特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その3)
西村 浩二(広島大学 情報メディア教育研究センター長 財務・総務室情報部長)
大学における歴史が長いことはご承知の通りと思いますが、これまでは既存の教育・研究形態を大きく変更することなく、その支援手段として情報通信技術(以下、ICT)を利活用することが基本でした。今後は、可能なものはすべてがデジタル化されることを前提として、教育・研究形態そのものを変革し、新たな価値を創造するデジタルトランスフォーメーション(DX)の段階に入っています。
そこで本学では、10年後の情報環境及びデジタル技術を活用した教育・研究・事務業務等のあり方を見据えて、令和3年1月に広島大学DX推進基本計画(以下、基本計画)を策定しました[1]。ただし、ICT分野の発展は目覚ましいことに加え、日本政府のデジタル化政策も大きく変化しようとしていることから、今すぐ実行すべきDX推進方針及び優先的に取り組むべき教育、研究、健康、IR、事務業務の各分野に関する全学的な重要事項を示した、令和2〜4年度の3か年計画として策定されています。
基本計画では、「既存人材の研修体制強化とデジタル人材の強化」「集約化・共通化・協働化を目指す」「個人情報保護、情報セキュリティ対策等への対応」など図1に示す5つの基本方針のもと、先に述べた5つの全学的な重要事項に優先的に取り組むことで、図1に示すような成果を達成することを目指しています。そして基本計画の最終年度となる令和4年度末には、3か年の取組みから得られた成果の評価をもとに、次期(令和5年度以降)の取組み事項を策定するというPDCAサイクルを構築することになります。
図1 広島大学DX推進基本計画の概要
本稿で紹介する事業は、基本計画における教育分野に関する優先事項である「教育・学習データの活用と教育コンテンツのデジタル化」を具体化するものです。新型コロナウイルス感染症対策としてのオンライン授業の実施等により、教育のデジタル化が急速に進展し、様々な学習データが生成されてきています。これらを適切に収集・蓄積し、学習者へ効果的にフィードバックすることや教育方法の改善に利活用することは、教育に変革をもたらす仕組みとして非常に重要です。また、デジタル化の特徴を活かした優れた教育コンテンツを作成し、学内のみならず学外で活用することも視野に入れることで、これまでの大学教育の形態を抜本的に見直すことも教育改革には欠かすことができないと思われます。
本学は、平成30年の西日本豪雨災害に伴う交通途絶により、1週間以上に亘って教育を停止せざるを得ない状況を経験しました。そこから得た教訓から、非常時における各種対応を進め、教材のデジタル化やネットワーク環境の整備などを行いました。しかしその際の想定は、各キャンパスは機能しており、ICTによっていかにキャンパス間の接続を維持するか、教育支援サービスを継続するか(デジタルラーニング主体)ということでした。平成27年度からすべての学部入学生に実施しているパソコン必携化とこれらの取組みは、今般のコロナ禍において、短期間でオンライン授業の実施環境を整えることに奏功しましたが、学生、教職員がキャンパスに集うことができない状況、つまりキャンパス内に限らずあらゆる場所で授業を行えること(バーチャルクラスルームの観点を追加)へと取組みを昇華させる必要がありました。
先に紹介した取組み「次世代オンライン教育を実現する『バーチャルクラスルームデジタルラーニング(VCDL)』環境の構築」[2]は、既存LMSの性能、拡張性、柔軟性の改善、教育・学習データの幅広い利活用、オンラインと対面が混在するハイブリッド授業などの支援体制の強化、新たな学習環境に関するきめ細かな支援を実現するものでした。本取組みでは、これらを教育DX推進の基盤あるいは前提として、学内外での連携体制を構築し、デジタル教材の開発、普及、改善を図ります(図2参照)。以下では図2に基づいて説明します。
図2 本事業で取組む内容
(1)学びを止めない:災害等に強い、サステイナブルな学習環境の構築
先の取組みにより実現される教育DX推進のための基盤及び体制の構築に相当します。VCDL環境を支える新LMSは、情報メディア教育研究センターが中心となり、クラウド基盤上に構築されたスケーラブルで持続可能、かつ学認連携により他大学の学生等も利用可能なシステムとして構築されています。令和4年度から運用を開始し、既存LMSへの移行期間を経て、令和5年度から完全運用に移行します。
(2)学びを深める:デジタル教材の開発
VR(Virtual Reality)技術等を活用したデジタル教材による新しい学修体験を実現するため、これまでの「広大名講義100選」などのオンデマンド教材を継続的に開発するとともに、VR OSCE(客観的臨床能力試験向けVR教育システム)やIVR(画像誘導下治療)VRシミュレータ、キャンパス内のリソースを活用したデジタル教材開発とデジタルミュージアムからの発信、VR動画による農場実習、発達障害の児童に対する支援VR学習システムなどの開発が行われている。
(3)繋がって創る:学内外での連携による開発
前述のデジタル教材は、教育学習支援センターによるデジタル教材の開発方針のもとで、AI・データイノベーション教育研究センターとデジタルものづくり教育研究センターを中心とした効率的・効果的な共同開発のための体制を構築して開発されています。本学におけるデジタル教材の開発体制が一元化されることで、他大学等との連携や普及を効率的・効果的に行うことが可能となります。
(4)繋げて拡げる:学内外での連携による普及
具体的な連携として、本取組みでは島根大学、愛媛大学、熊本県立大学を連携大学として、本学で開発したデジタル教材を連携大学で活用・改善するとともに、それぞれの大学における教育DX推進の事例等(デジタル教材の開発を始めとする各種取組み)を共有しています。その際に得られた知見をもとに、さらなる連携大学の拡大や初等中等学校へのデジタル教材の提供が計画されています。
本稿では、「DXで拓く学びのパラダイムシフト〜ニューノーマルの当たらな教育実現に向けた『バーチャルクラスルームデジタルラーニング(VCDL)』環境の構築〜」の背景及び具体的な取組みの概要について、基本計画のうち教育分野を中心に紹介しました。本取組みは、先に紹介した「VCDL環境の構築」を基盤あるいは前提として、本学の全学的な取組みをさらに連携大学での取組みに繋ぎ拡げていくことを目的としたものです。
2023年3月15日には、各大学における教育DX推進の取組みを紹介するとともに、本取組みで開発したデジタル教材の利用促進を目的として、「教育DX(デジタルトランスフォーメーション)セミナー・展示会」が開催されました(写真1、2)。これらの取組みの一部は、国立情報学研究所が主催する「大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム『教育機関DXシンポ』」においても発表、公開されています[3]。
写真1 事業概要を説明する小澤孝一郎広島大学副学長(全学共通教育担当) 写真2 IVR VRシミュレータを体験する参加者
関連URL | |
[1] | 広島大学DX推進基本計画 https://www.hiroshima-u.ac.jp/about/initiatives/jyoho_ka/dx, |
[2] | “「次世代オンライン教育を実現する『バーチャルクラスルームデジタルラーニング(VCDL)』環境の構築」”,大学教育と情報,2021年度No.4, https://www.juce.jp/LINK/journal/2203/pdf/02_01.pdf, |
[3] | 佐伯勇,本田有紀子,“ピンチをチャンスに!コロナ禍におけるVRを利用したシミュレーション教育”,教育機関DXシンポジウムアーカイブズ,第56回, https://edx.nii.ac.jp/lecture/20220930-05, |