特集 授業改善とラーニングアナリティクス
西村 秀雄(金沢工業大学 基礎教育部教授)
(1)我々は自分の授業を理解しているのだろうか
議論の手がかりとなるデータを示しましょう。図1は本学3年次生を対象としたアンケート(後述)における「あなたは一般に、大学の講義で担当教員とのコミュニケーション(2)の難しさを感じることがありますか?」という質問に対する回答です。
図1 コミュニケーションの難しさ
特定の科目ではなく、大学でのこれまでの経験を振り返って自由に回答させたところ、「(いつも/しばしば)感じる」が16.0%、「時々感じることがある」(以上、「難しい」)は46.7%、「どちらともいえない」16.0%、「あまり感じない」18.3%、(ほとんど/まったく)感じない」(以上、「難しくない」)3.7%と、62.7%もの学生がコミュニケーションの難しさを訴えています。
「難しい」と回答した理由を尋ねたところ、
など、生々しい回答が並びます。
もちろん学部学科によって事情が異なる場合も想定されます。実際、情報系で「難しくない」と回答した者は、
と述べています。学部学科の特性も関係しているのでしょうが、これらの学生は「コミュニケーション」を比較的狭く、そして浅く解釈しているようです。
(2)コミュニケーションと学習意欲
次に「あなたは『担当教員とのコミュニケーションが改善されれば、今よりもっと学習意欲がわくだろう』と思いますか?」という質問には図2のように、73.8%が「学習意欲がわく」と回答しています。具体的には、
とまさに、後述する動機づけ(motivation)の重要性を指摘しています。
図2 コミュニケーションの改善と学習意欲
他方、「学習意欲はわかない」と答えた学生は、
と述べています。
やや安易さを覚える「学習意欲がわく」という回答とは対照的に、これらの学生は教室内での学習状況や自己の姿を冷静に観察しているように思われます。
どうやら、授業担当者の認識とはかなり相違して、学生はしばしば教員とのコミュニケーションに難しさを感じているようです。場合によっては自発的、自律的に勉強する気になれないまま、授業ヘの参加を強いられているのかもしれません。
それならば講義開始時、学生に自発的、自律的な学習に向けた情動面、特に動機づけを改善することによって、この状況を打開することができるのではないでしょうか。
(1)西欧の知的伝統の上に立つ大学教育と日本
大学という教育システムは、端的に言えば西欧の知的伝統の上にあります。それは中世後期以降、理性(ratio)を重視し、情動面を意図的に軽視してきました。20世紀初頭の精神医学および心理学を嚆矢として情動面は再度脚光を浴びることになりますが、大学という教育システムにおいては今なお、理性を中心に据える西欧の知的伝統の影響力が大きいと言えましょう。情動面が果たす役割については漠然と意識されながらも、なかなか焦点化されることが少なかったのです。
他方、明治期以降の我が国の教育思想は大正自由主義教育を除き、ごく最近まで一貫して系統学習(知識注入)型でした。「和魂洋才」の思想です。第二次世界大戦終了直後、一時的に米国の問題解決学習(経験主義)が導入されますが、昭和30年代初めには従来の系統学習に回帰します。終戦直後に導入された小学校社会科が「這いまわる社会科」あるいは「這いまわる経験主義」というレッテルを貼られて蔑視されたように、その背後にある経験主義は理解されなかったのです。最近、「アクティブラーニング」(初等・中等教育では「主体的・対話的で深い学び」)、「問題/課題解決学習」(PBL: Problem/Project Based Learning)、「課題研究」そして「探究活動」などが紹介されて幾度となく話題になりながら、なかなか定着しない事情の背後には、このような歴史的経緯があるのかもしれません。
(2)教員が「教える」のか、学習者が「自ら学び、内在する才能を伸ばす」のか
教育はそもそも、前の世代の人間が次世代に知識や経験を渡すという系統学習的(知識注入型)な側面と、次世代が自己に内在する興味や関心を、前世代からの刺激などを契機として引き出す経験主義教育(3)という二つの側面を持っています。学習者に内在する才能を伸ばそうとするのならば当然、教員―学生間のコミュニケーションの改善、学生の自発的、自律的学習に向けた動機づけが重要になるでしょう。
このような考え方に基づいて筆者は長年、学生との双方型授業を実践してきました。1991年度以降、講義内で「小カード」と称するミニッツ・ペーパーで学生の反応や意見を収集し、可能なものについてはその場で応答してきました。2000年度からはさらに、できるだけコメントを付し、当日中にWebサイト(nishimura-sensei.net)上でそれを公開して、学生とのコミュニケーションおよび講義方法の改善に努め、受講生から高く評価されてきました[1](4)。2006年度から科学研究費補助金の助成を得たため、各ページへのアクセス状況を分析するとともに、学期末にアンケート調査を実施しました(以下、「前研究」)[2]。しかし当時はほぼすべてが手作業であったため負担が重く、しかも2019年度は予算削減によりWebシステムの運用を一時的に休止せざるを得ませんでした。
この閉塞状況を一変させたのがLMS(Learning Management System)です。
写真1 グループ討議の様子
(1)講義の改善と教育の構造化
今回調査対象としたのは「科学技術者倫理」(3年次必修2単位)です。将来の技術者には重要な科目ですが、講義開始直後の受講生にとっては「必修科目だから」という認識です。科目の目的や意義は理解されておらず、したがって自発的、自律的な学習に向けて動機づけられていません。このような状況下で一方的な知識伝達型の講義を実施しても十分な教育効果は望めないでしょう。
そこで科目担当者は協議の上で、まず科目内容の厳選と継続的な改善に努め、授業の実施方法についても視聴覚教材を活用したグループ討議と発表を複数回実施するなど、受講生が能動的に学習に取り組むことができるように工夫しています。その上で科目間連携などの構造化を実現しました[3]。
(2)LMSを活用した双方向型授業の実現
ちょうどこの頃、本学は「e-シラバス」というLMSを導入しました。2020年度にはシステムが十分実用に耐えるレベルまで改良されたため、従来の手作業を電子化した上で、Webサイトによる双方向型授業を再開しました。また再度科学研究費補助金の助成を得たため、2020年度および2021年度の各学期末に、人を対象とする研究倫理審査を経た上でアンケート調査を実施しました。
この2020年度はまさに、コロナウイルスが急拡大した年度です。当該科目の場合、前期(「前学期」)は最終回を除き遠隔授業で、後期(「後学期」)は遠隔と対面授業が交互に実施したため結果的に、調査は遠隔授業と対面授業を比較することになりました。
(3)Webへのアクセス状況および閲覧状況
図3は、2020年度のWebサイトへのアクセス数(1日あたり、左軸)および授業ページへのアクセス数(/週、右軸)です(5)。中央の夏期休暇を挟んで左側が前学期、右側は後学期です。全体のアクセスは比較的安定していますが、授業のページへのアクセスは、各学期とも講義開始当初のアクセスが多く、その後漸減しています。開始当初は、アクセス数が実受講者数を上回ります。これは、所属クラスだけでなく、他クラスの反応についても閲覧しているためであり、この点は前報告でも同様でした。
図3 Webサイトへのアクセス状況
興味深いのが前学期講義開始直後のアクセス数です。当時はコロナ禍での慣れない遠隔授業を強いられた時期であり、学生―教員間のみならず、学生同士のコミュニケーションを十分に取れなかったのです。この悪条件下で受講生は、講義終了後に授業のページを閲覧し、他の学生の意見や当方からのコメントを読み、講義理解の助けとしていたものと考えられます。
(4)学生の反応と評価
Webサイトの閲覧頻度について尋ねたところ、65%程度の学生が、ほぼ各講義のたびにページを閲覧していると回答しています。これは実際のアクセス状況と概ね一致します。
図4 Webサイトの閲覧頻度
図5 Webサイトの利用と理解度への貢献
次にこの双方向型授業が、講義に関心を持ち続けることと、講義内容の理解に役立ったかを尋ねました。図5は後者、すなわち理解度への貢献ですが、実に76.7%の学生が「役立った」と回答しています。関心の維持についても若干数値は下がる(「役立った」が70.7%)ものの、同様の回答分布です。
図6 Webサイト利用が有効な時期
図7 講義形態とWebサイトの利用
高いこの評価についてはしかし、手放しで喜ぶことはできません。教員―学生間のコミュニケーションに難があることは事実ですが、それが改善されて学習者が動機づけられたからといって、それが理解度の向上と直結するわけではありません。
これと関連するのが、この双方向型授業が役立った時期(図6)と対面/遠隔授業形態との関係(図7)です。前述したようにこの取組みは、特に講義開始時において科目の意義を理解し、自らの学習に向けた動機づけを意図としています(実際のアクセス状況も狙った通りに推移しています)。つまり、ある段階から自ら能動的学習に取り組んでもらいたいにもかかわらず、受講生はどうやら「講義は先生に教えてもらうもの」という知的依存体質から抜け出せていないようです。講義形態についても同様に、教員への依存性を示しているように思われます。
グループ討議の週のみ、前週の学生の反応とコメントをすべて印刷して配布していますが、それを手にした学生は文字通り、食い入るように読んでいます。実は、そもそも対面授業であっても教員―学生間はもちろん、学生同士間ですら必ずしもコミュニケーションは取れていないのです。また前述したように、受講生の教員への依存体質は抜けず、残念ながら今回の取組みが目指した学生の自発的、自律的な学習には必ずしも結び付いていないようです。
しかしこのような双方向型授業を継続することで学生が胸襟を開き、学生―教員間、そして学生間で信頼関係にもとづいた対話、すなわち「深いコミュニケーション」を始めることもまた事実です。
学習における情緒面、特に動機づけの研究は端緒に就いたばかりであり、今後の研究進展が望まれます。
注 | |
(1) | 本稿は西村秀雄(2021)「LMSを講義時間内に用いて学生の反応を収集し応答することによる授業改善について」『大学教育学会第43回大会発表要旨集録』,pp.90-91および西村秀雄(2021)「新しい学び合いの場としてのLMSやWebサイトの活用」『IDE 現代の高等教育』,IDE大学協会,pp. 25-29で報告した内容を元に、全面的に書き改めたものです。データは2020年度(金沢工業大学研究倫理審査承認番号201004)を基本とし、新たに一部2021年度(同2103310)を用いています。 |
(2) | ここでの「コミュニケーション」は無定義であり、意味やその広がり、深さ等の解釈については回答者に委ねています。 |
(3) | 「教育は引き出すという意味のラテン語に由来する」と言われることがありますが、少なくとも歴史的、言語的には誤りです。中世における“educare”は、例えば罪人を処刑場に引き出すような場面で用いられました。白水浩信(2016)「ラテン語文法書におけるeducareの語釈と用例 ―ノニウス・マルケッル『学説集』とスエウテュケス『動詞論』を中心に―『北海道大学大学院教育学研究院紀要』,No.126、pp.139-154. |
(4) | 山田も同様の取組みをしています。山田剛史「オンライン授業における学修評価をどう考え、実践するか 〜振り返りとフィードバックを中心とした実践事例の紹介〜」『大学教育と情報』2022年度No.1,pp.4-9. |
(5) | 技術的な理由により、授業のページはカウント方法が異なります。実数はこの数倍です。 |
参考文献 | |
[1] | 西村秀雄(2000)「教師―学生間での情報の共有による講義の建設的改善 ―インターネットを利用した双方向型授業の試み―」『大学教育学会誌』,22-2,pp.212-218. |
[2] | 西村秀雄(2009)「学生の動機づけを重視して双方向化型Webサイトを活用した科学技術倫理教育の改善」『平成18年度〜20年度科学研究費補助金基盤研究(C)研究成果報告書(課題番号18607003)』. |
[3] | 西村秀雄(2004)「金沢工業大学の技術者倫理教育への全学的な取り組み」『大学教育学会誌』,26-2,pp.82-88. |