特集 数理・データサイエンス・AI教育

数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)
モデルカリキュラム
〜データ思考の涵養〜

孝忠 大輔(日本電気株式会社AI・アナリティクス事業部 AI人材育成センターセンター長)

1.はじめに

 近年、様々な領域で本格的に人工知能(AI)の導入が進んでいます。今後の社会はSociety5.0(超スマート社会)と呼ばれ、AIやビッグデータの活用によって新たな価値がもたらされる社会へと変わっていきます。そのような状況の中、統合イノベーション戦略推進会議にて「AI戦略2019〜人・産業・地域・政府全てにAI〜」が決定し、全ての国民が数理・データサイエンス・AIに関する知識・技能を育むことが目標として発表されました。
 AI戦略2019の中では、大学・高専向けの取組みとして、「文理を問わず、全ての大学・高専生(約50万人卒/年)が、課程にて初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得すること(リテラシー教育)」、「文理を問わず、一定規模の大学・高専生(約25万人卒/年)が、自らの専門分野への数理・データサイエンス・AIの応用基礎力を習得すること(応用基礎教育)」が示されています。
 本稿では、全ての大学・高専生(約50万人卒/年)が対象となるリテラシーレベルのモデルカリキュラムについて紹介します。このモデルカリキュラムは、数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムに設置された「モデルカリキュラム(リテラシーレベル)の全国展開に関する特別委員会」によって作成されました。特別委員会では、筆者をはじめ産業界、国公私立大学、関係団体などが参画し、産業界や私立大学の取組み状況を反映しつつ検討を行いました。
 特別委員会で取りまとめた内容は意見募集を経て、2020年4月に数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムのWebサイト上で、「数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラム〜データ思考の涵養〜」として公開されています[1]。モデルカリキュラムには、リテラシーレベルの教育の基本的考え方、学修目標・スキルセット、教育方法などが記載されています。それぞれの内容について押さえておくべきポイントを解説します。

2.リテラシーレベルの教育の基本的考え方

 数理・データサイエンス・AI教育(リテラシーレベル)においては、次の4つの考え方に基づきカリキュラムを実施することを期待しています。

<基本的考え方>

 この基本的考え方の第2項目に示している通り、モデルカリキュラムは固定されたものではなく、各大学・高専の教育目的や特性によって、適切かつ柔軟に選択・抽出することを想定しています。コア学修項目の学修量は概ね2単位相当程度を想定していますが、学生の理解を深めるためにモデルカリキュラムに記載されていない内容を追加するなど、柔軟に授業科目を設計することが可能です。モデルカリキュラムを参考にしつつ、各大学・高専の創意工夫による多様な教育が展開されることを期待しています。

3.リテラシーレベルの学修目標・スキルセット

 リテラシーレベルの学修目標は「今後のデジタル社会において、数理・データサイエンス・AIを日常の生活、仕事等の場で使いこなすことができる基礎的素養を主体的に身に付けること。そして、学修した数理・データサイエンス・AIに関する知識・技能をもとに、これらを扱う際には、人間中心の適切な判断ができ、不安なく自らの意志でAI等の恩恵を享受し、これらを説明し、活用できるようになること」と設定しています。
 これらの基礎的素養を身に付けるために、モデルカリキュラムでは「導入」「基礎」「心得」「選択」の4つの学修項目を設けています(表1参照)。この中で「導入」「基礎」「心得」をコア学修項目として位置付け、「選択」に関しては学生の学習歴や習熟度合いに応じて適宜選択することを想定しています。

表1 リテラシーレベル モデルカリキュラムの構成
表1 リテラシーレベル モデルカリキュラムの構成

 ここではモデルカリキュラムに沿って、コア学修項目「導入」「基礎」「心得」の学修目標および学修内容について紹介します。

(1)導入の学修目標・学修内容

 「1.社会におけるデータ・AI利活用(導入)」では、データ・AIによって社会および日常生活が大きく変化していることを学びます。現代の社会はデータ駆動型社会と言われ、データを活用した新しいビジネスやサービスが次々と登場しています。近年、インターネットやスマートフォンを使うことが一般的となり、人々の活動をログデータとして収集/蓄積できるようになりました。自身の活動から生み出されるデータや、身の回りにあるデータについて知ることによって、データ駆動型社会の現状を理解すると共に、データ駆動型社会におけるデータ・AIの活用領域の広がりについて学びます。
 データを活用した新しいビジネスやサービスでは、AIが重要な役割を果たしており、複数の技術を組み合わせることで新しい価値が生み出されています。現在、流通業、製造業、サービス業、金融、インフラ、公共、ヘルスケアなど、様々な業種・業態でデータ・AIの活用が進んでいます。データを活用したビジネスやサービスの中で使われている技術を紐解き、最新のビジネスモデルや活用事例について学ぶことで、数理・データサイエンス・AIを活用することの面白さや楽しさを理解します。

<導入の学修目標>

(2)基礎の学修目標・学修内容

 「2.データリテラシー(基礎)」では、日常生活や仕事の場でデータ・AIを使いこなすための基礎的素養を身に付けます。身の回りにあるデータを適切に読み解くためには、確率・統計に関する知識が必要になります。我々が日常生活の中で目にするデータの大部分は、誰かによって集計/加工されたデータです。この集計/加工されたデータは扱いやすい反面、データを適切に読み解く力がないと、間違った解釈を引き起こしてしまうことがあります。
 データを適切に読み解くためには、どのように収集されたデータなのか、データを集計/加工する過程で情報が削られていないか、データの分布はどうなっているのかなど、確認しながらデータに向き合う必要があります。確率・統計に関する知識を学ぶことで、起きている事象の背景やデータの意味合いを理解する力を身に付けます。
 研究や仕事の現場では、データを読む力と同様に、データを説明する力も重要になります。データを適切に説明するためには、データの特性に合わせた図表表現を知ると共に、データの比較対象を正しく設定する力が必要になります。データの比較対象が正しく設定されていないと、意図せずに聞き手に間違った情報を伝えてしまう可能性があります。自ら手を動かして何度もデータを可視化するトレーニングを積むことによって、データを適切に説明する力を身に付けます。
 また、研究や仕事の現場では、数百件〜数千件のデータを頻繁に扱います。数件〜数十件のデータであれば、一件一件データを見ることで内容を確認することができますが、数百件〜数千件となると一件ずつデータを確認することが難しくなるため、データを集計/加工しデータの特徴を把握することになります。Microsoft ExcelやGoogleスプレッドシートなどの表計算ソフトを利用することによって、小規模データ(数百件〜数千件レベル)を集計/加工する力を身に付けます。

<基礎の学修目標>

(3)心得の学修目標・学修内容

 「3.データ・AI利活用における留意事項(心得)」では、データ・AIを利活用する際に求められるモラルや倫理について学びます。データ駆動型社会の進展と共に、世界中でデータ・AIの活用が広がっています。データ・AIは社会を豊かにするという良い側面を持つ一方で、これから社会全体で検討が必要な課題も多く生み出しています。
 内閣府からは、AIが社会に受け入れられるために留意すべき事項をまとめた「人間中心のAI社会原則」が発表されています。このAI社会原則では、①人間中心、②教育・リテラシー、③プライバシー確保、④セキュリティ確保、⑤公正競争確保、⑥公平性、説明責任及び透明性、⑦イノベーションの7つについて、今後の社会における課題とステークホルダーが留意すべき原則が示されています。
 今後の社会において、データ・AIがどのような脅威(リスク)を引き起こす可能性があるのか知ることによって、データ・AIを利活用する際に求められるモラルや倫理について学びます。
 また、我々は日常生活の中で、データ・AIを活用した様々なサービスを利用しています。今後のデジタル社会においては、サービスを利用する我々も情報セキュリティに対する意識を高め、自身の情報を守るという考え方が必要になります。これまでにあったセキュリティ事故の事例および対策を知ることによって、自分自身のデータを守る方法を理解し、データ・AIを適切に利活用する心構えを身に付けます。

<心得の学修目標>

4.リテラシーレベルの教育方法

 次に、コア学修項目「導入」「基礎」「心得」の推奨される教育方法について紹介します。数理・データサイエンス・AI教育(リテラシーレベル)の実施にあたっては、実データおよび実課題を用いた演習など、社会での実例をカリキュラムに取り入れることを推奨しています。

(1)導入の教育方法

 「1.社会におけるデータ・AI利活用(導入)」では、反転学習を取り入れた講義を行うことを推奨しています。事前にデータ・AIの利活用事例をいくつか紹介し、学生にデータ・AIの活用領域が広がっていることを知ってもらいます。利活用事例に興味を持ってもらった上で、どのようなデータが利用されているのか、どのような技術が使われているのか解説し、学生の理解を深めます。
 また、一方通行で事例を紹介するだけの講義では学生の理解が進まないため、事例調査や活用アイデア検討などのグループワークを取り入れることも推奨しています。

<推奨される教育方法>

(2)基礎の教育方法

 「2.データリテラシー(基礎)」では、社会での実例(実課題と実データ)を交えながら講義を行うことを推奨しています。講義で題材とするデータは、学生の身近に存在しているデータであることが望ましく、大学・高専の近隣エリアのデータを題材としたり、各大学・高専が得意とする専門領域を題材としたりして、学生が興味をもって講義に臨めるようにします。
 また、データリテラシーを身に付けるためには、学生が自ら手を動かし体験することが重要になります。データの特徴を読み解くグループワークや、データを可視化する演習を通して学生の理解を深めます。表計算ソフトを使ったデータの集計/加工を実施する場合は、学生によってスキルレベルの差が生じやすいためフォローアップのための講義(補講など)を準備することを推奨しています。

<推奨される教育方法>

(3)心得の教育方法

 「3.データ・AI利活用における留意事項(心得)」では、これまでにあった不適切なデータ利用やセキュリティ事故などの事例を交えた講義を行うことを推奨しています。最初に、学生の身近で起こったデータ・AI活用における負の事例をいくつか紹介し、データ駆動型社会の脅威(リスク)を自分ごととして考えてもらいます。データ・AIが引き起こす課題を知った上で、自分たちの身の回りでどのような問題が起きそうかグループワークを通して検討してもらいます。

<推奨される教育方法>

5.リテラシーレベルの実施展開に向けた取組み

(1)モデルカリキュラム対応教材

 数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムでは、リテラシーレベルのモデルカリキュラムの全国展開に向け、モデルカリキュラムに対応した教材をWebサイト上で公開しています[2]。モデルカリキュラムに掲載されているキーワード(知識・スキル)に対応した講義動画やスライド教材を掲載しており、教育的な目的に限って各大学・高専で利用することができます。数理・データサイエンス・AI教育(リテラシーレベル)のカリキュラムを検討する際は、参考にすることをおすすめします。

(2)教育プログラム認定制度

 数理・データサイエンス・AI教育を普及させるために、「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」の整備が進んでいます[3]。ここでは、優れた数理・データサイエンス・AI教育を実施する大学・高専を認定し、認定された教育プログラムが広く発信・共有されることで、他大学の取組みが加速することを期待しています。まずはリテラシーレベルの認定から開始することが予定されており、認定の要件として「モデルカリキュラムの学修目標、スキルセット等を参考にしつつ、大学等の状況に合わせて適切に科目設定がされていること」、「数理・データサイエンス・AIを活用することの楽しさや学ぶことの意義を重点的に教え、学生に好奇心や関心を高く持ってもらう魅力的かつ特色ある内容であること」などが示されています。

6.まとめ

 本稿では、数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラムに沿って、リテラシーレベルの教育の基本的考え方、学修目標・スキルセット、教育方法、実施展開に向けた取組みについて紹介しました。このリテラシーレベルの教育は、AI戦略2019の中でも重要な教育と位置付けられており、文理を問わず、全ての大学・高専生(約50万人卒/年)が学ぶことを目標としています。今後のデジタル社会においては、従来の「読み・書き・そろばん」のように、「数理・データサイエンス・AI」を基礎的要素として身に付けておく必要があります。多くの学生がリテラシーレベルの教育を学び、社会のあらゆる分野で活躍することを期待します。

参考文献および関連URL
[1] 数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム,モデルカリキュラム(リテラシーレベル), http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/model_literacy.html
[2] 数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム,リテラシーレベルモデルカリキュラム対応教材, http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/e-learning.html
[3] イノベーション政策強化推進のための有識者会議「AI戦略」,数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会議, https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ai_senryaku/suuri_datascience_ai/index.html

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