特集 オンライン授業の学修評価と試験方法

オンライン授業における不正防止対策の取組みと展望

巳波 弘佳(関西学院大学副学長 工学部教授)

1.はじめに

 2020年初頭から始まった新型コロナウィルス感染症の広がりにより、教育界においてもICTを活用した教育の実施を迫られることになりました。従来からeラーニングやCBT、遠隔授業、情報教育などを中心に教育へのICT活用は進みつつありましたが、そのスピードは必ずしも早いものとは言えませんでした。しかしコロナ禍によってわずか数か月で、大多数の授業に同時双方向型授業やオンデマンド型授業などオンライン教育と言われるものが否応なく導入されました。そのような状況において、各教育機関は教育価値を高める方法を試行錯誤して作り出し、それらの情報を共有することによって、オンライン教育の効果的な活用方法に関する知見を急速に積み重ねてきました。そのため、ポストコロナ時代となっても旧来の授業形態にそのまま戻ることはなく、対面授業とオンライン授業を効果的に組み合わせた新しい学びが創出されていくことは確実でしょう。コロナ禍による半強制的なものだったとは言え、まさに教育のDX(Digital Transformation)が進みつつあります。
 オンライン教育における様々な課題の一つに学修評価があります。学生が修得した能力は公正かつ厳格に評価されなければなりませんが、オンライン試験では不正が入り込む可能性を排除することが容易ではありません。そのため、大勢の学生を教室など一箇所に集めて監視の下で実施できた定期試験と同様のことをオンライン試験で実施しようとするとたいへん難しいものとなります。したがって、学修評価方法のみならず、教育方法から改めて見直すことが必要になってきました。
 本稿では、まずオンライン試験における不正行為の例と主な防止策を紹介し、そのような対策を盛り込んで開発されたものの一つとして関西学院大学のAI活用人材育成プログラムの事例を紹介します。また、費用や労力をかけた不正防止策を用いなくとも教育効果が見込める学修評価方法についても紹介します。

2.オンライン授業における不正と主な防止策

 オンライン授業における学修評価方法の一つとしてオンライン試験があります。場所を問わずに受験可能になること、会場準備のための負担が不要であること、感染症リスクの低減など、大きなメリットがあるため、今後さらに導入が進むでしょう。しかし、不正の可能性が高まること、試験の問題作成・実施・評価する教員の稼働増加や不正防止策導入のための大きな費用が発生すること、対応する学生にもPCやネット利用の費用・負担が発生することなどのデメリットもあります。
 オンライン試験では受験者の行動や受験している周囲の空間の状況を把握することが困難なので、主な不正行為としては以下のものが挙げられます。

 これらの不正行為を防止するためには、本人認証の強化、不正行動の検出、不正行動の困難化が必要になります。本人認証のための具体的な方法としては、多段階認証や、eKYC(electronic Know Your Customer。本人確認書類の画像とカメラを通じた本人の顔画像を自動的に照合)、AIによる顔認証が考えられます。不正行動の検出のための具体的な方法としては、受験中の顔認証や、受験中の映像(複数箇所からの映像も含む)のモニタリング・録画が考えられます。不正行動の困難化のための具体的な方法としては、受験者ごとに異なる問題をランダムに出題することや、問題ごとに時間制限をかけることが考えられます。
 このように様々な防止策があり、容易に導入できるものもありますが、費用や労力の観点から導入が容易ではないものもあります。多段階認証は現在では一般的に普及しているものなので導入は容易ですが、顔認証やeKYCはAIの普及により導入ハードルは下がってはいるものの、それなりの費用がかかります。映像モニタリングや録画は人間が確認するなら膨大な労力が必要となりますし、AIを用いるなら費用がかかります。ランダムな出題や時間制限は、現在ではLMS(Learning Management System)上で提供されているものも多く、LMSを既に導入していれば追加費用が不要な場合もあります。しかし、ランダムに出題するものに関しては、膨大な問題を事前に用意しなければならないので、担当教員の負担は極めて大きくなります。
 以上のように、現在では様々な技術も実用化されているため、費用や労力をかけられるならば、不正行為を抑止できるオンライン試験は実現可能となっています。次章ではその事例を紹介します。

3.関西学院大学のAI活用人材育成プログラムの事例

(1)AI活用人材育成プログラム

 近年のAIを中心とする技術革新により社会構造や働き方にも急激で大きな変化が進むなか、文系理系関係なく、AIやそれに関連する技術を理解して活用できるいわゆるDX人材が求められています。そのような人材を育成するため、関西学院大学ではいち早く2019年度にAI活用人材育成プログラムを開設しました。本プログラムでは、「AI・データサイエンス関連の知識を持ち、さらにそれを活用して、現実の社会課題・ビジネス課題を発見し解決する能力、新たな価値を創出する能力を有する人材」を「AI活用人材」と定義し、このような人材を育成することを目的としています。
 2021年度からは一部を完全eラーニング科目として再編し、さらにそれらを学内のみならず学外にも提供を開始しました。これらの科目において適切な学修評価を行うために、先に述べたような不正防止策を組み合わせた上で、オンライン試験を行っています。これにより、科目を修了した学内の学生に単位を与えるだけでなく、学内外の修了者にオープンバッジ(一般社団法人オープンバッジ・ネットワークがブロックチェーンで管理するデジタル修了証)を発行し、修得したスキルをネット上で広く証明できる仕組みも提供できるようになりました。ここでは、本プログラムの事例を紹介します。
 まず、関西学院大学のAI活用人材プログラムについて紹介します。本プログラムは図1のように全10科目から構成されています。

図1 AI活用人材育成プログラムの科目構成

 現在はこのうちAI活用入門・AI活用アプリケーションデザイン入門・AI活用データサイエンス入門・AI活用機械学習プログラミング演習の4科目を完全eラーニング科目として開講しています。2023年度以降は、AI活用Webアプリケーションプログラミング演習およびAI活用UI/UXデザインプログラミング演習も順次完全eラーニング科目として提供していく予定です。
 なお、本プログラムではこれら完全eラーニング科目をバーチャルラーニング科目と呼んでいます。一般的なeラーニングでは、動画によって講師がスライドを説明するスタイルがほとんどですが、本プログラムでは、内容を説明する動画だけでなく、AIアプリ開発やプログラミングなどに関する様々なデモ動画もあります。また様々なタイプの演習も数多く行います。特にAIアプリ開発やプログラミングの実習においては、対応するデモ動画を何度も繰り返したり停止したりしながら視聴しつつ進めることができるので、受講者各自の理解スピードで進められるようになります。このように、単に動画を見て知識を得るだけではなく、手を動かして実習も行えるeラーニングを実現しました。さらに、講義に関する質問に対応するために、AIによるTAチャットボットを開発しました。スマホなどからいつでもどこからでも質問できれば、回答待ちによる集中力の途切れを引き起こすことなく学習を継続できます。さらに、不正防止策も盛り込んで適切な評価を可能とするオンライン試験の仕組みも開発しました。このような新たなeラーニング学習体験ができる仕組みをバーチャルラーニングと名付けました。
 次に各科目の概要を紹介します。AI活用入門では、産業構造の変化など社会背景に関する知識、AI技術の基礎、AIを活用するために必要不可欠なデータサイエンスの基礎、AIアプリケーション開発の基礎を学びます。AI活用アプリケーションデザイン入門では、AIおよび関連技術の知識と活用スキル、AIアプリ開発スキルを学びます。AI活用データサイエンス入門では、AIを活用するために必要不可欠なデータ解析に関する知識とその活用スキルの他、様々な問題解決フレームワークや、データ解析結果を適切に顧客に伝達するための手法を学びます。
 AI活用機械学習プログラミング演習では、AIの基盤技術である機械学習・深層学習に関する知識とPythonプログラミングによる開発スキルを修得することを目的としています。本科目では、ブラウザだけでプログラミングを学べるオンラインプログラミング環境を新たに構築し、プログラミング環境設定などの導入のハードルを取り払いました。これにより、プログラミング初心者でも無理なくPython言語を学ぶことができるだけでなく、高度な機械学習のプログラムも理解できるようになります。AI活用Webアプリケーションプログラミング演習では、AIを活用したWebアプリケーションの開発に必要な知識とJavaプログラミングによる開発スキル、AI活用UI/UXデザインプログラミング演習では、AIを活用したWebアプリケーションのためのユーザーインターフェイス・ユーザーエクスペリエンス(UI/UX)デザインに関する知識と開発スキルを学びます。
 AI活用アプリケーションデザイン実践演習・AI活用データサイエンス実践演習・AI活用発展演習Ⅰ/Ⅱでは、バーチャルラーニング科目で学んだ知識を活用し、ビジネス現場でも現れる題材を扱った数多くの実践的な演習や、実際の課題に対してソリューションを提案するPBL(Project Based Learning)を対面型で行います。
 このように、知識習得と基本的な演習はバーチャルラーニングで実施することで多くの学生に対して場所や時間を問わず学ぶ機会を提供し、高度な演習やPBLは教員による直接指導で個々人に応じたきめ細かい指導を行うことにより、効果的な教育プログラムを実現しています。

(2)幅広い分野から多くの受講者

 バーチャルラーニング科目を導入した結果、より多くの受講生を受け入れることが可能となりました。関西学院大学においては、AI活用入門だけで2021年度春学期(前期)は2,071人、秋学期(後期)1,218人、2021年度年間合計では3,289人が受講しました。なお2022年度は春学期の時点で既に2,597人が受講しています。AI活用アプリケーションデザイン入門は2021年度年間701人、AI活用データサイエンス入門は2021年度年間404人が受講しました。2022年度春学期から開講したAI活用機械学習プログラミング演習は152人が受講しています。このように膨大な数の受講生に対する適切な教育は、教員による対面型授業ではまったく不可能ですが、バーチャルラーニングにより初めて可能となりました。
 受講を希望する学生は、理系学部だけでなく全学部にわたっています。これらは、現在の学生たちが固定観念なくこれから身につけなければならない知識・スキルの一つはAI活用だとしっかり認識していることを示していると思われます。なお、修了後のアンケートでは9割以上が満足とのことでした。
 学外への提供は2021年7月から開始しましたが、採用いただいている企業・自治体・大学は既に100を超え、受講者数は2,000人を超えました。導入企業の業種は、製造業・情報通信・金融・人事など多岐にわたっています。様々な業種においてDXを推進できる人材の育成が現在急務となっていますが、本学のAI活用人材育成プログラムがそのような人材育成に役立つとご認識いただいていることを示していると思われます。なお、修了後のアンケートでは8割以上が満足とのことでした。

(3)オンライン試験

 バーチャルラーニング科目における学修評価はオンライン試験のみで行われます。オンライン試験はセクション単位で実施し、クリアしないと次のセクションに進めないため、細かいステップで理解度を確認して定着させるようになっています。試験は選択式の問題だけではなく、実習で作成したものを実行して得られる結果を回答するタイプの問題なども含んでおり、知識の有無だけでなく、開発スキルも評価できるようになっています。AI活用機械学習プログラミング演習では、オンラインプログラミングによってプログラムを開発するオンライン試験もあります。
 不正防止策として、AIによる顔認証を行っています。これはログイン時だけでなく、オンライン試験受験中も適宜行うため、なりすましや不正行動を防止できます。また、多数の問題ストックの中からランダムに出題する機能に加え、時間制限を設けることにより、受講生間での解答共有や閲覧禁止情報参照による不正も防止できます。このように、関西学院大学のAI活用人材育成プログラムのバーチャルラーニング科目には主な不正防止策がすべて盛り込まれているため、適切な学修評価が可能になっています。

4.オンライン授業における評価方法の工夫

 これまで述べてきたようにオンライン試験では不正行為の防止には一般に多大な費用と労力が必要であり、容易にできるものではありません。しかし評価方法を工夫すれば、費用や労力をかけずに不正行為を無意味にできる場合もあります。
 例えば、オンライン試験やレポートにおいて、暗記型問題ではなく理由などを記述させる、学生自身に問題を作らせて解答させるというものがあります。このような問題であれば他人とまったく同じ解答にはできないため不正予防になります。オンライン環境でのレポートにおいては、学生自身が登場して説明する動画(解答の説明等)を自分自身で作らせる、学生間でレポートの相互評価コメントをつけさせるという方法も有効です。動画の作成は今の学生にとって負担感はない一方、動画やその内容については他人のものを流用できないので不正の抑制効果がある上、プレゼンスキル向上などの付加的な教育効果も見込めます。相互評価コメントするためには、他の学生のレポートを理解して考えなければならず、剽窃も困難なので、不正を予防しつつ教育効果も見込めます。
 また、一回の試験だけで評価するのではなく、レポートの積み重ねで評価することも有効です。レポート課題が頻繁に出されると、不正を続ける意欲が削がれ、また不正への協力負担が大きいので他の学生に協力してもらえなくなるため自力で努力せざるを得なくなります。
 教育機関であるならば、学生の性悪説に立って不正行為の防止や発見に多大な労力をかけるよりも、そもそも学問的誠実性や研究倫理を教育することが先だという考え方もあります。スタンフォード大学のオナーコード、MITのAcademic Integrityハンドブックなどはその例です。

5.オンライン授業が変革する学修評価の考え方

 技術の進展もあり、オンライン試験における不正防止策は多々実用化されています。本稿では関西学院大学のAI活用人材育成プログラムの事例を紹介しましたが、このような十分な性能のものを自前で開発しようとするとまだ費用や労力が大きく、どの大学でもできるものではありません。
 しかし、従来型の定期試験と同様のものをオンライン試験で実施することに固執しなければ、オンライン授業にも適した様々な評価方法があります。そのようなもののなかには費用や労力を抑えることが可能なものもあります。むしろ多様な評価方法を組み合わせる・積み重ねることで多面的で深い評価も可能になります。
 コロナ禍は、オンライン教育における学修評価方法、さらには授業方法を根本的に見直す機会になりました。これをきっかけとして、より良い教育に向けた改善の動きを加速させることになったと思われます。教育のDXの真の幕開けともいえるでしょう。


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