特集 学びの質向上に向けたICT活用の取組み(その1)
由良 亮(中京学院大学短期大学部 健康栄養学科准教授)
一般的に、日本の授業では生徒や学生が積極的に手をあげて質問や確認を求めることは多くありません。この傾向の要因として、他人の目を気にする文化や教員の話を静かに聞く慣習があげられます。そのため、教員が学生の理解度を明確に把握することは難しく、学修成果が思うように振るわないことがあります。
そんな中、世界的なCOVID-19の流行により、突如としてオンライン授業が求められ、ICT機器の利用が必須となる形態に移行しました。しかし、初めて本格的にオンライン授業を受ける学生たちにとって、受講実感の欠落や孤独感など、様々な問題に直面する可能性もありました。
それらの問題に対処し、なおかつ動画配信系ソーシャルネットワークサービス(SNS)に着目し、それを模倣した授業方法の開発に着手しました。その結果、オンライン授業、対面授業、ハイフレックス授業と授業形態に関わらず、学生の積極的な授業参加を実現することができました。本稿では、その手法と成果を紹介します。
日本では2006年にサービスを開始したニコニコ動画が先駆けとなり、様々な動画配信サービスが登場しています。これらのサービスでは、視聴者が自由にコメントを投稿できる特徴があります。投稿されたコメントは他の視聴者と共有され、互いに存在を認識し共感や一体感を得ることができます。
この活発なコメント投稿を支える要因の一つに、匿名性の確保があります。SNS内では視聴者は非表示もしくはハンドルネームでのみ表示され、本人が特定されることはありません。これにより、視聴者は気兼ねなく自由にコメントを発言することができます。
これらの特徴から、匿名性を保証した意見収集の手法を授業運営に取り入れ、それに基づいて授業を進行すれば、学生自身の授業への参加意欲が増し、学修内容への理解が進むと考えられます。
(1)Zoomを利用した方法
本学では2019年度前期からZoomを主体としたオンライン授業を開始しました。しかし、学生がオンライン授業に不慣れであることを考慮し、アプリケーションを切り替えながらの受講は難易度が高いと判断しました。そこで、Zoom上のコメント機能を活用して、Zoom内だけで完結する方法を開発しました(図1)。
図1 Zoomを利用したコメントの受付と共有
Zoomアプリケーションの設定によりますが、Zoomには送信されたコメントをローカルファイルとしてリアルタイムに保存する機能があります。ただし、この機能を利用すると、送信者の情報も記録されます。
そのため、コメント部分だけを抽出し、別のファイルに追記するスクリプトを作成しました[1]。このスクリプトは、コメントを含むファイルを常時監視し、生成したファイルをZoom画面内に表示することで、リアルタイムでコメントを共有できます。この方法を用いて、コメントを取り上げながら授業を進行する実践を行いました。
(2)Zoomに頼らない方法への切り替え
本学では2022年度後期から対面授業を主体とする方向に転換しました。その結果、Zoomを使う機会が減少し、前述の方法の実施が難しくなりました。
そのため、Zoomを使わない方法で同機能を再構築しました(図2)。加えて、前述の方法ではコメントが完全に匿名化されているため、同じような発言に対する応答が誰に対するものなのか明確でない、という問題がありました。これは当該学生の自己肯定感を損なうこととなりました。その解決策として、ハンドルネームを利用する機能を追加し、コメントの発言者を明確に特定できるようにしました。
図2 Zoomに頼らないコメントの受付と共有
コメント投稿を実践した科目は全て35名程のクラス構成ですが、1コマあたり92.2±16.2件(平均±標準偏差,n=40回)のコメントが得られました。
アンケート結果から、このコメント数の増加要因として、「どんな質問でも恥ずかしくない」(10/40名)、「匿名なので気軽に発言できる」(27/40名)、「匿名でなければ発言できなかった」(24/40名)などがあげられました。これらの結果から、匿名性が大きな影響を与えていたと推測できます。
さらに、音声による発言は授業進行に支障をきたすことがあり、生徒は発言を控えることがあります。しかし、静的なコメントであればそのような問題が生じないことも要因として考えられます。
筆者自身は、これらのコメントを授業中の区切り(おおよそ10分毎)に読み上げて回答していました。この方法により、学生はリアルタイムで感じた疑問に共感し(25/40名)、それを即座に解消することができます。その結果、学生は授業への参加実感を得ることができ(25/40名)、自分のコメントが取り上げられたことに喜びを感じ(23/40名)、学修行動に意欲的に取り組むようになっています。
ただ、このような仕組みを用意しても、コメント投稿が進むわけではありません。アンケート結果によると、対面授業で教員に質問できない理由として「なんと言っていいのかわからない(20/40名)」や「質問を他の人に知られたくない(10/40名)」があります。
そこで、授業内のコメントは点数化する旨を説明し、シラバスに記載しています。また、投げかけるものは質問だけではなく、ただのリアクションも含めなんでも良く、「気軽に」というのを強調しています。
その結果、活発なコメント投稿が促され、他の人の意見を見て「質問の仕方がわかった(9/40名)」やオンラインにも関わらず「みんなと一緒に勉強している実感(10/40名)」を持つことができています。そして、他の人の考えを知ることで「気づき(21/40名)」や「知識の広がり(26/40名)」を感じることができたなどの学修内容への興味を向上させる効果もありました。さらには「思いもしないことを考えている(35/40名)」といった多様性への理解も進みやすくなり、忖度のない意見交換などもしやすくなると考えられます。
本手法は、匿名性を活用して学生の発言を促し、即時に疑問を解消することで学修意欲の低下を防ぐ目的で導入しました。その目的は想定以上の成果をもたらし、達成することができました。特に、エビデンスを示すことはできませんが、対面では非常に大人しく、声を聞くこともないような学生でも、活発に発言していることは非常に嬉しい効果でした。
このように、この仕組みで得られるコメントにはまだまだ多くの利用価値を含んでいます。今後、この応用方法を検討していく必要があると考えています。
関連URL | |
[1] | Zoomのチャットからコメントを取り出すスクリプト https://github.com/dissaarono-amalet/zoomChatExtract |