特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その1)
奥村 靖之(京都産業大学 学長室課長(学事担当・戦略企画担当))
京都産業大学は、学部としては文系7学部・理系3学部、約15,000名の学生を擁し、これを京都市内の1つのキャンパスに集約する一拠点総合大学です。
本学では、コロナ禍以前から、e-Learningを支える学習管理システム(LMS)として「Moodle」を全学部で導入しており、コロナ禍による遠隔授業への全面移行の際には、このLMSや新たに導入したZoomやTeamsといったツール等が、学生の学びを支えました。また、すべての教室に設置した高性能なカメラ等機器も、これに貢献しました。
現在、学生の安全・安心を第一に対面授業の割合の回復を進めていますが、「録画された授業の動画が事前・事後学習に役立つ」等の学生の声に応え、対面授業においても録画を進めています。
データがあらゆる物事の原点となるSociety 5.0時代、やがて社会を担って立つことになる学生には、データやAI等を活用するためのリテラシーや、パソコン等のデジタルデバイスを用いる力の習得が求められます。このことから、令和3年度から、学生にパソコン等の必携を求めるBYOD(Bring Your Own Device)化を行いました。また、秋学期には「数理・データサイエンス・AI教育」のリテラシーレベルに対応する授業科目を開講しました。この科目は、これまでの遠隔授業で得られたノウハウを活用して、科目設計の段階からオンデマンド型としています。
このように、コロナ禍を一つの契機として、社会動向を中長期的視点で捉えながら、デジタルを活用する教育やそのための環境整備を、「学生の成長」の観点から全学で進めています。
デジタルを教育に活用する流れや、「学生が成長を実感できる大学でありたい」「学生に主体的に学んでほしい」という教職員の願い(課題)を背景に、本学のこれからの教育の在り方と実現方策をまとめたものが「DX推進計画」です。この計画は、以下の3つの目標を柱として構成しています。
例えば、遠隔授業を効果的に用いて、「決まった時間」に学生と教員が「教室にいる」という“当たり前”であった教育モデルを変革できると、学生は「オフキャンパスの活動」をさらに充実させることができ、学びと豊かな人間性の獲得を両立することができます。このような、“学生の学びの最大化と最適化”の視点で、デジタルを活用した「教育モデルの変革」を進めます。
「学生の成長」は、学生自らが課題を自覚し考えることが始点となることから、学生の「気づき」を支援する学修ポートフォリオを導入します。併せて、学生自身の学びの設計と教職員による学生の成長の確認に貢献する「カリキュラムマップ」「アセスメントプラン」の全学策定を進めます。
「学生諸活動のデータを基に、3つの目標を連関させながら教育を全教職員で駆動する」「教職員の問題意識を喚起し、『教育の駆動力』を強化する」ため、教学マネジメント体制を強化します。
以上の3つの目標を連関させる取組みを端的に表すものとして、「DX推進計画」のテーマを「学生の気づきと主体的な学びを促進するデータ駆動型教育の実現」としています。
デジタルの活用や教育モデルの変革に挑戦する一方で、こういった取組みが「教育」として「学生の成長」に確かに結びついていることを検証・確認することも必要です。このためには、学長のリーダーシップの下、全学的見地から教育を管理する「教学マネジメント」の実質的取組みが欠かせません。また、教育モデルの変革は、一部の教職員だけで達成できるものではなく、全教職員の関与が不可欠です。これらは、学生諸データから大学の課題や成果を明らかにしながら、「学生の成長」を起点とする教育を実施しようという大学の気風、すなわち「質保証の文化」が基盤となります。
このことから、内部質保証の責任主体である「部局長会」の機能強化として、令和3年度から「教学マネジメント会議」を設置しました。この事務局は「学長室」「IR推進室」「教育支援研究開発センター」の3課連携による、質保証推進・検証・改善支援機能が一体となる体制としています。
また、文部科学省の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」(Plus-DX)の採択を受け、「データ駆動型教育」の源泉である学生諸データを一元化する「統合DB(データベース)」、“数字や文字の羅列”を可視化し、“情報”化するための「BIツール」といった“道具”の導入を補助対象事業として進めています。
本学では、上記教学マネジメント会議及び事務局が中心となり、“道具”を有効に利活用しながら、DX推進の基盤となる全学的な「質保証の文化」の形成を進めています(図1)。
図1 「学生の成長」のための「文化」形成
自大学の課題を捉えることが、DX推進計画の始点となります。このため、似たような課題を持つ大学は、DX推進計画の内容も似ていることは、各大学のPlus-DX申請内容から得た気づきです。したがって、それぞれの計画を類型化して“DX事例の索引”とすると、また違った角度から、自大学のDX推進計画の充実や展開を検討することができます。ここで留意すべきは、自大学の課題を明確にしないまま、他大学で利用されているツール等を自大学に“そのまま移植”することです。デジタルの活用は手段であり、「導入」が目的(デジタル本位)となってしまっては本末転倒です。
デジタルトランスフォーメーション(DX)を目指すにあたっては、デジタイゼーション(アナログであったもののデジタル化)、デジタライゼーション(業務・プロセスのデジタル化)に留まることなく、「モデルの変革」に到達することが必要です。例えば、「教科書のデジタル化」は“デジタイゼーション”止まりです。デジタルを活用して、学生にさらなる学びや成長の機会をうみだす教育モデルの変革に挑戦することが求められます。
DX推進計画を実体化させるためには、組織的取組みが不可欠です。このためには、「目的や趣旨」を全教職員で共有し、方向を一致させ、力を束ねていく必要があります。このことから、本学では、計画の「わかりやすさ」も重視しており、例えば「学修者本位の教育」は、本学の文化・文脈にあわせて「学生の成長を実現する教育」とし、教職員になじみのある表現としています。これは、学生その他ステークホルダーに対して、本学の方針を浸透させていく際にも有効です。
DX推進計画は、自大学の課題を始点に、デジタルの活用という視点を織り交ぜながら、大学の教育の在り方やストーリーを描くものです。このストーリー(計画)を「学生のために」実現するには、学長のリーダーシップの下で、教職員がオーナーシップ(当事者意識)をもって、それぞれの立場で主体的に改善・改革に取組む「組織文化」の形成が肝要と考えます。