特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その2)

小規模私立大学のDX教育モデル基盤構築

清水 明男(羽衣国際大学 共通教育開発センター長)

1.はじめに

 本学は大阪府堺市にある収容定員1,190名の小規模私立大学です。現代社会学科、放送・メディア映像学科、人間生活学科、食物栄養学科の4つの学科で構成され、経済・経営、国際、観光、スポーツ、放送、映像メディア、情報、ファッション、住空間、製菓、栄養など、小規模ながら幅広い学びの分野があります。「これからの共生社会において主体的に行動する実践的職業人の育成」を使命・目的と定め、インターンシップ、海外研修、地域ボランティアなど学外での学び(オフキャンパス教育)に力を入れてきました。近年では地元の自治体、企業団体と連携したPBL型学習にも注力しています。
 本稿では文部科学省の大学改革推進等補助金(デジタル活用教育高度化事業)「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」に採択された取組みの概要と課題について報告します。

2.取組み概要

 本学ではDXを「学生の成長のために、デジタル技術を活用して新たな教育(学習)モデルを創出すること」と捉えています。大学教育の中心は正課授業ですので、デジタル技術を使って正課授業にどのような教育イノベーションが可能か、という観点からDX推進計画を考えてきました。
 きっかけとなったのはコロナ禍での遠隔授業の経験です。演習系、実習系の科目が多い本学では、長期の遠隔授業で学びが停滞しないよう、遠隔授業の実施当初から様々な工夫が行われました。調理系の科目では、簡単な素材を使って自宅でも調理実習ができるよう担当教員が動画ビデオを作成し、配信しました。すべての授業を録画収録し復習用にオンデマンドで配信した学科もあります。授業が一方向で単調になりがちな環境下で、動画素材を活用する例も多く見られました。このような取組みの中で、教員、学生に数回のアンケートを実施し、遠隔授業、対面授業それぞれの利点を確認することができ、アフターコロナでも対面授業の前後に動画コンテンツの配信が有効活用できないか、動画コンテンツの配信と対面授業を一連の学習の流れにできないか、ということが非常勤教員を含む全学FD・SD研修で議論されました。その結果、3年間ですべての授業に反転的要素を組み入れ、対面授業をよりアクティブにしていくという本学のDX推進計画の骨子が決まったのです。
 本学が目指す人材(主体的に行動する実践的職業人)育成にはアクティブ・ラーニングを効果的に取り入れることが必要との認識は以前からありましたが、それぞれの授業で到達目標に適した動画コンテンツが制作できれば、受講生は対面授業に向けた効果的な準備ができ、そのことで対面授業をより能動的な学習の場へ転換できるのではないかと考えています(図1)。

図1 効果的な授業モデル

3.現在までの進捗状況

 全ての授業に反転要素を組み入れることは、これまでの授業=学習のスタイルを大きく変えることになります。授業計画(シラバス)の見直し、適切な動画コンテンツの制作、視聴状況の確認、対面授業自体の見直し、コンテンツのブラッシュアップなどを経てようやく新しい授業スタイルが確立されます。授業担当者には多大な負担がかかることとなり、授業担当者の理解と協力なしに進められません。動画コンテンツ制作のための支援スタッフの配置や情報環境の整備なども不可欠です。また授業スタイルの転換は、学習スタイルの転換ともなりますので、学生の理解、協力も欠かせません。
 授業の反転化が、最終的に教員、学生双方にとってウィンウィンのものとなるためには、「しんどい(大変だ)けれどやってよかった」という状況をつくり出さなければなりません。そのために、これまで主に以下の取組みを行ってきました。

①反転授業のイメージづくり

 他大学での反転授業の成功事例と課題、本学での先行事例を事例集としてまとめ共有(27の事例)

②反転授業の実施要領の作成(実施計画)

 反転授業の目的の確認、反転化の留意点(チップス)、反転化スケジュール(試行期3セメスター、改善実行期3セメスター)の確認

図2 授業反転化計画と実施状況

③関連FD・SD研修会の定期実施

 これまで2021年3月、9月、2022年2月と3回実施。分野の異なる授業の先行実施事例の報告とグループディスカッション。

④動画コンテンツ制作スタジオ整備

 学内に動画コンテンツの制作・編集のためのスタジオを2か所設置(2022年2月から稼働)。

⑤支援スタッフの配置

 スタジオでストレスなく動画コンテンツが制作できるよう動画編集経験のある学生スタッフ(主に本学放送・メディア映像学科の学生)を配置。撮影編集を全面支援。

⑥アクセスポイントの強化

 学生が学内で動画コンテンツをスムーズに視聴できるようアクセスポイントを強化(2022年1月に完了)

 実施計画で、授業の反転化は、2021年9月から試行期が始まり、25%の正課授業科目で反転要素を取り入れる計画でしたが、実際には30%を超える授業科目で反転化が実施されました。2022年4月からは50%の授業科目で反転化を実施する予定です。

4.今後の課題

 これまで授業の反転化に積極的な教員が授業の反転化に取り組んできましたが、実際にやってみて、反転化は一定の改善を行っていくことで、メリットの方が大きいと分析しています。

図3 講義科目「経済学Ⅱ」の学生の声

 現在は試行実施によりさまざまな知見を得ている段階ですが、教員のアンケートで指摘のあった課題は以下の3点に集約されます。

① 動画制作の負担が大きい。
② 動画を視聴してくる学生と視聴してこない学生の学習格差が広がる。
③ 反転化(動画視聴による予習)が全ての授業に適しているのか疑問。

 ①は、スタジオの設置と支援スタッフの配置によりある程度は解消されていくものと考えていますが、②、③は、対面授業のより効果的な実施と予復習のあり方、学生の学習習慣に関わる問題と考えています。反転化の取組みを行うことでより鮮明に見えてきた課題であり、反転化の事例が増えていく中で、議論を深めていきたいと考えています。
 情報環境整備で課題となっているのは動画配信サーバシステムの構築が世界的な半導体不足のため遅れていることです。当初計画では、専用サーバで動画を配信し、視聴ログの収集、分析を行う予定でしたが、納品の目途が立たないため、既存のWebポータルやクラウドを通して配信しています。
 本学の取組みは、デジタルの活用により正課授業の授業スタイル=学習スタイルを大きく変えていこうとする試みですが、授業を通して何が学生にできるようになってほしいかを考える貴重な機会にしていきたいと考えています。


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