特集 反転授業によるアクティブラーニングの有効性と普及への課題
伊藤 友章(北海学園大学 経営学部教授)
オンライン授業が一段落し、対面授業が再開されつつある中で、2020年からの約2年間のオンライン授業の経験を活用し、将来の授業の在り方を示すのは、今後の大学教育に課せられた課題の一つといえるでしょう。とりわけオンライン授業時においてオンデマンドの講義動画を作成し配信した授業については、反転授業の実施がその答えの一つをもたらすものと考えられます。そこで本稿では、筆者のコロナ前の反転授業を一部組み込んだ対面授業、コロナ対策中のオンライン授業、そして対面授業再開後に行った反転授業を紹介していくことにします。
筆者は、コロナ禍直前までの段階において以下のように反転授業を主軸の一つとする大教室講義を展開していました。
担当科目(マーケティング、マーケティング戦略)において、半期15回の内の5−6回程度で反転授業を行っていました。事前に講義動画を収録し、授業時は講義内容の確認と事前にLMSから出していた課題をテーマとしたグループワークを行いました。具体的には、最初の30分を講義動画の説明内容の確認に充て、その後はグループワーク、プレゼンテーション(多くても4組程度)、そしてクロージングとしての解説、講義後に任意で振り返りシート作成・提出といった手順で進めました。
グループワークは事前に出していたLMS課題の内容をテーマにすることで、面識のない学生同士でも比較的スムーズに取り組めるようにしたほか、途中で各チームリーダーに集合してもらい、各チームの議論の状況を報告し合う時間(リーダーミーティング)を作ることで大人数でも教員によるある程度の状況把握及び管理ができるようにすると同時に受講学生間での意見の共有を促すようにしました。
反転授業の回以外の授業では、90分のうちの約半分の時間を学習内容の説明に、もう半分を事前LMS課題の解答例を授業中にパワーポイントで紹介しながら解説に充てるようにしました。その際、スマートフォンを用いたリアルタイム・アンケートのシステムである(株)天問堂のimakiku(以下、imakikuで表記)を通じて参加者が解答例に対する意見を書き込んでいき、その意見に対して教員も積極的に反応することで、ICTツールを介したうえでの双方向型の授業を促進するようにしました。また反転授業の回も、それ以外の回も、imakikuの持つ、その場で参加者から数多くの意見収集ができたり、投票ができたりするといった特性を利用し、受講生にいくつかの問いかけを行いながら講義内容の説明をするようにしました。
反転授業については、講義動画の事前視聴を高めることの難しさ、動画自体は一方的なコミュニケーションであるゆえに従来の双方向性を高めるための授業改善努力との両立の困難さなどについて課題を残しつつも、定期試験結果からは知識の定着や知識の応用の面で伸びが見られたと同時に、授業改善アンケートにおける学生の自己評価でも「学習効果があった」とする回答が多数を占めるなど、一定の成果が得られつつありました。また、imakikuの活用については、教員が学生に直接質問をするなどの声掛けをしていく従来の対話型の講義よりも、学生の反応が良く非常に多くの意見のやり取りが短時間で行われること、教員と学生間だけでなく学生同士の意見交換、コミュニケーションを促すことなどにより、高い学習効果を得ることができていたといえます。
2020年度、コロナ感染対策が求められるようになって以降は、①半期15回の講義をすべてオンデマンド動画化したうえで、LMSより毎回の課題提示、②imakikuをオンデマンド形式にしたうえで動画視聴前もしくは視聴中において理解を補助する設問を作成、③さらに復習資料としてLMS課題の解答例紹介にコメントを添えたフィードバック、LMSの課題等の解説動画の提供、といった内容からなるオンライン授業を展開することになりました。
しかし、こうしたオンデマンド型のオンライン授業では、教員と学生間の関係を密接にすることはできても対面授業時にimakikuで実現していた学生間のやり取りを促進させることは困難です。そこで2021年度後期においてはZoomを用いてオンライングループワークを実施し、反転授業に近い形を模索しました。もっとも300人以上の履修者を一度に集めさせ、実施するのは通信面でのリスクが高く、学生を6つのクラスごとに集合日を割り当てるような形をとったために、学生が体験できる反転授業は半期15回のうちの1−2回に過ぎず、対面時と同等の反転授業をオンラインで展開するのはやはり限界がありました。
〜感染対策下での反転授業でできること〜
2022年度前期においては第5回目の授業より対面授業が可能になりました、まず講義動画は引き続き講義10日ほど前より毎回LMSより提供しました。これは感染を恐れる学生に対する配慮をするためにオンライン受講と対面受講の選択ができるにするためだけでなく、対面授業出席者にも事前動画視聴を原則とするようにしました。
しかし、問題はその教室で何をするのかにあります。教室参加者100名以上にもなれば、多くの発話を伴うグループワークの実施は感染リスクが懸念されます。感染対策が求められる対面授業においては、前述したコロナ前から行っていた授業改善の中から以下の2点に絞りこむことで、学生の発話を伴わない双方向授業を目指すことになりました。
① imakikuによる講義動画内容の確認のための設問や関連設問の数をコロナ前の対面授業よりも増強し、オンライン上の対話で知識の確認をする。
② 講義前にLMSで出した課題解答例のプロジェクターからの紹介と講師からのフィードバック、さらに紹介された解答例に対する教室参加受講者の意見をimakikuで収集し、その場で意見を共有し、それに対しても講師がフィードバックする。
さらに授業終了後はオンライン授業時と同様に復習資料(動画含む)をLMSから提供しました。
このようにコロナ前の反転授業に戻すことはまだ不可能だったものの、対面再開後のすべての回で教室での発話を伴わない反転授業を展開することになりました。また今回は、教育効果を十分に測定することはできませんでしたが、オンラインと対面のハイブリッド形式の講義だと教室での受講を選択する学生がほんの僅かになってしまうという状況はうまれず、全履修者の3−4割程度に相当する100名前後の教室参加者を維持していた点を指摘しておきます。
前述したようにオンラインと対面のハイブリッド授業を実施すると、教室に集まる学生の数が非常に少ないことがしばしば指摘されています。学生の立場に内在して考えれば、オンラインで十分な学習のできる授業をどうして時間とお金をかけてわざわざ教室まで出向いて受講する必要があるのかとの疑問が生じることは理解できます。だからこそ、コロナ後の対面講義では「何故決められた時間に教室に集まる必要があるのか、教室に集まらなければできないことは何か」という疑問への答えをはっきり持つことが大学教員に求められると考えられます。
本稿で紹介した対面授業再開後の「発話を伴わない」反転授業はその問いに対する答えの一つになるものと考えられます。今後もしばらくは感染対策を十分に施した上での対面講義になるのであれば発話を伴わないことを前提にした授業改善策を模索し続けていかなければなりません。例えば、imakikuのようなリアルタイム・アンケートのシステムを活用するにも、問いを学生に投げかけて解答してもらうだけでなく、その解答を基に教員がさらに口頭で問いかけ、学生が書き込んでいくといったより密な双方向のやり取りの促進が考えられるでしょう。