特集 学びの質向上に向けたICT活用の取組み(その1)
鈴木 夏代(東京女子大学 現代教養学部特任准教授)
本学の国際英語専攻学科では、コロナ禍の留学代替プログラム(単位認定)として、英米圏の大学が提供する講義視聴、読む、書くなどの課題を通して、英語運用力が求められる統合型言語習得が可能な大規模公開オンライン講座(Massive Open Online Courses、以下MOOCs)を活用しました。本来、自習学修用に開発されたプラットフォームですが、国内で留学の擬似体験をすることを目的に、専門科目を担当する各教員が、選択した講義題材を用いて学修者主体、双方向を担保する授業実践を試みました。MOOCsのコース内容には、聴く、読む、クイズに答える、考える、世界中の受講者と意見交換(チャット)する、といったアクティブ・ラーニングの学修活動(タスク)が組み込まれていますが、授業担当教員は、学修者主体の個々の学びと、クラスでの協働学修を両立させる役割が求められました。その結果、学生の授業外学修時間の確保、学修に取り組む姿勢に大きな改善が見られ、教員の関わり方に高い評価が得られました。普段の語学授業と比べて、英語力の向上、授業活動の満足度、トピックへの関心と理解を深めた点において、有意に評価が高かった分析結果が得られました。ICTを利活用しながら学生の自律性と協働学修の場を促進した教員の役割についても、従来型授業とは異なる改善への示唆が得られました。
学修者個人のパソコンやタブレットからアクセス可能なICTを活用した授業への移行が待たれていましたが、旧来の教授法に慣れている教員の意識改革や変化への対応を促すことは、容易ではないと当初思われました。そのため、以下の点を目標に、事前に教員同士で確認することから取組みました。
① MOOCs上のアクティブ・ラーニング(双方向性)と授業参加者同士の双方向性を二重に担保しながら授業と授業外の学修の一体化と学修時間を確保。
② 教室外の世界とつながる異文化体験、自ら学び考える主体性を引き出し、学修者同士の共同体意識を育み、広く多角的な情報や意見に触れる機会のある授業の実現。
③ 英語使用を通して、教員と学生とが共に留学環境に近い擬似体験する授業づくり。
④ 第二言語習得理論に基づいた英語「使用」を促すために、教員が意識的に学修者の認知機能に働きかける授業運営。
学修到達目標は、受講するMOOCsコース課題を100%完了する、海外の大学の講義授業に慣れる、グローバル社会における英語(言語)学修を意識し、世界の学修者と異文化理解を深めることとしました。
学修者は、受講するMOOCsのコース目的や計画(何をどんな順序で学ぶか)を確認し、課題(タスク)を順次進め、その達成度を随時確認しながら計画的に学修を進めます。しかし、本プログラムでは、担当する教員のアイディアや方向性がローカライズされた授業内容である必要があることから、学修者に自主学修を進めてもらう一方で、クラスで集まる場を設定しました。
事前・事後の学修時間数は、1週間で平均3〜4時間、週によっては5時間設定し、2単位分の授業に該当するコース設計を実施しました。
本プログラムに参加した学生数は、約100名(2年次生)おり、教員からのフィードバックや双方向性が十分に担保されるよう、1人の教員が担当する受講者数を10人前後に設定し、11人の教員が授業を担当しました(11クラス)。
実施時期は、2021年9月から半期の授業として90分・15回授業分に相当する時間数(1,350時間)分の学修量と授業案を組み立てました。
従来から教員は、講義や課題を「与える」授業展開になりがちで、長年の各分野での教授法スタイルを確立してきた教員にとって、第二言語習得領域で通念とされる授業を実践することに、少なからず抵抗があると予測されました。そのため、事前の説明会で、①英語理解(Language)②内容理解(Content)③コース進行(Procedure)④クイズによる確認(Feedback)⑤質問対応(Questions)⑥専門分野の補足や説明(Further Input)⑦討論(Discussion)等を促すfacilitatorとしての役割が、教員にあることを理解していただきました。コロナ禍で、リアルタイムZoomやGoogle Meetの活用が普及し、それらを併用するか、対面にするかは教員の選択に任せました。
授業実施後の事後アンケート調査で、出席率、授業外学修時間数、シラバスに関すること、授業運営計画、内容理解の度合い、教員の指導に関すること、学びに対する興味や関心、授業の満足度、英語力の向上など、13項目について尋ねました。その結果、授業外学修時間数の確保に関しては、回答数63のうち約48%の学生が週に2時間から4時間学修に費やし、受講者の84%が必要学修時間数を満たしました。中でも教員の学修者への関わり方では、理解への協力(98%)、質問疑問の促し(96%)、授業外学修の奨励(92%)で高い評価を得ました。また、「トピックに対する興味や理解を深められたか」の問いについては、93.6%の学生が「とてもそう思う」「そう思う」と回答しました。このことは「英語力の向上に役立ったと思う」回答数より、若干多く肯定されましたが、学修者が内容(content)を学びながら言語(language)も学ぶ(統合型の内容重視の外国語学修:CLIL)ことの実現性の表れとも思われました。今後の事前・事後の英語力も測定した検証が待たれます。
概して授業内容への満足度が高かった(89%)ですが、本プログラム(Study Abroad Academics)と並行して実施したStudy Abroad Englishの授業評価と比べて、どの程度高いのか、分析(t検定)を行いました。外国人教員による市販の海外テキストを使用した通常の語学授業と比べて、図1の通り、次の点において有意に評価が高い結果が得られました。①授業の構成、進め方(t(39)=3.33,p=.02)②英語力の向上(t(39)=3.03,p=.04)③授業活動の満足度(t(39)=3.38,p=.01)④トピックへの関心と理解を深めた(t(39)=3.59,p=.00)。
さらに、本プログラムの自由記述欄(オリジナルは英語)からは「良い点は、いつでもどこでも学修にアクセスできた。他者の意見を読んで知ることができた」「教授が質問や意見交換を促してくれたので、ついていきやすかった。英語で答えることは難しく、それに気づけたことは良かった」など内省を促し、自律性の育成に寄与したことも窺えました。「今までとった授業の中で、この授業が一番気に入った。教員が言語と文化についての思考や討論を促してくれた。学生がすぐに質問できる双方向型授業が気に入った」といった回答が寄せられました。
図1 SAAとSAEコース評価の違い
MOOCsを利活用した目的は、世界中からアクセスする学修者の意見と異文化に触れながら、留学擬似体験をオンライン上で実現するためでした。学修者主体の双方向型の学びを意識し、ICTによる受け身にならない学修意欲を引き出し、知識や技能を定着させ、表現力、問題発見、協働性の獲得、学修時間の増加の改善が期待されました。当初、懸念されたのは、授業運営を行う教員側のパラダイムシフトでしたが、意外にも教員への関わり方に高い評価があり、その理由は、ファシリテーター役としての教員の振る舞い、ICT活用を中心に据えたプログラム設計であったことにあったのかもしれません。当初、教員の仕事がMOOCsに奪われるのでは、という教員側の懸念がありましたが、Z世代やα世代と言われる学修者を前に、ICTをいかにうまく授業に取り込み、学修意欲を引き出す学びの場を提供できるかは、依然教員の工夫に委ねられていることを再認識しました。
今回の取組みは、コロナ禍を機に、担当教員らに協力を仰ぎ、さらに大学側からの後押しがあったおかげで実現できましたが、本プログラムで「内容への関心や勉強の理解を深めることができた」と実感した学生が多くいた結果は、今後のICT利活用のための大きな励みになりました。本学での語学教育、異文化・地球市民教育において、国境のない学修や反転授業による学びの深化の可能性について、教育効果を測定しながら、今後の有効性についてさらに追求して行きたいと思います。