特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その2)
中嶌 康二(関西国際大学 社会学部准教授・高等教育研究開発センター長)
本学は、「『学びの仕組み』のDX推進による能動的学修の実現」という題目にて「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」実施機関に選定され、現在、全学規模で教育DXを推進しています。それは、本学での20年来の教育改革の諸取組みに基づいており、教育DX推進によって実質化・高度化を目指すものです。本稿では、まず関連する教育改革の取組みについて説明したのち、教育DX推進について記述します。
本学の「学びの仕組み」は、学生が自律的学修者となることを支援する教育プログラムです。学生が「目標の設定→学修→ふりかえり→計画の修正」のプロセスモデルを学期ごとに4年間繰り返します。「学びの仕組み」では、本学でこれまでに取り組まれた様々な教育改革のうち、次のものが包含されています。①本学独自の科目「評価と実践」(2016年度〜 ※詳細は後述)、②eポートフォリオ運用(2005年度〜)、③全学共通の学修ベンチマーク設定(2006年度〜)、④定期的な学修ふりかえり機会である「リフレクションデイ」の運用(2010年度〜)など。これらの組み合わせにより、学生は自己調整する能力を涵養します。「学びの仕組み」が提供される場所が、上述の科目「評価と実践」となります。
科目「評価と実践」は、「Ⅰ」(1・2年生対象)と「Ⅱ」(3・4年生対象)で構成され、4年間をかけて履修する全学必修科目です。科目は、学科・学年単位で運営され、学生は2年ごとに成績評価されます。入学したばかりの新入生は、この科目でまず本学生としての学修指標(学修ベンチマーク)について学んだのち、履修科目での学修をふりかえる方法やeポートフォリオでの学修成果記録の蓄積の意味を学びます。その後は、各学期の開始前に実施される「リフレクションデイ」にて、前学期の学修をふりかえり、自己の成長確認と、設定していた目標への進捗を踏まえて、次の学期に向けて目標・計画の見直しを行います。自己の学修ふりかえり作業と新たな目標設定が適切なものとなっているかどうかについては、学期開始後のアドバイザー(主にゼミ担当教員)による個別面談でフォローを受けます。
こうして「評価と実践」は、初年次教育と連携して始まり、自己調整学修のトレーニングを進めながら学期を重ね、学年が上がるのに合わせて「出口」を意識した学修作業に移行します。eポートフォリオに蓄積した学修成果や、それをアピールする投稿などの「学びのエビデンス」は、4年生の段階で「学修成果サマリー」という形に結実します。学生は、キャリア活動等の場面に合わせて、その場面で「使える」学修成果を選定し、一枚のシートにレイアウトすることにより、自己の4年間の積み上げをアピールできるようになります。
積極的に教育改革に取り組んできた成果として、本学は「学びの仕組み」というプロセスモデルの実運用を開始するに至りましたが、その結果、改善・解決すべき様々な課題が明らかとなっています。例えば、学生の自己評価に対する適切な指導・支援方法の確立、全学共通で運用するための、各学科の担当教員との適切な連携、それぞれ独立して運用されていたLMS(Learning Management System)とeポートフォリオの連携や時流に即した仕様のアップデート対応などがあげられます。さらにこの間に、本学は大学の統合を行い、キャンパスが2か所(尼崎市・三木市)から3か所(神戸市が追加)に増え、また、学部改組を実施しています。そこでは、異なる大学文化の融合や、教育システムやプログラムの統合が必要となりました。一方、2020年からの新型コロナ感染症への対応に伴うオンライン授業と対面授業の流動的な授業形態の運用という課題もあり、「学びの仕組み」の適切な運用の維持に対して様々な障壁を抱えることになりました。
しかし、オンライン授業対応を通して、LMS活用が全学的に浸透したことはポジティブな要素であり、本学がそれ以前からBYOD(Bring Your Own Device)を実践していたことから、本学全体のICTリテラシーは高まることとなりました。この経験から、オンラインでも学べることがわかり、逆に対面でしかできないことが確認できる機会となりました。これらのことは、教育DX推進に追い風となったと言えます。このような状況下で、様々な課題の解決と、これまでできなかったことを実現することを主旨として、教育DX推進の計画では、「学びの仕組み」を高度化するために次のような事項が実現項目として設定されました。
① オンライン授業にも対応しうる「LMS中心の学修環境整備」を全学規模で展開する。
② 教育プログラム実施における3キャンパスの教育リソース相互活用を強化する。
③ 動画等を活用した「パフォーマンス評価」の実施を可能とする授業支援システムを構築する。
④ 「在学時から卒業後までの学びの持続」の観点で、eポートフォリオ活用機会を拡大する。
⑤ 学部・学科および学修支援部局の教育プログラム進捗管理のシステム化を行う。
教育DX推進と言えば、DX化のためのシステム整備やデータ活用が注目されることが多いですが、本学では「学びの仕組み」の核となる科目「評価と実践」の、学習目標と評価方法をはじめとする授業デザインの見直しを行い、学修成果の可視化が実現される授業デザインを施しました。また、「学びの仕組み」を全学共通で展開できるように、教員向け運用基準(SOP:Standard Operating Procedures)の確立を目指すことから始めました。
ここでは、教育DX推進がどのように学修の現場で展開されるか、学修者側の視点で紹介します。
学生は、各学年でのゼミを軸として、専門科目や実習等を伴う経験学習科目等を受講し、教室やLMSで教員の学修指導を受けます。経験学習科目では、専門科目で学んだ様々な専門知識を統合して真正な文脈での問題解決に挑みます。実習の場面やシミュレーションの場面では、自分のパフォーマンスを動画に収め、ネットワークサーバ上でプレイバックしながらグループ間でのふりかえりディスカッションを行い、教員からは形成的評価を受けます。これらの活動から創出される学修成果物は、DX推進によって直接連結されたLMSとeポートフォリオを活用して自己管理します。このようにして、アピール材料となる学修成果の蓄積は促進され、4年生時に作成する「学修成果サマリー」の内容が充実されることが期待されます。また、eポートフォリオでの学修成果の蓄積は、学生が卒業した後もアクセスでき、次のキャリア活動や学び直しの際に有効に活用することができるようになります(図1)。
図1 「学びの仕組み」のDX化運用イメージ
他方、大学側の視点では、eポートフォリオとLMSの連携、パフォーマンス評価のデジタル化等が、これまでに本学が確立した「学びの仕組み」と結合することによって、個々の学生の学修履歴や学修成果に関する豊かな情報の統合を可能にし、学修支援に活用することができるようになります。また、キャンパス間のネットワーク化ならびに教育の平準化によって、他キャンパスの他学部生との交流、他学部の科目履修など、学びの選択の幅と交流が創出できるようになります。
教育DX推進によって、各科目での学修成果を効果的・効率的にデジタルで蓄積される環境が整います。科目「評価と実践」で、学生が適宜学修計画を立て、見直しを繰り返しながら目標を目指すことができるようになり、結果として、自律性を高められるという学修効果が全学的に実現されることが目標です。その効果の検証として、次のような項目について適切にデータ測定して分析することが今後の課題となります。①eポートフォリオのアピール記述投稿数、②学修ベンチマーク項目「専門知識・技能の活用力」の自己評価結果、③授業評価アンケートにおける授業理解度の回答、④3キャンパスのICT活用満足度など。
併せて、教育DX推進によって蓄積される学修ログのデータを学修分析へ利活用する方法について、IR部門(評価センター)と共に検討を進めます。また、追加的取組みとして、コロナを経験した世界の今後の動向を睨んで、ここで整備した環境を活かしたオンデマンド授業実施の可能性を広げることも肝要となると考えています。