巻頭言
前田 裕(関西大学 学長)
日本の社会は、人口減少、デジタル人材の不足、理系離れ、ダイバーシティの推進を含めて様々な問題を抱えています。これに加えて、コロナ禍やウクライナ問題が世界社会のあらゆる側面を変えてしまいました。激動期の世界の中で、社会に有為な人材を育成し、貢献できる研究を行う高等教育の役割がいま問われています。
コロナ禍を経て、私たちは当たり前であった対面教育を見直さないといけないことになりました。多くの大学で遠隔の授業が実施され、その有用性にも気づかされたことも事実です。ポストコロナと言うことだけではなく、これからの教育を考えるとき、対面教育と各種の遠隔授業の、質の担保の伴ったそれぞれの特徴を活かした実施が望まれます。教育のBCP、学修者の視点、効果的な教育などの様々な視点から、教育におけるDXの重要性を認識しなければなりません。
そのような中で、文部科学省の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」で本学は、「関大LMSで繋がる「今の学び」と「未来の自分」−学習環境の再構築とキャリア支援−」と「越える・広がる・交り合う−関西大学グローバルスマートキャンパス構想−」のふたつの取組みが採択されました。いずれも本学のいままでの取組みを強化、拡張し、発展させる取組みですが、その一部を紹介したいと思います。
前者では、従来用いているLMSやキャリア支援システムの機能強化と連携によって、学生の学修履歴や習熟度、課外での活動等を蓄積し、これを自己分析に用いることで自身の適性や進路を個人のデータに基づいて考える機会を提供します。同時に、これらのデータを効果的に収集・分析することでエビデンスに基づいた適切な、継続的な学生支援、学修から進路選択までのシームレスな指導を行うことができます。
また、本学では、2014年より、COIL (Collaborative Online International Learning)を取り入れた授業を提供しています。COILはニューヨーク州立大学で開発された教授法で、大学を越えた2つのクラスをICTでつなぎ、協働学習を行う教授法です。
グローバルスマートキャンパス構想では、この実績をベースに、さらに、多様な形態で、多様な学生同士が、文化や国境を越えて交じり合う教育環境を提供したいと考えています。様々なICT技術を活用することで、いままで以上に気軽に異文化環境をキャンパス内で実現することができます。学生に、異なった文化や言語を体験する絶好の機会を提供することができます。そのような体験を通した、多文化共生社会を先導する人材の育成は、これからの時代の要請に応えるものと考えられます。
これらの取組みに加えて、事務のDX化も大きな課題です。大学の業務の多くが定型化することの難しい内容である一方、申請や報告などのオンライン化のように、少しでも事務体制のDX化をはかる中で日常の業務負担を軽減し、その時間を研究や学生指導に割く体制作りが必要です。
いまの私たちの世界は脆く、不安定で、これからも、そのような不確実な時代が続くと予想されます。しかし、そうであるからこそ、多様な未来を描くことができるのかも知れません。不確実な時代は根底にある考え方を変えるようなパラダイム・チェンジを我々の手で行うことができる時代とも言えます。新たな発想が受け入れやすい素地ができている時代でもあるはずです。加えて、この「正解のない時代」は、自分たちの答えを正解にできる時代とも考えることができます。
これからの高等教育の場が、新たな発想で、社会の変革の原動力となる人材の育成の場になることを期待したいと思います。