特集 学びの質向上に向けたICT活用の取組み(その2)

コロナ禍における
オンライン・フィールドワークの新境地

安齋  徹(清泉女子大学 教授)

1.はじめに

 コロナ禍により現地に赴くフィールドワークの実施が困難になりましたが、Zoomなどを用いたオンライン・フィールドワークが多く模索されました。これまでにオンライン・フィールドワークの実績が積み上がり、一定の成果を収めていますが、本稿では2020年度〜2021年度に実施した本学文学部地球市民学科の「陸前高田フィールドワーク」の事例を紹介します。

2.2020年度の「陸前高田フィールドワーク」

 2012年に企業人から大学教員に転身して以来、様々な地域連携・社会連携に取り組んできましたが、2020年度に創設したのが「陸前高田フィールドワーク」でした。当初は東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市を訪れる予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の蔓延に伴い現地訪問が困難になり、また授業もオンラインでの運営を強いられました。そこで「オンラインでできる」ことをとことん追求するプログラムを設計しました。
 前期に現地からの「陸前高田オンライン講義」を受講し、夏休みに現地の協力を得て「陸前高田バーチャル・フィールドワーク」を実施し、後期は「オンライン課題解決プロジェクト」に取り組み、コロナ禍にあってすべての授業をオンラインでやり遂げました。

3.2021年度の陸前高田フィールドワーク

 2021年は東日本大震災から10年の節目の年でした。復興事業の終焉に伴い風化の恐れがある中、コロナ禍の直撃によって修学旅行客が激減するという状況に苛まれていました。教員として「震災10年」の東北に東京の大学生として何ができるかを考え、「震災学習」、「民泊」に続く第3の柱として「SDGs」に着目しました。「SDGs未来都市」である陸前高田の人々を紹介する『陸前高田SDGs物語』という冊子を通じて、SDGsを学ぶ場としての陸前高田の魅力を発信し、将来的な交流人口の拡大を目指すことに取り組みました。
 2021年度前期に事前学習に取り組み、夏休みにSDGsの17の目標に呼応する17の個人や団体に対するインタビューをオンラインで実施しました。2021年度後期に17のインタビューをまとめた『陸前高田SDGs物語』を作成すると共に、本学としては初めてとなるクラウドファンディングを実施し増刷資金を捻出し、『陸前高田SDGs物語』を全国の教育機関や旅行会社に送付しました。

写真1 『陸前高田SDGs物語』の表紙

4.授業運営の工夫

 「陸前高田フィールドワーク」(通年授業)では、2020年度は授業も含めて完全にオンライン、2021年度は現地訪問に関してはオンラインという制約がありましたが、一定の成果を収めることができました。以下のような工夫が奏功したものと考えています。
 第1に、モチベーションの維持です。「陸前高田フィールドワーク」の受講生に対しては、同時代に生きる者として、将来聞かれるであろう「東日本大震災の後に何をしたのか」という問いを突き付けました。震災の体験談を見聞する機会も多く、生半可な気持ちでは取り組めないフィールドワークでした。特に2021年度は受講生が34名と多かったのですが、震災10年に節目の年であり、冊子『陸前高田SDGs物語』の作成という重たいタスクに取り組むことがわかっていたことから「史上最高のフィールドワークを目指そう」という旗印を掲げました。

写真2 2021年度の
取組みメンバー

 第2に、信頼できるパートナーの存在です。2020年度・2021年度の活動を通じて、一般社団法人マルゴト陸前高田には、オンライン講義の手配、バーチャル・フィールドワークの運営、『陸前高田SDGs物語』インタビューの人選やインタビュー当日の差配、冊子原稿のチェックなどで尽力いただきました。2022年度の『陸前高田SDGs物語』作成に際しては、株式会社タプコムに、体裁のアドバイス、原稿の手直し・校正、見栄えのチェックから印刷まで尽力いただきました。その他、陸前高田市、陸前高田市観光協会、岩手県東京事務所、株式会社近畿日本ツーリスト関東、GoodMorning(クラウドファンディング運営会社)など信頼できるパートナーに恵まれました。
 第3に、重層的な組織運営体制の構築です。2020年度・2021年度共に難度の高いフィールドワークでしたが、・全員平等の役務分担と・有志からなる企画チームによる運営を組み合わせて案件を牽引しました。

5.課題の克服

 それまでのオンライン・フィールドワークを通じて指摘されていた課題の解決に向けて、様々な工夫を凝らしました。
 第1は成果の可視化です。「陸前高田フィールドワーク」では、実施後に学習成果を図るアンケートを実施し、学生の満足度やスキルの伸長の把握に努めました。2021年度の『陸前高田SDGs物語』ではクラウドファンディングの実施し目標以上の資金を集め、また配布に際しては、全国の読者から「是非陸前高田の方々に会いに行きたいと思う」、「SDGsに合わせて各業界等でイキイキ働く方の記事がとても印象的であり、地域の魅力あふれる取組みを見て足を運びたくなった」、「東京の女子学生たちが真剣に真正面から震災復興と町おこし、地域住民と向き合い、探究を深めていることに感動した」、「学生の頃から社会課題に対して何ができるかを自分たちで考え、実行できることが素晴らしいと感じられる。日本の未来に対して希望が持てる」という感想も収集しました。
 第2はインタビューの質の向上です。2021年度の「陸前高田フィールドワーク」では、事前に入念なインタビュー練習を積み重ね、全員共通のマニュアルを学生自ら作成するなど丁寧な準備を行いました。インタビュー時もインタビュー担当2名、記録担当2名という布陣で臨み、個人ではなくチームで円滑なインタビューを行いました。計17回のインタビューを行いましたが、毎回担当者が変わったにも拘わらず円滑に運営できました。その成果を『陸前高田SDGs物語』という冊子に結実させることができました。
 第3は双方向性です。2020年度の「陸前高田フィールドワーク」では、交流会の機会を設けるなど双方向性の確保に努めました。学生の自宅に予め陸前高田の名産品を取り寄せて同じものを食べたり、地元のお母さんグループ「アップルガールズ」と「陸前高田の松の木」という踊りを一緒に踊るなど画面越しとはいえ五感に訴求する場面を創出しました。また、2021年度の「陸前高田フィールドワーク」で取り組んだ『陸前高田SDGs物語』の作成に際しては、インタビュー後も原稿のチェックというやり取りが続いたため、1回切りの関係には終わりませんでした。
 第4は、地域への貢献です。「陸前高田フィールドワーク」では、フィールドワークの実施自体を目的とするのでなく、地域への貢献を志向しました。2020年度の「陸前高田フィールドワーク」では、「オンライン課題解決プロジェクト」を通じて陸前高田が抱える地域の課題解決にグループで取組み、その成果を陸前高田市とマルゴト陸前高田に還元しました。2021年度の「陸前高田フィードワーク」では『陸前高田SDGs物語』を契機とした交流人口の拡大を目指して全国の教育機関や旅行会社に送付しました。
 第5は、関係性の拡張です。2021年度の「陸前高田フィールドワーク」では、クラウドファンディングを通じた支援者の拡大と全国の旅行会社や教育機関への発信を試みており、社会的なインパクトを発揮することができました。

6.教育効果とその確認

(1)2020年度の「陸前高田フィードワーク」

 受講後に実施したアンケートによると、「大変満足」52.2%、「満足」47.8%、「どちらともいえない」・「不満」・「大変不満」はともに、0.0%と高い満足度でした。
 学生からは「オンラインだからできないと諦めるのではなく、オンラインでできることを考え、実施してみたこの陸前高田フィールドワークで過ごした一年間は本当に充実していたと言い切ることができる」、「今までテレビで見たものに過ぎず、対岸の火事のように感じられた事象が他人事ではないと心から感じられるようになった」、「オンラインでの講義は講義の質が落ちてしまうのでは、というような懸念が多くの人々の間で飛び交っていたが、このFWについてはそんなことは一切なく、年間を通して安定し、かつ様々な人に支えられながら報告書作成や企画進行が円滑に進められた」という感想が寄せられました。

(2)2021年度の「陸前高田フィールドワーク」

 受講後に実施したアンケートによると「大変満足」66.7%、「満足」30.3%、「普通」3.0%、「不満」・「大変不満」はともに0.0%という高い満足度でした。
 学生からは「学習では震災当時の実話や復興支援を知識で学び、現地訪問では陸前高田の現状を知り、自然と人々の熱量に魅了された。現地の方々の生の情報と実体験談をお話しいただいた経験は、筆者自身の宝物になった。この感動を忘れないように、引き続き陸前高田に何かしらの形で携りたい」、「想像できないほど絶望な状況の中、必死に生きようとしている人たちの話を見聞し、筆者は1日1日を大切に生きようと何回も思った。同時に、東日本大震災のことをまだ知らない若者に伝える責任が筆者たちにはあると思う。自然災害の恐ろしさ、命の重みというのを、現地の方が話してくださったお話と共に今後も繋いでいきたい」、「当時はあまり考えることができなかった震災について、人々の想いを知り、考えることができた。過去の経験を未来に引き継いで忘れないことが大切だと思う」という感想が寄せられました。

7.おわりに

 従来のオンライン・フィールドワークの課題を克服した「陸前高田フィールドワーク」は、①学びと成長を促す教育性、②震災の復興支援という社会性、③SDGsという未来性、④重層的な運営や様々な団体との協働という組織性、⑤クラウドファンディングの実施と全国への発信という波及性などの点で、コロナ禍におけるフールドワークの新境地を切り拓くことができたと自負しています。
 コロナ禍にあって教育の現場も相当混乱しましたが、「コロナに負けたくない」という学生の悲痛な叫びを受け止め、大学教員としての矜持が問われる日々でもありました。生き方を問うフィードワークを通じて、コロナ世代の学生に些かなりとも有意義な教育の機会を提供することができましたが、時間と空間を超えるICT教育の可能性も垣間見ることができました。
 日本で唯一の地球市民学科では、現場での実践を重視し、国内外で様々なフィールドワークを行っています。今後ともフィールドワークの進化を追い求めていきたいです。


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