5] 同上。
[6] 前掲『人間中心のAI 社会原則(案)』、8頁

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