特集 授業改善とラーニングアナリティクス

大学教育における学習分析の活用

島田 敬士(九州大学 大学院システム情報科学研究院教授)

1.はじめに

 教育機関でICT環境の整備が進むにつれて、デジタル環境を利用して教育・学習を行う機会が増えてきました。コロナ禍では多くの教育機関でオンライン授業が実施されたこともあり、ICTを活用した新しい教育・学習の在り方にも注目が集まるようになりました。例えば、学習管理システム(Learning Management System:LMS)を利用すれば出欠管理や課題の収集、小テストなどが容易に行えるようになります。また、電子教材やビデオ教材を配信すれば、PC、タブレット端末などを利用していつでも教材にアクセスして学習を進めることができるようになります。さらにデジタル環境の利点は、学習者や教師がそのようなシステムや教材をどのように利用したかという利用履歴を記録できる点にあります。教育・学習の活動やその成果が記録されたデータは「教育データ」と呼ばれており、データに基づく教育・学習改善への活用が期待されています。
 本稿では、教育データの収集、分析を行い、その結果を現場にフィードバックすることで教育・学習の支援を行う学習分析(Learning Analytics:LA)[1]の取組みについて紹介します。特に筆者が所属している本学における学習分析の実践的な取組みと、研究として先行して進めている最新の取組みについて紹介します。

2.教育学習支援システム

 本学では2014年からM2B(みつば)と命名された学習支援システムを展開しています。M2Bは、構成システムの名称の頭文字から1文字ずつ取ったもので、学習管理システム:Moodle、ポートフォリオシステム:Mahara、電子教材配信システム:BookLooperが当初の構成でした。その後、電子教材配信システムは、機能強化を進めながらBookRoll[2]、BookQ、B-QUBEに名称が変わりました。また、ポートフォリオシステムはMoodleに統合され、代わりに学習分析結果を利用者に提供するための学習ダッシュボードシステム:Metaboardに変更されました。
 図1は上記のシステムや関連する研究開発中のシステムを連携させながら、教育の現場や学習者の活動を支援する教育学習エコシステムの全体像を描いた図です。図の中央に配置されている「学習分析」が原動力となり、教育現場の支援、より良い学習環境の実現、学習者の育成を進めながら、学習者の主体的な学びを総合支援することを目指しています。

図1 学習分析技術が核となり,
教育・学習の総合支援を実現する教育学習エコシステム

 図1の左側に描かれている教育現場の支援では、学習者の事前学習や事後学習、さらには授業中の学習活動の支援を行います。事前学習では、予習を促される授業が多いため、学習者が効率よく授業の内容を事前に把握できるような資料を自動構成して提供する教材推薦システムの開発を進めております。予習支援についての詳しい取組みやその効果については参考文献[3]を参照ください。また、授業後の復習支援の取組みについては参考文献[4]を参照ください。
 授業中の支援については、研究を開始した当時は教師向けの支援システムの研究開発を進めました。受講者の受講状況をリアルタイムにモニタリングできる仕組みを教師に提供することで、教師が受講者の状況に応じて適応的な授業を実践できるようになりました。開発当時は対面式の授業で各学習者が個人のPCを教室に持参して授業に参加する授業形態でのシステム利用を想定していましたが、コロナ禍では同システムをオンライン授業でも利用できるように拡張しました。その際に、学習者にも授業の状況や他者の学習状況を確認できる仕組みを提供できるように改良しました。コロナ期前であれば、教室で周りの学習者の状況を見ることもできましたが、オンライン授業ではそのようなことが難しくなったため、リアルタイムに授業の状況や他者の学習状況を把握できる仕組みは教師、学習者ともに有用なものになりました。リアルタイム学習ダッシュボードに搭載されている各種機能については、「3.」で詳しく紹介します。
 図1の右上には学習環境に関する取組みを描いています。ここでは、授業外の活動の一環として、他者との学びの共有を通して、学習者自身の理解を深めたり、知識を拡張したりできるような学習環境の実現を目指しています。授業等で学習したトピックについて、学習者自身がどのように内容を理解したのかという学習要点記事を図や文章による自由記述形式で作成して投稿できる仕組みを提供したり、そのような記事を効率よく他の学習者と共有したりするための仕組みを提供できるシステムを研究開発しています。詳しくは、「4.」で紹介します。
 図1の下方には学習者の育成に関する取組みを描いています。教育データを活用して自身の学習の進め方と他者の学習方法を比較したり、改善点の洗い出しを行ったりすることで、主体的な学びの姿勢を育み、学習意欲の維持・向上を目指しています。具体的な支援ツールを「5.」で紹介します。

3.リアルタイム学習ダッシュボード

 リアルタイム学習ダッシュボードは、授業中の学習者の活動状況をリアルタイムに分析した結果をフィードバックするためのダッシュボードです。元々は教師が受講者全体の状況を把握して、説明の進行スピードの調整を行ったり、受講者の反応を確認したりするために設計開発されましたが、コロナ期で自宅などからオンライン参加する学習者からも他者の状況を把握したいという声が挙がったこともあり、機能を追加して学習者向けにも展開しました。
 図2はリアルタイム学習ダッシュボードの画面例です。ダッシュボードには様々な情報を表示するサブウィンドウが実装されています。各情報の表示/非表示は利用者がいつでも自由に切り替えることが可能です。以降では、各機能の詳細を説明します。

図2 リアルタイム学習ダッシュボードの機能群

・受講状況ブロック

 LMSのコースに登録された受講者情報と電子教材へのアクセス状況を集約して、教材を開いている人数、現在最もアクセスが多い教材のページ番号、ダッシュボード利用者自身が開いている教材のページ番号、教師が開いている教材のページ番号の情報が表示されます。接続人数やアクセスページ番号など基本的な情報を確認する際に役立ちます。

・教材閲覧状況ブロック

 授業で使われている電子教材のアクセス状況をヒートマップ表示した結果が提供されます。横軸は授業開始時刻からの経過時間、縦軸は教材のページ番号に対応しています。各セル(ひとつのマス)には、対応する時刻にそのページを閲覧している人数に応じた色が塗られます。閲覧者数が多いページほど暖色表示になっています。教師が説明中のページには該当するセルに対して青色の枠が表示されるようになっています。そのため、教師は自分が説明しているページに対する学習者の閲覧状況を確認しながら授業進行のスピードを調整できるようになります。

・閲覧人数割合ブロック

 教師が説明中のページに対して、学習者が同じページを開いているのか、前のページあるいは先のページを開いているのかを割合表示する円グラフです。先のヒートマップに提示されている情報の中で現在時刻に注目して集計した 情報を提示する機能です。授業が順調に進行しているかどうかをさっと確認する際にはこちらのグラフが役に立ちます。

・説明ページへの反応ブロック

 電子教材配信システムには、学習者が各ページに対して「わかった」、「わからない」の反応を残す機能が備わっています。その反応を集計した結果がこのブロックに表示されます。「わからない」の反応が多いときは説明を補足するなど適応的な授業進行が可能になります。

・説明中のページへの注目状況ブロック

 電子教材内の各ページに残されたマーカー(ハイライト)のログを集約して、ヒートマップ風に表示しています。多くの学習者がマーカーを引いた場所は暖色になります。教師も学習者もどのような場所に注目が集まっているかを確認することができます。表示は5秒おきに更新されるようになっているため、授業中に随時引かれたマーカーの情報もすぐに確認することができます。

・単語ランキングブロック

 マーカーが引かれた単語のランキングを表示するブロックです。注目されている単語を確認する際に役立ちます。

・ページごとの反応ブロック

 説明ページへの反応ブロックと類似した機能ブロックです。こちらのブロックでは教材の各ページへの反応を俯瞰することができます。授業の終盤にその日の反応を振り返って、「わからない」の反応が多いページに対して補足説明や追加説明を行うなどの適応的な対応が可能になります。

 これらの機能ブロックがリアルタイム学習ダッシュボードの主な機能になりますが、他にも過去に同じ教材の学習傾向を表示する機能なども搭載されています。
 リアルタイム学習ダッシュボードを利用した授業では、学習者と教師が開いている電子教材のページの同期率が上昇することが確認されています。これは授業進行の調整を行いやすいことも一因にあると考えられます。また、本システムを利用した授業では、電子教材にブックマークやマーカーを残す操作を行う学習者の割合が上昇しました。より詳しい実験の結果などについては、参考文献[5] を参照してください。

4.学習要点記事の共有システム

 これまでに紹介した学習分析の事例では、学習管理システムや電子教材配信システムに収集される教育データを直接活用して教育現場の支援を行うものでした。ここで紹介するシステムは、学習者間の教え合い、学び合いを促進することを目的として、学習者が学んだ学習トピックに関する記事を投稿したり、記事を他者と共有したりできる新しい仕組みを導入しています(図3)。イメージとしては、Yahoo! JAPANが運営している電子掲示板「Yahoo!知恵袋」に近いです。従前から教え合い、学び合いは理解を深めたり、知識を拡張したりするためのとても重要な活動でした。近年ではラーニングコモンズのような学習環境も充実化してきており、協働的な学習を行いやすくなってきました。しかしながら、このような物理的な場所を共有する形式の協働学習は、時間と場所の制約を受けるというデメリットもありました。ここで紹介する「学習要点記事の共有システム」は、ICTを活用して時間と場所の制約を受けない協働学習の場を実現しています。さらに、デジタルな環境を活用する利点を活かして、システムに蓄積される学習記事の内容分析や利用者の要望に叶う記事の推薦などの仕組みを実現するための研究開発を進めています。以降では、代表的な機能を紹介します。

図3 学習要点記事の共有システムの概要

・学習要点記事の投稿

 学習者が自由に記事を投稿することができます。学習したトピックに対してタイトルと記事を作成して、投稿します。学習内容を振り返り、どのように理解したのかという点を記事にします。他者が記事を読むことになりますので、読み手に伝わるような論理的な文章を書く訓練にもなります。学習記事は科目カテゴリごとに管理されます。

・記事のレビュー

 投稿された記事をそのまま公開するのではなく、公開前に内容をレビューする段階を踏むようにしています。レビューはTA(ティーチングアシスタント)や教師により行われますので、承認された記事のみを公開することで記事の質保証をしています。レビューにより修正が必要と判断された記事については投稿者に差し戻されます。修正後に再投稿された記事は再びレビューを経て承認されれば公開されます。

・記事の検索

 学習者は公開された記事を自由に閲覧することができます。理解が難しかった学習トピックや理解を深めたり知識を広げたりしたい学習トピックなどについてキーワード検索しながら記事を閲覧することができます。また、記事にはハッシュタグをつけることができるようになっているため、ハッシュタグによる検索も可能です。他の学習者が作成した要点記事を閲覧することで、他者がどのように考えたり理解したりしたのかを把握できるため、新しい気づきを得ることにもつながります。他者の記事を読んで共感した記事については「いいね!」の反応を残せるようにしています。

・記事投稿の呼びかけ機能

 学習者の自由意思で記事を投稿することが本システムで最も重要視している点ですが、その場合注目の集まりやすい主要な学習トピックに関する記事が多く投稿されるため、記事の内容に偏りが生じてしまいます。そこで、既投稿記事の内容を分析して、学習トピックごとの記事の投稿状況を把握し、記事数が少ない学習トピックについて学習者に投稿を呼びかける機能を実装しています。本機能を利用することで呼びかけを行った学習トピックの記事の投稿が増えることや、投稿された記事についても質は低下しないことが確認されています。詳しくは参考文献[6]をご覧ください。

・ティーチングボット

 公開記事が増えるにつれて、学習者が所望の記事を探すのは大変になります。そこで、同じ学習トピックについて書かれた記事を「基本」「応用」「発展」「まとめ」などのようにジャンル分けを行ったり、記事の内容の類似性を評価したりしておくことで、検索対象となる記事を絞り込みやすくしています。さらにチャットボットを実装して対話的なやり取りをしながら所望の記事を見つけやすくする仕組みの開発(図4)も進めています。

図4 ティーチングボットの利用画面例

5.Metaboard(メタボード)

 最後に、教育データの分析機能群を集約した学習ダッシュボード「Metaboard」について簡単に紹介します。Metaboardは学習管理システムや電子教材配信システムで行われる学習者の学習行動の状況を可視化する機能を提供します。教師は受講者の学習状況を把握できるため、先述のリアルタイム学習ダッシュボードと親和性の高いシステムです。一方、学習者は自らの学習活動をデータに基づいて振り返ったり、活動改善の検討を行ったりすることができるようになります。

・教材閲覧行動の比較分析機能

 図5は、学習者が自分の学習活動を振り返りながら、他の学習者の学習活動と比較分析を行う機能の画面例です。画面の右側には、本機能を利用している学習者の活動分析結果が表示されます。上部の円環状の表示は教材のページ間の遷移に対応しています。各ページが円(ノード)で表示され、ページ間の遷移が線(リンク)で表示されます。1ページ目から最後のページまで順に閲覧した場合は隣り合う円の間にのみ線が引かれますが、ページをジャンプして行き来した場合はそれに対応する線が引かれます。画面の左側には同じ教材を利用した他の学習者全体の学習活動が同様のルールで可視化されます。この画面の例では、ページ間を大きく横断したような閲覧行動が確認されます。多くの線が集まっているページは注目度の高いページと見なすことができます。他者の学習活動を比較分析することで、自身の学習活動との共通点や相違点を客観的に考察することができるようになります。

・ページ内活動の比較分析機能

 図5の下部にはページごとのマーカーやメモ機能の利用状況が可視化表示されます。上記の閲覧行動の比較分析機能と同様に、右側には利用者本人の活動状況、左側には同教材を利用した全学習者の活動状況がそれぞれ表示されます。教材のページ内で学習者自身が注目した場所と他の学習者が注目した場所を比較分析できるようになるため、注目箇所について見落としを減らし、新たな気づきを得ることが期待されます。振り返り機能の詳細については参考文献[7]もご参照ください。

図5 デジタル教科書の学習状況の振り返り機能

6.おわりに

 本稿では、学習管理システムや電子教材配信システムの利用者から収集される教育データを活用して、教育・学習の支援や改善に繋がる取組みを紹介しました。コロナ期を経て、教育分野へのICT導入が広がる社会において、今後は教育データを活用した効果的な学びの支援や新しい教育手法の開発、教育・学習の改善などデータ駆動型教育が浸透していくと思われます。教育データの利活用には、様々な情報処理技術の開発、ユーザビリティの高いシステム設計と開発、データの標準化、分析結果の信頼性の保証、教育現場での実証など様々な課題がありますが、研究者や技術者、教育者が協働しながら取組みが進んでいくことを期待しております。今後の動向についてもぜひご期待ください。

参考文献
[1] 古川雅子,山地一禎,緒方広明,木實新一,財部恵子,学びの羅針盤 --ラーニングアナリティクス,丸善出版株式会社,ISBN:978-4-621-05389-8,2020.
[2] Hiroaki Ogata, Chengjiu Yin, Misato Oi, Fumiya Okubo, Atsushi Shimada, Kentaro Kojima, Masanori Yamada, E-Book-based Learning Analytics in University Education, The 23rd International Conference on Computers in Education (ICCE2015), pp.401-406, 2015.
[3] Atsushi Shimada, Fumiya Okubo, Chengjiu Yin, Hiroaki Ogata, Automatic Summarization of Lecture Slides for Enhanced Student Preview -Technical Report and User Study-, IEEE Transactions on Learning Technologies, Vol.11, No.2, pp.165-178, 2017.
[4] Tetsuya Shiino, Atsushi Shimada, Tsubasa Minematsu, Rin-ichiro Taniguchi, Learning Support through Personalized Review Material Recommendations, 7th Workshop on Learning Analytics (LA) Technologies & Practices for Evidence-based Education, 2020.
[5] Yuta Taniguchi, Takuro Owatari, Tsubasa Minematsu, Fumiya Okubo, Atsushi Shimada, Live Sharing of Learning Activities on E-Books for Enhanced Learning in Online Classes, Sustainability, Vol.14, No.12, 2022.
[6] Seiyu Okai, Tsubasa Minematsu, Fumiya Okubo, Yuta Taniguchi, Hideaki Uchiyama, Atsushi Shimada, A System to Realize Time- and Location-Independent Teaching and Learning among Learners through Learning-Articles, World Conference on Computers in Education WCCE2022, 2022.
[7] Li Chen, Min Lu, Yoshiko Goda, Atsushi Shimada, Masanori Yamada, Factors of the use of learning analytics dashboard that affect metacognition, 17th International Conference on Cognition and Exploratory Learning in Digital Age (CELDA 2020), 2020.

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