事業活動報告 2
令和元年8月6日(火)午後1時、工学院大学新宿キャンパスアーバンテックホールを会場に57大学1短期大学より、理事長、学長、副理事長・理事、副学長・学長補佐、教務部長、短期大学学科長等の関係者107名が参集して「AI(人工知能)社会に求められる大学教育を考える」をテーマに開催した。開会にあたり、向殿政男会長(明治大学)より、「AI社会で主体的に活躍できるようにするにはどうすればよいか、大学教育の役割・対応を考察し、未来を託す学生が幸せな人生を歩めるよう認識を深める機会にしたい」との挨拶があった。次いで、会場校を代表して、工学院大学の後藤 治理事長より、「経団連のSociety5.0時代の学校教育の在り方で中心になる話題は圧倒的に情報に関する教育となっており、工科系大学で情報教育のトップランナーを走りたいと考えている本学としては、この先どうすべきか教職員一同、学ばせていただく大変良い機会になると考えております。」との挨拶があった後、プログラムに入った。
文部科学省大臣官房審議官「高等教育および科学技術政策連携担当」 森 晃憲 氏
1.高等教育を取り巻く状況
2040年頃の社会の姿としては、AI、ビッグデータ、IoTなどが、あらゆる産業や社会に取り入れられ、社会の在り方そのものが大きく変化するSociety5.0の超スマート社会を迎える。また、社会のあらゆる分野でのつながりが国境を越えて活性化するグローバル化、伝統的な人生モデルからマルチステージのモデルへ変化する人生100年時代、生産年齢人口の減少などが想定される。そのような中で、今後の四年制大学の入学者を見通すと、2018年以降は18歳人口の減少に伴い、大学進学率が上昇しても大学進学者数は50万人余りで、現在の2割減になることを予測して今後の大学の在り方も考えていかないといけない状況になっている。一方で、超スマート社会を見通したときに、AIやロボット等による代替可能性の高い労働人口の割合は5割程度という推計が出ている。今後の日本の社会を考えた時に、一人ひとりの生産性が高い社会になって行かなければならない中で、AIの重要性はむしろ増して、積極的に社会の在り方をとらえることができるのではないかと思っている。
2.高等教育改革の動向
そのような今後の見通しの中、昨年11月に「今後2040年に向けた高等教育のグランドデザイン答申」を出した。高等教育が目指すべき姿として、「学修者本位の教育への転換」を一番大きく掲げた。高等教育の在り方としては、多様性と柔軟性の確保を掲げ、社会人や留学生を積極的に受け入れる体質転換による「多様な学生」、実務家、若手、女性、外国籍などの人材登用による「多様な教員」、文理横断・学修の幅を広げる教育、柔軟なプログラム編成による「多様で柔軟な教育プログラム」、外の力を積極的に活用できるような「多様性を受け止める柔軟なガバナンス」等による教育研究体制の整備が必要になる。その中で、社会からの大学等に対する期待というのは非常に深くなっており、「学び」の質保証が重要な課題となっており、学修者視点に立った大学教育のあり方に転換していくことが喫緊の課題となっている。大学院教育の在り方についても、早急にカリキュラムのあり方が社会や産業等から見て期待に応える観点からの見直しも必要であり、体質改善が必要となっている。また、中教審答申を受けて、学内の資源を活用して学部横断的な教育課程を実施する学部以外の基本組織として、「学部等連係課程実施基本組織」を設置できるよう大学設置基準等の改正をすることにしており、AIを活用した新たな教育の実施しに活用していくこともあるかと思い紹介した。
3.AI戦略2019
令和元年6月11日の統合イノベーション戦略会議において、政府全体の方針として「AI戦略2019」が決定された。「Society5.0」を考えた時にAIはその鍵となる基盤技術であり、AIを社会実装するための戦略として、人材育成と研究開発を策定した。人材育成では、リテラシー、応用基礎、エキスパートのレベルでそれぞれ目標を立てている。リテラシー教育では、全ての大学・高専生(年間約50万人)が初級レベルの数理・データサイエンス・AI(以下「数理・DP・AI」という)を習得、応用基礎教育では、文理問わず一定規模の大学・高専生(年間25万人)が自らの専門分野に数理・DP・AIを活用した能力の習得を目標としている。具体的な取組みとして、リテラシー教育では2019年度に初級レベルの標準カリキュラム・教材の開発と全国展開、2020年度に認定コースの導入、カリキュラムにAI教育を導入するなどの取組みに対する運営費交付金や私学助成金等の支援、2022年度にMOOCや放送大学の活用によって履修できる環境の確保が計画されている。応用基礎教育でも同じように、2020年度に応用基礎レベルの標準カリキュラムの作成、運営交付金や私学助成金導入による財政的な支援、認定コースの導入等も進めるなど、具体的な目標を掲げて取組んでいくことになっている。
このような取組みは、「経済財政運営と改革の基本方針2019」の大学改革等の中で「AI戦略2019」に基づいて数理・DP・AI教育の抜本的充実など教育充実等を図ると明記されている。また「成長戦略2019」という閣議決定でも同様の期待がなされており、取組みの重要性が示されているように、数理・DP・AIを手段として使い、理学、工学、社会科学、医学等の分野で活用して発展を図って行く可能性が高いので、全分野を対象とした数理・DP・AIリテラシー教育の普及促進、各専門分野等とAI教育との組み合わせをセットにして考えていくことも重要としている。
4.数理・DP・AI教育の全国展開に向けた文部科学省の取組み
入試から就職までつながる数理・DP・AI教育の取組みとして、一つは大学入学共通テストへの「情報Ⅰ」の追加の検討、二つは標準カリキュラムの策定・活用、三つは内閣府・文部科学省・経済産業省・産業界と連携した「教育プログラム認定制度」の創設を行っていく。特に大学の数理・データサイエンス教育の全国展開への取組みとしては、全国の教育強化6大学を拠点大学としてコンソーシアムを組んで、標準カリキュラムのあり方の検討を行っている。全国6つのブロック(北海道・東北ブロック、関東・首都圏ブロック、中部ブロック、近畿ブロック、中国・四国ブロック、九州ブロック)に拠点校と協力校が置かれており、6拠点校と20の協力大学でワークショップ等を展開することにしている。現在リテラシーレベルの標準カリキュラムの作成を本年度中には拡張したい。応用基礎については来年度に策定を目指している。拠点校の北海道大学の取組みを紹介する。リテラシレベルの一般教育プログラムでは、全学の必修科目・推奨科目として1年次全学生を対象にICTを活用した教育プラットフォームを開発し、Pythonプログラミング演習、数学教育支援としてのWeBWorkを用いたオンラインテスト、データサイエンス教育用データ提供システムを使って2,500人規模の学習対応した教育を始めている。応用基礎レベルの専門教育プログラムでは、3、4年生を主に対象として学生の専門分野に根差した標準スキルの獲得を目指している。さらに、実践力レベルの実践教育プログラムでは、オーダーメイド型の異分野連携データサイエンス指導を通じて問題解決能力養成のための実践コース、卒業研究に取組んでいる。
5.Society5.0に対応した高度技術人材育成事業の取組み
以上の取組みに加え、文部科学省では産学連携による実践的な教育ネットワークを形成し、AIを通じて情報技術(AI・システム・セキュリティ等)を開発し課題を解決できる人材の育成、データ等を活用し課題を解決できる人材(情報活用能力)の育成に向け取組みを推進しており、大学関係者の方々との対話を通じて、AI時代において、新たな社会にふさわしい製品・サービスをデザインし、新たな価値を出すことのできる人材育成の施策を進めていきたいと考えている。
[質問]運営費交付金や私学助成等の重点化をどのような形で進めようとしているのか。MOOCや放送大学の活用・拡充に交付金や助成金が検討されているか。
[回答]拠点大学については国立大学で始めており、運営費交付金の中で実施している。私学助成については、AI等を活用して大学教育の改革を図って行こうとするところについて、来年度予算要求に向けて今検討を行っている。MOOCや放送大学の活用は、大学間の連携、放送大学等の科目履修、MOOCを通じた教育プログラムの提供などの点を含め、具体の方策を検討しているところである。
[質問]拠点校の全てが国立大学となっているが、大学生の8割を有する私立大学のAI教育をどうするかが今最も求められているので、その対応をしっかり考えていただきたい。AIに関しては全てeラーニングが可能なはずなので、文科省から内閣にも働きかけて社会人教育にも使えるよう協力をお願いしたい。
[回答]全国展開を図って行くには、当然私立大学の取組みをいかに推進していくかが非常に重要と思っており、各関係と連携しながら取組んでいきたい。今後私立大学として各地域全国に展開をしていくことも非常に重要な課題で意を尽くしていきたい。単位認定にあってはeラーニングが活用可能になっているので、eラーニングの活用が非常にしやすい。双方向で実施することもあるかと思うので、実施をしていく必要があると思っている。
日本学術振興会顧問、学術情報分析センター所長、文部科学省高大接続改革リーダー、本協会副会長 安西 祐一郎 氏
1.「価値創造力」とは?
国のAI戦略の中で人材育成が最大の目玉になっている。どうしてこういうこと出てきたのかということも含めて話をさせていただきたい。
「価値とは何か」を本当に深みからやって行くと、自己価値と他者価値、短期的価値と長期的価値、経済的価値・社会的価値・倫理的価値・学術的価値・情報価値などあるが、ここでは倫理学、経済学、哲学など相当深く議論されている価値論には踏み入らないで、価値を作って行く人材が必要と捉えていただければいいのではないか。価値は「問題を発見し、理解(設定)して、解決する」ことによって創られていく。「問題を理解して」というのは、「目標を自分で見つけることができるか」ということで、達成すれば価値が生まれる可能性のある目標を自分で見つけることができるかが、キーポイントである。
「価値創造力」の基盤には、「問題を発見し、理解し、達成する」能力がある。目標を見つけ、その目標を達成しようとプロセスが働くことができるのは、人間が生物として持つ基本的な能力だと考えている。この点については議論があると思うが、「価値創造力」というのは誰でも持つことのできる能力である。但し、目標が良い目標であるのか、悪い目標であるのか、例えばトランプ大統領の目標というのは一体何であるのか、トランプ大統領は、「価値創造力を持っていると考えていいのか」という議論もあるが、「価値創造力」の方法及びプロセスは倫理的、社会的に許されるものでなければならない。そのように考えると「価値創造力」を発揮できる人材は、「目標を発見し、理解(設定)し、達成する」能力を発揮できる「問題解決者」であって、人間は本本そういう素質があるということが大事である。
2.令和時代はどんな時代になるのか?
1980年代の後半から2010年代後半(平成時代の約30年間)は日本がガラパゴス化し、今までの教育が置き去りにされたことが言われている。令和時代の世界は、デジタル革命の波及のもとで新秩序の形成に向けた国際社会の覇権争いが起こる。1990年代の半ばにインターネットの普及が始まり、ほぼ同時にデジタル携帯の普及が始まったが、このデジタル化に日本が乗り遅れた。日本国内でデジタル革命の影響を過少評価しがちだった。しかし、今、デジタル技術の影響は莫大であり、政治・外交・経済・科学技術が全部一体となっている。ファーウエイの米中問題にしてもある意味国際覇権の問題として捉えるようになってきている。技術革新が起きてから半世紀経って、経済だけでなく世界的な社会の転換が起きつつあり、このような中で教育を変えていかなければいけないという話になっていく。
一方で国内はどうなったか見てみると、小子高齢化・デジタル革命・国際社会の変化に出遅れた構造転換の遅れなどあるが、反面、世界から見て日本の良い点は、圧倒的に失業率が低く、安全安心社会の維持、義務教育水準の維持が図られている。ただ、これからどうなるのかというと、いろいろな意味で「多様性」・「国際性」が拡大し、「価値創造力」を持った人材が多数必要になってくる。その時に、「私立大学の人材がこれからどういうふうに育っていくか」ということが決定的に大事になる。そのことを我々は共有して行かなければならない。
令和の時代にどうなって行くかというと、4つの構造転換が起こるだろう。一つは、「社会構造の転換」が起こる。社会保障の世代間付け替えと、それを支える経済成長・子育て/学び/労働の分断からの脱却だ。二つは、デジタル革命を基盤とした「産業構造の転換」が起こる。デジタル化によって産業界がガラッと変わって行くことに対して、大学が「どういう人材を出していくことができるのか」が極めて大きなポイントだ。三つは、「雇用構造の転換」が起こる。終身雇用や初任給一律も無くなる。就活協定でも一律に学生が行動しなくなる時代になるので、ポテンシャルのある学生確保の競争になると思う。四つは、「教育構造の転換」が起こる。偏差値による人間の価値づけ、昔ながらの大学入試、固定学年生、文理分断、国立大学の経営概念不在、私立大学教育の質的課題、大社分断などからの脱却だ。
3.「高大接続改革」と「(高)大社接続改革」
「高大接続改革」の本質は、入試改革ではなく「教育改革」であって、高等学校教育を変えていくことに他ならない。デジタル革命の下で多様性、国際性、価値創造力を持った人材を育成していかないといけない。これを大学で始めたら遅い。高校時代に多様な経験を積んで、いろいろな人達と交わってフレキシブルな気持ちと、活用できる知識を持った高校生を養成する教育に変えていかなければならない。1990年代の頃から始まった少子高齢化とともに、偏差値文化の大学入試制度は徐々に崩れ、大学の入学者選抜が多様化して大学間の人材獲得競争が激しくなると思う。大学の評価は卒業生の活躍水準に依存するようになるだろう。社会が求める「価値創造力」を持った卒業生を多く輩出する大学が浮上するようになる。そうなると、採用・雇用・給与の多様化を軸として、社会と大学、企業と大学の関係、いわゆる「大社接続改革」が本格的に始まる。企業も大学も人材獲得、人材のマッチングにコストをかけていくようになると思う。日本では特にGDP比に対する人材投資の割合が極端に少なく、増やしていかざるを得なくなる。企業では魅力のある就職環境、大学では魅力のある学習環境が作れるかどうかが、極めて大きな要因になっていくと思われる。おそらく大学ではアドミッションオフィスの業務が増えていくであろう。
来年の大学入学共通テストめがけて国語の記述式、数学等々準備調査が行われる。一番最近では昨年の11月に行われた分析結果を見ると、特に記述式問題の正答率がものすごく低い。問題の正答率は0.7%しかない。数学の2次関数記述式の正答率が2%しかない。高等学校の教育で扱っていないことと、大学入試の形に合わせた受験勉強をしているのでその形にない問題が出ればできない。特に「書く」能力はデジタル革命の中で求められてくるが、日本の教育で最も欠けていた点の一つであって、これから若い学生にとって論旨明快に考えて、論旨明快に表現する力が必要になる。日本の学生が世界の国の学生と一緒に議論した時に弱いのは表現力だ。高校時代に教育するためには大学入試を変えざるを得ない。最も影響の大きいセンター入試を変える必要がある。大学によって入学者の英語能力をどう見るか多様化しつつある。読む・聞く・話す・書くという能力は、論旨明快に考えて論旨明快に表現する英語力と考えられている。そういうポテンシャルを持った高校生に入学してもらうことが大事になる。平成27年度の高校3年生の英語力調査結果によると、高校の英語教育で「書く」・「話す」はあまりやっていないので、非常に低い。「書く」と「話す」はアクティブに自分から表現していく。「読む」・「聞く」も大事だけれども、人から聞いたものを吸収する部分がかなり多い。何となく読んで、何となく聞いて、分かった感じになることはできるけれども、「書く」・「話す」は発信力の養成なのでそこから一歩出なければならない。ここの違いを高校教育で何とかしていくことが大事で、主体的・対話的で深い学びの実現が言われるようになっている。
日本の10〜20代の留学希望者が3割程度で他国の6割程度に比べ極めて低い。若者が悪いわけではない。やはり日本の教育の在り方、特に「大社接続」などで壁があるのではないか。就職の採用で、海外でいろいろな経験を積んだと自己主張しても、企業側がそのような経験は関係ないとしたら若者は意欲をなくしてしまう。
「(高)大社接続改革」は、社会人のリカレント教育が明らかに大事になる。学校教育を待っていたのではもう間に合わないという状況にきている。その部分を大学側に期待している面は非常に強いけれども、大学の方も対応できないという状況がある。今後、企業側が対応しないといけないこととして、新卒一括を見直して通年採用に移行、専門性・能力を重視した就活転換、脱終身雇用、デジタル関係人材の初任給優遇などが考えられ、優秀な人材を確保するために就業構造・雇用構造の柔軟性、「価値創造力」を支える就業環境作りなど、採用・雇用にコストをかける時代になってくると思う。
4.「AI戦略」の柱としての「教育改革」
若年人口が減少していることと、デジタル革命が起きていることを掛け算すると、社会・産業・雇用・教育の構造転換が起こらざるを得ない。それは偏差値教育からの脱却に繋がるし、若者にとっては自由度が増え人生の機会が増大することでもある。それをどうやって大学側がサポートできるかということが、これから大学の大きな役割になる。「AI人材」というのは、「AI技術人材」という意味ではなく、データ・AIを使える素養を持った人材で、読み書きそろばんと同じレベルでデータを扱うことができるようになることである。
「AI戦略2019」は6月11日に統合イノベーション戦略推進会議で決定されたもので、人材育成、研究開発、社会実装、社会のデータ・トラスト・セキュリティの4つの項目からなっている。そのトップにあるのが人材育成で、エキスパート・応用基礎・リテラシーのレベルで「数理・データサイエンス・AI」の素養を持った人材の育成を目指している。
一つは、2022年度から「情報Ⅰ」の高等学校に導入される科目をどのように扱っていくか、大学側がその科目の履修者をどのように強化していくのか、大学入試に「情報Ⅰ」に対応する科目をどのように入れていくのか、これが非常に大事なポイントになってくる。また、高校、大学とも教員が問題になる。全ての高校生に数理・データサイエンスの基礎を身に付けさせるためには、高校に情報の教員が必要になるけれども、教員養成・供給をどのようにするのか、文部科学省の大きな課題となっている。小学校にプログラミング教育が入るが、小・中学校の情報担当教員も含めて情報教員の育成・供給が極めて大きな課題になってくる。大学ではおそらく情報通信関係の技術系企業の経験者の方が第二の人生で教員になる。他方、文部科学省は免許制度の改定まで検討している。
二つは、高校教育と大学入試における文理分断からの脱却が課題となる。高校2年の初めから私立文系コース、国立理系コースに分かれてしまう。私立文系コースを選んだ生徒はほとんど数学を勉強しないで大学に行く。数学の計算ができないというのは、データを自分で収集し、論旨明快に問題を設定し、論旨明快に分析して解いていくという力を私立文系コースの高校生が身に付けることができるのか、この問題が決定的に大きい。今、英語の4技能の問題、センター入試を変えるとか、いろいろなことが言われているが、おそらく最も大きな問題だろうと思う。時代が大きく変わっており、ここで対応していかないと間に合わない。
今、私自身は内閣府のAI戦略実行会議の座長を務めており、文部科学省、経産省、内閣府が一緒になって教育改革、人材育成改革に取組み始めている。「AI戦略2019」の教育改革で大事なポイントは、「数理・データサイエンス・AI」のリテラシー教育が高校から始めて高専・大学・社会人が中心になっている。その後に小学校・中学校がくる。また、内閣府、文部科学省、経産省が一緒になって、各大学が実施している「数理・データサイエンス・AI」の教育プログラムが標準的レベルなのか、大学の希望で政府が認定を行い、認定されたコースで単位を取得した学生には採用や雇用の段階で優遇できるような「大社接続」としての教育認定制度を考えている。草の根で何かを生み出していくのに適した分野なので、私立大学の総力をあげて取組むことの重要性を文部科学省に進言している。
5.「価値創造力の養成方法」
世界、日本が令和時代に大きく変わって行くという時に、何をやって行けばいいのかというと、「価値創造力」を身に付けさせることが本質的に大事になる。「価値創造力」をどのようにすれば身に付けさせられるのか。今、私は他の大学の授業で、「目標を自分で設定し、発見し、それを問題として理解して実践する、その達成に向かって進むことを言うのですよ」と学生に説明している。ではその力ってどうやって身に付けられるのかというと、「観察力」を鍛える。「問題設定力」、「合理的思考力」、「実践力」などを鍛えるなど、いくつかの力の総合能力を身に付ける多様な経験をする中で、学生が血肉化する機会をどのように大学が提供できるかが極めて大きな課題になると思う。その際に合理的思考力は論理的思考力ではないことを教えることが重要となる。論理的思考力は、中身が正しいか、間違っているかに関係ない。AならばBが正しく、BならばCが正しければ、AならばCが正しい。論理的に思考しているけれども、本当はAとBとCの中身を問うことが必要となる。
価値創造では、AとBとCの中身まで踏み込んで、どういう思考の仕方をすれば合理的なトレーニングができるかがポイント。「価値創造者」になるための標準的な方法としては、例えば、図の通り「主体性をもって問題を発見し解決するための5つの手段」、「問題発見・解決のプロセスとその実践」、「合理的思考・探求的思考のプロセスとその実践」、「身に付けるべきスキル」などを、特定領域の知識の獲得と合体して行うことが大事であると思う。この全体をつかんで、それを経験していくことを通して、価値の創造力というのを掴んでいくことができると思う。したがって価値創造力とはスキルなので教えることができる。
関西学院大学学長 村田 治 氏
1.IT革命とAIの発達
(1)IT革命と労働生産性
1980年代の終わりから90年代にかけてアメリカはIT革命が始まった。当時アメリカは日本がバブル崩壊し長期停滞に陥っている中で、IT革命の大きな果実を得ていた。それから10数年後遅れて日本、ヨーロッパもIT革命が始まったけれども、イギリスと日本はIT革命による労働生産性がまったく上昇していない。製造業では今アメリカの80%程度の労働生産性、非製造業・サービス業に至ってはアメリカの半分程度の労働生産性しかない。アメリカの労働生産性に対する日本の労働生産性を比較した全産業の平均をみても、1980年代から現在にかけて60%から高くて68%程度にとどまっている。他方、日本のサービス産業の「おもてなし」のようなサービスの質が労働生産性に反映されていないので低いというような議論があるが、クオリティを加味してもアメリカのサービス業の労働生産性の60%程度からせいぜい65%であって、アメリカの労働生産性は高くなっている。これ実はIT革命が関係をしている。
(2)IT革命と無形資産
無形資産は、情報化資産(ソフトウエア、データベース等のICT投資)、革新的な資産(研究開発、資源開発、著作権、ライセンス契約への投資)、経済的競争力(ブランド資産、人材育成、組織改革への投資)から構成されている。
IT革命がアメリカで成功し、労働生産性の上昇がもたらされた要因は、無形資産の人材育成と組織改革への投資があったことによる。図の通り、日本はアメリカやドイツに比べ、無形資産に占める人材育成・情報化投資が小さい。日本のIT革命が成功しなかったのは人材育成がまったく追いつかず、組織改革も進まなかったことによるもので、日本のIT投資は生産性を上げなかった。AIが発達していく中で人材育成と組織が変わって行かないと、日本の労働生産性、企業のあり方が変わって行かないわけで、そのことに政府が気づき「AI戦略2019」が出てきたと思う。
AI人材というのは3種類くらいに分かれる。一つは現場でAIを使う人材で最も重要である。この人材がうまく機能しなかったからIT革命は失敗した。二つは現場でAIの応用ができる人材、三つは少数のエキスパートでAI技術を研究・開発する人材からなっている。ところが、文科省はAI戦略を理系中心の国立大学で進めようとしており、現場でAIを使う人材が多いボリュームゾーンの私立大学に全く焦点を合わせようとしていない。日本の国自体、産業そのものが滅ぶのではないかというくらいの危機感を持ってほしいと思う。
(3)AIの発達の影響
野村総合研究所は、オックスフォード大学のマイケルA.オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究で、国内601種類の職業についてAIやロボット等で代替される確率を試算した。アメリカは47%仕事が無くなると言われており、職種レベルで9%くらいの仕事がAIに代替される。ドイツは12%の仕事、日本は49%の仕事がAIに代替されると言われている。
AIに代替されない仕事は、医師、教員、介護など人と接触する仕事でそう高度なスキルが要らないような仕事に関しては無くならない。一番仕事が無くなり、AIにとって代わられるのはコンビニなどの店員、公務員、弁護士・会計士などと言われている。また、これまではAIは人の表情を読めないと言われてきたが、IBMのワトソンはそれができるようになってきた。人間しかできないと言われた能力にも踏み込んでAIが進出してくる可能性がでてきている。
みずほ銀行の大規模リストラと言われているように、金融機関が大幅に雇用を減らしている。現場の営業の人がAIにどのように立ち向かうのか、AIをどのように活用して補完的に仕事をしていくのかが問われる時代であって、営業マンがAIのことが分かっていなければならないような時代に来ている。
(4)AIの発達と労働生産性
AIの発達についてもIT革命と同様、労働生産性の向上のためには人材育成と組織改革が重要であって、AIユーザーやAIスペシャリストをどのように育成していくかが喫緊の課題となっている。 「AI戦略2019」の「戦略目標2」に「我が国が、実世界産業におけるAIの応用でトップ・ランナーとなり、産業競争力の強化が実現されること」を掲げ、労働生産性の水準を上げることが重要としている。
2.AI時代の大学教育
(1)求められる「AI時代に対応した人材」
AI時代に求められる大学教育をどう考えればいいのか。「AI戦略2019」(以下、「AI戦略」という)によれば、最先端のAI研究を行う人材、AI産業を応用する人材、中小の事業所でAIの応用を実現する人材、AIを利用して新たなビジネスやクリエーションを行う人材を育てるとしており、研究者、開発者だけでなく、スペシャリストやユーザーの育成が定義されている。
(2)AI人材育成と大学教育
AI戦略では、文理を問わず、全ての大学・高専生約50万人が初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得としているが、どのように育てるかというと、AIを使うユーザー教育をしていかないと見えない。その8割を私立大学が担っているわけで、その教育をどのようにしていくのかということが、今問われている。さらに、AIの知識を教育する教員が全く不足している。そこで、中央教育審議会委員である私は、審議会の場でAIの人材育成はeラーニングだけで履修できるよう要望した。教育制度上、大学授業ではネット上に1人教員がいて学生からの質問に答えていく仕組みが条件になっており、eラーニングだけでは単位取得ができないことになっている。
現在、関西学院大学の就活支援にIBM Watsonのチャットポッドを使っており、学生の質問の8割までAIのWatsonが答えているAI技術の進展などを見ると、少し工夫をしながらeラーニングで単位取得できるような仕組みができないか考えている。
もう一つ重要なことは、「柔軟な学位プログラム」の検討が極めて重要と思う。20年後はAIの発達や人工減少により、産業構造や人材需要が大きく変化してくるため、社会の変化を予測して新しい分野での開設など学位プログラムを柔軟に改変できる仕組みが必要となる。そのためには柔軟な分野が素早くできるよう、認可申請ではなく届出制にしないといけない。
(3)人間固有の能力の育成
人間しかできない能力の育成として、コンピテンシーレベルの大学教育が必要と考えている。知識ではなく、価値創造ができる能力が求められており、偏差値で測れない、今の大学入試では測れない能力をどのように見ていくかが重要になってくると思う。本学では「Kwanseiコンピテンシー」として、「幅広い知識・深い専門性」、「多様性への理解」、「論理的な思考力」、「主体的に行動する力」、「生涯にわたって学び続ける力」、「豊かな人間関係を築く力」、「対立する価値を調整する力」、「困難を乗り越える粘り強さ」、「より良い社会に変革する情熱」、「誠実さと品位」の10のコンピテンシーを定め、キリスト教、スタディスキル、言語、社会での実践型学習、数理・データサイエンス等の科目を基盤教育として全学生が学ぶ仕組みを設けている。
3.AI活用人材の育成
(1)SWOT分析とAI活用人材の育成
本学は金融機関に極めて就職が強いことが特徴であったが、実は金融機関がAIを導入し採用しなくなった。本学の強みが弱みに変わって行くことから、金融機関がAI導入しているのであれば、AIに強い人文・社会科学系人材を育てようというわけで、弱みを強みにSWOT分析的視点を活用してAI活用人材の育成プログラムを創設した。
(2)AI活用人材育成プログラムの創設
AI活用人材育成プログラムとは、「AIやデータサイエンス関連の知識を持ち、それらを活用して現実の諸問題を解決できる能力を有する人材を育成する」ことを目的として、特に文系学生を対象に入門、基礎、発展まで段階的に学べるように、プロジェクトベースドラーニングを含む10科目20単位を日本IBMと共同で開発した。
卒業後に活躍するフィールドとして、AI研究・開発者、AIスペシャリスト、AIユーザーの中で、本学のプログラムはAIスペシャリストとAIユーザーを中心に教育をしていこうと考えている。
(3)AI活用人材に必要なスキル
AI活用人材に必要なスキルについて、AIスキル(人工知能活用スキル)、ITスキル(プログラミングスキル、プロジェクトマネジメントスキル)、データサイエンススキル(データ分析手法、数学・統計的知識)、ビジネススキル(ビジネス基礎スキル)として、日本IBMの研修プログラムを加工しながら組み、体系的に教育していくことを考えている。
(4)AI活用人材育成の履修モデル
1年生からの標準的な履修モデルとして、1年生は春学期にAI活用入門、秋学期にAI活用導入演習、2年生は春学期・秋学期でAI活用実践演習(Webアプリケーションデザイン、Pythonによる機械学習、Webデザイン)、3年生はAI活用データサイエンス実践演習の形で履修修できるプログラムを設けている。
(5)AI活用入門シラバス
AI活用入門のシラバスでは前半6回で、この時代に人工知能がなぜ必要なのか、アプリケーションの開発を容易にするためのソフトウェア資源(API)を用いて何ができるのかを理解、データ解析入門などで構成している。実際に授業を受けているのは文科系、社会科学系が多く、かなり難しい内容になっており、何とか学生はついて来てくれているのかなと思う。
(6)AIを活用したキャリア支援
スマホアプリで学生が就活に対して24時間、365日、海外留学先などから質問すれば、日本IBMと共同開発した「KGキャリアChatbot」で答えてくれる。定型的な質問に対してはAIが答え、非定型な質問は人が対面で個々の学生に対応していくことを考えていければと思っている。
[質問]全学部に対して横断的、先端的な教育問題を議論する時に、どのような調整をされていたか。
[回答]「関西学院グランドデザイン2039」、150周年に向けて超長期ビジョンを立てており、400程度の項目に亘り、3年がかりで立ち上げて合意形成する中にAI戦略への対応を位置付けできたので、コンセンサスを全ての学部から得ている。各学部では対応できないので、学部横断的にやるしかないと思っており、全学規模で実施している。
東京大学名誉教授 西垣 通 氏
1.文理の分断から融合へ
特にコンピュータに関して、文系と理系が本来クロスしていくべきなのにも関わらず分断されているということに対して、私は大変心を痛めている。他の先進国と比べて極めて大きい問題だと思う。
文系では基本的な科学的知識が不足している。文系の学生は、例えば染色体とは何なのかと言ってもあまりよく分かっていない。他方、理系の学生は視野が狭く、専門分野以外の知識に無関心だ。AI時代には、コンピュータサイエンスやゲノムサイエンスと、人間がどうやって生きるべきか、どのように法律を作って行けばよいのか、どのように経済活動をすればよいのかなどが、相互にクロスしていく。そうした時に文系では、多様なAI応用領域を横串的に捉える見識がどうしても必要である。倫理的主体として、AI技術を使いこなす知恵が必要となる。これは簡単なことではない。
2.シンギュラリティとホモ・デウス
シンギュラリティ仮説は、「The Singularity is near」という米国の未来学者レイ・カーツワイルの本で有名になった。「2045年頃には人間よりも賢いAIが出現する」、「脳を全部スキャンしてコンピュータに入れてしまえば人間は不死になる」と、驚くようなことを言っており、AI何でもできるという感じになっている。一方、暗い話もある。そんなことになったら困るというネガティブな声も欧米では出ている。ホモ・デウス仮説は、ユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史家によるものだ。「人間(生物)はアルゴリズムだ」、「21世紀にはエリート階級と無用者階級に二分化されていく」と言っている。近代は人間中心主義だったが、これからデータ中心主義になるという。人間というのは何らかのデータの集合であり、コンピュータのプログラムで処理される存在になって行く。データ処理をコントロールできる人間がエリートで、コントロールされる方が無用者階級であり、後者が圧倒的に多くなる。我々はこの動向にブレーキが掛けられるのかを、よく考えないといけない。人間はAI倫理的主体としてかかわって行けるのかどうか、問題提起したい。
3.差別発言をするAI
一つの例として、2016年の大統領選挙でTayというマイクロソフトのおしゃべりロボット(チャットボット)をあげよう。19歳のアメリカ人女性という感じで発信していたが、途中で不適切なことを言い出した。「ヒットラーの方が猿の大統領よりまし」など。これは、オバマ大統領に対する人種差別発言だ。さらにまた、公序良俗に反することも発言している。これはTayを作ったマイクロソフトが悪いのではない。Tayは、ユーザーと対話をしていて、そんな表現を覚えてしまったのだ。Tayは根源的に意味を理解できていない。AIは翻訳など、情報の意味を処理できると思っている人が多いが、機械的なデータ処理をしているだけだ、ということに気が付かないといけない。学生もこの点をしっかりと理解しないといけない。そういうことが分からないまま、AIで世の中を作って行くと、とんでもないことになる。
4.人間の知と機械の知
人間の知と機械の知というのは違う。人間は生命体なので、生命的な価値を追求していく。感情を含む身体活動に基づいて、現在時点で意味を創造しつつ生きる。経済活動になるような価値はごく一部である。価値を追求できるからこそ、自由意思が出てきて、責任をとれるようになる。しかし、AIは価値と関係がない。過去のデータを高速論理処理できるが、自由意思がないので責任がとれない。AIが得意なところと、不得意なところを見抜くことが大事だと思う。
5.AIが起こす三種類の誤り
AIは三種の誤りをおかす。確率的バラツキ、プログラムのミス、サイバーテロによるものだ。ブラックボックスのAIは、対策修復が難しい。課題としては、大量のAI技術者を育成することと、ブラックボックス化の防止が大事である。
6.情報教育の根本的見直し
通常の情報とは、社会情報のことであって、コンピュータの中で処理される単なるデータのことではない。あらゆる情報のベースには、生命情報があるのだ。生命情報が記号表現されて社会情報になり、さらにその一部が機械情報に転化される。機械情報はデータであって、完全にコンピュータで処理できる。だから、情報教育とはプログラミング教育だけではない。そこが大事なのである。
つまり、機械情報の基礎に社会的に通用している社会情報があって、さらにその根源に、「生きる」という生命情報がある。そこは機械と違うところであり、多くの人達が体で分からなければいけないと思う。論理的思考はコンピュータでシミュレーションできる。しかし、合理的思考は意味内容まで深く洞察することではないだろうか。そう考えた時に社会情報とか、生命情報とかが出現する。だからプログラミング教育だけでは不十分で、広く横串のような見識を持った人材を文系で育てないといけない。
日本学術会議の「大学教育の分野別質保証のための参照基準:情報学分野」の中に生命情報、社会情報、機械情報の話が載っている。情報とはデータよりもっと広い存在だ。身体的共感も含む存在として情報を捉えてはじめて、AIの建設的活用が可能となる。情報の本質を教育すべきと思う。
本協会産学連携推進プロジェクト委員会副委員長 大原 茂之 氏
1.世界地図でみる4つの産業革命
第四次産業革命は第三次産業革命と何が違うのか。第三次産業革命のキーワードはインターネット、コンピュータ、ハードウエアが出てくる。第四次産業革命も同じようにインターネット、コンピュータが出てくるけれども、第三次はフィジカルな世界、物理的な空間での活用となっているのに対して。第四次はサイバー空間を徹底的に広げて活用できるかどうかが、価値の創造、生産性の向上に大きくかかわってきている。米国のGAFAはこの空間で利益を生み出している。モノの作りの世界は物理空間の競争力だが、価値創造、生産性がサイバー空間に移ってきている。その中の一つの要素としてAIがある。物理空間の中でAIを活用できるかというと、そうではない。AIはサイバー空間の中で初めて生きてくる。我々はサイバー空間の中に入るわけに行かないので、サイバー空間で価値を創出するのはAIの仕事と考えられる。
2.創造的破壊型イノベーションモデルとイノベーション能力の醸成
新しいモノを作ればイノベーションが起きるかというと、そんなことはない。新しいモノとか新しいサービスを作り出した時に、マーケットが動かなければイノベーションは起きない。そのサイズによって創造的破壊型のイノベーションも起きるし、サイズが小さいと日常生活の中でのイノベーションになって行く。シュンペーターが言うように、イノベーションは日常茶飯事起きるものである。創造的破壊型のイノベーションは数十年、あるいは数百年に1回起きる。第四次産業革命はマーケットがサイバー空間側に移ってきていると考えると分かりやすい。
3.IoT空間で変わる生活と新たな産業革命
<データ指向>
IoTというのはInternet of Thingsという。IoTの感覚はどういうふうに考えればいいかというと、センサーからとったデータはサイバー空間に行くわけで、サイバー空間側で処理した結果がアクチュエーター(モータ)を通して物理空間で機能を発揮する。物理空間とサイバー空間の繋ぎをしているのがIoTと考えていいと思う。例えば、人の体温・心拍数の計測を1日に1秒ごとにとるか、30分ごとにとるか、一人ひとりを1年間とったとしたら、いろいろな特性は分かるけれども、とんでもないデータになってくる。それを物理空間側で統計処理して結果を出せるかというと、とてつもない時間がかかってしまい、生産性が一度に悪くなる。サイバー空間側にあれば、とてつもなく効率が良くなってくる。時間を如何に節約するか、精度をいかにあげるか、ここに生産性の秘密がある。物理空間で処理するよりは、サイバー空間で処理した方が生産性を上げるという領域は沢山ある。その中の一つの処理機能としてAIがあるというポイントになる。例えば、あるレントゲン画像の識別機能をAI用いて作らせる宿題を出してみた。統計とか認識率でプログラム作ると2年以上はかかるか、あるいは作れないかもしれないが、4時間で作り上げた。プログラムで作るよりは、AIで作った方がはるかに効率の良い世界であるわけだが、プログラムでないと作れないところもまだ沢山ある。AIか、プログラムと考えるよりは、サイバー空間を徹底的に利用し、生産性を上げていくと考えると、もっといろいろと活動が出てくると思う。
4.IoT、AIで進化する教育の可能性
これからの学生教育では、物理空間とサイバー空間の両方の良さをきちんと教えるということが重要になってくる。これまでの大学の授業は、学生が集まって教員は学生に背中を向けて黒板に向かって話す。サイバー空間を利用した授業はどうなるかとなると、リアルタイムで今起きている情報を獲得できるので、そこから多様な質問が出てくる。教員はその質問に答えていかないといけない。教員が勉強しなければいけないことになる。サイバー空間なので、教員が分からないことを説明してくれる人を探し出し、ネット上で話してもらえればいい。オープンに徹底的にサイバー空間を利用する教育にシフトすべきで、オープン型のプロジェクトラーニングになる。
5.AIの時代に求められるイノベーション能力
プロジェクトをベースとしたラーニングで何を学生が理解できれば良いのか。ダイナミックに変わる知識はサイバー空間側にあるので、それにアクセスできる能力は非常に重要だが、それは作業になってしまうので、これから必要になってくるのは、全くないところから1を生み出す力(ZERO to ONE)、事例がないことを前提にした戦略立案力、構想力、理解者を集められる集客力、プレゼン力は全員が必要かというと、得意な学生が取組めばいい。それは数十年に1回しかできないかもしれない。でも0から1を生み出すチャンスが来た時に取組めるかどうか、そこが重要である。
そのためには何をすべきか。一つのヒントに対して、そこから様々に発展させる力、既にあるネタ(製品等)を高度化して訴求力を増大する企画力・巻き込み力(ONE to HUNDRED)が獲得できる教育が必要となる。そのためには人とコミュニケーションをとらないといけない。狭いグループではなく、開かれた世界でお互いにコミュニケーションをとれるようにするべきであり、英語ができなければ自動翻訳してくれるかもしれないし、言葉はあまり考えなくてもいい時代にはなってきていると思う。このようなONE to HUNDREDは直観力なのでAIに代替させようとするのは非常に難しい。暗黙知を処理することはできるけれども、直観力は難しく、ここを磨くことになってくると思う。
6.分野横断型PBL授業モデル
本協会が提案している分野横断型PBL授業の基本的なモデルで、物事を観察し、仮説を立て、仮説から問題を発見し、課題を設定して、問題解決できたかどうかを検証し、見直し・改善を行う力が必要としている。その際、徹底的に直感的に物事を考えて行けるか、自分が持っている経験知を他の人に説明できるかが求められてくる。
7.分野横断型PBL授業モデルの評価システムの例
実際にこれを展開しようとすると、複数の大学、企業、あるいは行政が参加して、チームを組んで例えばSDGsなどの答えが定まらない分野を横断する課題を提示し、クラウド上で異分野の学生達、市民などによるチームを構成し、学生が主体的に問題発見・解決できるようPBLのファシリテートを行う仕組みを設ける。
評価の仕方は外部評価クラウドにビデオ諮問などの評価問題群を蓄積しておき、クラウドを介して記述式で回答を返送し、複数の外部者による評価を行う。また、チームの評価はクラウドファンディングを通して社会の評価を受ける。成功・失敗が重要ではなく、その原因を自己分析して、次の学びにつなげる観点を評価のポイントにすることを構想している。なお、チーム学修で生じた知財を管理するために知財検証機構の設置が必要としている。
8.分野横断型PBL授業に使える最新技術
アイデアについてカードを使って組み合わせ、スマホを使ってボタンを押すと実物をその場でテストできる。プログラミングできなくても、カードを組み合わせることにより、仮説を立ててロボットがいろいろ動くことで、ロジカル発想を身に付けることができる。また、1円玉の大きさの基盤をつなぐことで、トリリオンノードエンジンができる。
野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング主任コンサルタント 岸 浩稔 氏
「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」というプレスリリース、非常に反響が大きい。AIと働き方、ワークフォース、人手不足の問題が背景にあり、AIはどれだけ人手不足に寄与できるから始まった研究である。CTスキャンの画像を判読するタスクでは、人間の判断能力より異常検出する力が多く、ディープラーニングのスコアが桁違いに上がった。発表した49%について議論したけれども、結局は変わらないではないかという話もある。AI、ロボットによって技術的に代替可能というのは、今後、仕事がテクノロジーによってどのように変わって行くかというポテンシャルと考えており、仕事の中身が変わって行くのではないかというように捉えている。
代替可能性の一番確率が高いのは電車の運転士で、技術的に代替可能と思う。ただ全てなくなるかどうかは別問題である。雇用者数が多くて代替可能確率が高いところは、代替の圧力が高い。この人達の仕事はだんだん無くなっていき、その分違うところに振り分けられるのではないか。
業務の複雑さ・高度性はコンピュータ化可能確率に相関しない。オクスフォード大学のマイケルA.オズボーン准教授等との共同研究では、無くなりやすい仕事の特徴を裏返せば、無くなりにくい仕事の特徴でもある。この点からAI時代に求められるスキルとして、方向性や解を提示するスキルの「創造的思考」、他者との協働性、高度なコミュニケーションスキルの「ソーシャルインテリジェンス」、マニュアルではなく自分で判断できるスキルとしての「非定型」の3つを提案している。
AIを必要とするという考え方は、今実施している仕事そのものを、だんだん分かりやすいところろから、AIが代替して全部無くなってしまうのではないか、という考えもあるが、AIと共存するモデルでは、人がやっているところを代替していけば、余ったリソースでより付加価値の高い業務へシフトすることを目指すべきではないかという理想的なモデルを提案している。AIは組織にどのような影響をもたらすのか。多様性のある組織の方が創造的と言われるが、言葉、価値観、能力のバラつきのある組織はコミュニケーションコストが上昇し、生産性は下がる。他方、同じような均質な人材で組織を運営する場合には仕事が効率的になり、生産性は一定となる。生産性と創造性が両立するモデルは、AIが生産性を必要とする業務を担い、人は人ひとでしかできない創造性を高める業務に集中していく働き方に変化していく可能性がある。
そういう時にどういう人材であるべきか。ジェネラルな能力を持った人材から、人ならではの能力を個別に評価するエキスパートの時代になる。例えばネゴシエーター、カリスマ、火消し役のプロフェッショナル、データサイエンティスト、創造力を持つアイディアマンなど、秀でたものを加えていく加点主義な考え方になっていかないと、生産性と創造性が両立していかない。
「機械による失業モデル」は、効率や生産性を目標としているので、AIがあるレベルに達すると多数の負け組が出てきてしまい、処遇に困る問題が発生する。一方で「AIとの共存モデル」は、AIが知識やスキルを補うことで、能力が底上げされるので、評価軸の異なる価値を加点化することによって、AIと共存していけるのではないか。
このような業務を遂行するために必要な能力(ケイパビリティ)として、組織で共通に求められる「コンピテンシー」、業務を遂行する個々の「機能スキル」、機能スキルの有効性・最適化を見極める「運用スキル」があり、職務・職位によって求められるスキル、コンピテンシーの比重は異なる。
AI時代には人材評価の在り方の見直しを迫られる。今まで組織の成果は個人で成果を競わせて組織の成果につながると考えてきたが、個人の能力の成長が結果的に組織の成果につながるという考え方へ変わってきている。欧米の先進企業では、CSRではなく、企業の競争力向上のためのダイバーシティ推進を実施している。多様性の考え、環境を整えることで、人材獲得、新しい価値創造、マーケット理解につなげるとしている。まとめとして、未来のオフィスでは、人はAIを使いこなし、共存する。そして創造的な仕事をするために多様性のある組織になると我々は考えている。
向殿会長を座長に、角田常務理事(芝浦工業大学)、話題提供者の西垣氏、情報教育研究委員会情報専門教育分科会主査の大原氏、野村総合研究所の岸氏、井端事務局長を交えて意見交換した。以下に主な内容を掲載する。
[質問]美術・デザイン教育にかかわっている観点から、イマジネーションの創造力とクリエイティブの創造力ということが、AI時代の人材育成に重要な要素になるのではないかと思うが、ご意見をいただきたい。
[回答:西垣氏]AIが芸術的なものを作るということは、ネガティブな話とポジティブな話がある。ネガティブとしては、創造性というものはAIには望めない、単なる真似っこだという意見もある。ポジティブとしては、AIの中で編集機能を使ってクリティカルな作品を作ると、それに刺激されて複数の人達がそれを見て、新しい作品を作ったりする。ある意味での新しい芸術文化が出ている可能性がある。
[回答:大原氏]デザインという世界で言えば、こういうものを欲しいと自然言語を入れると、代表的なデザインを例示していく。あるいは、デザインするための要素をヒントにして、自分でクリエイティブに判断できる。
[回答:岸氏]コンサルティングにイラストを作って示せると、イメージできて理解の促進に役立つ。単純に絵が書けるスキルが必要という創造性ではなく、話しの内容をイメージできるというような点で優れていることが示せられればいいと思う。
[座長:向殿]昔コンピュータが出てきた頃、仕事が無くなると驚かされていたけど、かえって仕事が増えた。AIも同じではないですか。
[回答:西垣氏]AIはルーチンワークス的なことをすごくやってくれるので、クリエイティブな仕事の方にシフトするのではないかと言う。そうなればいいと思うけれども、実際は事故という誤りで上手く進まない。それが結構増えてくるのではないかと思う。少しくらい間違えてもいいというのだったら効率がいい方に決まっている。しかし、医療の診断、自動運転などで大事故を起こした時に誰が責任をとるのかという議論がほとんど聞こえてこない。これからAIがいろいろなところで使われていくと、大変だと思う。
[論点1:向殿]AIなどのテクノロジーは、人間の活動の質を高めたり、新しい価値創造のチャンスをもたらす可能性が想定されるが、使い方を誤ると人命軽視、環境破壊など安全・安心への不安、人権侵害などに繋がるリスクをはらんでいる。AIをどのように人類の福祉に活用にできるかが、大学に課された大きなテーマであることが分かった。そこでAI社会で主体的に行動できるようにするために、大学教育でどのような資質・能力が求められてくるのか、議論のきっかけとして3点提案するので、意見をいただきたい。一つは、AIの価値や可能性を正しく理解するために、データを用いて問題発見・解決に取組む基礎的な技能の力と、情報を鵜のみにするのではなく、批判的に吟味する力を身に付ける教育が必要ではないか。二つは、人間にしかできない価値を創造する力が必要で、持続可能な社会を目指し、分野横断的な知恵を組み合わせて、新しい価値の創出をデザイン・行動する力が必要ではないか。三つは、一人ひとりの倫理観が問われる時代になる。データだけでなく倫理的、法的、社会的、文化的な見識を身に付ける必要があるのではないか。
[意見:安西氏]提案はその通りだと思うが、主体性を持った人間をどうやって育んでいくかということに集中すべきではないか。それで初めてAI時代の人材育成ができるのではないかと思う。
[意見:岸氏]価値創造の育成に集中するけれども、AIを活用して高められたスキルを見つけていく役割が必要で、それを誰が担うのかというのが一番問題なのではないか。国なのか、人材会社なのか、それとも大学なのか。
[意見:大原氏]AIはツールである。実際にAIを作るには、データクレンジングしないといけない。データはノイズがあって、そのまま学習させるととんでもないAIになってしまう。一番重要なのはサイバー空間を徹底的に開拓していく努力をすべきだろうと思う。
[意見:西垣氏]提案は3つとも大事だと思うけれども、興味があるのはAI倫理の話だ。中国ではAIの仕組みを活用して、物を買ったり、お金を借りたり、お金を返さなかったりするなどの行動を全部まとめ、人間を判定するスコアリングをしている。一種の新たな階級社会を生み出そうとしており、大きい問題になる。AIを上手に使えば良いというけれども、運用した時に技術だけではなく、人権を守りながらAIを活用する仕組みなどの学習が文系の学生に適しているのではないか。
[質問:参加者]AIが進んでいる時に、AIに負けない人材を育てないといけないと聞こえる。AIの勝ち組、負け組による分極化した社会が生まれ、不安定化していくのではないか。
[意見:岸氏]この変化は特段新しいものでもなく、第一次、第二次、第三次、第四次産業革命でも同じようにあった。その都度、社会がどれくらい変わるのか議論が起きている。今のAIの議論というのは、これ以上インパクトが起きるものでもないと思っており、結局あまり影響はないのではないか。
[論点1の認識を確認:向殿]
従来と同じ発想、受身の姿勢では通用しなくなると思う。主体的になることが大事で、自ら判断して目標を定め、課題を見つけ、知識・知恵を組み合わせる中で、倫理観を持って領域を横断して価値創造を目指した教育が必要になってくることに、賛同いただける方は挙手をお願いしたい。だいたいこのような方向だということが確認できた。
[論点2:向殿]
ではその教育はどういう仕掛けで考えればよいか意見交換したい。学生が自分事として捉え、主体的に実行できるような学びが不可欠になってくると思う。例えば、SDGsをテーマにPBLを行うとか、地域の創生・活性化を目指した体験型のPBLを行うとか、希望する学生に対してはスタートアップの授業を行うなどが考えられるが、角田先生と関西学院大学の村田学長から意見をお願いしたい。
[意見:角田氏]主体性を育むことは、かなり効果がある手法かなと考えている。これからAI教育は非常に親和性が高くなってくるので、それをうまく取り込みながら、SDGsのような課題について、PBLを行うことは非常に効果的と考える。分野を横断して教育を考えていく必要があるので、一学部一大学では難しい問題も絡んでくると思う。そうなると大学と社会が連携・接続する教育のオープンイノベーションが重要となる。本協会のアクティブ・ラーニングの対話集会でも現場の先生方は教育のオープンイノベーションに相当広く共感させていただいており、大学で取組む時期にきているのかなと感じている。
[意見:村田氏]大賛成です。本学はダブルチャレンジ制度として、学部の学びに加えてハンズオン・ラーニングという実社会の課題を見つける・解決する社会での実装型学習をしている。イノベーションを起こすには、スキームジョブで実体験しないと、新しいアイデアが生まれないので、倫理的な問題を含めて進めているところです。
[論点2の認識を確認:向殿]
問題発見・解決型の授業として、PBLを積極化していくことと、大学を越えて社会と連携・接続する教育のオープンイノベーションの取組みが必要であることを確認した。
[質問:参加者]AIはブラックボックスで非常にリスクがある。どのようにAIを人間社会の幸福に寄与していくかというところが重要だが、人間の在り方が根本的に変わる場面で、人文的な哲学的な考察が必要ということが言われているので、その部分をどのように考えているのか。
[回答:西垣氏]全く賛成です。文系の学生に望むことは、AIの細かいことは知らなくてもいいけれども、AIの本質的なところ、例えば効率を上げるのはいいのだけれども、人の命にかかわることなどに関しては簡単ではないのだという判断が必要。何でもできるのではなく、これなら大丈夫だという直観力を身に付ける教育が大事で、厳しく評価して鍛えなければいけない。
[論点3:向殿]
AIに関する体験型PBLの導入が、これから避けられなくなると考えると、どのように進めたらよいのか。自前で教育できればよいが、そうでない大学はどうしたらよいのか、私情協の井端事務局長から意見いただきたい。
[回答:井端氏]大学間の連携以外ないと思う。私立大学で先行している大学が、国の補助金等でeラーニング教材を作成して共同利用できるようにするとか、大学間に授業を配信する連携授業の仕組みなどを通じて、多くの大学に導入教育のプラットフォームをオープン化していくことが望まれる。
[論点3の認識を確認:向殿]
AIに関するPBLをはじめとして、一大学で対応できない教育の問題に、多くの大学が如何に対応していくべきか。これはやはりICTを活用して大学間や大学と社会が連携・接続する仕組みに取組むことが今後必要であることを挙手で確認した。
[総括:向殿]
若者一人ひとりが、未知の時代に主体的に社会に参画し活躍できるよう、我々大学関係者は自己犠牲を厭わず最良の授業を提供できるよう、学生を支えていくことが使命ではないかと考える。毎年学生が社会に巣立っていくことを考えると、待ったなしの感が否めない。ここに参集されている大学が、教育イノベーションの連携を深めていただき、若い世代に「希望」と「自信」を持たせられますよう、その実現を目指して会を閉じさせていただく。
1.私立大学情報環境白書(2018年版)の要約
教育改革に向けた私立大学のICT利活用の現状と3年後の計画について要点を紹介する。
2.平成30年度私立大学情報化投資額調査
加盟大学193大学、53短期大学に調査したところ、大学159校82%、短期大学38校71%の回答率となった。
大学の教育研究部門における物件費の情報化投資額は、大学全体の中央値は2億6,985万5千円で、29年度に比べ0.2ポイントの増となっている。短期大学は1,219万円で、29年度より17.7ポイント減少している。
データセンター(クラウド)の利用経費は、利用率が大学94%と前年度に比べ12ポイントの増加、短期大学68%と前年度に比べ2ポイントの減少となっている。
利用経費の中央値は、大学585万円で対前年度11%の増、短期大学33万円で対前年度43%の増となっている。その内、1千万円以上の大学は46校と回答159大学の28%となっており、前年度26%より2ポイント投資する大学が増加している。なお、1億円以上の大学は3校、最大投資額の大学は5億円となっている。また、5百万円以上の短期大学は2校と、回答38短期大学の5%となっており、前年度2%より3ポイント投資の短期大学が増加している。なお、最大投資額の短期大学は1千万円弱となっている。
クラウドの経費が情報化投資額に占める割合は、大学平均で2.8%となっており、前年の2.5%から0.3ポイント増加している。短期大学は平均2.6%と前年の2.9%から0.3ポイント減少している。
他方、教育研究部門における昼間部学生1人当たりの情報化投資額(中央値)を見てみると、大学生1人当たりで6万円、前年度の6.1万円より2ポイント減少している。短期大学生1人当たりは3.9万円で前年度と同額となっている。大学の規模・種別の内訳は別表の通りである。なお、管理経費を含む学生1人当たり情報化投資額(中央値)は、大学平均で7.6万円、短期大学では4.9万円となっており、教育研究部門の経費から管理経費を差し引くと、管理経費の学生1人当たりの情報化投資額は、大学で1.6万円、短期大学で1万円となっている。
3.情報セキュリティベンチマークリストの評価結果(2018年)
138大学による4部構成のベンチマーク評価結果の一部を紹介する。経営執行部が情報セキュリティに対する危機意識の共有化に努めている大学は1割未満、情報センター等部門が対応している大学は6割に近い大学となっており、経営執行部が中心となった組織的な取組みへの転換が課題となっている。
サイバー攻撃に対する防御体制は、7割近くが情報センター等部門となっている。大学の経営執行部、学部部門の管理責任者による取組みは1割未満にとどまっている。また、2割程度の大学は経営執行部として防御体制を構築していない。子現在検討中の大学を含めて、防御体制の構築に向けた早急な取組みが課題となっている。
情報セキュリティ対策のICT予算の規模は、3%以下の大学が4割、4%から9%が2割強、10%以上が1割強となっているが、予算化していない大学が1割強もある。学校法人全体の情報資産をサイバー攻撃から守っていくには、経営執行部が中心になり、法人の対応能力に合わせて予算を投入し、防御対策を講じていくことが、大学の社会的責任として求められている。
費用をかけている内容は、8割程度の大学が「ファイアーウォール」、LANを階層化して使い分ける「VLANなどのネットワーク」、「ウイルス対策」としているが、他方、「暗号化対策」、「USBなどの書き込み制御ソフト」に費用をかけていない。特に、USB対策やメール開封によるウイルス侵入などは、構成員一人ひとりの危機管理意識に依存することから、パソコン使用開始時に画面で、例えば「先生このようなことしていませんか、サイバー攻撃で大学の情報資産が侵害されますよ」という呼びかけを行い、使用する教員に気付きを働きかけることができないか、本協会としても研究していくことにしている。
重要な情報資産のUSBメモリー・ノートパソコンなどの持ち出し・持ち込みの禁止と制限については、7割近くの大学が持ち出し・持ち込みの制限をしていない。大学の教員・職員を中心とした構成員による防御行動の注意喚起の在り方について、早急に考え方をまとめ、経営執行部のガバナンスの下で徹底していくことが課題である。
どのような情報資産を守るのか、重要な情報資産の目録作成を実施している大学は4割近くにとどまっており、6割の大学は目録作成を行っていない。他方、重要な情報資産に対するアクセス制御は7割に近い大学が行っており、一貫した合意形成の下での管理対策が課題となっている。
2018年における加盟大学の防御対策は以下の通りであり、学内構成員に対する注意喚起への対策が道半ばであることを問題提起する。