数理・データサイエンス・AI教育の紹介

大正大学のデータサイエンス教育

前田 長子(大正大学 総合学修支援機構DACトランジション教育チーム教授)

1.はじめに

 本学では地域戦略人材育成事業として新時代の地域を牽引するアントレプレナーシップを身に付けた「地域戦略人材」(多面的な性質をもつ地域の課題解決に向けて異なる専門分野の多様な人材を統合し、調整する新しいリーダー)を育成するため、本学の特色である地域連携体制・産学協創体制を生かして学融合・学際・課題解決型の教育プログラムを構築しています。また本事業計画は、社会が直面する課題を踏まえ、大学が社会・地域に果たすべき役割や人材育成を明確に設定しながら、本学が進めてきた「地域人材育成」を柱とする取組みを基に、これまでの地方自治体や企業等との社会連携の実績を生かした地域連携型教育に加え、アントレプレナーシップ、データサイエンス教育などを全学へと展開するものとなっています。

2.全学必修のデータサイエンス教育プログラム

 データサイエンス科目は前期共通教育科目で2年間6単位取得するプログラムで、令和2年度に3学部のみ先行して開始し、令和3年度の入学生から全学部を対象として展開しています。本プログラムでは、超スマート社会の中で地域を支え、活躍する地域戦略人材を育成するために文系大学における数理教育を研究し、社会に欠かせないスキルを身に付けたデータに強い学生を育てること、そして最終的には社会・地域の問題発見力と課題解決力の育成を目指しています。そのため教育目標は「主観的な判断ではなく、データをもとに意思決定を行うデータドリブンな思考を高め社会の課題を解決し、価値を創造していく人材となる」としています。
 繰り返しになりますが、本学は文系大学ですので、卒業後はデータエンジニアやアナリストなどの職種につく学生は稀であると想定し、データを扱う基本的な知識や技能を備えた上で、社会の課題解決から価値創造する場面で活躍できる人材を育成することを目標に教育プログラムを組み立てています。

3.チュートリアル教育とその体制

 「地域戦略人材」を育成するという目標を卒業までに達成するにあたり、本学では前期共通教育においてチュートリアル教育を導入しています。
 図1は、本学の学修支援の考え方を示したものですが、チュートリアル教育では、「生涯主体的に学び続けるため自律的に学ぶ姿勢」を身につけることを目標に、前期共通教育の必修科目における、探究科目・データサイエンス科目・リーダーシップ科目において、複数の教員とチューターによるチームティーチングを実施し、学生個別の学修状況を把握し、個別のアプローチを主眼とした学修支援を展開しています。

図1 本学の学修支援の考え方

 また、「生涯主体的に学び続けるため自律的に学ぶ姿勢」に必要な要素としては「主体的な学びへのマインド(心)」「学びの基礎体力(体)」「学びの技法(技)」があり、それぞれが影響しあって育成されていくと考えています。その点を踏まえ、1年次から2年次と学年が進む過程で重点を置く要素を徐々に移行させていく教員とチューター協働による学修支援を展開しています。
 チューターは専任職員であるコアチューターとパートタイムで勤務するクラスチューターがいます。いずれも本学の「高等教育における総合的学修支援者育成プログラム」を受講し、研修と専門的なトレーニングを受けた社会人や大学院生です。オンデマンドを中心とした21時間のナレッジセッションとインターンシップを含んだ14時間のハンズオンセッション計35時間の養成プログラムを終了後、採用面接を通過した受講生は、その後4日間計15時間のデータサイエンス科目の研修を受講して授業に臨みます。データサイエンス科目のチューターはトータル50時間の事前研修に取り組むことで本学の大学教育方針や学生の特徴などの理解を深め、実践力を向上させていきます。
 データサイエンス科目の令和4年度の1年次のクラスは学部混成の編成で計12クラス、2年次は学部・学科別で編成しており、計11クラスでした。両学年ともクラス当たり学生約100名に対して教員2名、チューター1、2名、SA4、5名でチームティーチングを行っています。1年次は入学時の数学の基礎学力テスト結果を元に習熟度別クラスを導入していますが、どのクラスも教育目標や教材は同一のため、教員・チューター・SAの連携により資質・能力ともに多様な学生に対応できる支援体制を敷いている点が特徴になります。2年次は産官学連携に取り組むため、1年次と比較すると高度な学修支援スキルが求められます。そのためチューターやSAを対象に連携先から提供されたデータを使っての事前ハンズオン研修を行い、学修支援に取り組んでいます。
 SAは授業中のみの学修支援ですが、チューターは授業時間外もラーニングコモンズやオンライン上でのやりとりを通して、学生の学修を継続的にサポートしています。

4.データサイエンス科目ⅠからⅥ

(1)カリキュラム

 データサイエンスⅠからⅢは1年次の科目で3単位、ⅣからⅥまでは2年次の科目で3単位、2年間で合計6単位の全学必修の科目です。(図2参照)ⅠからⅣでは自らとデータサイエンスとをつなぐ道を開くために、データとは何なのか、データを活用するとはどういうことなのかを、統計の基礎をベースにExcelでの情報処理、Tableauでの可視化を通じて学んでいきます。同時にPCやデータ利活用時に必要となる情報リテラシーも習得します。データサイエンスⅤとⅥはこのデータサイエンス教育プログラムの集大成として位置づけ、実データを使った演習を通じてこれまで学修してきた統計分析や論理的な思考スキルを活用し課題抽出から社会への価値創造につながる仮説の構築を行う科目となっています。

図2 データサイエンス教育プログラムの教育目標とプログラムの流れ

 なお、本学でTableauを採用した理由は大きく3つあります。

① 学生の標準的なスペックのPCでも大量のデータをストレスなく分析や可視化できる点です。Excelでは約104万行という行数制限がありますが、Tableauにはその制約がありません。

② Tableau は直感的に使えるツールのため、まだ十分な知識がない段階でも様々なデータを可視化できる点です。数学が苦手・嫌いという学生でも、Tableauならデータ分析や可視化に興味を持ち、主体的に取り組めます。ただし、様々なグラフや表を容易に作成できるため間違ったデータの扱い方をしたまま分析を進めてしまう学生も少なくありません。その点に関してはチームティーチングの力を活かし、正しく指導していく力が求められます。

③ Tableauのみでプレゼン資料を完成させることができる点です。一般的にはExcelなどで作成したグラフや表をPowerPointに貼り付けてプレゼン資料を完成させるため、分析以外にも一定の作業時間が必要になります。これに対してTableauのダッシュボードやストーリー機能を使えば、Tableauだけで簡単にプレゼンを行える点も限られた時間で質の高いアウトプットを出すためには重要な要素となっています。

(2)教育方針と教育方法

1)数学が苦手な学生に合わせた教育方法

 本学の学生は、入学時の基礎学力テストでは国語や英語と比較すると数学の点数は低めで、ばらつきも大きいというのが特徴です。また令和4年度の入学当初の学生へのアンケートでは「数学が嫌い」と回答した学生は49%、「数学が苦手」と回答した学生が69%いますが、その一方で「数学が必要だと思うか」の問いでは、「強く思う」16%と「やや思う」57%となっており、「あまり思わない」24%と「全く思わない」2%を上回り、70%以上の学生が数学の必要性を感じていることが分かります。
 「苦手」だけど「必要である」と感じている学生が、高校の数学の延長上の視点ではなく、社会に出た時に必要となる学問であるというバックキャスティングの視点から捉えることができるように、本プログラムの学修の意義を伝えています。データサイエンス科目の教員の多くがIT業界、DX推進やデータを扱う仕事をしている実務家の非常勤講師です。各クラスの担当教員はタイムリーでリアルな具体例を用いて、身近な社会で活用されているデータや、またそのデータの活用領域が広範囲であり日常生活や社会の課題を解決する有用なツールであること、さらにデータ駆動型による価値創造の事例など様々な角度から学修の重要性も重ねて説いていくことで学生の意識を変化させていきます。科目終了後のアンケートでも二年間の学修経験を通して意識が変化した学生がいることが分かります。

【2年次終了時の学生のコメント】

 教材の開発についてもまず学生が自分事として学修できるように、多様な分野における身近なテーマやデータを扱います。本科目では「頭で理解する」と「手を動かす」のセットで学修の流れを基本としており、さらにスパイラル型学修法を取り入れています。分散や標準偏差を例にとると、まずは分散や標準偏差についての基本的な知識をインプットします。その理論を実践できるように電卓で算出できるデータ量で分散や標準偏差の算出ができるようにします。さらに手計算できない量のデータでExcelの関数を使って算出できるようにします。つまり「頭で理解」したことを「手を動かす」ことでまずは知識の定着を目指していきます。基本的な内容を学んだのち、同じテーマについて反復学修を行い、少しずつ難易度をあげながら段階的に深めていくことでさらに知識とスキルの保持レベルの向上を図ります。

2)チームティーチングによる教育と学修支援

 「数学は苦手」とする学生が多いため、学生の「わかりにくい」「わからない」状態をタイムリーに且つ的確に把握した上での指導にも取り組んでいます。担当教員は提出されたリフレクションや小課題を確認し、授業回ごとの学生たちの習熟度を測ります。毎週開催の講師会で前週の学修テーマの理解度について教員間で意見交換を行い、必要に応じて翌授業で再度学修する時間を設ける、補足説明の資料を作成し配布するなど対応策を検討・実行しています。当然ながら教材や説明が不十分であったと判断した場合は教授法の見直しも行います。
 同時に安易に授業の難易度を下げない工夫も行っています。学力の高い学生にとっても意義のある学修であるべきだと考えているからです。そのための具体的な方策は授業外学修支援体制の確立と強化です。習熟度や理解度向上のための学修支援は大きくわけて3つの方法をとっています。

① テスト前の補習で、チューターが中心となって企画・運営をしています。事前申し込み制で、任意での参加形式ですが、習熟度が低い学生には個別に声掛けして参加を促しています。学修テーマごとに参加できるアラカルト方式で、1テーマ20から40分間程度でオンラインと対面のいずれかが選択できます。令和4年度1年間の実績として1年次と2年次のテスト前補習は計183回開催し、延べ2,132人の学生が参加しました。補習参加経験率は1年次で25%を超えており、また「分からないところだけを聞けるので、時間がない時にも参加することができる」「練習問題を模擬試験のように行うことで、時間配分や出題形式を知ることができた」「人数が授業より格段に少ないため、親身になって教えてもらえる」という声からも補習という補完的教育も学生の習熟度を高める役割の一端を担っていると言えます。

② 復習用のワークブックの配布です。基礎問題と応用問題で構成されており、正答や解説も含めた自習用の教材です。令和4年度は演習に関するワークブック中心でしたが、学生からの要望も多いことから令和5年度は知識問題に関するeラーニングも作成する予定です。

③ 一対一の学修支援です。10名前後のグループ学修(補習)についていくことが厳しい学生に対しては個別の学修支援に取り組みます。ただし、個別支援からグループ学修(補習)での支援に移行できるように教員チューター間で連携してサポートを行います。

3)産官学連携との取組み

 データサイエンスⅤ、Ⅵでは表1に示すように産官学連携の契約や協定を締結し、実データを用いた実課題の解決を目指す学修を行います。令和3年度は三鷹市、サイゼリヤ(株)、(株)ニューラルポケットの3社との連携でしたが、令和4年度は2社1自治体に加えて、Softbank(株)、キリンホールディングスの2社とも新たに連携を開始しました。初回授業では連携先から実データの提供と企業や自治体が抱える課題について提示を受けます。最終回では代表学生やグループによるプレゼンを行ったのち連携先から直接講評やフィードバックをもらいます。フィードバックの内容は「社会人」として求められる視点や考え方について具体的な内容になっています。中には厳しいフィードバックもありますが、学生たちにとってリアリティのある指導がさらなる学修意欲向上につながると考えています。

表1 令和4年度 データサイエンスⅤ、Ⅵの連携先ごとのミッションと提供データ

4)補完的な教育

 前述のテスト対策の補習以外にも様々な補完的な教育を実施しています。

① 産官学連携のプレゼン学修相談会

 令和4年度の産官学連携のプレゼンに向けた学修相談会はトータル16回開催し419名の学生が参加しました。プレゼンの準備を授業時間内に完了させることは難しく、多くの学生が授業時間外に取り組んでいます。学修相談会への参加目的は「プレゼンの内容について客観的な意見が欲しい」「視野を広げて視座を高めたい」「個別にオープンデータの整形方法を指導してもらいたい」などが主な参加理由ですが、中には「グループメンバーで集まれる機会となる」という学生もいます。学修相談会では連携先にプレゼンすることになった代表の学生やチームがプレゼンの練習やリハーサルなども行う場にもなっており、授業時間内にできない学修支援を行う貴重な場となっています。

② 春期/夏期の資格取得対策講座

 令和3年度の春休みから学修したことを資格取得につなげていく正課外の科目「データサイエンス科目特別プログラム」を定期的に開講しています。令和4年度の夏休みの特別プログラムでは「統計検定4級 対策講座」「Tableau Desktop Specialist 対策講座」「MOS Excel一般レベル 対策講座」の3講座を開講し、延べ155名が受講しました。受講者数に対する合格率は54%で延べ83名が資格を取得しました(統計17名、Tableau 10名、MOS 56名)。令和5年度中には新たに「統計検定3級 対策講座」と「MOS Excel上級レベル 対策講座」の2講座を追加開講する準備を進めており、より高いレベルの資格を目指す学生を支援していきます。

③ 学外コンテストへの参加支援

 データサイエンス科目での学修を通して、学生の学外コンテストへの参加支援も行っています。令和3年度は公共政策学科の2年生(現3年生)の有志学生が三鷹市の「学生によるミタカ・ミライ研究アワード2021」へ参加し、「優秀賞・市長賞」を獲得しました。令和4年度も同コンテストに2年生の有志学生が参加して2年連続の「優秀賞」を受賞しました。また3年生SA(スチューデント・アシスタント)から「企業分析AWARD2022」に2チームが出場し、1チームは優勝を獲得しました。学外のコンテスト参加は学生にとって学修の成果を発揮できる機会と捉え、学外での体験的な学びを通し、自発的で自律的な成長を今後も支援していきます。

5)教育の質保証のためのFD

 データサイエンス科目の教員とコアチューター(専門職員)で授業開講期間は毎週FD(年21回)を実施しています。毎週1時間の中で1年次全体、2年次全体、2年次産官学チーム別と順に会を進行します。1年次・2年次の全体会では前週の授業内容や教材、学修支援を振り返り、継続的な改善・向上を図ると同時に、当該週の授業運営方法や教材について意見交換を行い、ブラッシュアップを図り準備をすすめます。2年次の産官学チーム別会議では、チームリーダーの専任教員を中心に連携先のデータ特性に応じた講義内容や分析手法について意見交換を行うことで、共通教育としての質の向上を目指します。令和4年度は全担当教員17人中11人が非常勤講師であったため、リアルタイムで参加できない場合は録画を試聴してもらうなどの工夫も行っています。

5.おわりに

 今後の課題は、学生の理解度と社会のニーズの合致を考慮していくことです。現在も教材開発では実務家である非常勤講師からアドバイスを得て作成していますが、実際に世の中で認められる能力・資質と本プログラムで実施する内容が一致するのかどうかを評価していく必要があります。
 さらに入学者が新学修指導要領の世代になると、高等学校での情報教育課程を踏まえての水準の見直しとカリキュラムの再構築を行う必要があります。この点においては高校訪問でのヒアリングや授業見学を通して現状把握と情報収集を行いながら、2025年度に向けて準備を進めていきます。
 同時に全体傾向として入学時の学生のITリテラシー格差が年々開いている点についても対応を検討していかなくてはなりません。現在の教育プログラムの枠組みを大きく変更せず、毎年入学する学生のレベルを的確に把握した上で授業設計と運営を行っていく必要があります。
 また令和5年度の4月より、本学でアントレプレナーシップ育成教育プログラムが開始され、データサイエンスの発展科目として「プログラミング基礎」「データ分析技法」等が開講されます。データサイエンス科目を履修した学生が、更に学びを深めsociety5.0の社会で活躍できるよう人材育成に取り組んでいきます。

関連URL
[1] データサイエンス教育プログラム-大正大学「知識創生」
https://www.tais.ac.jp/p/tu-knowledge/learning/data-science/

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