特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その2)
松浦 博(滋賀医科大学 理事・副学長(教育・学生支援・コンプライアンス担当))
向所 賢一(滋賀医科大学 副理事(基礎医学・地域医療教育担当))
医学の進歩により、医療人を目指す学生に求められる知識や技能は膨れ上がり、大学の正課内だけですべてを教授することが不可能になってきています。本取組みは、医学生・看護学生の一人ひとりが、自主的にかつ効率よく学ぶ事ができるようにICT(Information and Communication Technology)を活用した学修環境を整備し、個別化教育の推進を目指すものです。本稿では、本事業の中心となる「ハイフレックス型講義の全学導入」、「教師役反転授業」、「医師国家試験対策」について報告します。
個人情報の取扱いの多い医学部の講義では、セキュリティ面でより高い配慮が必要です。平成24年度より、学生がパブリッククラウドサービスを用いて学内外で学修に取り組める体制を整え、平成30年度よりICTを活用した学修環境の整備を進めてきました。また、学内無線LANの充実や学外からのVPN同時接続を拡充することにより、セキュリティの高い学術基盤システムを構築しています。さらに課程(基礎学、基礎医学、臨床医学、看護学科)ごとに、デジタル機器の使用や情報セキュリティに関する説明会を実施しました。通信環境の揃わない学生に対してはルーターやPCの無償貸与等を行い、学修環境を整備しました。以前よりLearning Management System (LMS)としてWebClass(日本データパシフィック社)を使用していたため、令和2年4月20日からWebClassを用いたオンデマンド型の遠隔講義を開始できました。
同年5月7日からは、Zoomによるウェブ会議システムを用いて、遠隔で授業を受信している学生も受講場所から質問できる体制を整え、同時双方向型の遠隔講義を開始しました[1]。この際に、大学の認証基盤と連携させて参加者を制限することで、遠隔講義のセキュリティを確保できるようにしました。令和2年度後期から、新型コロナウイルス感染症に対応して、三密を避けるため1教室の収容定員を約半数にし、大小の教室を連結しました。さらに対面でも遠隔でも受講できるハイフレックス型講義に切り替え、同時双方向型の遠隔講義を可能にしました(図1)[2]。
図1 小教室を連結したハイフレックス型講義
教育の高度化をサポートするために老朽化の進んだAV機器を刷新し、講義室のさらなる環境整備を行いました。また、個人情報を管理しながら、動画教材を多く用いるために、大学内に大容量のストレージも確保しました。この新たな授業形態を円滑に行うために、デジタルを用いた講義に慣れていない教員の補助や突然の機器のトラブルに対応できるように、各教室にステューデントアシスタント(SA)を配置しました。また、授業後のオンデマンド配信用動画教材の編集作業もSAを雇用して行いました。
その結果、本学のオンライン授業全般についての満足度調査では、約9割の学生が、本学のオンライン授業に「満足している」と「ある程度満足している」と回答しており(図2)、従来と変わらない講義が配信できたものと考えています。
図2 学生への遠隔授業に関するアンケート
- 実施期間:
- 2021.12.15〜2022.1.4
- 対 象 者:
- 全学部学生、回答率:47.8%(448/937人)
- 質問内容:
- 本学のオンライン授業全般について満足度を教えて下さい。
また、Zoomによる対面授業はライブ配信するだけでなく、ほぼ全授業で、WebClassを通じて後日オンデマンド配信することにより、いつでも復習できる体制を整えていたために、学修計画や学修効果に対するアンケート結果も比較的良好でした(図3)。
図3 学生への遠隔授業に関するアンケート
- 質問内容:
- A.学修は計画的に行っていますか。
B.遠隔講義の学修効果については、対面授業と比較してどうでしたか。
反転授業は、20世紀後半にアメリカで生まれ、説明中心の講義などを動画化し、事前学修として学修者に視聴を促すことを前提に、対面授業では受講者がより主体的に学ぶ演習やプロジェクト型学修を行う授業形態全般を指します[3]。従来の対面型講義形式は、“教える”という教員主体でしたが、反転授業では、生徒たちが活発に活動する“学び”主体の授業になります[3]。
教師役反転授業は、我々が提唱する新たな教授学修方略です(図4)。学生を教材作成に参加させ、教材の改良や利用方法を考えさせる中で、与えられた教材内容の理解を促進する指導方法です。教材作成を行う学生は、動画教材を他の学生と協働で行うことにより、他者の学びの視点も伴うことになり、より深い学びとなります。また、副産物として、学生の意見を反映したよりよい学修教材が作成できます。
図4 教師役反転授業
令和4年1月に教師役反転授業を受講した学生を対象にアンケートを施行しました。「学修動画教材が役に立った」という問いに対して、「該当する」、「ある程度該当する」と回答した学生の割合の合計が約96.5%であり、学生参加で作成した反転授業の動画教材が、非常に有効であることを確認しています。
しかし、この教師役反転授業には大きな2つの問題があります。一つは、今回の教師役反転授業の学修動画教材作成に参加してくれた学生は、大学がアルバイトとして雇用しているために、この授業を実践するには資金が必要であるということです。もう一つは、動画教材の作成にあまり多くの学生が参加できないということです。これらの点を解決するために、動画教材の作成方法については、今後検討していく必要があります。
厚生労働省のサイトから閲覧可能な医師国家試験[4]をPDFの形で取り込み、エクセルファイルを用いて、各問題をキーワードや出題形式から検索可能にし、WebClassを通してすべての教員と学生が閲覧可能な状態にします。これらの問題を元に、教員は、各講義後の自主学修用の小テスト課題等を作成すれば、学生は低学年の頃より、医師国家試験に触れることができ、教員は医師国家試験問題の出題傾向を知ることになり、日常の教育の現場にも自然と反映されると考えます。
従来から座学で行われていた講義内容は、ICTを駆使すれば、学生に教授可能であり、むしろ、遠隔の方が優れている点もあるように思えます。しかし、医療人として重要なコミュニケーション能力や、これまで演習や実習によって養ってきた技術については、遠隔で醸成できるのか否か、また、ICTをどのように活用していくべきか等について、今後検討していかなければなりません。
参考文献および関連URL | |
[1] | 本山一隆ら. 滋賀医科大学における同時双方向型遠隔講義配信システムの整備, 学術情報処理研究誌 24, 126-133, 2020 |
[2] | 本山一隆ら. 滋賀医科大学におけるハイフレックス型講義の全学導入, 学術情報処理研究 25, 39-45, 2021 |
[3] | 溝上慎一監修, 安永悟ら. アクティブラーニングの技法・授業デザイン, 東信堂, 2016 |
[4] | 第115回医師国家試験問題および正答について https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/tp210416-01.html |