特集 生成系AIへの対応

言語生成AIは外国語教育に何をもたらすか?

金丸 敏幸(京都大学 国際高等教育院・准教授)

1.はじめに

 言語生成AIの登場によって、大学教育は、これまでの価値観や考え方を根本から見直す必要に迫られています。大学では、人文系の分野に限らず、書き言葉による成果を重視してきました。したがって、学習評価も、試験の解答やレポートといった本人が書いたものによって行われています。
 大学教育の中でも、英語教育を中心とする外国語教育は言語生成AIによって大きな影響を受けると見られています。本稿では、言語生成AIがこれまでの英語教育にどのような影響を与えるか検討し、次にAIを活用して、どのような教育を進めて行くべきかを提案します。

2.高等教育における生成AIの取扱い

 2022年11月にChatGPTが登場した直後から、世界中でその実力と可能性を探る取組みが行われてきました。現在、その熱は少し落ち着いてきましたが、代わって今後の社会に与える影響を長期的な視野で検討する動きが出てきています。
 文部科学省は、2023年7月に「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて(周知)」という指針を発出しました[1]。この指針は、生成AIに関して、高等教育での利活用が想定される場面や留意すべき観点などを取りまとめたものとなっています。
 この指針では、生成AIが有効とされる点として、学生による主体的な学びの補助や支援があげられています。具体的な活用場面としては、情報収集や論点の洗い出しといったブレインストーミング的な使い方のほか、文章校正や翻訳という外国語の学習に関わる利用もあげられています。つまり、学生は生成AIを活用して、より効率的に学び、課題に取り組む手助けを受けることが期待されているのです。
 さらに、大学内での教学への利活用だけでなく、学生の卒業後、社会での活用を見越した教育についても言及されています。生成AIの原理を理解し、適切なプロンプト(質問や作業指示)を工夫することで、生成AIの出力を検証するスキルを磨くことも求められています。

3.外国語教育における生成AIの影響

 外国語教育は、これまでも自然言語処理技術の発達に大きな影響を受けてきました。とりわけ大きな影響を受けたのは自動翻訳の技術です。2016年にGoogleが統計的翻訳からニューラル翻訳に切り替えたとき、多くの外国語教育の関係者が、その精度の向上に驚き、この技術を学生が利用することに懸念を示していました。その懸念は、DeepLの登場によってさらに高まります。
 そのような状況下に登場したのがChatGPTです。ChatGPTはこれまでの自動翻訳サービスと同等、もしくはそれ以上の精度を示しています。とくに翻訳文の自然さは、日本語、英語どちらの母語話者から見ても違和感のない水準に達しています。従来行われてきた訳読や英作文といった活動は、もはや成り立たない可能性もあります。
 翻訳に留まらず、教科書の問題にも、ChatGPTは対応できます。プロンプトに問題文や選択肢を入力することで、問題の解答やその理由まで得ることが可能です。さらに、ChatGPTは従来の自動翻訳ではできなかった言い換えや要約も高い精度で行えます。従来であれば、テキストの内容を理解し、高度な言語運用能力を必要とするような活動にも対応できてしまうのです。
 したがって、ChatGPTの安易な利用によって、学生が十分に外国語の学習に取り組まないまま、学習成果をあげてしまうことが懸念されます。それだけでなく、レポート作成のような統合的な課題についても、ChatGPTによって学生の能力を上回るものを作成することが可能となるので、成績評価に重大な問題をもたらす危険性もあります。

4.AIを活用した自律的学習者の育成

 外国語教育においてChatGPTの利用を完全に禁止するというのは、もはや現実的ではありません。それでは、言語生成AIは外国語教育においてどのように活用するべきでしょうか。
 その一つの可能性が「AIを活用した自律的学習(AI-Asistted Autonomous Learning: AAAL)」という考え方です。これは、AIを積極的に導入することで、学習者が自律的に学び続ける態度を育成することを目標とします。AAALは、ヴィゴツキー(L. S. Vygotsky)が提唱した「発達の最近接領域(Zone of Proximal Development: ZPD)」[2]という考え方に基づいて、AIをともに学ぶ学習者(支援者)として扱います。ZPDは、学習者の発達水準に関する理論で、学習者が一人ではできないけれども、外部の助けがあればできる領域のことを指します。この領域での学習が、もっとも効果的な成長や発達を促すと期待されています。
 従来、支援者は人間しか想定されていなかったのですが、生成AIの登場によって、AIが代わりを務めることが不可能ではなくなりました。それだけではなく、課題の難易度が学生の能力よりも高く、自力ではできない場合も、AIによる情報提示による足場掛け(scaffolding)によって、学生の積極的な取組みによる協働学習が可能となります。一方で、協働学習で取り組める範囲を超える課題であっても、AIによる出力を参考にすることで、そこから学生が自律的に知識や理解を深めていくことができます。このような考え方をまとめたものが図1です。

図1 ZPDに基づくAIによる学習支援

 教師が積極的に指導するのではなく、学生が自らAIを活用しながら、知識や技能を補い、AIとのやり取りを通じて理解を深めていく。さらに、AIの出力を参考として学び続ける姿勢を育成する。このような考えが今後の外国語教育においては、重要になるでしょう。そのためには、学生はこれまで以上に外国語の物の見方や文法といった外国語の基礎を身につけることが大切です。これらを指導するのは、教師の重要な役割であり続けるでしょう。また、自律的に学び続ける学生に対して、その先に進むべき方向を示すことは、まだまだAIには困難です。学生の先人として可能性を提示することも教師の大事な役割となります。AIによる支援が得られる領域では、学生がAIを活用する支援役に徹し、それ以外のところで、学生と向き合うことがこれからの外国語教育においては重要となっていくのではないでしょうか。

5.おわりに

 今後の外国語教育においては、言語生成AIをいかに活用し、学生自身の学びに繋げていくかが重要になっていきます。AIを学生自身が自律的に学ぶための拠り所とできるように、効果的な活用方法を身につけさせることが大切で、AI時代に外国語の運用能力を高めていく近道となります。学生の自己実現と持続的な成長を可能にする教育として、「AIで学び、AIと学び、AIに学ぶ」という自律的学習者の育成こそが今後の外国語教育の目指すべき姿であると考えます。

参考文献及び関連URL
[1] 大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて(周知). 文部科学省. 2023.https://www.mext.go.jp/content/20230714-mxt_senmon01-000030762_1.pdf
[2] ヴィゴツキー心理学完全読本−「最近接発達領域」と「内言」の概念を読み解く.
中村和夫. 新読書社. 2004.

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