特集 コロナ禍のオンライン学生支援
大槻 奈巳(聖心女子大学 人間関係学科教授・キャリアセンター長)
本学は東京都渋谷区に位置し、キリスト教カトリックの精神に基づき、リベラルアーツに軸をおいた教育を行っている女子大学です。全学生数は、2,300名程度で、少人数教育を特徴としています。2019年3月に本学が実施した「進路決定プロセス調査」(有効サンプル455名)では、就職決定率は97.8%であり、いままでは、雇用情勢に影響されることなく、例年高い水準を維持してきました。また、本学の大きな特徴のひとつとして、就職先への満足度が高いことがあり、94.9%の学生が「進路に満足」と回答しています。
キャリア支援体制としては、常勤職員4名、専門のキャリアカウンセラー15名が学生の支援にあたっています。少人数の大学であるので、学生約35名に1名の充実したサポート体制となっています。
キャリアカウンセリングの実施も本学の大きな特徴です。学生は30分もしくは、40分間のキャリアカウンセリングを回数制限なく受けることができます。キャリアカウンセリング実績は、年間約3,000件であります。きめ細やかに、一人ひとりに目を届かせることができていたことが、高い就職決定率や就職先満足度につながっていたと考えられます。
コロナ渦において、特に2020年3月の緊急事態宣言発令後、従来のキャリア支援のあり方が大きく変わりました。
大学側の変化としては、教職員の勤務体制の変更がなされ、時差出勤や在宅勤務が導入されました。学生の入構が原則禁止になり、学生が気軽にキャリアセンターに立ち寄ることができなくなり、学生と対面でのコンタクトを取れない状況となりました。なによりも、強みとしてきた対面でのキャリアカウンセリングやセミナーの実施ができなくなりました。
学生側に生じた変化としては、就職活動真っただ中、志望企業の選考が中断し、採用中止となったケースもありました。選考方法も変わり、対面での選考から、エントリー段階からフルオンラインで選考を実施する企業もあり、その対応が必要となっていきました。さらに、学生のなかには、今後の先行きが見通せず混乱し、相談できる仲間とも会えず、一人で抱えてしまう状況も生じていました。
このような状況の中、新しい形のキャリア支援の3つの柱を考え、実行に移していきました。第一の柱は、進路支援システム「Torch」です。コロナ禍前から、「Torch」を活用してキャリアセンターからの情報を発信していましたが、さらに情報を集約して学生に知らせていきました。「Torch」からは、①キャリアセンターからの最新情報の発信(学内進路支援イベントの開催情報など)、②キャリアカウンセリングの予約、③本学に届いた求人票・インターンシップ情報等の検索、④卒業生の進路に関する情報の入手(卒業生の進路決定先や、採用試験の内容に関する情報の閲覧)さらに、⑤卒業生の進路に関する情報の入手を容易にするため、緊急事態宣言後に整備して、進路支援システム「Torch」から閲覧可能にしました。
また、Google Formsを用いて、2021年卒業見込者対象に、個別状況把握アンケートを2020年5月から8月にかけて3回実施しました。就職活動の状況や就職活動、進路について困っていることについて聞き、重複する質問については「Torch」のQ&A機能を活用して回答し、個別の不安の声や質問等については、メール・電話・オンライン面談で個別に対応しました。
第二の柱は、キャリアカウンセリングです。コロナ渦において、キャリアカウンセリングは、Google Meetを用いたオンラインでの実施を導入しました。さらに、職員によるオンライン面談も実施しました。
2020年3月末頃〜緊急事態宣言発令までは、カウンセラーや職員は大学に出勤し、学生は自宅からオンラインで実施、緊急事態宣言発令の4月からは、職員・カウンセラーは原則在宅勤務となったため、カウンセラー・職員、学生ともに自宅からオンラインでカウンセリングを行いました。その後、職員の「在宅勤務」期間終了時からは、カウンセラー・職員は大学に出勤、学生は自宅からオンラインで、さらに後期対面授業再開にあわせて、カウンセラーは大学に出勤、学生は原則自宅からオンラインですが、希望があれば感染防止対策徹底の上、対面も可というように(寮生等からの希望があり)、状況の変化に柔軟に対応しました。
第三の柱は、新たな形の就職対策セミナーであり、リアルタイムのセミナーとオンデマンドで視聴するセミナーの二本立てで実施しました。
リアルタイムセミナーは、次に示す様な場合に実施しました。
例えば、キャリアカフェ(4年内定者の体験談を聴き、質問を受ける場)は、コロナ渦でも定期的に双方向の同時配信オンラインで開催し、今年度15回実施しました。1回あたり、40分程度、4年生の内定者1名に3年生が20名まで参加する形式で行いました。参加学生たちの満足度は高いものでした。
オンデマンド型のセミナーは、学生の見たいタイミング(一定の期間)で視聴できれば良いもの、繰り返し視聴して知識等の定着を深めてもらいたい内容のものを実施しました。例えば、SPI対策講座はオンデマンド配信としました。例年、講座を担当している外部の講師に、動画作成依頼しました。昨年度は火曜日夕方3時間×4回で実施し、200名を超えることもある人気の講座でありました。オンデマンド配信は、視聴数が確認できますが、予想したより視聴数は少ないものでした。いつでも視聴できるため、見るのを先延ばしにしてしまうのかもしれません。また、テレビや映画のように受け身で見るだけなので、リアルタイムセミナーのようなモチベーションアップには繋がりにくい状況があるのかもしれません。
上述した新たなキャリア支援の方法を模索していましたが、2020年4月より就職支援専門AIのチャットボットを導入し、学生からよく聞かれる質問に対してAI対応の自動応答と有人オペレーターが答えるようにしました。導入に際しては、長く本学のキャリアカウンセリングや就職対策講座の実施等の実績のある株式会社岡崎人事コンサルタントキャリアボット事業部[1]に構築・運用を依頼しました。
導入したチャットボットの特徴は、①AI対応の自動応答は、365日24時間対応可能、有人オペレーターの対応は週3回、各1時間(時期によって変わる)、②パソコン・スマホ・タブレットに対応し、移動中や面接前など、気になった時にいつでも利用可能としました。
チャットボットが回答できる内容は、自己分析や業界研究の方法、各種選考対策について答えられるように準備を行い、随時改善を行いました。有人対応のオペレーターは、本学でキャリアカウンセリングの経験を有する実績のあるキュアリアカウンセラーに委託しました。このことによって、本学の学生の特徴をふまえて就活に関する基本的な質問に回答することができました。ES添削や面接の振り返りなどにも対応しました。ただし、有人対応を利用できるのは1人1日1回まで、ESは400字程度までとし、文字の削減(どこを削ればいのか)や志望動機のコアとなる部分(何がしたいのか)は学生本人が考えるようにしました。なお、特定の業界や企業の情報(採用情報含む)については、就職情報サイトや「Torch」への紐づけを行いました。
チャットボットの最初の画面では、有人オペレーターが対応する時間帯や、チャットボットに関するよくある質問を確認するように提示しています。チャットのアイコンをクリックすると、「質問内容を選択ください」と表示され、「自己分析について」「業界・企業・職種研究について」「選考対策」「その他」「オペレーターにつなぐ」「チャットボットを終了する」から選択するようになっています。
自動応答チャットボットの回答の仕方、回答例を紹介します。例えば、「選考対策」を選択すると、「選考対策について、ですね!どれが気になりますか?」の声掛けがあり、「ES/履歴書対策」「GD/面接対策」の選択肢が提示され、「ES/履歴書対策」を選択すると、次の選択肢「ES対策について」「学生生活で力を入れたこと」「自己PR」「志望動機」「動画ES対策」「AI選考」が示されます。「動画ES対策」を選択した場合の回答が、図1に示されている内容です。
図1 チャットボットの画面と自動回答例(ES/履歴書対策)
また、「自己分析について」を選択すると、「自己分析ですね!自己分析についてどんなことを知りたいですか?」との問いが入り、「そもそも自己分析ってなに」「自己分析がうまくできない」「はじめに戻る」「チャットを終了する」との選択肢が示されます。「自己分析がうまくできない」を選択すると「自己分析は難しいですよね。自己分析に行き詰まっているということは、自分のことを整理・言語化できていないのかもしれませんね」との言葉とともに、図2の内容が提示されるようになっています。
図2 チャトボットの自動応答例(自己分析)
図1で示したように、質問に的確にこたえる内容とともに、図2で示したような学生に自分で考える機会を与える内容も提示するようにしています。
チャットボットに寄せられる、質問、相談で多いものは、ES・履歴書関連についての相談であり、半数を占めています。特に多い相談が学生時代に力を入れたことや自己PR、志望動機の書き方について、次いで、業界・企業研究に関する問い合わせであります。有人対応(オペレータ)での相談でも、ES添削依頼が大部分を占めています。
本学で導入したチャットボットは、①AI対応の自動応答と②有人応対(オペレーター)の2種類であることから、基本的な質問は、①AI対応の自動応答で対応することで、学生の疑問や悩みを瞬時に解決できるようにしました。24時間のオンライン対応を可能にしているため、キャリアセンターの閉室期間や祝日等の休みであっても稼働しており、学生にとって利便性も高まりました。
個別のケースは、時間限定で②有人応対オペレーターのキャリアカウンセラーが直接対応し、自己分析からES添削まで幅広くサポートするようにしました。有人対応は、繁忙期は1時間あたり学生5人程度に対応しました。通常のカウンセリングは30分もしくは40分の持ち時間で学生1人に対応していますが、チャットボットはチャット形式なのでスピーディーに対応でき、かつ、同時に複数の学生に対応することが可能で、効率良く対応ができました。
チャットボット導入の大学側からみた利点としては、以下をあげることができます。第一に、従来では接触できなかった新たな層へアプローチすることができました。対面カウンセリングに対してハードルが高いと感じている学生やキャリアセンターを利用していない学生も気軽にチャットボットを利用していました。
第二に、学生の動向や相談内容を把握することができました。チャットボットに学生からの相談内容や利用者情報が蓄積されるので、動向をデータ面から把握し、キャリアセンターで実施するセミナーやキャリア支援に展開することができました。
第三に、キャリアセンターにおける業務効率化を進めることができました。職員やキャリアコンサルタントが行っていた業務の一部をチャットボットが担うことで、その分、職員やキャリアカウンセラーは、コア業務に注力することができました。従来、職員側からみると多くの学生から同じ質問が寄せられ、質問一つ一つに対応し、回答する必要があったが、この状況を改善することができました。
学生側からみたチャットボット導入の利点は以下です。先にも述べましたが、第一に、24時間いつでもどこからでもアクセスできることです。深夜などの人的対応では難しかった時間帯や長期休暇の帰省時等のキャリアセンターが利用できない時期でも、時間と場所を選ばずサービスを受けることができました。第二に、学生からの相談内容をAIが分析して回答するので、職員やキャリアカウンセラーの知識や経験に左右されない均一な質のサポートを受けることができることです。第三に、文字でのコミュニケーションとなるので、視聴覚に障害のある学生も利用しやすく、また、記録が文字として残るので、学生たちは内容を復習したり、見返すことが簡単にできるようになりました。
最後に、チャットボット運用の課題について述べます。運用の課題としては、第一に、利用頻度と応答精度の向上であります。精度の高い応答を実現するためには、利用頻度の向上が必要であります。学生は、回答が自分にあったものと思わない場合は、もっと利用したいと思わなくなります。学生からの様々な質問がチャットボットのAI機能を向上させ、よい回答につながるので、利用率を上げる仕掛けが必要です。
また、応答精度の向上も重要な課題です。AI対応の自動応答は、「一般職と総合職の違いは?」のような答えが明確な質問には答えることができますが、自己分析の要素を含んだ質問、例えば「一般職と総合職はどちらが向いているか?」という質問には答えられないのです。
すべての質問に対応できないため、チャットボットの回答内容を定期的にブラッシュアップする必要があります。キャリアセンターの職員が、チャットボットに寄せられる質問動向を把握し、回答を確認し、より適切な回答を設定するという、定期的なブラッシュアップが必要であります。チャットボットを導入しても、そのままの状態では利用率も下がってしまうので、利用を促すような仕掛けや回答をチューニングすることが必要です。
第二の課題としては、チャットボットと実際のキャリア支援との連携です。キャリアセンター(現場)とチャットボットのサポートに乖離がないかチェックする体制作りが必要であります。また、先にも述べましたが、チャットボットの回答の内容を精査し、相談内容の回答に反映させていく必要があり、相談内容や利用者情報を分析し、有効活用するためのIT人材の育成が急務であります。
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[1] | キャリアボット https://careerbot.tokyo/ |