特集 対面と遠隔(オンライン)を組み合せたハイブリッド型授業の進展と教育改革
井上 雅裕(慶應義塾大学大学院特任教授 前 芝浦工業大学 副学長)
コロナ禍をきっかけに、大学教育へのEdTechや新しい教授法の導入が進み、変革が進行しています。遠隔授業は実験がしにくい、集中力を継続しにくいなど短所があります。一方で、時間と空間の制約を受けない、チャットでの質問がしやすい、講師を国内外から招聘可能などの長所があります。今後は対面授業と遠隔授業の長所を組み合わせた大学教育や国際連携、産学連携、リカレント教育の進展が期待されます。
本稿では、大学教育のDigitalization(デジタライゼーション)を「デジタル技術により、教育に新しい価値を与え、学修成果を向上させ、新たな学修体験を創ること」と位置づけ、大学教育のDigital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)を「社会のニーズを基に、デジタル技術を活用し、教育を提供するモデルを変革するとともに、組織、プロセスを変革すること」と位置づけます。また、DXと省略した際はここでは両方の意味を含むものとして話を進めます。
以下の章では、コロナ禍での大学改革として著者等が推進した事例を紹介した後に、これからの大学教育と生涯教育に関して述べます。
2020年3月新型コロナウイスルの感染が拡大するなかで、芝浦工業大学ではこの脅威を教育改革の機会と位置づけ、コロナ禍後にも継続できるEdTechの導入、教授法の改革を進めることを方針として決めました。さらに、2020年8月上旬に、後期の授業へブレンディッドラーニングを積極的に導入することを方針としました。その施策の概要を五つの視点でまとめ、図1に示します。第一に学生中心です。コロナ禍にあっても学修の機会を保証すること、障害を持つ学生に対する配慮です。第二にマネジメントです。対面授業と遠隔授業の最適な組み合わせ、大学としての推進体制と組織の強化です。通常は1年に1回の質保証のPDCAサイクルを3か月毎に回しました。第三に教授法です。遠隔授業に合った教授法の選択と開発が大切です。反転授業の積極的な導入を進めました。第四に協働です。教職員の経験や知識を共有するFDSD研究会を1年間に16回オンラインで開催し、教職員の協働を図りました。今後は、オンデマンドコンテンツを教育機関間で協働制作して共有を進めることが期待されます。そして第五にテクノロジーと環境です。コロナ禍をきっかけに遠隔授業に活用できる技術が急速に進んでいます。最新の技術を評価し選択し、適切な技術的なサポートを実施することが重要です。
図1 オンライン授業、ブレンディッド学修、ハイブリッド教室に関する施策
コロナ禍後にも活用できる事例として芝浦工業大学システム理工学部で実施したオンラインの大規模Project Based Learning(PBL)と反転授業[1]を紹介します。5学科の2年生の全員である約500名が混成クラスで履修する必修科目であり、講義とPBLが前期と後期にそれぞれ配置され、年間4科目で構成されます。
PBLは前期と後期それぞれ15名の教員が共同でPBLの運営にあたっています。対面の場合は大教室を三つ使い、学生に指示をした後に500名の学生が47班に別れて分野横断の課題に取組み、解決策を検討します。この活動をすべてオンラインで準備して、オンラインで実施運営することが必要でした。オンラインの大規模PBLでは、学生班内の協働作業、教員から学生への指示と班毎の活動の状況把握、15名の教員間の協働作業をすべてオンラインで実施する必要がありました。
表1 オンライン双方向授業でのシステム選択
オンラインの大規模PBLを実現する手段として表1に記載したシステムを選択肢として検討しました。検討の結果Teamsを選択しています。その理由は、学生が活動する47班がWeb会議、チャットやファイル共同編集などを行う場所を固定した上で一覧できること、中国の留学生が母国から授業に参加できる条件を満たすためです。
図2に大規模オンラインPBLの環境構築を示します。対面で用いる三つの大教室と同じ構成をクラウド上のクラスA、B、Cとして配置しました。各クラスには、学生の班毎に47個のプライベートチャネルを設けました。このチャネルで学生班はWeb会議、ファイル編集、チャットを班毎に行うことができます。教員が各クラスの一般チャネルでクラスの全学生に指示をした後、学生は自班のチャネルに移動して活動し、教員はチャネルを回って指導を行います。また、複数のクラスに別れて指導をしている教員に共通の教員チームを設け協働作業を実施しました。つまり、学生は一つのクラスと一つの班に所属し活動し、教員は一つのクラスと教員チームの両方に所属します。
図2 大規模オンラインPBL実施例
学生は授業時間外にも班のチャネルに集まり活動を行うなど熱心に活動をしていました。学修成果は対面で実施していた2019年度をむしろ超える状況でした。対面のPBLを実施する際も、Web会議が対面に代わるだけでそれ以外の環境はそのまま活用できます。また、同様の構成で海外大学と連携したPBLにも活用されました。
このオンラインPBLと対になる学部共通の必修講義科目があり、履修者数は5学科の約600名です。担当教員数は4名であり,対面では4つの大教室で各160人の学生に講義を行っています。2020年オンラインの条件下で学生の主体的学びを促進するため、この講義科目を反転授業に変えました。反転授業では学生がオンデマンド教材を用いて知識学修を行い、その後に対面授業で知識の活用、演習、ディスカションを行います。これをすべてオンラインで実現しました。反転授業では学生が予習を確実に行うことが必要です。そのため以下のように実施しました。
学生に予習として、教科書を読み、理解できない部分に関しオンデマンドの授業を聴講し、事前に課題を検討し、理解できない点を明確にするように指示しました。また、その課題を、同時双方向授業の開始前に予備提出するようにしました。
毎週の100分の授業時間は同時双方向オンラインで実施しました。教員が160名の学生に学修のポイントや班活動の手順を20分間程度話します。その後に学生は事前に決めた4名毎の47班に別れWeb会議を立ち上げます。教員の指定に沿って60分間ピアティーチングを行い、班のファイルに記録しながら学修を進めます。教員は班を回り、記録を確認し、学生から質問を受けます。最後の20分に全学生が再集合し受けた質問を共有しました。授業後に学生は課題の最終版を提出します。
図3 オンライン反転授業の実施例
クラスの160名の学生のうち成績上位の学生50名と成績下位の学生50名の学修行動を比較しました。成績上位の学生は能動的な予習をしており、教科書を読む時間、課題を検討する時間が成績下位の学生と比較し長く、統計的に有意な差がありました。一方でオンデマンド授業を受動的に視聴する時間は成績上位者、下位者間に統計的に有意な差異はありませんでした。各大学でのオンライン授業の実施結果から成績上位者と下位者の差が開く傾向が確認されています。自律的に学修できる学生を育成することが益々重要になります。
コロナ禍後の大学教育の展開として対面とオンラインの複合の2形態と特徴をまとめ、表2と図4に示します。ブレンディッドラーニングは知識修得をオンデマンド型で行い、知識の活用やディスカションを対面で行う対面とオンラインのメリットを組み合わせた形態です。一人の学生が両方の形態で学修をします。これにより学修成果の向上が期待できます。一方で、ハイブリッドクラスルーム(HyFlex、Hybrid-Flexibleとも言います)は対面とオンラインを複合する教室の形態であり、学生は対面またはオンラインのどちらかに出席し、同時双方向授業を受けます。これにより、対面での参加が困難な場合に学修の機会を提供します。
表2 対面とオンラインの複合の形態と特徴
図4 対面とオンラインの複合の2形態
対面とオンラインの複合では、学修成果の向上が期待できるブレンディッドラーニングを優先します。次に社会人学生や海外を含めた教室に来ることが困難な学生に機会を提供するためにハイブリッドクラスルームを加えます。図5にその形態を示します。左端がオンデマンド型授業、中央が同時双方向のオンライン授業、右端が対面授業です。×印はブレンディッドラーニングが二つの学修形態の掛け算により学修成果を上げる効果があることを示しています。また、+印は対面にオンラインが加わることで授業参加の手段が増える事を示しています。
図5 コロナ禍後の授業形態
対面とオンラインの授業の複合に関しては、教学マネジメントの視点で、
@ 科目内での最適な複合と継続的改善
A 学位プログラム内での最適な複合と継続的改善
B 教育機関としての方針や人員や設備の計画と改善
の三階層のマネジメントが必要になります。EUのErasmus+プロジェクトではこの視点でブレンディッド教育の欧州成熟度モデル[2]を作成しています。
リカレント教育への期待が高まっています。Society 5.0の創造、SDGsなどの社会課題の解決のため、AI・データサイエンス、IoTなどの技術、分野を超えた問題解決能力、マネジメント能力やリーダーシップ、国際的なプロジェクトでのコミュニケーション力、DXの推進能力が求められています。2020年6月には文科省令[3]が大学院におけるリカレント教育の推進を目的に改正されています。さらに、学修歴証明書のデジタル化[4]やマイクロクレデンシャルのなどの具体化が世界各国で進んでおり,国際的なリカレント教育の推進や実現のための基盤が整ってきています。
対面とオンラインを併用したリカレント教育、大学院教育の構想図を図6に示します。ここでは国内外の大学が複数の科目から構成される教育モジュールを提供します。これに対し学修歴の証明書をデジタル化して発行することを示しています。受講生は日本国内外企業の社員や大学院生であり、講師は大学教員だけでなく企業の実務家やエキスパートを迎えることで先端的技術や実践的教育を行うことができます。企業にとっては、一企業では提供できない多様な教育を社員に対し実施することが可能となります。
図6 オンライン・対面のブレンディッド、ハイブリッドのリカレント教育、
大学院(大学間、国際、産学連携)の構想図
今後は、対面授業と遠隔授業の長所を組み合わせた新たな大学教育に進むとともに、オンラインを媒介に、距離や時間の制約を越えて、高等教育のDX、高等教育での国際連携、産学連携、リカレント教育の推進が可能となります。
参考文献および関連URL | |
[1] | 井上雅裕,大規模なPBLと反転授業のオンライン化そして今後の展開,国立情報学研究所【第23回】4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム〜遠隔・対面ハイブリッド講義に向けての取り組み,Dec. 25, 2020. https://www.nii.ac.jp/event/other/decs/ |
[2] | EUROPEAN MATURITY MODEL FOR BLENDED EDUCATION, May 2020, https://embed.eadtu.eu/ |
[3] | 文科省,大学院設置基準の一部を改正する省令の施行について(通知)令和2(2020)年6月30日, https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1420657_00002.htm |
[4] | 国際教育研究コンソーシアム, 学修歴証明書デジタル化実験, http://recsie.or.jp/project/digital-fce |