巻頭言
松本 洋一郎(東京理科大学 学長)
少子高齢化が進む中、我が国を取り巻く環境は大きく変化し、社会的課題は顕在化してきています。科学技術立国を標榜する我が国にとって、それらを支える理工系人材育成は最重要課題であり、最も手厚い投資が行われるべき領域です。この分野の競争は激しく、生き残りをかけて各大学、各研究機関は共創と競争を世界的規模で繰り広げています。人材育成を担う大学は、不断に外部の意見を取り入れ、透明性を高め、社会の公器として、説明責任を果たすとともに、真の産官学連携を行い、着実に教育・研究の現場に学内外からの投資を呼び込むことが求められています。しかし、一方では、大学は、自律した個人の集団で、その自律性が学術の発展には不可欠です。学問の自由は堅持しつつも、社会の要請にどのように応えるか、各構成員が自由闊達に活動できる場とし、自律分散的に生まれてくる研究成果を協調させ、社会的価値としていくか、社会的課題を如何に学術として昇華させ、課題解決に繋げるかなど、イノベーションエコシステムを構築する必要があります。
最近、AIあるいは人工知能という言葉は、メディアに出ない日はないと言って良いくらい日常語となっています。AIが「Society5.0」(デジタル革新を基盤にして課題を解決し多様性を前提とした価値を創造する社会)の基盤技術になるという前提のもと、内閣府統合イノベーション戦略推進会議ではAIの人材育成と研究開発を強く推進する「AI戦略2019」を決議しました。AIの社会実装が未来の社会の形を決める重要なテーマの一つであることを考えると、AIとその基盤を作る学問としての「数理とデータサイエンス(情報科学、計算科学、社会科学)」(以後“データサイエンス”)の教育と研究は大学の責務であり喫緊の課題と言って良いでしょう。
本学のデータサイエンスに係る取組みは二つあります。一つは研究推進機構のもとに「データサイエンスセンター」を設置したこと、もう一つは教育支援機構で「データサイエンス教育プログラム」を稼働させたことです。「データサイエンスセンター」は理工系総合大学のスケールメリットを生かし、各専門領域の研究とデータサイエンスとの融合を図るプラットフォームを提供することによりデータサイエンス分野の研究力の向上と共同研究・社会貢献の促進を図っています。「データサイエンス教育プログラム(基礎)」は、すべての学生がデータサイエンスに関する授業科目を履修できる学部横断型プログラムで、データサイエンスに係る知識・技術をリテラシーとして習得することを目的としています。一定の履修条件が満たされると、認証書が付与されます。また、AIの倫理問題に象徴されるようにELSI(倫理的法的社会的課題)も同時に解決する必要があり、「教養教育センター」には、教養教育の推進に加えて、それらの役割も期待されています。データサイエンス教育に係る今後の展開として、TAによる学生の学修支援データをAIを活用して解析し、効率の高い学修法の開発を行うことを予定しています。また、大学院にも「データサイエンス教育プログラム(専門)」を立ち上げます。これらのコースには、積極的に社会人リカレント教育プログラムを組み入れ、社会に開かれたデータサイエンス教育を展開していきます。
本学は理工系総合大学として他大学に類を見ない多くの数学、数理統計学の研究者が活躍しており、数理科学の研究とAIの開発研究の推進に適しています。特にAIと人間との協調・協働においては、数学がAIの制御をはじめ、学修データや推定結果の信頼性を高めるために必要不可欠で、高度な現代数学の能力が決定的な意義を持つと考えられます。また、神楽坂、葛飾、野田の地の利を生かして企業や他の研究機関との連携を進めています。このように、データサイエンスを中心とした教育研究を推進し、社会に開かれた理想的な産官学連携・協同モデルを構築していきたいと考えています。