特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その1)
今泉 一哉(東京医療保健大学 医療保健学部医療情報学科教授)
瀬戸 僚馬(東京医療保健大学 医療保健学部医療情報学科教授)
本学は、次世代の知識社会を支えるべく2005年に開学した私立の医療系大学です。東京都、千葉県、和歌山県の7拠点において、看護学、医療栄養学、医療情報学を基盤とする学部教育を展開しており、日本の看護師養成大学において収容定員が最大であります。2020年度デジタル活用教育高度化事業において「学修過程・成果の可視化を目的とした医療系の学びにおけるDX推進」の補助事業に採択されまさに、全学一丸となって歩みを進めております。
本事業の出発点は、本学が医療系の大学であり、実験・実習の学びが重要であること、そして、コロナウイルス感染症により、遠隔授業を余儀なくされたことです。看護師・保健師・管理栄養士等の医療専門職の養成では、演習・実験、実習などにおける各種医療手技、問題解決能力を育むためのグループ活動など、従来通り対面でしか得られない経験および学修が存在します。これらの医療系の学びにおいても、創意工夫の中で遠隔、そして対面の併用によって新しい学びの形を模索してきました。
2020年7〜10月に実施した学生や教職員向けのアンケート調査において、8割を超す学生・教職員が「新しい生活様式」の中でハイブリッド授業に納得しており、多くの科目で前年度よりも成績が向上したことが明らかになりました。他方、肯定的意見と同時に「授業コンテンツの視聴と課題に追われる日々で自分の状況がわからなくなる不安」「学修成果が見えない/学んだ手応えがない不安」「実習等の技術の習熟の振り返りが難しい不安」等の意見があり、特に実験・実習科目でこの傾向が強く見られました。
これらの原因として、医療系のハイブリッド授業の中で、学修過程と成果を可視化する手法が確立していないことを重要な要素と考え、学修者が学修過程と成果を質的・量的に把握できるシステムを構築することとしました。
本学のDX推進計画は、新型コロナウイルス感染症対応のBCP(Business Continuous Plan)として開始した遠隔授業を契機に、全学で学修効果を高める観点から積極的なICT活用を目指すものです。
2020年度中に本取組みで必要な情報基盤の整備を完了し、2021年度よりLMS等を本格的に活用、実験・実習科目を含む遠隔授業環境でも双方向性を確保、適切な評価を可能とすることを目標としました。
具体的には、ルーブリックを用いた学修評価、バーチャル看護学修、医療技術のデジタル化による学修支援システムの一体運用によって実験実習科目の学修目標到達を支援するとともに(図1)、実習実験を中心にスキル評価を行うことで講義・演習科目でより重点的に学びを深めるべき継続学修課題を明らかにし、学生の不安を解決することを意図しました。
図1 取組み概要
本事業は学長室に置かれた学修基盤推進室が主管してインフラ整備を担い、全学教務委員会(授業運営方針の整理)、COVID-19対策本部(感染対策に配慮した演習方法の提示)、総合研究所(教育理論を用いた評価方法の研究開発)が連携する体制をとっています(表1)。
表1 学修基盤構築体制
現在のハイブリッド授業は、時間的に柔軟性があり、個々の学生のスピードとスタイルに応じて学修できるメリットがある一方で、学生自身の主体的な学びがより一層求められます。そこで科目における各授業回の位置付けや、カリキュラムにおける科目の狙い、学修要素、到達度を可視化し、学生が学びの意味とその成果を感じられるようICEモデルによるルーブリック自己評価をLMSに拡張しました。
学生はLMSの画面から、各授業回や単元における理解度や到達度を自己評価し確認します。このルーブリックは、知識(Idea)、つながり(Connection)、応用(Extension)の観点から整理された学修目標で構成されています。この結果は、学生・教員ともに確認することができます(図2)。
図2 ICEモデルによる自己評価を行うLMS画面
現在、4学科・8科目において試行を行い、全学展開の準備を行っています。
遠隔による学修において最も難しい問題が、学内での基礎実習、医療施設における臨床実習でした。昨年度のバーチャル看護学修システムの試行導入において、LMSとの接続ができず、振り返り学修ができない課題があったため、各種バーチャル看護学修システムを本格導入し、LMSと接続して学内外の実習・演習および他の科目と連携しました。
医療系の学びは、知識・技術・態度の要素があり、特に医療技術の学修は、日常生活援助(例:車いすによる移送)であっても患者の安全に関わります。よって学生の実習とは言え、それに耐えられるレベルまで習熟することが求められます。そこで、このような技術の動画を収録・管理し、既存のLMSと接続するための基盤を整備しました。授業で実践した内容は、LMSに簡単にアップロード可能であり、学生や教員は、授業中、授業前後でリンクをクリックし閲覧可能です。さらに、総合研究所ではAIを用いた動作解析システムをこれらの演習にとり入れるよう試みています。特に技術の習得が難しい学生に対して、その特徴を定量化することを意図しています。
本学は医療人の育成を目的とした大学ですので、実験・実習により学生が「〜ができた」と実践力を実感できる学修が特に重要です。本取組みによって、学生が各科目レベルおよびカリキュラムレベルにおいて、自らの学修状況を量的・質的に把握し、自らの学びの羅針盤とすることを目標としています。
学修成果の可視化については、ミクロレベル(授業コマ単位の到達)とマクロレベル(ディプロマ・ポリシーレベル)の双方が重要です。前者については本取組みによって多様なデータが貯まりますので、現在のトライアルの中で、有効活用のための知見を得たいと考えています。利用推進の鍵は、やはり学生へのメリットを明らかにすることだと考えています。