特集 授業の価値を最大化する教育のICT革新

 「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」では、学修者本位の教育への転換を基軸に分野を越えた専門知の組合せ、文理横断的なカリキュラム、学修の幅を広げる工夫が求められるとしています。その背景にはIoT(Internet of Things)の普及やAI(人工知能)等の技術革新が進展普及し、様々な分野で産業構造、人々の働き方、ライフスタイルが大きく変化しつつあり、新たな社会的価値や経済的価値を生み出すイノベーションが日常的に要請されてくることを見据え、問題発見・解決型PBLの充実が急がれています。
 これまでの大学教育は知識の伝達に比重が置かれてきましたが、これからは異なる分野の学生や社会人を交えて多面的に知識を組み合わせ、談論風発を繰り返す中で知恵を創り出す学修者本位の学びの仕組みを加速していく必要があります。対面による物理的空間の学びに加え、時間・場所を越えたサイバー上の仮想空間とマッチングし、多様な「知」との新結合を目指す新しい学びのスタイルが望まれます。
 今、正にコロナ禍の中で遠隔授業の有効性と可能性を体験していますが、これを機に最良の仮想空間による学修環境を整備して、学生が物事の本質を見極める意識を持って主体的に行動し、協働で創造的知性を引き出す教育のICT革新の可能性を考える場としました。

ポストコロナにおける大学教育のDX化と
数理・データサイエンス・AI教育

服部  正(文部科学省 高等教育局専門教育課企画官)

1.はじめに

 新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、国内外のヒト・モノ・カネの流れが急速に減速し、私たちの生活は大きく変化しました。我が国を含め世界各国の感染状況を鑑みますと、当面の間、この感染症と向き合いながらの生活を想定せざるを得ない情勢です。大学教育もその例外ではなく、この情勢に適応していくことが求められました。
 その有力な手段の一つとしてICT技術を用いた遠隔授業が否応なしに導入されることになり、わずか数か月で授業風景は一変しました。遠隔授業は、これまで行ってきた対面授業とはまったく異質なものであり、相当な準備が求められます。短期間にこの大転換を実現できたことは、教員、事務職員の皆様の学びを止めないという想いとご努力のたまものであり、心から敬意を表したいと思います。
 このようにコロナ禍に適応することを契機として一挙に広がった遠隔授業でありますが、実際に遠隔授業を実践、体験した教員、学生から遠隔教育の利点や欠点があげられつつあります。また、このコロナ禍への対応如何に関わらず大規模公開オンライン講座(MOOC)などの遠隔教育は世界の学びに大きな変革をもたらしており、世界の潮流を踏まえながら我が国の大学教育を見直す必要がありました。大学教育に限ったことではありませんが、コロナ禍はこれまで我々がなかなか踏み込むことができなかった大学教育のデジタルトランスフォーメーション(DX化)を加速したとも言えます。
 また、大学教育のDX化に加え、サイバー空間とフィジカル空間を融合したSociety5.0を目指す我が国としては、将来を担う学生がデータを活用し、感染症や自然災害を含め様々な情勢の変化に適切に対応しながら未来を切り拓くことができるよう、日常生活や仕事においてデータを使いこなすことができる基礎的素養(リテラシー)を育成する教育を目指すことが求められています。
 本稿では、コロナ禍を素直に受け入れつつ、この機運を利用した新しい大学教育の創造に向けて、政府が推進するポストコロナを見据えた大学教育のDX化と数理・データサイエンス・AI教育に係る政策動向について紹介したいと思います。

2.コロナ禍と大学教育のDX化を巡る情勢

(1)正規課程における遠隔教育

<海外の情勢>

 統計が整備され、遠隔教育の先進国である米国を例に遠隔教育の現状について見ていきたいと思います。
 2018年秋現在、高等教育機関の正規課程に登録している学生のうち、何らかの遠隔教育科目を履修している学生は35.3%、完全に遠隔教育科目のみを履修している学生は16.6%となっています。大学院以上の学生に限りますと、30.7%の学生が完全に遠隔教育科目のみで履修しています[1]

<国内の情勢>

 我が国の正規課程における遠隔教育の状況ですが、米国とは異なり学生数ではなく、機関数での統計となりますが、2017年度現在28.1%の大学において何らかの遠隔教育が実施されました。これがこのコロナ禍の影響により一挙に遠隔教育の導入が進み、なんと今年5月現在で約97%もの大学等において遠隔教育が実施されました。
 これは平常時に計画的に遠隔教育を実施するものとは全く異なり、非常時の対応としてまさに手探りで行われたものと思われます。このような状況に対応するため、国立情報学研究所は、遠隔授業等の準備状況に関する情報をできる限り多くの大学間で共有することを目的に、3月26日以降毎週から隔週に1度の頻度でオンラインにて「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」を開催しています。ここでは、教員の皆様から好事例や失敗事例の共有、政府からの最新の対応状況の紹介などが行われています。ご興味があればぜひご参加いただければと思います。毎回のシンポジウムの資料、講演画像はホームページにおいて公開されています。大変参考になると思います。

(2)MOOCの情勢

 MOOCという言葉は2008年カナダのマニトバ大学で行われたオンライン講義で最初に用いられ、2,000人を超える人々が世界中から参加したと言われています[2]。2012年にスタンフォード大学が開校したUdacity、Coursera、マサチューセッツ工科大学とハーバード大学が共同設立したedXなど米国の有力大学によるMOOCが創設され、現在では学習者が累計1億1千万人に及ぶまでに成長を遂げ、今も世界中で拡大しています。提供されている講義分野は多岐にわたりますが、ICT関連、ビジネス関連で各2割を占めています[3]。この状況を鑑みますと、キャリアアップにつなげる学習者が多いものと考えられます。
 近年の傾向としては、これまでの無料で受講できる講義に加え、有料での大学の正規のオンライン学位プログラムの提供、マイクロクレデンシャル(学位ではなく特定の資格、技能、学習内容の習得などを認める証明書)の授与などの動きが進んでいます。特に、マイクロクレデンシャルは、大きなコストを要する学位という形式に捉われずに自らの学修成果を示すものであり、大いに注目すべき動きであります。ICT技術が急速に学びの形を変えつつある一例と言えるでしょう。
 国内においても、延べ学習者は約119万人となり、毎年の登録者数も増加し成長を続けています。学習者は主には大学卒業以上の人が7割弱で中心となっています[4]

3.大学教育のDX化の価値

(1)コロナ禍への対応による気づき

 コロナ禍は強制的に我々に遠隔授業の実施を迫り、多くの苦労を強いたわけですが、悪いことばかりでもなかったという声も多く聞かれます。先ほど紹介した国立情報学研究所が行っているシンポジウムにおいて、学生、教員の遠隔授業に関するアンケート結果の共有がいくつか発表されていますが、意外にも遠隔授業の実施に肯定的な回答が、否定的な回答を大きく上回っています。つまり、遠隔授業の良いところを認知・経験する良いきかっけとなったと言えるかと思います。もしかすると、この不自由さが学生にとっても、教員にとっても教育を見つめなおすことになったのかもしれません。未だ海外の遠隔教育先進国と比較をして遅れをとっている我が国にとっては、これはポストコロナにおける大学教育のDX化を推進する良いタイミングと捉えるべきでしょう。
 一方、気をつけなければいけないこともあります。それは、DX化を業務の効率化の視点のみで捉えてしまい、学生と教員との間や学生間のコミュニケーションが希薄になってはならないことです。DX化がもたらす価値をしっかりと見極めることが重要です。また、障害のある学生への合理的配慮についても対面授業と同様、考えなければいけない課題です。

(2)DX化により実現できること

 DX化により実現できることは大きく分類すると以下の通りだと考えています。

1)時間、場所、費用の制限からの解放

 録画、CBTなどデジタルコンテンツを活用すれば、いつでも、どこでも学ぶことができます。また、多くの学修者への教育の提供、学位をとることなく自分に必要な授業のみの受講が可能となることから、学修者の費用を低く抑えることができる可能性があります。
 時間からの解放は、学生、社会人、退職者など学修者の様々なライフスタイルに応じた学びを、場所からの解放は、居住地、国境を問わず多様な学修者の学びを、費用からの解放は、誰もが学べる環境の提供を可能とするのです。

2)データ化による学びの可視化と質の向上

 学修者の受講履歴や習熟度をデータにより相当程度可視化することができます。これと教員の指導内容も併せてデータ化しますと、エビデンスに基づく教育内容の検討が可能となり、学びの質を向上させることができるようになります。
 VR技術やAR技術を用いた機器を活用し、実習を高度化するといった工夫も考えられると思います。

3)事務の効率化

 レポートの受付、質問のやりとり、履修証明の発行など、大学教育には多くの事務が存在しています。デジタル技術を活用することにより、これらの事務は大きく効率化することができます。特に、AI技術を活用した簡単なFAQ対応、デジタルバッジ(電子証明書)を活用した履修・卒業証明といった新しい動きは非常に興味深いものと言えます。

(3)DX化がもたらし得るパラダイムシフト

 コロナ禍により改めて再認識したことは、技術の発展や環境の変化は、大きく我々の生活を変えるということです。今までの常識がもはや常識ではなくなってしまうことが起きます。
 昨今の大学教育のDX化を巡る情勢を鑑みますと、大学教育はより学修者本位のものへと転換していくものと思われます。学修者が抱えている学びにまつわる課題は多様でありますが、それを技術で解決し、またその技術の進展に合わせてこれまでの「大学」や「学位」といった仕組みそのものも変えようとさえしているようにも見えます。この情勢を見極めて対応を考えていくことが大切だと感じています。

4.大学教育のDX化に向けた施策の方向性

 文部科学省は、このコロナ禍への対応で得た経験を十分に活かし、ポストコロナにおける大学教育のDX化を推進していきたいと考えています。これは、なんでもデジタル化するということではなく、大学教育の価値を最大化させる手段としてのデジタル技術の活用を目指すものであり、とりもなおさずそれは対面授業の意義をより研ぎ澄ますという意味もあるかと思います。
 以下のような方向性で施策を進めてまいります。

1)DX化に向けた環境構築

 新型コロナウイルス感染症による影響への対応として、補正予算100億円を投じて、遠隔授業が可能となる設備及び体制の整備を支援しています。

2)ポストコロナにおける高度化モデルの普及

 DX化が進展する社会を牽引する人材を育成するために、デジタル技術を大胆に取り入れることにより、デジタルとフィジカルを組み合わせたポストコロナの高等教育の具体化を図り、その成果の普及を目指す取組みを推進していきたいと考えています。

3)デジタライゼーション・イニシアティブ(スキームD)

 デジタル技術を用いて授業価値を最大化することにチャレンジしたい大学教員や企業等が、公開のピッチイベントでアイデアを提案し、そのアイデアに賛同した者たちをマッチングさせ、実際の授業で実証を行う「公式アクティビティ」を形成し、新たな大学教育を開拓します。試行的なピッチイベントを年度内に開催することを目指しています。

5.AI戦略2019

 昨年6月、今後のAIの利活用の環境整備・方策を示す政策文書「AI戦略2019?人・産業・地域・政府すべてにAI?(令和元年6月統合イノベーション戦略推進会議決定)」が策定されました。

図1 AI戦略2019概要
図1 AI戦略2019概要

 この「AI戦略2019」が掲げる戦略目標の中で最初に位置するのが「人材」です。教育改革の大目標として、「数理・データサイエンス・AI」をデジタル社会の基礎知識(いわゆる「読み・書き・そろばん」的な素養)と捉え、その知識・技能など必要な力をすべての国民が育み、社会のあらゆる分野でそのような人材が活躍することを掲げています。特にこの戦略で特筆すべきことは、図2に示すように育成すべき人材レベルに応じ、その育成目標を掲げたことにあります。
 ご覧の通り応用基礎レベル、リテラシーレベルは年間25万人?100万人という規模での育成を目指すことから、「モデルカリキュラムの策定」と優れた教育プログラムを顕在化し、その普及を図る「数理・データサイエンス・AI教育プログラムの認定制度の導入」を主要な施策としてその実現を図ることが定められました。

図2 AI戦略2019教育改革
図2 AI戦略2019教育改革

6.数理・データサイエンス・AI教育プログラムのモデルカリキュラムと認定制度

(1)モデルカリキュラム

 文部科学省では、2017年度から、大学関係者による「数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム」を立ち上げており、モデルカリキュラムの検討・策定、教材開発、教育に活用可能な実課題・実データのデータベース整備、教員のFD(ファカルティ・デベロップメント)などを精力的に進めています。
 このコンソーシアムの活動の一つとして、数理・データサイエンス・AI教育のモデルカリキュラムの策定があり、今年4月に、リテラシーレベルのモデルカリキュラムを策定されました。図3の概要に示すとおり、学修目標、活用イメージ、学修内容、キーワード(知識・スキル)、教育方法などがまとめられました。リテラシーレベルの学修目標は、「今後のデジタル社会において、数理・データサイエンス・AIを日常の生活、仕事等の場で使いこなすことができる基礎的素養を主体的に身に付けること。そして、学修した数理・データサイエンス・AIに関する知識・技能をもとに、これらを扱う際には、人間中心の適切な判断ができ、不安なく自らの意志でAI等の恩恵を享受し、これらを説明し、活用できるようになること」と設定されました。要約しますと、日常の生活、仕事等の場で、これらを道具として上手に活用することができる基礎的素養を持ってもらうことが重要であり、数理、統計、データサイエンス等の専門分野を志す学生の専門基礎教育を念頭においたものというよりも、すべての学生が、今後の社会で活躍するにあたって学び身に付けるべき、新たな時代の教養教育(令和時代のリベラルアーツ)を推進することを対象としたモデルカリキュラムであることをご理解いただければと思います。

図3 モデルカリキュラム(リテラシーレベル)の構成
図3 モデルカリキュラム(リテラシーレベル)の構成

 カリキュラム実施にあたっての基本的な考え方としては、高等学校での統計・数理基礎の習得状況にバラつきがあることも考慮した上で、文理を問わず、すべての大学・高専生(約50万人卒/年)を対象とするものであることから、『数理・データサイエンス・AIを活用することの「楽しさ」や「学ぶことの意義」を重点的に教え、学生に好奇心や関心を高く持ってもらう魅力的かつ特色ある教育を行う。数理・データサイエンス・AIを活用することが「好き」な人材を育成し、それが自分・他人を含めて、次の学修への意欲、動機付けになるような「学びの相乗効果」を生み出すことを狙う』とされています。
 各大学の教育目的、分野の特性、個々の学生の学習歴や習熟度合い等に応じて、このモデルカリキュラムの中から適切かつ柔軟に選択・抽出し、各大学の特徴を活かした創意工夫を行いながら、魅力的な教育が行われることを期待しています。

(2)認定制度

 今年3月、リテラシーレベルの優れた教育プログラムを認定する制度の構築を目的として『「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」の創設について』(以下「報告書」といいます。)が内閣府の検討会議においてとりまとめられました。この認定制度には3つの意義・目的があります。

 報告書において述べられている認定教育プログラムの認定要件のうち、主なものを要約して紹介します。

<基本的要件>

<教育プログラムの内容・要素>

<教育体制・質保証>

 認定は、内閣府、経済産業省の協力のもと文部科学省が行う予定です。今年度中の制度運用開始を目指し、現在検討が進められています。各大学においては、本認定を積極的に活用し、学生や将来の学生となる受験生に対して、ポストコロナにおいてますます求められることになる数理・データサイエンス・AI教育へコミットする姿勢を示していただき、各大学切磋琢磨しながら互いに高め合いつつ新たな時代の教養教育が展開されるようになることを期待しています。

(3)今後の展開

 リテラシーレベルに続いて、今年度は応用基礎レベルのモデルカリキュラム、認定制度の検討が始められ、今年度中のとりまとめを予定しています。

7.おわりに

 ポストコロナにおける大学教育のDX化と数理・データサイエンス・AI教育の推進は、政府としてもしっかりと支援をしていきたいと考えています。しかし、その実現には教員の力はもちろんですが、学修者自身、また大学教育を支える周辺産業の育成が必要です。国内外の情勢を捉えつつ柔軟な態様で、自分に足りないものは誰かの力を借り、できることから失敗を恐れずに挑戦することが今求められています。

参考文献および関連URL
[1] U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics. Digest of Education Statistics 2019, Table 311.15.
[2] McGill Association of University Teachers, A Brief History of MOOCs, https://www.mcgill.ca/maut/current-issues/moocs/history
[3] Dhawal Shah, By The Numbers: MOOCs in 2019, https://www.classcentral.com/report/mooc-stats-2019/
[4] 一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会, JMOOCのご紹介, www.jmooc.jp/wp-content/uploads

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