数理・データサイエンス・AI教育の紹介
西川 紀子(金沢工業大学 大学事務局共創教育推進室長)
本学は、2021(令和3)年度の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」(以下、認定制度)の「リテラシー」および「リテラシープラス」レベルに、「KIT数理データサイエンス教育プログラム」[1](以下、本認定プログラム)という取組名称で認定されました。
今般の認定に当たっては、新たに授業科目を設ける等の特別な措置がなされた訳ではありません。認定の申請に向けて、はじめに認定制度で求められる要件が、本学が現在実施している教育内容とどのように整合しているか、また、どの部分が乖離しているかを明確にすることから検討し始めました。その方法は、認定制度の要件に該当すると思われる授業科目のシラバスの記載内容を確認し、その後、担当する先生方との打ち合わせを経て、認定申請に向けてのプログラムとして、体系化する取組みを行ったものです。以下にその内容を紹介します。
本学は、石川県野々市市に位置し、1965(昭和40)年に開学した理工系総合大学で、4学部12学科と大学院3研究科11専攻から構成しており、現在、学部生6,725名、大学院生488名が在籍しています。本認定プログラムは、2020(令和2)年度以降に入学した4学部12学科に在籍する全ての学生が履修する必修科目で構成しています。図1に本学の学部の構成を示します。
図1 本プログラムを実施する全学の構成
本学は、「自ら考え行動する技術者の育成」を教育目標として掲げ、それを実現するために図2に示す教育のフレームワークが構成され運営されています。同図の上段に示す学部教育の主柱として、チームで解が一意に定まらない問題発見解決に取り組む「プロジェクトデザイン教育」[2](以下、PD)が据えられています。この教育は、6科目17単位の理工系PBL科目群をもって構成され、全学生の必修となっています。この科目の内の2科目が認定制度の要件の一部と一致していました。
図2 学部教育のフレームワーク
また、図中には示していないものの、本学では1995年度より全入学生に対して情報に関係するリテラシーを修得させることが方針として掲げられ、その当時から全入学生にPCを持たせると共に、入学直後の前学期にそれらに関する必修科目を配置して実施してきました。この授業科目も時代と共にアップデートされ、現在運営されている内容が認定制度の要件の一部と一致していました。
さらに同図の下段に示すように、本学では正課と並列する形で正課外の教育プログラムが配置されており、現在、50以上のプログラムが運営されています。これらのプログラムは、正課教育と正課外における活動の両面から「学力」と「人間力」を醸成することを意図して配置されているもので、正課と正課外を「eシラバス」システムで接続し、学生は学んだ知識を活用して実践的な活動に挑戦したり、正課外の活動で成果を出すために必要とされる知識や技術の関連性が理解できる仕組みとなっています。これらの学生支援は、正課外プログラムや大学教育を支援する教育支援機構と学生のキャリア開発を支援するキャリア開発支援機構に設置されている12の教育・学習センターが行っています。この内、情報教育を推進・支援する組織が「情報処理サービスセンター」と「AI情報技術教育センター」の2つのセンターで、情報リテラシー教育と次に示す「情報技術教育」[3]プログラムの運営支援を行っています。
「情報技術教育」プログラムは、Society5.0に対応する人材育成として、2019(令和元)年から開講しているもので、6科目から構成される「AIコース」、5科目から構成される「IoTコース」、3科目から構成される「情報ネットワークコース」の3コースで構成されています。この内の2科目が、認定制度の要件の一部と一致しています。なお、「情報技術教育」プログラムを構成する14科目の内、認定プログラムを構成する一部の科目を除き、学生と社会人の定員を設け、学生と社会人が共に学ぶ共創教育[4]として開講しています。また、「AIコース」と「IoTコース」は、職業実践力育成プログラム(BP)としても認定されています。ここで開講するプログラミングやデータサイエンスの科目は、本認定プログラムのオプションとして位置づけられています。
ここまでに記した「PD教育」2科目、「情報技術教育」2科目の計4科目と、後述する本学の初年次教育の中核を成す1科目の計5科目をもって、認定制度が求める全ての要件を満たすことが確認できました。
なお、これらの5科目は、1年次の全学の必修科目として開講しており、これらの科目を開講する教育課程は、全学部・全学科の基礎教育を担う基礎教育部で担っています。
(1)認定プログラムの必修部分の構成
本学は、上述したように2021(令和3)年度に「リテラシー」および「リテラシープラス」に認定されました。本認定プログラムを構成する科目は表1に示すように、開講時期は1年次前学期に3科目、後学期に2科目となっています。認定制度が示している「導入」「基礎」「応用」との関係も表中に示す通りです。
表1 本プログラムを構成する科目と位置付け
(2)認定プログラムの選択部分も含めた全体構成
認定プログラムの修了要件である表1の5科目とオプションに位置づけられている選択科目群を含めて体系化した全体構成を図3に示します。選択科目群は、学生個々人の習熟度に合わせて履修できるように配置されています。例えば、1年次からプログラミングやネットワークに関する知識やスキルが学習できる内容として、先に示した「情報技術教育」の科目をオプションとして配置し、幅広い学習と深い学習のニーズに対応しています。
図3 KIT数理データサイエンス教育プログラム
オプションの「情報技術教育」の科目については、社会人を科目等履修生として受け入れ、学生と共に学ぶ機会としています。そのため、授業中には、学生は社会人とのディスカッションや交流が深められ、社会と専門のつながりなどの情報交換が可能となり、数理・AI・データサイエンスの活用や応用について理解を深めることが可能となっています。
(3)認定プログラムの実績
本プログラムは、2020(令和2)年度以降に入学した学生を対象としており、2021(令和3)年度末には、2,997名が履修登録し、94%の2,827名がプログラムを修了しています。先に示したように、プログラム対象科目がすべて1年次に開講される必修科目であり、多くの学生が1年次あるいは1年次不合格だった学生が2年次末までに指定5科目全ての単位を修得しています。以下に、本プログラムの対象科目の特徴について紹介します。
(4)主な科目の特徴
① 修学基礎A【1年次前学期・2単位】
「修学基礎A」は、大学入学直後に本学学生として本学の教育内容を理解し、修学に対する意欲、規範意識を高める科目で、認定制度の「導入」に対応する内容を学習します。
この科目では、「学修支援システム」「大学での学び方」「修学設計」「キャリアデザイン」および「個人面談」を行います。特に、「修学設計」と「キャリアデザイン」において、今後4年間の自分の学びについえ考え、その中で行われる学長講話を通して、日本の目指すべき未来社会の姿として提唱されたSociety5.0とAI・IoT・データサイエンスのつながりを理解し、自分の専門分野と社会のつながりについて学習します。また、学長からは、近年のIT普及と共に社会活動のデジタル化が加速し、生活・教育・企業活動をはじめとした社会生活全てが変革するDXにおいて、AI・IoT・データサイエンスの技術が多く使われ、かつ、異なる専門分野の連携が必須であることが説明され、地方創生を例に理解を深めています。
学生は、この科目において身近な課題について考えると共に、学生個々人が具体的にどのような社会変化を感じているか、また、社会がどう変革していくかを考えながら、これから学習する専門分野の中で関わりをイメージし、AI・IoT・データサイエンス等について理解を深めます。そして「社会で起きている変化」と「データ駆動化社会」について学習し、今後のキャリアデザインや修学計画に役立てています。
② プロジェクトデザイン入門【1年次前学期・2単位】とプロジェクトデザインⅠ【1年次後学期・2単位】
本学の主柱教育である「PD教育」は、知識やスキルを統合して問題を発見し解決する力を養う教育で、図4に示すように問題を発見し、その問題の中にある課題を明確化し、知識やアイディアを組み合わせて解決策を創出します。そして、実際に機能の一部やモデル化した部分を製作し、その有効性を評価・検証するプロセスをチーム活動を通して実施し、イノベーション創出に向けた実践力を身に付けます。このプロセスは、世界の技術者教育で行われているConceive(考えだす)→Design(設計する)→Implement(行動する)→Operate(操作・運営する)という「CDIO」の一連の流れが集約された教育となっており、図2にも示されています。
図4 PD教育の基本プロセス
学生は、図5に示すように、学期、年次が進むごとに「PD入門」から「PDV」まで順次履修し、低学年の時は学生自身が自分事として検討できるように身近なテーマに取組み、学年が上がるごとに社会性のあるテーマへ、そして専門力を応用して解決するテーマへと高度化した学習に取り組みます。
図5 プロジェクトデザイン教育
1年次前学期に履修する「PD入門」は、「検証プロセス」「問題解決プロセス」「基本スキル」「データ取り扱いスキル」をキーワードとして、問題発見解決のプロセスを学習するPD教育の入門科目です。チーム活動の基礎と問題発見から解決に至るプロセスに要する基本スキルを学習します。検証プロセスと問題解決プロセスに要する基本スキルを学習するために、所属する学科の特徴的なモノを対象として取り上げて学習します。この中で、「データの収集→整理→分析→仮説→視覚化→報告する」に要するデータの取扱いスキルの基本を学習します。
また、1年次後学期に履修する「PDⅠ」では、「問題解決プロセス」「論理的思考」「コミュニケーション」「地域連携」等をキーワードとして、実社会に存在する自身に関連する問題に着目し、データや事実に基づく調査と論理的な評価により意思決定ができることを目指します。図4に示した一連のプロセスを実社会における様々な問題にチームで取り組み、データを活用した論理的な思考とリテラシーの基礎を身に付けます。これら2科目を通して、学生は「データを読む」「データを説明する」「データを扱う」といった認定制度の「基礎」を学習します。
ちなみに、2年次以降の「PDⅡ」では、これまでに身に付けた数理・データサイエンス・AIのリテラシーを基盤として、実社会における他者の問題の解決に向けて組織的なプロジェクト活動を学習します。また、3年次の専門ゼミでは4年次で行う「PDV」に取り組むテーマを策定します。これまでに修得した知識やスキルを活用して問題を発見し、自分の専門分野を活用した解決方法について検討を行い、4年次の行動計画を明確にします。そして、4年次では、1年間で自ら設定した課題解決に向けて、現状分析や課題解決策の検討・プロトタイプの作成などを行い、本学の学習の集大成として取り組んでいます。
③ AI基礎【1年次後学期・1単位】
「AI基礎」は、「AIの歴史と概要」「画像認識」「自然言語分析」「対話型音声識別」「機械学習」をキーワードに、数理・データサイエンス・AIのリテラシーの「導入・基礎・心得」を総合的に学習します。具体的には、AIの基本的仕組みや代表的機能、機械学習の働きの初等的理論を学習します。また、AI機能の具体例として、画像認識・自然言語処理・対話型音声識別の機能を理解し、基礎的操作について学習します。
画像認識については、MathWorks社のMATLAB®を用いて、学生自身で書いた手書きの数字をニューラルネットワークで認識させる体験を行います。課題のサンプルコードは、MathWorks社と本学の先生方が共同開発したもので、オリジナルのアプリを使って、ニューラルネットワークの学習過程を可視化し、精度を向上させることを自分の手書き文字で体験しながら実践的な技術を学習します。また、単語から文章、話し言葉など人が使う言語の処理も実際に体験しながら、自然言語処理や対話型音声識別の仕組みやそのデータ分析などAIの機能について学習します。図6は、企業と共同開発したAI教材の一部です。
図6 MathWorks社と共同開発したAI教材
また、この科目では、個人情報保護法などの法令の遵守や人に関わる情報やデータの取り扱いに関する倫理など、AIを活用する際に関係する法令の遵守と倫理的問題についても学習し、認定プログラムの「心得」も修得する内容となっています。
④ ICT基礎【1年次前学期・1単位】
「ICT基礎」では、「Windows」「文書作成」「表計算」「プレゼンテーション」「データ取扱い」をキーワードとして、パソコンの基本的な操作とインターネット利用上のセキュリティや倫理について学習します。パソコンのウイルス感染の仕組みを理解し、ネットワークセキュリティやウイルス対策ソフトに関する知識と情報、日常のインターネット上での基本的なマナーを修得します。また、文書作成・表計算・プレゼンテーション資料作成のスキルや表計算ソフトを利用したデータ取扱いについて学習します。表計算ソフトウェアを使った演習では、関数やデータのグラフ化のほかに、実験を想定したデータの集計や分析についても学習し、オープンデータを活用した演習を取り入るなど、実用的な操作方法についても学習して、認定制度の「心得」に該当する「データの利活用とデータを守る上での留意事項」を理解します。
以下に、本認定プログラムの特長をまとめます。
① 既存の教育内容と認定制度が求めている要件の一致点を抽出して体系化したものであること。
② 全学部・全学科の1年次必修科目で構成していること。
③ 産業界の方と本学の先生方が共同で開発した教材を用いた教育が組み込まれていること。
④ 本認定制度で求められている「導入」「基礎」「応用」の要件を単一の科目で満たすものではなく、マイクロインサーション的に組み込んでいること。
したがって、学生は1年次の1年間の学修を通して、特段の意識をすることなく、数理・データサイエンス・AI教育のリテラシーレベルを醸成することになります。本認定プログラムの体系図は学生に明示していることは言うまでもありません。
なお、その後の展開として、2022(令和4)年度に基礎教養のカリキュラム改訂を行い、データサイエンスの基礎に関する科目が新たに開設され、必修科目として位置づけられました。また、各学科の専門教育においては、データサイエンスに関する実践的な取組みが多数行われていることから、数理データサイエンス教育推進委員会を中心に「応用基礎レベル」の申請に向けて検討が行われています。さらに、2023(令和5)年度には、専門教育のカリキュラム変更も予定されており、より社会実装を意識した科目の配置が検討されています。加えて、社会人を対象としたAI・IoT・データサイエンスのリカレント教育のニーズも高まっていますので、学生と社会人が共に学び合いながら、データを活用したイノベーションを創出できるような、数理・データサイエンス人材の育成を目指していきたいと考えています。
参考文献および関連URL | |
[1] | Society5.0社会で活躍する人材育成「KIT数理データサイエンス教育プログラム」 http://www.kanazawa-it.ac.jp/mdash/pdf/literacy_gaiyou2020-2021.pdf |
[2] | 金沢工業大学プロジェクトデザイン教育 https://www.kanazawa-it.ac.jp/kyoiku/pd/index.html |
[3] | 金沢工業大学「情報技術教育」 https://www.kanazawa-it.ac.jp/kit-ite/ |
[4] | 新たな社会の変化に対応:最先端の情報技術を学ぶリカレント教育(金沢工業大学) https://www.youtube.com/watch?v=CWdfJArsadc |