特集 学びの質向上に向けたICT活用の取組み(その2)
二瓶 裕之(北海道医療大学 薬学部・情報センター教授)
中山 章(北海道医療大学 薬学部講師)
木村 治(北海道医療大学 薬学部講師)
西牧 可織(北海道医療大学 心理科学部・情報センター講師)
近年、注目を集めているChatGPTは、大規模言語モデル(LLM)であるGPT-4などに基づく生成系AIの1つです。ChatGPTは、人間が気付きにくい視点や発想にもとづいて自然な会話を生成します。また、API(Application Programming Interface)技術を使うことで、独自に開発したアプリケーションにGPT-4を組み込むこともできます。教育の文脈では、生成系AIは知的学修支援システム(ITS:Intelligent Tutoring Systems)[1]と強いつながりを持ちます。API経由でITSに生成系AIを組み込むことで、費用の公費負担や個人情報の保護に加えて、GPT-4に指定したシナリオにしたがったロールプレイをさせることもできます。これにより、例えば、AIに教員を演じさせることで、学生個人のニーズに応じた学修支援などの機能を強化できると考えられます。しかし、大きな期待の一方、急速な普及のため、医療人教育の現場でも生成系AIとどのように向き合うべきかが喫緊の課題となっています。
このような中、本学では、DX推進計画[2]を策定し、様々な教育支援システムを内製化しながら個別最適化教育を進めてきました。さらに、数理・データサイエンス・AI教育プログラム(MDASH)も全学的に実施しています。特に、薬学部のMDASHには初年次基盤教育科目である「文章指導」も取り入れて、ITSにより講義ノートを自然言語処理して学生の学びを可視化するなど、AIを教育に活用した教育DXへの理解も醸成されてきています。そこで、今回、教育DXをさらに発展させ、生成系AIを組み込んだ統合型ITSを開発し、生成系AIが演じる学生、教員、相談役と学生が共に学ぶなど、AIと共生した文章表現基盤教育を実践することとしました。
「文章指導」は薬学部1年生前期の必須科目、履修者概数150名、単位数は2単位です。入学して間もない時期に開講しているのは、レポートを作成するアカデミックスキルに加えて、ICT・AIの活用スキルを入学当初に修得できるようにするためです。
また、「文章指導」では、かねてより、自然言語処理を用いた機械学習システムを利用しておりましたが、さらに今回は、生成系AIを組み込んだ統合型ITSを開発して、活用を図りました。統合型ITSは前処理、中間処理、後処理のプロセスを持ちます。
前処理は、内製化してきた自然言語処理の機械学習システムをベースとしています。文章間の一致度(cos類似度)を計算する機能も実装し、例えば、学生が提出した文章がどの程度正答に近いのかを定量化できるようにもしています。中間処理では、API経由でGPT-4モデルへのデータ送信と回答受信を行います。ここでは、個人情報の保護や費用の公費負担に加えて、教員が指定したシナリオに沿って生成系AIにロールプレイさせる機能も実装しました。後処理は、内製化してきた教育支援システムをベースとしています。学生が統合型ITSへログインすることで、学生の要求に応じて生成系AIの回答を閲覧できるようにしています。
表1は、授業内容、授業形態、教育改善で定めた目標です。目標としては、AIの回答に対する信頼性を疑うきっかけを掴み、批判的視点を持つ大切さに「気づく」、AIの回答に対する適度な信頼と健全な懐疑心を持って批判的視点を「培う」、批判的視点を持つことがAI活用スキルの修得につながるとの認識を「醸成する」の3段階を設定しました。各段階では、学生が、AIを体験するだけではなく、体験の後にAIを検証するプロセスを段階的に深めながら、AIの回答への批判的視点を養えるようにしました。
表1 「文章指導」の授業内容と改善の授業形態
(1)学生を演じるAIとの共生
表1の「気づく」に該当するテーマである「事実と意見」のグループワークでは、「中学校で制服が良いのか私服が良いのか」というテーマでディベートをさせました。ポイントは、統合型ITSで学生としてロールプレイさせたGPT-4が発想した意見を学生へ提示した点です。GTP-4の意見の中には「気付かなかった意見」として前向きに捉えられた意見もありましたが、例えば、「制服の着用によって反抗的な態度をとる生徒がいることがある」などは学生の半数以上が「参考にならない意見」としました。このようなグループワークを通して、生成系AIの発想が学生個人の経験に基づいた発想に反する場合もあることを学生に実感させ、学生がAIの回答に対する信頼性を疑うきっかけを作れるようにしました。
「ノートの取り方」の課題解決型学修では、「医療分野におけるAI活用の調査」というテーマで情報検索をさせました。ポイントは、検索に適した生成系AIであるBing AIを使って情報検索をさせた点です。これにより、どのような場面でAIを利用することが効果的なのかを考えるきっかけを作れるようにしました。
(2)教員を演じるAIとの共生
「培う」に該当する「ルーブリック評価とピアレビュー」のライティング学修では、医療分野におけるAI活用の調査結果をレポートにまとめさせました。ポイントは、統合型ITSを通して、教員を演じるAIがレポートを添削した点です。生成系AIを教員としてロールプレイさせるためのシナリオとなるプロンプトには、試行錯誤を重ねつつ、レポートのルーブリック評価表などの指導方針を明記しました。
学生には、AIの添削を踏まえてレポートを修正して再度提出させましたが、AIの回答であるからこそ信憑性を検証し、批判的視点を持つことの重要性も伝えていました。AIの添削を踏まえて、学生がどのようにレポートを修正したかを調べるアンケートも実施しました。多くの学生が特に考察を深められたとし、7割近くの学生が「有効性が高い」とした一方「褒められすぎて不安」との意見もありました。
「文章の読解と要約」では、同じ小説の要約を3回提出させましたが、提出のたびに、教員を演じるAIに採点をさせました。要約には正答を用意しており、統合型ITSを通して正答との一致度を採点の点数として学生へ伝えました。
図1は3回提出した要約の一致度の変化を表すヒストグラムです。要約を繰り返すたびに、全体的に一致度が高まっていきました。アンケートでも、「要約スキルの向上が一致度の高まりで伝わってうれしい」などの意見が多数ありました。なお、統合型ITSによる添削と採点の目的は学生へのフィードバックであり、成績には用いていません。
図1 要約の一致度(横軸)と学生数(縦軸)
(3)相談役を演じるAIとの共生
「醸成する」に該当する「文章指導のまとめ」の探求型学修では、実務家教員が、かかりつけ薬剤師などの薬剤師を取り巻く現状を講義したうえで、AIが日常となる自身の将来像を学生に探求させ、その結果を最終レポートとして提出させました。ポイントは、相談役を演じるAIが学生からの質問を受け付けた点です。学生は、AIから適切な回答を引き出すために、自身の意見や考えを明確に表現し、AIが理解できる具体的な指示を出す必要があることなどを学びました。
図2は、最終レポートに対する共起ネットワーク分析の結果です。過去4年分の分析(2020年度はコロナ禍の影響で中止)を併せて記載しましたが、2023年度は薬剤師の次にAIとの結びつきが強く、薬局など医療の現場におけるAIと人のつながりを考察しているものと読み取れます。
図2 最終レポートに対する共起ネットワーク
最終レポート提出時には、アンケートも実施しました。その結果、AIを過信しない、頼りすぎない、人の判断が大切など批判的視点を持ってAIを利用する姿勢が見受けられました。また、新しい視点や効率的な学びが提供されたとの意見が多く、AIと共生した学びから、将来の薬剤師像を具体的に描くことができたとの意見も多くありました。
最後に、今後の生成系AIとの向き合い方を探求する観点から、希望する学生に、AIアバターが最終レポートの講評を語り掛ける映像を提供しました。図3は映像から切り出した画像です。学生からは、講評の内容やAIアバターの表情の変化も適切であり、「AIの今後の発展が楽しみ」などの感想を得ました。
図3 AIアバター
次世代医療人育成を目指して開発した統合型ITSを用いて生成系AIと共生する文章表現基盤教育を実践しました。学生を演じるAIと共生したグループワークでは、AIの回答に対する信頼性を疑うきっかけを掴めるようにしました。教員を演じるAIと共生したライティング学修では、AIに対する反論や自分の見解を再評価し、AIの回答に対する適度な信頼と健全な懐疑心を培えるようにしました。相談役を演じるAIと共生した探求型学修では、相談役であるAIから、より適切な回答を引き出せるような質問の仕方を学べるようにしました。学生が提出した最終レポートでは、医療の現場におけるAIと人のつながりの考察を深めていることが確認されました。また、最終アンケートでは、AIと共存しつつも批判的視点を持ちながら人の判断を大切にする姿勢が見受けられました。批判的視点を持つことがAI活用スキルの修得につながるとの認識を醸成できたのではないかと考えます。
APIにより生成系AIにロールプレイをさせる手法は、医療人教育における生成系AIの有効な利用方法の一つになると考えます。例えば、グループワークに、様々な学部に所属する学生を演じるAIアバターを参加させれば、学部の枠を超えた議論をリアリティー持って展開できる可能性もあります。API技術も含めて、統合型ITSのpythonコードについては、本学DX推進計画サイトhttps://dx.hoku-iryo-u.ac.jp/dx/OSS/にCC BY 4.0で順次公開を進めておりまして、AIと共生した学びの今後の検証や教育の質向上へ寄与したいと考えています。
参考文献および関連URL | |
[1] | 林勇吾:私のブックマーク「知的学習支援システム」、人工知能学会,33(4),527-530,2018 |
[2] | 北海道医療大学DX推進計画: https://dx.hoku-iryo-u.ac.jp/(2023年12月01日参照) |