巻頭言
弦間 昭彦(日本医科大学 学長)
本学は1876年に長谷川泰先生により設立された「済生学舎」を源流とし、146年の歴史を刻んでいる。その済生学舎において、野口英世や小口病の小口忠太など多くの著名な医師、医学者が学んだ。学是は、自己に打ち克ち公に尽くす事を意味する“克己殉公”であり、その精神が今の校風に息づいている。海外で伝染病の研究に尽力した野口英世や「ドイツが愛した日本人」などで取り上げられた肥沼信次ら卒業生がそれを体現した存在と言え、現在では、救命救急をはじめとした多くの教室に受け継がれている。
一方で、付属4病院の整備や入試改革をはじめとする大きな変革が進められており、特に、6年前から進めている「医科大学版テクノロジー革命」は、本学の教育に大きな変化をもたらしている。例えば、4年前から、全ての講義を、eラーニングで学ぶことができる環境を整えていた。その結果、コロナパンデミックに対して、微修正を行うだけで座学の教育を維持することができた。そのほか、50台ほど導入した電子黒板(Big Pad)、VRを用いた教育環境、プログラミング通りに反応するアンドロイド、教育棟全教室ビューイングシステムなどを整えている。コロナ蔓延期の教育を経験し、この期間に、手術室の中継システムの利用、ネット非接続リモート面談システムなどの整備など、一層、この部分の改革を進めている。
本来、これらのテクノロジーを用いる目的は、教育の個別最適化を実現することにあった。従来の本学の教育では、その効率化のために、教育水準は平均学力に合わせた内容や進度で行われ、成績上位者の学ぶ範囲は限定され、下位者には留年を余儀なくされる学生も少なからず存在した。これらの技術を駆使することで、学生は、時間的、空間的に自由を得て、画一的な教育ではなく、学生の学修状況や個人の興味に応じた能動的な学び方ができるようになり、個別化が実現している。具体的には、学修支援システムにより、学生は、資料をダウンロードしつつ、予復習が促され、eラーニングなどを利用して繰り返しの学修を行っている。成績優秀者は、eラーニングによる講義の履修で出席が問われない制度があり、その期間を研究や留学にあてることができる。少人数のグループで討論を交えながら能動的に学修するスモールグループラーニング(SGL)にも、ITを活用され、Big Padに学修データが記録されるため、他のグループの学修内容を見ることが可能になっている。また、データ蓄積により学生が間違えやすい課題が可視化し、こうしたデータから、AIを活用した教材作りを進めていく予定である。
また、将来の社会を見据え、AI、データサイエンスの分野の教育の充実を図っており、数理データサイエンス・AIコースの設置のみならず、研究配属という実習では、医療領域だけではなく、AI、ビッグデータ、バイオインフォマティクス、ロボティクスなどにもテーマが広げられている。すでに「医工連携」の枠組みで早稲田大学や東京理科大学の研究室に配属できるような制度が設けられている。一方で、テクノロジー新時代において、医師としての“克己殉公”に示されるような「心」の部分の教育について、より重要になると考えられるため、「愛と研究心」文庫を整備するなど、より掘り下げた教育を準備している。
本学としては、今後も、学生たちの能動的学修を支援していくために、ICTを活用した教育体制を一段と進化させるとともに、コロナ禍で得た知見をしっかりと生かし、「心と技」に重点を置いた未来の医学教育につなげていく計画である。