特集 ICTで業務改革
岡 潤也(立命館大学 情報システム部業務改善企画課長)
急速な社会の変化、第4次産業革命やSociety5.0に代表される産業構造、社会構造の変化に対応する教育研究の革新が求められています[1]。本学においても、未来社会のあるべき姿の実現に向けて挑戦し、学修者を中心とした、かつ高度な研究力を擁する大学であるべく、全学でビジョンや中期計画の策定を行い、計画的に大学改革を進めています。
本学の次期中期計画である「R2030中期計画」(2021年〜2030年)や中長期的な財政課題の検討を通じて、教育研究や社会貢献の改革だけではなく、「業務基盤高度化」による管理運営業務の適正化・効率化の必要性に至り、これを具体化する作業を進めています。2018年7月に総務担当常務理事を責任者とした「業務基盤高度化推進委員会」を設置し、それ以降、ICTを活用した事務上の業務改善課題の洗い出しを行い、規程・制度・運用の見直し、必要なIT環境の調査・整備を推進してきました。
推進の事務局として情報システム部に設置された業務改善企画課より、取組みの考え方や進め方等について以下に事例報告します。
本学での「業務基盤高度化」の取組みにおいては、次のとおりの目的・目標・方策を定めました。いずれにおいても管理運営業務の改善を通じて本学の教育研究と社会貢献の改革に寄与するものであると考えています。
取組みの目的としては、①業務Knowledgeの蓄積と共有、②業務の効率化・迅速化・客観化、③業務リスクの低減、④経営資源(ヒト・モノ・カネ)の適正配分を実現することとしています。
また目標とする到達水準については、原則として①事務の電子化を行い、紙を廃止・削減すること、②発生源入力を実現し、転記や二重入力の作業を廃止・削減すること、③事務のターンアラウンドタイムを30%改善すること、④書類の回付・整理・保存の作業を廃止・削減すること、⑤事務のモニタリング率を70%以上とすることとしています。
これらの目標に到達するために①文書のデジタル化、②ワークフローのデジタル化、③AIによるナビゲーションをその方策として定めています。
全学より業務改善課題を集約し整理分類したうえで、先ずは学内申請および文書管理の分野を対象として改善に取組むこととしています。システム的には電子ワークフローと文書データベースの整備であると言えますが、①それぞれの現場での課題は多岐に亘るためスケジュール化し段階的に進めていること、②生産性を向上させる工夫を行っていること、③必要に応じ規程・制度・運用の見直しを起点に作業を進めていることが特色です。当面の取組み課題は以下とおりとしています(図1)。
図1 取組み課題
本学の管理運営面におけるシステム整備は1980年代にまで遡ります。1980年代当初には、第1世代の事務系情報システムとして、学籍・学費・奨学金・カリキュラム・受講成績・科目出講を管理する教務系、会計管財・人事給与を管理する法人系といわれるシステムが整備されました。この他にも、学生の就職支援情報や卒業生情報を管理するシステムが整備されました。
それ以降、IT技術の進展に伴い、第1世代のホストコンピューター方式から、第2世代のクライアントサーバーシステム、第3世代のWebシステムへと更新を行ってきましたが、実際のところ、システム化の対象となる業務の範囲については第1世代当時から大きく拡大させることができず、何とか必要な機能追加を行いながら、ハードウェアやOS、ミドルウェアの保守打ち切りに追われた「移行開発」に終始してきたと言えます。
2000年代に入り(現在の取組みとは別で)、当時の問題意識に基づき、電子ワークフローと文書データベースの整備を行いました。しかし、①既存の事務系システムの対象となっている業務と比べるとより内部的であり、規程・制度・運用が細部まで決まっておらず、開発上の要件の定義が困難であったうえ、②外部SEによる開発、ひいてはウォーターフォール型開発の採用が不可避であったことから、部分的な整備に留まり、継続してシステムを更新するには至りませんでした。
また、③スマートフォンなどは未普及で現在ほど電子化ニーズが乏しかったこと、④既存の事務系システムの保守および移行開発を優先して継続せざるを得なかったこともその一因でした。
将来の新たなシステム整備を成功させるため、また費用対効果を改善させるためにも、移行開発のスパイラルから脱却すべく、当時新たなコンピュータシステムの調査を開始しました。その結果、ロングライフと言われるホストコンピューター(IBM i)とWebシステムの技術を併用した第4世代の教務系システムの学内開発を行いました(法人系システムは業務パッケージシステムに別途移行)。
教務系システムの第4世代への更新については大きな苦労が伴ったものの2018年1月より利用開始され、ロングライフ化と学内開発による維持費削減効果により、大幅かつこれまでにないシステム整備の余地を捻出することができました。このことは、経済産業省等が示す「2025年の崖」[2]に直面しつつあるところ、部分的ながら本学なりの解を見い出すことができたのではないかと考えています。
業務基盤の高度化として現在取組んでいる、電子ワークフローと文書データベース(新システム)の整備については、過去のシステム整備を通じて得た教訓、そして第4世代の教務系システムの学内開発を通じて捻出された余地が活かされています。
また、学内のニーズだけではなく、教育の改善としてEdTechを推進する立場からも校務・事務の電子化の必要性は指摘されており[3][4]、全体として見ても、第4次産業革命やSociety5.0といった社会的背景、デジタルトランスフォーメーションの必要性、政府においてもデジタル行政推進法の整備がされるなどの社会的背景やニーズとも一致するものと考えています。
過去の教訓を踏まえ、新システムは①多様な業務や組織のあり様に対応する一定の柔軟性、②外部SEへの依存度を抑えた自律性、③今日の学生や教職員の利用を視野に入れたモバイル対応、④情報セキュリティが担保されたうえでの保守負担の軽減が求められました。学内からの電子申請(電子ワークフロー)と文書データベースの整備をターゲットとして、複数のアプリケーション基盤を調査した結果、株式会社ドリーム・アーツの「SmartDB」を採用するに至りました(別途、学生からの申請については教務系システムへの機能追加も実施、学外者からのセミナー申込等についてはセミナー管理クラウドサービスを採用)。
前述のような要求事項に基づき調査・採用したSmartDBは具体的に次のポイントにおいて、本学の実態や実務上のニーズにマッチしているものと考えています。
□ 電子申請(ワークフロー)
□ 文書データベース
□ 自律性
□ 保守性
□ 総合性
SmartDBを用いた本学でのアプリケーション開発においては「職員によるパイロットモデル開発」(アジャイル型開発)を採用しています(図2)。
図2 開発の進め方・生産性を上げる工夫
具体的には、申請または文書の主管課と協議を行い、処理件数の多いものなどを中心に電子化の対象を決定した後、全体最適、俯瞰的立場から、開発の事務局である情報システム部業務改善企画課が、電子ワークフローや文書データベースのパイロットモデル(アプリケーションの実物案)を構築します。
これは、様々な施策を講じているものの事務組織が細分化され、職員が総合的な視点が持ちづらい実態があり、担当者のニーズだけに偏らない開発が必要になる場合や、さらには規程・制度・運用の見直しの提言が必要になる場合があるためです。また、近年では情報システム利用は日常的になりましたが、実質的な情報システム開発の経験はない職員も多く、設計工程以前に要件を出し切るというウォーターフォール型開発の困難さをカバーしたものです。
構築されたパイロットモデルについては、コンセプトや利用例を説明のうえ、主管課の修正要求を聴取、または持ち帰ってチェックして貰う作業を数度繰り返せば概ね完成に至ります(約2〜3ヶ月所要)。動く実物があればチェックはより容易な作業となり、ノンプログラミングであるため、多少の修正要求であれば目の前で修正を終えることができます。この結果、開発に対する参画意識が高まり、より良い協業のサイクルが芽生えることもあります。ただし、電子化された場合でもそれぞれの申請や文書に対する管理責任はそれぞれの主管課に所在するため、利用開始の判断(修正要求の権限・チェックの責任)や利用者対応については主管課が責任を持つこととしています。
今後も継続して、①まだ利用開始を迎えていないワークフローや文書データベースの整備を行うことになります。さらには、学内申請だけなく、学内申請を起点として、例えば、対外的な発注〜納品〜請求〜支払といった一連の事務プロセスについて、証憑管理や電子帳簿保存法等との関係も調査しつつ、電子化を行う検討も始めています。事務プロセスをトータルに電子化していくことは、テレワークなどの新たな働き方の実現とも関わりがあります。
②また例えば、大学の多様性が求められていくなかで今後オンライン講義がより普及すれば、当然に大学の窓口もオンラインであることが求められるはずです。講義や窓口いずれにおいても、より高度で複雑な事柄は対面で向き合い、より単純かつ一次的な事柄はオンラインで応対するなど、Society5.0が示すようなフィジカル空間(現実空間)とサイバー空間(仮想空間)とを高度に融合させた、学修者を中心とした大学づくりといったことも検討していきたいと考えています。
③電子化・オンライン化が進み、一定規模のサイバー空間が構成できれば、データによる成果の把握や分析(可視化)も可能になります。データが揃い、その目的次第では、AIを用いた自動分析や自動応対などAIのメリットを享受する可能性も高まります。
このように今後はさらに、大学全体で、対面の環境とオンラインの環境(システム環境)、両方の環境をバランスよく整備する必要があり、そのための理解と研鑽、人材確保と実践が不可欠になります。
サイバーかリアルかを問わず、環境の整備は一朝一夕かつ個人や少数の力では成し遂げ得ないことは事実です。今次の取組みの事務局を代表して事例報告を行いましたが、これまでの到達に際し、過去からの各々の整備に関わった教職員や、システム開発協力会社の皆様、指導いただき開発の苦労を共にした代々の上司・同僚に対してこの場をお借りしてお礼申し上げます。
参考文献 | |
[1] | 中央教育審議会「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」、2018年11月26日 |
[2] | 経済産業省デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会「デジタルトランスフォーメーションレポート〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜」、2019年9月7日 |
[3] | 文部科学省「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」、2019年6月25日 |
[4] | 経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会「『未来の教室』ビジョン(第2次提言)」、2019年6月 |