特集 コロナ禍のオンライン学生支援
川畑 一成(関西大学 理事長付局長(教育後援会幹事長))
今回、事例として報告する「触れずにフレンズ」は、新入生の友達づくりを支援することを目的とする掲示板サイトです。興味やスポーツ、ホットな話題など、様々なスレッドが用意されており、共通の関心を持つ学生同士が自由にコメントを書き込むことで友だちを見つけたり、所属学部、出身地などの属性に分かれてのグループ交流などを自由に行うことができます。日頃から大学を支援している学生の保護者組織である教育後援会が提供し、利用対象は2020年度入学生約7,000人です。学生の安全を守るため、全学生に付与される個人IDによって大学の基幹システムが本人認証を行う(SSO:Single Sign On)ので、対象者以外からの予期せぬアクセスを阻止できます。また、サポート役として、面倒見の良い上位年次生や教職員数名がメンターやコンシェルジュとして参加し、ネット上で新入生の相談にのるなど、セキュアな環境で、周りから見守りながら運営するというコンセプトで開発しました。コロナ禍にあって孤独感に苦しむ新入生を少しでも早く救いたい、という思いで、構想からリリースまで1カ月間という超短期間で構築し、2020年7月1日には運用を開始しました。開発時点において、このような取組みは日本の大学では初めての試みで、最初の1週間で延べ約2,000人の新入生がログインし、多くのメディアでも取り上げていただきました。今回は、このサイトを開設するまでの苦労話や、学生たちの使い方、対面授業が始まってからの現状、今後の課題と展望などについてお伝えしたいと思います。
今回の「触れずにフレンズ」構築のきっかけは、父母・保護者からのわが子を心配する声でした。2020年の春は、コロナ禍で入学式もオリエンテーション行事もすべて見送り、名物になりつつあった新入生歓迎イベント(後述)も中止せざるを得ませんでした。新入生たちは、せっかく入学したのに、大学のキャンパスに来ることさえできない時期が続きました。全国の父母・保護者からは「慣れない土地で友達も作れずに一人で暮らしている子供の様子がとても気になる」という不安の声が寄せられました。
さらには、これを裏付けるデータとして、ベネッセi-キャリアが昨年4月に実施した新入生対象のアンケート調査でも、「今、新入生が抱いている不安は、生活費や勉学もさることながら、もっとも深刻なのは、友達づくりができないことである」という結果が出ました。
この時期、本学では、優先的に取組んだWi-FiやPCなど遠隔授業に備えた環境整備への支援と、奨学金を中心とした経済的な支援が一定の成果をあげており、その次のフェーズとして、学生の心のケア、交流機会の創出といった展開を模索していた時期でした。保護者からの声に応え、教育後援会が今できることとして、今回の企画に取組むモチベーションと、それを期待する機運といった条件がそろったわけです。
本学では、過去2年間、新入生の友だちづくりのための「新入生歓迎の集い」を開催した実績があります。会場のキャパシティなど物理的な制約もあり、まずは下宿生など一人暮らしを始める新入生を対象に実施しました。著名なOB・OGをスペシャル・ゲストに迎え、大学執行部からも「副学長バンド」が熱のこもったステージを繰り広げて新入生を歓迎するなど、毎回1,000人規模のイベントとして盛り上がりました。これも、機動力のある教育後援会が発案し、会場の設営から経費の一切を支援し、大学本体と連携して、校友会や大学生協の協力を得てオール関大のイベントとして取組んだ事業です。さらに、開催前の全体ミーティングでも、建設的な意見やアイデアが披露されました。所属学部ごとに集う新入生のテーブルには、課外活動で活躍している先輩学生や、教務センターを中心に複数の部署から集まった若手事務職員が「コンシェルジュ」として参加し、新入生の相談相手になるという発想もここで生まれました。これが今回のシステムにも活かされたわけです。
優先すべきは夏休みに入るまでに、可能な限り早期にシステムを立ち上げることでした。機能は限定的であっても、まずは一刻も早く運用を開始することを目指し、次のとおり要件定義をまとめました。
前記の要件を満たすため、委託業者率いるベンダーサイドが提示してきた基本仕様は次のようなものです。
掲示板機能はきわめて一般的なもので面白みはありませんが、全体的にみて必要最低限の機能が揃い、早期に構築できる点を評価し、「Drupal」をベースにすることに同意しました。追加の機能は二次開発があればその機会に付加することとし、とにかく早く作ってほしいという保護者からの要望を尊重し、このような仕様と条件で着手することにしました。
基幹システムとのデータ連携を基本とし、信頼のおける上位年次生や事務職員がメンターやコンシェルジュとして参加するシステムを構築するためには、大学の理解と各部局の協力は不可欠です。ITセンターをはじめ、学長室、学生サービス事務局、学事局、広報課にほぼ毎回のレビューに参加してもらいました。そうした関係部局が見守る中で、作業に直接携わるメンバーを中心に、以下のとおり開発体制が構成されました。
<本学サイド>
<開発委託業者サイド>
開発期間は実質1カ月間でした。CMSをベースにベンダーとチームを組んで取りかかるわけですから、決して難易度の高い構築作業ではありません。それでも、画面まわりの設計につまずいたり、基幹システムからのアカウント情報の取り込みに思いのほか手間取るなど、想定外の課題に何度か行き当たりました。開発スケジュールは次のとおりです。
①6/2〜6/9 キックオフ会を経てプロトタイプ開発・SSO/バッチ設計。②6/10〜6/18 2回目のミーティングを経てCMS設計・SSO/バッチ実装・インフラ構築/デプロイ設計。③6/19 本番移行。④6/22〜6/25 3回目のミーティングを経て本番環境でのシステムテスト・運用テスト。⑤6/26〜6/30 4回目のメーティングを経て本番移行・データ調整。⑥7/1〜サービスイン。
ミーティングと課題管理表のやりとりを重ね、あっという間に2週間、3週間が経過しました。その間、データ連携にかかわるファイル定義やDNS登録等々、ITセンターの全面的な協力を得ながら、SSOまわりの課題が消し込まれていきました。教育後援会事務局も、スレッドの登録・アイコン作成、学生サービス部門からの上位年次生の推薦手続き、教務センターとのコンシェルジュ登録のための打ち合わせ等々、みんな頑張って宿題をクリアしてくれて、最後の1.5週で帳尻を合わすことができ、6月24日には、本番を想定したテスト環境のもと、稼働テストを管理者メンバー全員で行いました。そして予定どおり7月1日から本番運用を開始することができました。
コロナの影響で、キックオフ会もミーティングも、最初から最後まですべてZoomで行いました。画面共有した課題管理表で議論する。電話とメールで補足する。これの繰り返しで、一度も実際には会ったことのない相手と、時にバトルめいた攻防もありました。開発作業の冒頭にベンダーが提案してきた初期画面は、単一の操作窓が切ってあって、選択肢をプルダウンして選ばせるもの。友だちづくり支援というよりは業務処理システムのタスク選択画面を思わせる無機質なもので、筆者の方でただちに却下しました! 焦りました。これはダメだと思いました。サイトの構築にある程度実績のあるベンダーと聞いていたので、ベース部分の吟味を業者側に任せ、そこから積み上げようと甘いことを考えていました。一晩で掲示板サイトをいくつかあさってデザインの素案を作りました。少なくとも、カテゴライズされた複数のスレッドをビジュアルで見せて、そこから気に入ったものを選べる画面が必要でした。フロント画面と、スレッドを選択したあとの2層目、3層目までの画面変遷と機能の素案を書いて逆提案しました。結局、その稚拙なフロントページまわりのラフをもとに、画面設計作業はリスタートしました。
次の難問はSSOによるセキュアでシンプルな環境で使ってもらうための基本中の基本、基幹システムとのデータ連携でした。かなり時間を要し苦労しているベンダーへの不満も一時は高まりましたが、本学のITセンターの協力でなんとか乗り越えることができました。
筆者はこれまで何度かシステム開発の現場に、ユーザー側を代表する立場で参画した経験がありますが、いつもベンダーときわどいやりとりをする中でも、SEさんたちとパッションを共有し、建設的な意見の交換を通じてとても良い関係を持てた、という自負がありました。残念ながら、今回は最後までそうはいきませんでした。学内の会議でもZoomでのやりとりは慣れているはずなのに、本音で理解しあえないもどかしさが残りました。しかし、オンライン会議ができたからこそ、開発作業が進んだことは間違いありません。ウィズ・コロナの時代にあっては、システム開発の現場でも、こうしたスタイルでのミーティングやレビューが増えてくると思います。おそらく主流になるでしょう。今回の経験で学んだことは、やはり、せめてキックオフ会だけでも、開発体制メンバーはリアルにお会いして、取組もうとしているシステムの目的の、さらに上位にあるパッションとポリシー、設計思想の根幹部分を、人として共有しあうことが大切だと、改めて痛感しました。そのため、今回の開発に尽力いただいたベンダーを低く評価することは決してできません。なにしろ、これだけタイトなスケジュールに付き合ってくれて、最優先課題である1カ月での運用開始に間に合わせていただいたわけですから。
図1は、1カ月で構築した友だち支援サイトのトップ画面のイメージです。新入生はお気に入りのスレッドに自由にメッセージを書き込みます。次第に同じ趣味の話題で盛り上がるスレッドも増えてきます。画面上のバナーをたどれば、先輩たちが待つ課外活動やボランティア、留学案内への扉が開きます。にぎやかな学園祭の様子や著名な先輩からのウェルカム・メッセージ動画も飛び出します。その時々に、新入生が興味を持ちそうな話題を次々と提供していくというのも、運用していく上で必要なことです。少しでも関大の魅力とキャンパスライフの雰囲気を味わってもらいたいという教育後援会の思いを込めて、楽しい空間創りを目指しました。今後、様々な情報もこのサイトから発信していくという構想でスタートしました。
図1 「触れずにフレンズ」トップ画面イメージ
新入生が最初にこのサイトにアクセスしてきたときに、サイトの利用案内が必ず表示されます。各自が自覚と責任をもって、気持ちよく利用するために、一般的な禁止事項を定めた利用規約も掲載しています。こうしたシステム運用に必須となるルールの明示化も、教育後援会事務局の副幹事長・幹事らが、学校法人の法務室とかけあい、運用開始に間に合わせてくれました。
CMS「Drupal」の管理画面からは、コンテンツを追加したり削除したりリンク先を変更したりと、簡単にメンテできる仕様になっています(図2参照)。今のところ、特に不自由も不具合もありません。ただ、画面レイアウトを変えたり、表示順序を変えるといった標準機能を超えるものは、時間的な制約上まだ実装できていないので、どうしても必要な場合はその都度の依頼することになってしまいます。
図2 「Drupal」の管理・メンテナンス画面
例えば、趣味一般のスレッドでは、宝塚歌劇団の話題で大いに盛り上がったケースがあります。「コロナ禍がおさまったら、一緒に観劇に行こう!」という数人の女子学生のグループができました。また、学部学科のスレッドに集まってきたコメントの中には、新入生からの、まだ経験できていないキャンパスライフについての質問に対して、メンターとして参加した4年生の女子学生が、入学後の学生生活のコツなどを丁寧にアドバイスしている例もありました。ユニークなところでは、日本人顔負けに日本文化に詳しいドイツ人留学生が機知に富んだコメントを書き込んでいて、日本人学生たちとの愉快な会話がはずんでいました。さらに、今後はツイッターなどのSNSでオープンな交流をしましょう、という話に発展していくケースもあります。
ただ、サイトの中では、お互いに実名を明かして運用していることも影響しているのか、アクセス数の割には書き込みはそう多くはありません。ハンドルネームを許容すればもっと気軽に参加でき、書き込みも増えると思われますが、ここは教育後援会事務局の立場もあり、慎重論をとりました。
完成直前から広報課によるプレスリリースをはじめ、教育後援会のHPや会報「葦」などで広報を開始しました。新入生に対しては、大学のインフォメーション・システムで正式に告知しました。その結果、新聞をはじめ、たくさんのメディアでも取上げていただき、会長が朝のテレビ番組に出演して全国に放送されたこともありました(図3参照)。また、週刊誌の特集記事で、プレスセンターでの露出度において「触れずにフレンズ」が第3位にランクインしたことが紹介されるなど、予想以上に広報的な価値の高いものになりました。システム開発の目的からするとあくまで副次的な効果ではありますが、大学のプレゼンス向上に貢献することができたという意味では、成功事例と言えるでしょう。
図3 新聞、テレビ、ネットニュース、週刊誌などで露出
2021年1月現在で、今年度の新入生総数6,656名のうち、2,198名(実人数)のアクセスがありました。これにメンターやコンシェルジュ等のアクセスを合わせると3,149名が実数として参加しています。7月の立ち上げ当初、たくさんの学生がワッと食いついてくれたものの、9月21日から大学の対面授業が開始されてからは、アクセスの伸びはぐんと鈍化しています。地域別にみると、本学の立地に近い関西・近畿の各府県に住む新入生のアクセスが概ね30%台。これに比べて近畿圏以外から入学した学生は50%以上がアクセスしています。一般のSNSを使いなれている学生は別として、やはり慣れない土地で外出もままならない中、不安を抱えていた新入生にとって、このシステムが少しでも心の支えになれたとすれば、一定の使命を果たせたのではないかと思います。ただ、お恥ずかしい限りですが、「Drupal」の標準機能には、ブログをはじめオンラインシステムが得意とするアクセス状況を自動集計してグラフにするなどの機能はありません。カスタマイズする時間的余裕がなかったため、今回は見送りました。ログイン実数と滞在時間だけはデータがダウンロードできるので、担当者が手作業に近い力技で定期的に集計してくれています。
今回、超特急で立ち上げた「触れずにフレンズ」を運用してみて気づいたこと、システムとして評価できる点と課題を振り返ってみます。
第1に、ベンダーの提案で採用したCMS「Drupal」は、短期間で掲示板システムを構築するには適していたと言えます。基本機能に加え、拡張性についても同じことが言えます。例えば、前述のアクセス集計と解析についても、プラグインにあたる「拡張モジュール」を追加すればGoogle Analyticsを実装することができます。「Drupal」に習熟した職員がいて、今回同様にITセンターの全面的な協力を得ることができれば、このシステムはインハウスで開発・運用が可能だったかも知れません。しかし今回は時間との勝負。習熟度と時間を外注で賄ったわけです。そして、間に合わせることができた。このことは、何にも代えて大きく、外注要件は満たせたと評価しています。
第2に、設計段階において、PC画面ではなくスマホ画面から発想すべきだったかも知れません。本学には、研究者の情報発信のHPの立ち上げを効果的に促進している優秀なURA(University Research Administrator)がいます。要望があれば広報媒体の制作も請け負う、まさにインハウスを具現化してくれているクリエイティブなデザイナーです。多くの案件をかかえる中、「触れずにフレンズ」のロゴやサブタイトルの作成にも協力してくれました。同氏から「学生が使うのだったら、まずスマホの画面がどう動くのか、どう見せるのか、ということから発想すべきではなかったですか?」と指摘されました。システム開発には若干経験がある方だと思って率先して開発を推進したつもりですが、この発想はなかったです。レスポンシブ・デザインを活用することで、完全に対応できていると思い込んでいました。同様に、若手の職員たちにフリーにディスカッションしてもらい、もっと早い時期から意見を吸い上げるべきでした。特定の学生に参加してもらうのもよかったかも知れません。学生目線からの意見をいかに取り入れるか。システムの目的を考えれば有効なやり方だったと思います。
第3に、電子掲示板の仕様を十分に検討する時間が持てなかったため、一つのトピックスに複数の学生が異なるメッセージを書き込んだ場合、どの発言に対する返信があったのか、脈絡が取りにくい。このため発言の識別ができるようコメント番号を自動的に付与するなど工夫はしましたが、トピックスとコメントの関係を明確化すればすっきりとしたはずです。カスタマイズの機会があれば、優先度の高い項目と言えます。
第4に、積極的に友だちづくりをするには、自己紹介の機能があまりに簡素で目立たない点は残念です。任意の写真画像をアップできるマイページを設置し、私はこんなことに興味を持っています!とアピールする機能は、システムの目的からもほしいところでした。
第5に、このSSOで守られたサイバー空間の中での運用を前提として、ハンドルネームの使用とダイレクト・メッセージの交換を許容すべきかどうか、という点は大きな課題でした。まず、個人間のやりとりで学生が傷つくなどの問題が生じた場合への対応を考慮する必要があります。先行実績のあるITセンターに対応策を相談し、技術的なヒントなど一定の対策と心構えを教示してもらいました。しかし、問題のある書き込みや発言に対処するマンパワーはどうしても必要ですし、万一の場合への覚悟も必要です。そもそも保護者組織の事務局である教育後援会が長期にわたって担うには負担が大きすぎます。事実、中心的に運用を担当してくれている中堅職員からも、今のままの運用でも負担は大きく、改修すればさらにリスクは高まり、コロナ対策で多忙をきわめる本業を圧迫することになる、という陳情が上がってきました。彼らの訴えはもっともです。対面授業が開始されて以降のアクセス数の激減もあいまって、極論すれば、一般のSNSで十分ではないか、との意見が出てくるのも当然だと思います。
「友だちを作りたい」という思いは、新入生はもとより、全学年を通じてのものだと言えるでしょう。当初筆者は「ウィズ・コロナ、アフター・コロナの時代における友だちづくりを支援する新しい形」を標榜するシステムとして、全学年の学生を対象とするものに成長させることも構想していました。近い将来、学生サービスの一環として、大学が提供する安全安心な環境で運用するサイトの中で、ノックにこたえて扉を開ければいつでも学内の友人たちとつながることのできる、学生にとって自分の居場所が創り出せないものか。これこそがこのサイトのサブタイトル「会えなくても、つながりたい。会わなくても、つながれる。」が志向する世界です。
最近、文科省のスキームDプロジェクトでも現実味を帯びてきましたが、開発時に近未来のこととして夢描いていた世界はこうです。仮想現実の空間に構築したキャンパスを、学生のアバターが自由に闊歩し、アバター同士が語らい、ある者は事務窓口に相談に来る。格段に高速化した移動通信システム(5G以降)を背景に、教務知識をディープ・ラーニングしたAIとVR技術とのコラボが一般化するDX(Digital Transformation)の進展が、こんな世界を身近に実現してくれることを期待します。もっとも、リアルな交流によって互いを磨き成長しあうという、大学生活の本質がないがしろにされては本末転倒ですが…。