特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その2)

金沢工業大学における
デジタルトランスフォーメンションの取組み

鹿田 正昭(金沢工業大学 副学長)

山本 知仁(金沢工業大学 工学部情報工学科教授)

鈴木 亮一(金沢工業大学 工学部ロボティクス学科教授)

1.はじめに

 「7,000人の学生には7,000通りのカリキュラムがあっても良い」。この発言は十数年前に金沢工大学園前理事長泉屋利郎氏が学内のある集まりで発した言葉です。当時より私立大学には多様な学生が入学しており、学力にも大きな差がありました。筆者の一人は前理事長の発言に「確かに、多様な学生に対して全員が同じカリキュラム(同一学年、同一学科)で教育していることに問題はないのだろうか」と疑問に思ったことは事実です。
 しかし、入学生が多様だからと言って、個々の学生に合ったカリキュラムを作ることは不可能であり、教育課程においてもそのようなことは許されません。当時はAI、IoT、AR,VRなどのキーワードは一部のエキスパートでは利活用されていたかもしれませんが、大学教育という観点からはメジャーではなかったと記憶しています。ビッグデータに相当する学生の成績や活動履歴、その他の教育指導上のデータはあったとしても、有効に活用されることはありませんでした。
 上述の「教育指導上のデータ」について、本学では以前から修学アドバイザーが修学指導に係るデータ(例えば、自己成長シートを作成するための一週間の修学上の履歴など)を活用し修学指導に活用していた事例はありますが、その他に存在する多くのデータに紐づけられて総合的に学生個々人の修学上の特性を十分に把握することはできていませんでした。この問題を解決し「7,000人の学生には7,000通りのカリキュラム」までは実現できなくても、DX(デジタルトランスフォーメーション)の力を借りて学生一人ひとりの学びに応じた教育実践に踏み込むことにしました。
 本学の大澤敏学長は、2021年新年の教職員向け挨拶で「今年は教育のDXが急速に進むことから、反転授業を含めた対面授業と遠隔授業の組み合わせを最大限に引き出す、Education Technologyを駆使して、今までとは次元の違う格段に高い教育効果を生み出すことが必要」と述べられ、特に「学生一人ひとりの学びに応じた教育への転換」と「場所と時間の制限を超えた学びの場の創出」を教育DXの実施目標にすると宣言されました。
 周知のように、文部科学省は2020年秋に「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」(Plus-DX)の公募を開始したことから、「学修者本位の教育の実現」に対して「DXによる学生一人ひとりの学びに応じた教育実践」と「学びの質の向上」に対して「DXによる時間と場所の制約を超えた学びの場の創出」を申請し、両者ともに採択されました。また、2021年10月には、コロナ禍において対面実施が不可能なオープンキャンパスに対応するため、xRワーキンググループを立ち上げ、種々のデジタル機器を駆使したデジタルオープンキャンパスを実現させるとともに一部の対面授業や遠隔授業(ハイブリッド、ハイフレックス、オンデマンドなど)にも適用を開始しました。
 本稿では、2021年4月に教育DXを強力に推進するために立ち上げた「教育DX推進委員会」が進めてきた取組みから、逐次集積している学生の学習履歴、課外活動履歴および修学指導履歴など、膨大なデータを活用した教育DXの活用事例について紹介します。

2.DXによる学生一人ひとりの学びに応じた教育実践

(1)取組みの概要

 これまで本学は、学生の学びの質を向上させるために様々な情報システムを構築してきています。代表的なものには、学生が今、自分が学びのどこに位置しているかを理解できる「KITナビ」、各科目のシラバスをベースとしたLMSである「eシラバス」、成績や修学状況を可視化する「自己成長シート」などがあります。また学生の成績や、就職活動の状況を把握するための教職員向けシステムも同時に開発されてきています。
 一方、これらのシステムは必要性が生じたときに、その都度開発されてきているため、システム間のデータ連携が十分でなく、IR等に利用されるときには、各システムのデータが個別に解析されてきました。その結果として、例えばある学生がどのような入試プロファイルで入学し、その後、どのように成長したのか、もしくはどのような科目で躓いたのか、最終的にどのような企業に就職したのかといった、大域的な解析が十分に行われてきませんでした。
 本取組みでは図1に示すように、本学に蓄積されてきたデータを統合して解析することで、全学生の修学プロセスを明らかにし、得られた結果を個々の学生の支援に役立てることを目指しています。それと同時に、整理されたデータを用いて支援を必要とする学生を特定し、支援が必要な理由に基づいて適切なフィードバックをAIが提示するシステムを実現することも目指しています。

図1 DXによる学生一人ひとりの学びに応じた教育実践の概要

(2)データベースの統合について

 本取組みでは、まず学内に存在する複数のデータベースを統合することから行っています。現在、本学ではオンプレミス、クラウド上に基幹となる複数のデータベースを有していますが、それらを本取組みでは、クラウド上(Oracle Cloud Infrastructure上)に、デイリーで全てコピーし、データレイクを構築することとしました。このデータレイクには2004年からのデータが蓄積され、テーブル数は約470、項目数は1万を超える数となっています。その後、匿名化された学生IDに紐づける形でコピーされたデータを整理し、様々な解析を行うことができるデータマートを構築しています。ユーザは基本的にはこのデータマートのデータを解析する実装となっており、個人情報にはアクセスできないようにしています。
 以上の統合作業は2021年中に終了しており、現在ユーザは、日々更新される全修学データを用いて解析を行えるようになっています。

(3)統合されたデータの解析について

 本取組みでは、統合されたデータベースを利用して既に様々なデータ解析を行っています。例えば、1年次のGPAと入学時の成績プロファイルの関係、各学年のGPAと次年時のGPAの関係、卒業時のGPAと就職先の平均年収の関係など解析を行っています。これらの解析結果として、入学時の成績プロファイルと1年次のGPAには相関関係があまりないのに対し、各学年のGPAと次年時のGPAの間には強い相関関係があること、卒業時のGPAと就職先の平均年収にはあまり相関関係がないことなどが明らかになっています。
 また、各学生がどの科目で最も躓いているかを、全科目の得点分布を解析することで明らかにし、その科目のLearning Analyticsを行うことで、概ねどこの単元で躓いているかについても明らかにしています。現在、これらの解析結果を受け、該当科目の運用方法が改めて検討されたり、またこの科目をよりスムーズに履修できるようにするための、アダプティブラーニングのシステムの構築が進められたりしています。
 データベース内には学生が1年次に記述する1週間の行動履歴に関するテキストデータが蓄積されており、このデータに対して自然言語処理を行うことで、学生の定性的な学びの様子についても解析を行っています。結果として、成績上位の学生は「勉強」「授業」「企業」「就職」「研究」「活動」「プロジェクト」「資格」といった、多くの単語がバランスよく出現するのに対し、成績下位のグループは「勉強」「課題」「授業」「生活」といった限られた単語が頻度高く現れることが明らかとなり、成績下位の学生生活に余裕がない様子が伺えています。現在、このような解析の結果を受け、どのような支援が学生にとってより効果的かについて改めて議論が行われています。
 以上のように、統合されたデータを解析することで、これまで明らかになっていなかった学生の様子がわかるようになり、また解析結果に基づく適切な修学支援の方法が検討されるようになりました。これらの成果は、本学にとって大変意義のあることだと考えています。

(4)データを活用した退学者の予測について

 本取組みでは、整理されたデータを機械学習用のデータとして利用することで、AIを使った修学支援システムの構築も行っています。特に現在は、ある学期までの成績データと出席率のデータを利用し、ある学生が次の学期に退学するかどうかの予測を行っています。今までのところ、深層学習的なアプローチを利用することで、約9割の確率で退学者を予測できるようになっています。同時に、学習済みのモデルに対しSHAP(SHapley Additive exPlanations)を適用することで、退学する場合にどの科目が最も影響があるかについても学生ごとに明らかにしています。
 現在、これらの理由に基づいた適切なアドバイスを「自己成長シート」に自動で提示するシステムを構築中であり、今後それを実際に運用して評価を行っていく予定となっています。また、より成長していくための支援を必要としている学生の特定も今後行い、学生のよりよい成長を支援するシステムの構築も行う予定です。

3.DXによる時間と場所の制約を超えた学びの場の創出

(1)取組みの概要

 本学では、「持続可能な社会の構築」や「人間中心のモノ・コトづくり」といった、現在世界が直面している問題や課題に対応できる人材を育成するために「分野を超えたコラボレーション力」や「社会実装力」といった能力を身につける教育を実践しています。例えば、

① 金沢市近郊の12大学等が連携する「産学連携プラットフォーム」を基盤とした、実社会の問題に多様なチームで取組む教育
② 「チームで問題発見解決に取り組むPBL科目」と「実験・実習科目」を中心とした、実社会の問題に工学的なアプローチで取組む教育

などがあげられます。
 コロナ禍の2020年度において、種々の遠隔コミュニケーションツールを利用してこれらの教育を実施したことで、様々な問題や課題が明らかになりました。これまで対面で行っていた授業が遠隔で実施されたことにより、学生のキャンパスへの移動の制約がなくなるメリットは生まれたものの、コンピュータの画面を通して学生の理解度をうかがいながら授業ができないこと、作成した構造物のプロトタイプを手に取って観察できないことから、学生間そして学生教員間のディスカッションが深まらず、得られる成果が不十分になってしまうという課題が残りました。加えて、実験・実習科目においても、現象の観察やそれに基づく考察が深まらないという課題も明らかになりました。
 本取組みでは、対面授業と遠隔授業の個々の利点を最大限に活かすためにDXを推進し、時間と場所(空間)の制約を超えた多様な学びの場を創出することを目指すとともに、これまで以上の質の高い学びができる教育環境の構築を目指します。本取組みの概要を図2に示します。

図2 「DXによる時間と場所の制約を超えた学びの場の創出」の取組み概要

(2)産学連携プラットフォームを活用した多様なチームで取り組むコラボレーション教育

 大学にはそれぞれ得意とする教育研究の分野があり、大学そして企業が連携し協力することで、幅広い分野の学問を学ぶことができる、多様な学びの場である「産学連携プラットフォーム」が形成されます。これまで、大学間連携、産学・地域連携は時間や距離、場所などの制約もあり、質的と量的の双方の面において十分な実績をあげることができませんでした。そこで、多様な背景や専門性をもつ学生たちが、遠隔コミュニケーションシステムを通して大きな実空間を共有し、社会問題の解決に一緒に取り組むことができる図3に示す教育環境を構築しました。写真1に示す「多地点等身大接続システム」で、学外の5つ大学と学内の4拠点を結びました。この接続システムにより、感染対策をしながら学生が個々の地点から授業に参加できることから、対面と遠隔の双方のメリットを活かした教育が実現できています。また、アバターやヘッドセットも積極的に導入したことにより、遠隔討議や遠隔指導についても、従来に比べ距離や空間の制約を気にすることなく実現できています(写真2と写真3を参照)。

図3 産学連携プラットフォーム
写真1 多地点等身大接続システム
写真2 ヘッドセットを利用した遠隔討議
 
写真3 アバターによる遠隔指導を受ける
学生たち
 この他にも、大学間を結んで相互のプロジェクトを発表し意見交換するイベントや、他の大学の学生と多様性あるチームを組んで問題解決に取り組む教育などに活用され、順調に成果があらわれています。

(3)PBL科目と実験・実習科目の教育の高度化と学びの質の向上

 これまで、PBL科目や実験・実習科目は対面で行うことが当然のことと考えていましたが、コロナ禍においてすべてを対面で実施することはできず、オンデマンド型や遠隔型の実験・実習をすることが求められました。本学で実施するPBL科目においても、遠隔コミュニケーションシステムを通したチーム活動を行い、課題解決のためのアイデアを深化するためにも、アバター、VR・ARヘッドセットやデジタルコンテンツを体系的に導入し、この問題に対する解決に取り組んでいます。仮想空間でお互いのモデルやプロトタイピングを確認したり、設計した図面をリモートで3Dプリンタに出力して確認したり、様々な試みがなされています。
 工学系の実験では、写真4に示すように、装置を学生が囲んで実験手順や安全についての注意の説明を受けます。これらの説明については、360度カメラでデジタル化したり、コンテンツ化したりすることで、学生は自宅でその様子を繰り返し確認することができます。実空間では体験できない起こりうる危険や、自己を仮想空間上で体験することで、学生は一層の安全意識を持ち、倫理的な思考を深めることも可能となります。

写真4 これまでの実験風景

 また、仮想空間内で実験できるコンテンツの制作も行っており、試行的に一部の実験・実習科目において運用しています(例えば図4を参照。機械系で行っている振動実験のデジタルコンテンツ)。このようなコンテンツを併用して活用することで、学生一人ひとりが実験装置を保有し、実験パラメータや材料を変更して、仮想空間内で実験することができるようになります。

図4 機械系実験のコンテンツ化

 これまでは、対面の授業のみで現象の観察を行っていましたが、自宅で繰り返し実験ができること、レポートにまとめながら結果を確認して考察できることから、使用した8割の学生から「実験コンテンツは役に立った」という評価が得られました。
 学生たちが作成したプログラムをシミュレータ上で動作確認した後、実際の装置に実装して動作させる場面では、シミュレーションと実機の動作の差をARヘッドセットで確認することができるようになります。実空間と仮想空間の双方において理解を深めることが可能となり、学びの質が向上していくことが期待されています。

(4)期待される成果

 「DXによる時間と場所の制約を超えた学びの場の創出」の取組みを通して、次の成果が期待できます。

① ポストコロナ時代において対面授業と遠隔授業の双方のメリットを活かしたベストミックスな授業運営方法が構築され、学生たちの学びの質が向上すること
② 対面授業のコミュニケーションと同等の臨場感ある学習環境が構築され、学生たちの学ぶ意欲が増進すること
③ 専門分野が異なる学生や世代の異なる社会人、さらには海外の学生と共に多様性あるチームで問題解決策を創出する経験ができること
④ 実空間と仮想空間を融合した空間で実社会の問題解決策を議論し、さらにはプロトタイプを製作して、社会実装により評価検証ができること、

 年度毎に実施されるアンケートやデジタルコンテンツを導入した科目に対しての成績の変化、学生の満足度やLMS内の自己成長シートなどを分析し、本取組みの実現による教育効果の測定と検証を今後も継続的に進めて行きます。

4.おわりに

 本稿では文部科学省が公募した「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」(Plus-DX)に採択されたことから、従前より本学が進めてきた「教育DX」をより具現化し、多様化している学生の修学に対応した試みのいくつかについて紹介しました。本学ではコロナ禍前より「DXによる学生一人ひとりの学びに応じた教育実践」と「DXによる時間と場所の制約を超えた学びの場の創出」を掲げた取組みを実践してきました。奇しくも新型コロナ感染症によりこれらに係る教育DXが一段と加速することになりました。
 「DXによる学生一人ひとりの学びに応じた教育実践」では修学情報に加えて、学生の様々な情報を匿名化し、AIが提示するシステムから「自己成長シート」に自動で提示するシステムを構築しています。また、「DXによる時間と場所の制約を超えた学びの場の創出」ではPBL科目においてアバター、VR・ARヘッドセットやデジタルコンテンツを体系的に導入し、遠隔でその様子を繰り返し確認するとともに、実空間では体験できない事象を仮想空間で体験できることも可能になりました。
 加えて、本学が幹事校となっている、金沢市近郊の12大学が参画する「産学連携プラットフォーム」を活用し、SmoothSpace2を用いた連携が始まっています。さらに、石川県外の大学との授業の共同運営および単位互換についても検討を始めました。
 今後は「7,000人の学生には7,000通りのカリキュラムがあっても良い」という理念のもとに教育DXを活用した教育改革を進めていく予定です。
 本取組みは2021年4月に設置した教育DX推進委員会に所属する教職員の多大なご支援とご協力を得て遂行されていること、また、具体的な授業運営の試行には多くの教職員の支援、ならびに連携していただいている大学の協力を得ています。ここに記して深甚なる謝意を表します。


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