特集 反転授業によるアクティブラーニングの有効性と普及への課題

 知識伝達型の授業から、学生が主体的に意見を出し合い、課題を探求するアクティブラーニングの授業として紹介され7年程経過しましたが、期待された程に普及が進んでいません。私立大学情報教育協会が令和3年度に実施した「私立大学教員授業改善調査」によれば、反転授業の充実に考慮している教員は4割にとどまっており、関心が低いことが明らかになりました。
 反転授業は、事前に動画教材等で講義を学修し、教室の対面授業で学んだ知識の確認、学生同士による議論を行うことで知識の定着を高め、課題発見・課題解決を探究する能力の向上が期待されており、国内外の多くの授業分野でその有効性が実証され普及が急がれています。文部科学省の令和5年度概算要求においても、対面授業とオンライン学修の良さを生かした教育DXによる質的転換支援として、反転授業によるアクティブラーニングなどの補助が検討されています。
 しかしながら、躊躇する教員が多数いる理由としては、事前学修のビデオ教材の準備に不安がある、対面授業で意見を出し合い、知識の関連付けなどを行う授業設計や授業方法への戸惑い、予習動画を見ない学生への対応などが考えられます。先ずはできるところから始め、失敗経験を積み重ねる中で、現状より少しでも改善すれば良しとして、気楽な姿勢で取り組むことが肝要と考えます。
 そのようなことから、アクティブラーニングの一環として取り組んでいる反転授業に対する理解を共有いただくために、各授業分野の体験を紹介し、今後多くの教員の方々に行動いただけるよう、授業現場の声を届けることにしました。

主体的な学びを育む反転授業とその普及を目指した
支援体制のデザイン

岩ア 千晶(関西大学教育推進部教授 教育開発支援センター副センター長)

1.はじめに

 2020年以降、コロナ禍の影響を受け、大学教員は思いもよらぬ形で遠隔授業を実施する能力を得ることができました。その背景には、大学によるICT環境や、ICT活用に関する相談への支援体制が整ったことも影響したと言えます。2020年以前から遠隔授業を実施するために活用できるLMS(Learning Management System)や講義配信システム(動画配信)を整備している大学はありましたが、これらを授業に活用する教員は一部に限られていました。例えば、文部科学省(2022)が大学に実施している調査「令和2年度の大学における教育内容等の改革状況について」[3]では、「ビデオ・オン・デマンド・システム等リアルタイム配信以外のシステム(ネット配信を含む)を活用したeラーニングによる遠隔教育」、いわゆるオンデマンド映像による非同期の遠隔教育を実施している大学は、2016年度は28.7%であったところ、2020年度は73.1%と大幅に実施率が上がっています。同様に「テレビ会議システム等リアルタイム配信システム(ネット配信を含む)を活用した遠隔教育」、つまりZoom等を活用した同期の遠隔授業をしている大学は、2016年度は25.5%であったところ、2020年度は77.2%となっています。これも大幅な増加率だと言えます。また「LMSを利用した事前・事後学習の推進」に関しては2016年度が53.1%であったところ、2020年度は69.9%となっています。この伸び率はコロナ禍が影響していることは間違いありません。テクノロジープッシュとして、ICTが発展したことによって大学にICT機器が導入されても、利用する教員の数は大きく増えませんでしたが、対面で授業ができないため遠隔授業を提供したいというディマンドプルの状況によって、日本の、世界中の遠隔授業は一気に推進されたと言えるでしょう。
 その一方で、文部科学省(2022)の同調査による「教室の講義とeラーニングによる自習の組合せ、講義とインターネット上でのグループワークの組合せ(いわゆるブレンディッド型学習)の導入」に関しては2016年度が45.7%であったところ、2020年度は57.3%であり、オンデマンドシステムやリアルタイムシステムを活用した遠隔授業の実施率ほどの向上は見受けられませんでした。ブレンディッド型学習の中でも、教室の講義とeラーニングによる自習の組み合わせに着目してみますと、私立大学情報教育協会(2022)が2021年度に実施した「私立大学教員授業改善調査」[5]においても「授業前の学習を遠隔で実施し、対面授業では意見交換を行う反転授業の充実」に関する設問では、「非常に考慮している、考慮している」と回答した大学教員は45.3%であり、短期大学教員は32.9%にとどまっています。オンデマンド映像やリアルタイム型による遠隔授業の実施率は70%を超えて実施されるようになりましたが(文部科学省2022)、これらと比較しても遠隔と対面を組み合わせた授業の実施に関しては実施率が低く、議論をする必要があると考えます。今後、2020年以前のように対面授業をする大学が増えることが想定されますが、これまで培った遠隔授業の知見を活かしたいと考える大学は少なくないはずです。本稿ではその方法の一つとして反転授業を取り上げ、その実施方法と反転授業の普及を目指した際に大学がどのような支援体制を構築することが望ましいのかについて考察を述べます。

2.反転授業とは

 通信制ではなく、通学制の大学の場合はやはり対面授業を前提としています[2]。そのため、遠隔授業で培った知見を対面授業に活かすことでより学習効果が高まる授業形式を検討することが必要になるでしょう。その一つとして反転授業が考えられます。反転授業とは、授業前に講義映像の視聴ならびに講義映像に関連する学習活動を実施し、その後の対面授業において知識の定着や学びの深化を目指した学習活動を行う授業のことです。例えば、初年次教育において「レポートライティング」を扱う授業回で考えてみましょう。「レポートと感想文の違い」に関する知識習得に関して授業前に講義映像を教員が提供する。視聴後の課題として、ショートレポートの執筆を提示する。対面授業では受講生同士でレポートのピアレビューを行ったり、教員からのフィードバックがされたりします。
 反転授業の始まりは2007年にさかのぼります。初等中等教育において、バーグマンとサムズが授業実践を録画して授業前に学習者に視聴させるようにし、授業では理解度の確認や個別に指導を行うといった授業形態を反転授業(Flipped Classroom)としました[6]。この実践がきっかけで、高等教育にも反転授業が広がるようになっていきました。筆者は反転授業を導入した教員を対象とした質問紙調査[4]をし、反転授業を導入した動機として最も多かった回答は「従来の授業をする上で課題を感じていたから」であることを示しています。その課題は「学習者の主体的な授業への参加をより促したい」「授業内容の理解が不足している」「教育の質を向上させたい」等であり、従来の授業で感じている課題を解決するために反転授業を導入する教員が多いことを指摘しています。反転授業の導入により、これらの課題解決につながる糸口が見つけられそうです。実際、調査をした教員からは「学習内容の理解が深まった」「学生の主体的な参加がなされた」といった反転授業の効果があげられています。
 反転授業には、完全習得学習型と高次能力学習型の2つの類型があると提示しています[6]。完全習得学習型は、事前に学習者が遠隔で予習した後、対面授業において理解が十分ではない学習者に教員や教育補助者が個別に指導をすることで、一定の基準以上の理解を目指す教育方法のことを指します。高次能力学習型は、知識習得に該当する部分を事前に遠隔で学び、対面授業では学生が遠隔で習得した知識を活用して、ある事例に対する問題解決を行うディスカッションをするといった対話を重視した従来の授業より高次の能力習得を目指した教育方法のことを指します。
 2020年度以降はICT環境が整いましたし、教員や学生の操作に関する課題も随分と解消されました。いまこそ、反転授業に挑戦することができる好機だともいえます。もちろん、最初からすべての授業回を反転授業にすることは大変だと思いますし、時間もかかります。そこで、まずは1回分の授業から試行的に取り入れてみてはいかがでしょうか。例えば「あるテーマを終えるには授業時間では十分ではなく、理解の深まりに欠けると懸念される授業回」や「あるテーマに対する学生同士の議論の時間をもう少し取りたいと思う授業回」等が考えられます。前者は、授業前に知識に関する講義映像を視聴させる機会を設けることで、対面授業では講義映像に関連する質問を受け付けたり、発展的な問題を解いたりすること等が考えられます。後者の場合は、対面授業において講義映像で学んだ内容を用いた意見交換をすること等があります。学生時代に反転授業を受けていた大学教員はほとんどいません。まずは試行的に反転授業を導入し、体験的にその効果と課題を感じ取っていただくことが大切だと考えます。

3.反転授業のデザイン

 授業設計の基本的な考え方は、対面授業であっても、反転授業であっても変わりません。授業の構成要素は①授業目標、②教育の内容・方法、③評価の方法となります。全授業を受講した後に、学習者のどのような能力を育成していくことが望ましいのかについて明らかにしましょう。能力には知識・技能、思考力・判断力・表現力、主体的な学習態度等があります。またそれぞれの能力には階層性もあります。それぞれの能力や階層性に配慮し、具体的に学生に培ってほしい能力を学生が理解できるように提示しましょう。次に、その能力を育めたどうかを判断するための評価方法を考えましょう。評価方法には小テスト、レポート執筆等の方法があります。授業目標である能力を育めたのかを確認できる方法を選びましょう。最後に能力を達成できる教育内容と教育方法を決めます。この段階で事前学習と対面授業でそれぞれ何をするのか明らかにしておきましょう。
 例えば、高次能力学習型として初年次教育における反転授業のデザインとしてプレゼンテーションを扱う授業回を考えてみましょう。プレゼンテーションに必要な情報を調べる場合は、図書館やデータベースの使い方、引用の仕方等を講義映像で視聴し、実際にプレゼンテーションに必要な情報を調べた結果をまとめることを事前の学習活動とします。対面授業では各自が調べた内容をもとに、グループでディスカッションをしていく活動が考えられます。次に、完全習得学習型として理工系の授業における反転授業のデザインを考えてみましょう。事前学習としての講義映像では公式について解説し、練習問題をいくつか提供します。対面授業では、練習問題の解説や、さらに練習問題とは異なる問題を解いていきます。学習者によって達成度に差があることが考えられるため、教員やTA(ティーチングアシスタント)が躓いている点に個別に対応する授業が考えられます。
 また講義映像を作成する際の注意点にも目を向けてみましょう。今の大学生はYoutubeやTickTock等短い時間の動画の視聴に慣れています。学生が集中して講義映像を視聴することができるように、10〜15分程度の講義映像が望ましいでしょう。長くても20分程度とすることが望ましいでしょう。バーグマンとサムズも講義映像を制作する上で配慮すべき点として映像を短くすることとあげています[6]。加えて声はいきいきと、ユーモアを添えること等も示しています。大学教員にとっては難しい項目もありますが、学習者が興味関心を持つよう講義映像を作成する気持ちを教員が持つことは必要になるでしょう。
 ここまで反転授業の概要を紹介しましたが、反転授業に関するイメージがまだわかない先生もおられるかもしれません。反転授業は学生の学びを重視します。学生が主体的に学び、学生同士で対話することによって、知識が構成されるという知識構成主義の考え方を持つ教員の場合は、比較的容易に反転授業を試行的に導入しやすいと考えます。一方、学生に知識を伝達することによって、学生は学ぶことができると考えている教員の場合は、反転授業を展開することは少しハードルが高いかもしれません。反転授業は学生が主体的に学ぶための授業だからです。反転授業の実施は単に教育方法を変えるだけではなく、知識観や教員の信念に大きく影響します。しかし、学生に求められている能力を培うためにどのような教育方法が望ましいのかを考え、学生の主体的な学びを育むための反転授業への舵をきってみませんか。きっと新しい学生の姿や変容に気づくことがあるでしょう。

4.反転授業を受講する学生へのケア

 反転授業をする際は、学生が自律的に学ぶことに配慮する必要があります。授業外に学生が学習をどうすすめればよいのかを判断できない場合、すぐに質問をする人がいません。そこで、学生が講義映像を視聴した後にどのような学習活動をするのか等、学習者が活動の内容や手順で躓かないように学習ガイドがあるとよいでしょう[1]。また教員やTA等に、授業外の学習活動について質問できる場があることも必要です。
 学習者の中には予習や復習をする習慣を十分に身につけていない場合もあります。しかし、反転授業の場合、授業外の学習を基に対面授業での学習をすすめていくため、授業外での学習が欠かせません。そのため、教員が授業外に学習活動をすることの意義や授業目標との関連、授業外の学習活動が対面授業の中でどう必要になるのかについて、学習者に丁寧に伝えることが必要になります。学生が自律的に学ぶためには、どこを目指しているのか、そのためには自分がどこにいて、どうすれば目指しているものにたどり着けるのかを彼ら自身で理解する必要があります。これらを理解することで、彼らのモチベーションを上げることにつながります。そのためには学習者に求めている活動が授業目標を達成するにあたってどう関連するのかを、学生自らが把握することが大切です。
 さらに、今後、大学の授業は対面授業、遠隔授業、反転授業といった様々な形式の授業が提供されることが想定されます。学生は1科目ではなくカリキュラムで学んでいるため、どの形式の授業が望ましいのかについて自分で考えて履修科目を決められるように支援する必要があります。大学には履修科目のほとんどが決められている学部と、自分で関心のある科目を履修する範囲が広い学部があります。前者の学部では、対面授業、遠隔授業、反転授業等どのような形式で学生が学び、彼らの能力を育むことが望ましいのかを学部でカリキュラムの中で考えることができます。一方、後者の学部では学生が自分にとっての利便性を優先して、安易に履修科目を決めてしまう危険性もあります。初年次教育の段階で、対面授業、遠隔授業、反転授業等の特徴を学習者が理解し、適切な科目を自分で選択し、履修できる力を育むことができるようにする必要があるでしょう。

5.反転授業を支える支援体制

 2020年4月当初に教員から寄せられた質問をふりかえると、すぐに遠隔授業をするための基本的な操作や機能に関する質問がほとんどでした。しかし、教員が遠隔授業に慣れてくると質問内容に変化が見られました。基本的な操作や機能に関する質問から、今の授業をよりよくするための高度な機能や授業設計に関する問い合わせが増えるようになってきたのです。
 教員が反転授業をするには、ハード面でICT環境が整備されている必要があります。これらに関する基本的な操作や機能に関しては、情報処理センター等の教職員が教員からの質問に対応できるようにしたり、よくある質問を整理し資料を提供したりする必要があるでしょう。そこから発展して、個々の授業に関する質問には、授業設計、学習支援やライティングセンターの活用等、よりよい授業を展開するために教育方法や学習支援の方法について対応できるように準備しておく必要もあるでしょう。専門の教職員を配置することが難しい場合は、反転授業をしている教員が自身の授業設計について話したり、授業見学ができる機会を設けたりする等し、教員同士で気軽に相談できる関係性を作ることも必要でしょう。

6.おわりに

 これまでの授業設計を変更して、新しい教育方法を導入するには勇気と時間が要ります。しかし新たな教育方法を導入したからこそ、見えてくる新しい気付きもあります。学生の変化も見込めます。遠隔授業を経験した大学教員であれば反転授業を実施する準備はできています。ぜひ挑戦してみてください。

参考文献および関連URL
[1] 岩ア千晶(2022)大学生の学びを育むオンライン授業のデザイン―リスク社会に挑戦する大学教育の実践.関西大学出版部
[2] 文部科学省(2021)通学制・通信制に係る現行制度等について.
https://www.mext.go.jp/content/20210804-mxt_koutou01-000017288_2.pdf
(情報閲覧日2022.12.01)
[3] 文部科学省(2022)令和2年度の大学における教育内容等の改革状況について.
https://www.mext.go.jp/content/20221122-mxt_daigakuc03-000025974_1.pdf
(情報閲覧日2022.12.01)
[4] 岩ア千晶(2017)反転授業を支える環境として教員支援を考える.森朋子, 溝上慎一(編著)アクティブラーニング型授業としての反転授業[理論編].ナカニシヤ出版
[5] 私立大学情報教育協会(2022)私立大学教員授業改善調査.私立大学教員授業改善白書,
https://www.juce.jp/LINK/report/hakusho2021/index.html
(情報閲覧日2022.12.01)
[6] 山内祐平(2014)序文.ジョナサン・バーグマン, アーロン・サムズ,山内祐平, 大浦弘樹(監修) ,上原裕美子(訳)反転授業.オデッセイコミュニケーションズ

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