特集 学びの質向上に向けたICT活用の取組み(その2)
浅原 知恵(城西大学 経済学部・教職課程センター教授)
オンデマンド学修は、コロナ禍により大学を中心とする教育場面で急速に広がりました。学生を協力者とする各種アンケート調査の結果を見ると、オンデマンド学修独自の、対面授業にはないメリットとして各種調査に共通してあげられているのが、時と場所を自由に選べ、自分のペースで取り組むことができることと、教材を繰り返し見直すことができることの2つです。一方デメリットは、教員にその場で質問できないことや友人と情報を共有できないこと、他の学生の様子がわからないことなど、人とのつながりに関わる不安と、課題忘れや取組みの先延ばしを引き起こしやすいという、スケジュール管理・自己管理に関わる問題の2つに大別できます。
このように、あらゆる学修方法と同様、オンデマンド学修にも長短がありますが、筆者は、受講者アンケートの結果をもとにオンデマンド学修のメリットを維持し、デメリットを軽減する試みを継続しました。対象としたのは、教職課程科目の「教育心理学」です。この科目は、全ての学部の教職課程履修者が履修できるよう同一担当者、同一シラバスの講義が年に3コマ開講されているため(2020年度までは前期、後期に開講、2021年度以降は前期にのみ開講)、公平性、効率性の観点からも、知識の伝授を中心とする部分をオンデマンド学修とすることのメリットが大きいと考え、コロナ禍を機にオンデマンド形式としました。学生から寄せられる困りごと、要望、意見の一つ一つに目を通し、現実的に対応可能な改善を試みるというボトムアップの取組みを3年間にわたって継続した結果、学生の「満足度」と「学修効果」の双方が好ましい方向に変化しました。本稿では、アンケートに基づく授業改善の具体的な内容とその効果の概要を紹介します。
2020〜2022年度の3年間(4学期間)、独自の受講者アンケートを実施し、授業の理解度等に加え「よかったと思うこと(他の授業でも取り入れてほしいこと)」と「困ったこと」について自由記述での回答を求めました。大多数がメリットと感じている要因を維持する一方、受講者からの具体的な意見、要望を受け「学修者が安定的、意欲的にオンデマンド学修に取り組み、知識の習得を確かなものとできるよう、オンデマンド学修のデメリットを軽減すること」を目指し、「困ったこと」への対策を講じました。
時期ごとの授業改善の主な内容を、各学期の履修者数、授業の形態、学修の進め方、教員・他受講者とのコミュニケーション、評価方法とともに表1に示しました。授業用のプラットフォームはMicrosoft Teamsです。表1内に赤字で示したのが主な改善点です。これらを分類すると、(1)課題忘れや取組みの先延ばしへの対応、(2)教員、他受講者とのつながりを実感する機会を作る対応、(3)教員への質問・相談をしやすくするための対応に大別できます。
表1 授業の概要と教育改善の主な内容
(1)課題忘れ・取組みの先延ばしの予防
オンデマンド学修導入当初、学期終了時のアンケートの「困ったこと」の中で最も多かったのが、忘れや先延ばしなどスケジュール管理・自己管理に関わる内容でした。この点に関し、3年間に以下の6つの対応を行いました。
① 学習確認のためのテストを毎週Formsで実施し形成的評価とする(期末試験は廃止)。
② 期限を厳格化するとともに、期限の前日にTeamsチャネルを通して期限を通知。
③ 各回のテストの不合格者に加え、未提出者には1回に限り再テストの機会を提供。(教員との直接的個別的な関係性が学修が順調ではない学生の動機づけを高めると考え、再テストの提出はチャットを通して行い、提出者に個別にフィードバック)
④ 取組み不良の学生への個別の働きかけとして、3回連続でテストの提出がなかった学生、学期末2週間前時点で合格点に達しない見込みの学生にチャットで連絡し、再テストの提出を促す。
⑤ 体育会所属の学生、実験実習等による繁忙期のある学生からの要望を受け、期限以前であればいつでも取組むことができるよう、学期開始時にすべての授業動画と資料を提供し、学習確認テストへのリンクも呈示。
⑥ テスト提出時に、解答内容が学生のメールアドレスに自動送信される設定を導入。
(2)つながりを実感する機会の創出
「仲間と意見を交わし合うことができなかったのは問題だなと感じた」などの声に応えるため、以下の2つの取組みを導入しました。
① オンデマンドを主体としつつ、対面授業再開後は15回の授業の一部を対面とし(「ブレンド授業」)、学修内容に関連したグループアクティビティを実施。
② 受講者からの質問や感想を履修クラスに関わらず全受講者が閲覧できるよう、自動化ツール(Microsoft Power Automate)を活用し、各回のテスト内にある「授業に対する質問や感想」に記入した内容が自動的にTeamsに転送されるように設定。転送された内容に「グッドボタン」で反応し、質問や興味深いコメントについては応答を記入。
③ 授業内容に関連した時事ニュースや受講者のコメントに関連した文献の紹介などを随時発信。
(3)個別の質問・相談をしやすくする工夫
オンラインによる教員への連絡に苦手意識があり、質問・相談に消極的になっている学生を念頭に、より口頭の会話に近い対話が可能なチャットの利用を推奨して随時質問・コメントを受け付け、「遅くても2日以内には必ず返信する」旨を伝え、困ったら遠慮なくチャットで連絡するよう促しました。
以上の取組みの効果として、学生の「満足度」と「学修効果」に関する指標を示します。
(1)満足度について
① 困り度の減少:2020年度には4割以上だった「困ったこと」の記入率は年々減少し、2022年度では25%以下となりました(図1)。「困ったこと」で最も多いのは、2020年度と同様スケジュール管理・自己管理に関わる内容ですが、その割合は12.3%から8.3%に減少しました。教員への質問しづらさをあげる割合も9.6%から2.5%に減少しています。
図1 「困ったこと」記入率
② 授業形態への要望と授業形態との相性:2022年度調査で半数以上が「ブレンド授業」に対して「今のままでよい」と回答しました。コロナ前の一般的な授業形態との比較では、2021年度以降は大多数が以前よりも自分に合っていると回答しています(図2)。
図2 コロナ以前の一般的な授業形態と比較して
どちらが自分に合っているか
(2)学修効果について
① 学修効果に対する学生の評価:「ブレンド授業」について、コロナ前の一般的な授業形態よりも効果が高いと回答した学生の割合は、オンデマンドのみだった2020年度時点で既に50%近くに達していましたが「ブレンド授業」移行後の2021年度は90%を超え、2022年度は98.3%でした(図3)。
図3 コロナ以前の一般的な授業形態と比較して
どちらが学修効果が高いと思うか
② 合格率と成績分布:コロナ以前に70〜75%程度で推移していた合格率は、2020年度以降上昇し、2021年度以降は90%を超えています。出席不良等による失格者を除外した合格率・に限って見ると、2020年度後期以降はほぼ100%で、単位取得を希望する学生のほとんど全てが、合格水準に達していました(図4)。また4段階(S〜C)評価の比率でも、2020年度以降、S、A評価の比率が上昇しました。
図4 合格率の推移
改善の方向性を総括すると「各々のペースとスタイルに合わせた学びを保証しつつ、教員・仲間とのつながりも保持すること」であったと言えるでしょう。ICTを様々な形で活用した「ブレンド授業」が、対面でない期間にも安定的、意欲的に学修に取り組むことを可能にし、より高い水準での知識の習得をもたらしたと考えられます。ただ一方で、最新の調査でも8.3%の学生が課題忘れや先延ばしに言及していることは銘記しておきたいと思います。文字を介した情報伝達の限界である可能性を考慮し、短い動画によって連絡事項を配信し、「見る」「聞く」ことによる情報取得を可能にすることなどを、今後の課題として検討中です。