特集 反転授業によるアクティブラーニングの有効性と普及への課題
池尾 隆(大阪歯科大学 歯学部生化学講座)
医療系学修者が卒前に身に付けるべき能力は、@生涯コアとなる専門的知識と技能 A難解な事例・症例に遭遇したとき、積極的にニーズを理解し、自主的に必要な知識を獲得、その対象を分析し解決する問題解決能力 B具体的な実際の経験を省察、一般化(概念化)して、さらに実践に応用するという経験学修サイクルの実行力です。すなわち、知識の獲得、定着とともに、その知識を生涯にわたり更新するための自己主導型学修力の涵養、協働やメタ認知能力をもつ省察的実践家としての態度育成が重要です。
3年前期に担当する歯科栄養学(7回)で、知識の獲得、定着や問題解決能力育成のために、反転授業によるチーム基盤型学修(TBL)5回と症例検討グループワーク(GW)2回を計画しました。同一グループで7回の協働を実施することで、学修者に単なるグループがチームに成長する過程、グループ・ダイナミクスも体感してもらうこととしました。
まず、事前学修のためにGoogle ClassroomとYouTube(著作権上問題ないダイジェスト教材)にビデオ教材(非同期、一方向)を掲載しました。TBLでは、レスポンス・アナライザー(写真1)やスクラッチ・カードを利用、症例検討GWでは、参考書はもちろん情報収集のためにスマホなどの通信機器を利活用しました。さらに学内LMS(非同期、双方向)に、授業内容の理解を深めるための質問コーナーや復習問題を掲載し、形成的評価の一助としました。
自己主導型学修力やメタ認知能力育成のために、プロジェクト学修を計画しました。科目授業の最初に、ビジョン(自身の将来像)、ミッション(その将来像に近づくためにこの科目で達成する目標)、アクション(ミッション達成のために毎回の授業で具体的に実行する行動)を予め学修者自身で立案、「見える化」し、毎回の授業終了時に授業俯瞰シート(ミニッツ・ペーパー)で、アクション達成度を含めた省察を記録し提出します。その記載内容を確認し修正などを加えて、フィードバックとして次の授業までに学修者に返却します。全授業終了時に、蓄積した7枚の授業俯瞰シートに記されたアクション達成度の記録をもとに、学修者が根拠を持って論理的に科目全体に対する自身の取組みを省察し、改善策を考え、それを「見える化」した凝縮ポートフォリオ(A3用紙1枚)を作成するというものです。凝縮ポートフォリオは、5項目の規準、3段階の基準からなる経験学修サイクルを重視したルーブリックに基づき評価して、総括的評価の一部としました。この一連のワークで、省察の重要性を認識するとともに、メタ認知能力の向上を図りました。
写真1 レスポンス・アナライザーを利用したGW
3年前期から反転授業を実施するためには、2年から徐々にGWやICT機器に慣れておくことも重要です。
大学の自己点検報告書(2021年)では、「この授業設計は、学生の自己評価を高め、能動的な学習に一定の効果を発揮している」と記載されました。また、科目終了後の学修者による授業評価は88.8点(表1)でした。
表1 3年科目終了後の学修者による授業評価結果
(2020年、学内で統一して実施)各基準は、中教審答申(2018.11)や中教審大学分科会(2020. 1)「教学マネジメント指針」を踏まえ、学修の成果を学修者が実感できる教育、「学修者本位の教育の実現」を鑑みた基準設定となっています。
最終知識試験成績の4年間の推移(67%〜77%)から、反転授業で一定の必要な知識を獲得していることが確認できました。また、情意領域の達成度を定量化することは困難ですが、学修者からは「結局、自分で話した内容が記憶に残る」、「皆とならできる」、「楽しい授業」などの自由記載を得ました。凝縮ポートフォリオでは、PDCAを冠したテーマ(図1)のほか「全部青い。イチゴの熟度変化」など趣向を凝らしたテーマを掲げるなど、新しい授業形態に『戸惑いつつも授業を楽しむ』姿勢が示されていました。
図1 凝縮ポートフォリオの一例
凝縮ポートフォリオには、科目開始時に「見える化」したビジョン、ミッション、アクション、各回のアクション達成度を根拠とした理論的な省察、そこから浮かび上がる問題点とその解決方針、そしてその方針を踏まえて修正した新しいアクションを記載することとしています。
経験学修サイクルを重視したルーブリックに基づき採点し、総括的評価の一部としています。
知識の伝達については、現状、日常的にオンデマンドにて配信できる環境が整い、学修者もネットワーク経由の学修に慣れてきています。さらに、eポートフォリオなども推進できる良い機会と考えています。しかし、同時期に進行する全ての授業が反転授業となると、現状では学修者の負担が大きすぎるなど、他科目担当者との方略の調整が必須です。また、今回述べた能力の育成は一朝一夕にできるものではなく、丁寧に積み上げねばならないことから、例えば学年ごとの適切なマイルストーンの設定が不可欠です。さらに、ビデオ教材作成時には学修者から多くの助言を受け、共に授業をつくるという実感を得るとともに、学修者のICTレベルの高さを再認識しました。つまり、学修者がその学修に参加したほうがよいと感じる、その学修者の価値観の中で、様々な学修に積極的に参加するよう動機を促す仕掛けを組み込むことが重要であると考えられます。
以上より、ICT導入やカリキュラム・プランニングなど、インストラクショナル・デザイン構築には、実際にそれを利用する学修者、学修支援者を含めた関係者全員によるホール・システム・アプローチが重要であると考えています。