数理・データサイエンス・AI教育の紹介
行木 孝夫(北海道大学 数理・データサイエンス教育研究センター 実践教育プログラム部門部門長)
本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムは、社会における多様な課題を解決できる能力、新しい課題を発見できる能力を持ち、データから新たな価値を見出すことができる人材を育成するものです。このような人材の持つべき能力として、数理的な思考の能力およびデータを分析し活用する能力を身につけるために教育プログラムを整備しています。この教育プログラムは数理・データサイエンス教育研究センター(MDSセンター)[1]を中心として学内諸部局との連携のもとで運営しています。
本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムは文部科学省「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」において、2021年度に認定教育プログラム(リテラシーレベル)プラス[2]の認定を受け、2022年度には認定教育プログラム(応用基礎レベル)プラス[3]の認定を受けています。本稿では、応用基礎レベルの認定を受けた学部教育プログラムを中心に大学院教育プログラムまでを紹介し、本学の数理・データサイエンス・AI教育の特徴である学部・大学院をシームレスに接続する教育プログラムの特徴を紹介します。
本学の学部レベル数理・データサイエンス・AI教育プログラムは、一般教育プログラム、専門教育プログラム、実践教育プログラムの3プログラムによって構成します(図1参照)。まず、これら3プログラムを簡単に説明します。
図1 学部教育プログラムの全体概要
(1)一般教育プログラム
一般教育プログラムは、モデルカリキュラム(リテラシーレベル)に該当します。その主眼は、文理を問わず必要な数理・データサイエンスの基礎力を身につけることにあります。基礎力を身につけた上で専門教育プログラムに接続しますので、学部1年生を対象とし、全学教育科目中の9科目を一般教育プログラムに充当しています。9科目のうち「情報学Ⅰ」は必修科目であり、全ての学生が数理・データサイエンス・AIに触れるように設計しています。
9科目の内訳は、数学基礎・統計を学ぶ科目として「線形代数学Ⅰ(行列とベクトル)」、「線形代数学Ⅱ(固有値と固有ベクトル)」、「入門線形代数学」、「微分積分学Ⅰ(微分法)」、「微分積分学Ⅱ(積分法)」、「入門微分積分学」、「統計学」を設定し、主にデータの取扱いやプログラミング、アルゴリズムなどを学ぶ科目として「情報学Ⅰ」、「情報学Ⅱ」を開講しています。「情報学Ⅰ」は専門教育プログラムの前提ともいえますので、詳細に紹介します。
「情報学Ⅰ」は数理・データサイエンス・AI教育プログラムの開始以前から1年次の必修科目であり、文理の別なく履修するものでした。当初から情報倫理や情報リテラシー、情報セキュリティなどを学習していた内容に、数理・データサイエンス・AIに関する基礎事項を加えて構成しています。特に、代表的な言語であるPythonについて、本学で開発したe-Learningシステム「Python演習システム」によって学習します。これにより、本学の学生は全員が1年生のうちにPythonの何たるかを知ることになります。
一般教育プログラムの修了要件は、必修の情報学Ⅰを含む9科目から4単位以上を取得することです。
(2)専門教育プログラム
専門教育プログラムは、モデルカリキュラム (リテラシーレベル)[4]およびモデルカリキュラム(応用基礎レベル)[5]を満たすように設計しています。
各学部から、専門性とともに数理・データサイエンス・AIの能力を同時に涵養しうる科目を中心に提供を受け、学部横断的に構成する教育プログラムとなっています。文理の別なく全学部から積極的に履修できるよう、生命分野・数理分野・社会分野に分けて設定しています。2023年度は全113科目となりました。MDSセンターからも学部横断科目として2科目開講しています。
モデルカリキュラム(応用基礎レベル)は、データサイエンス・データエンジニアリングの基本的な概念、手法、応用例を学び、これら基礎知識のもとでデータに隠れた意味を抽出し、現場に還元する手段を身につけるとしています。生命分野・数理分野・社会分野への区分は、各学生が専門分野のもとでデータサイエンス・データエンジニアリングの応用を考える際にも基準となりえます。
各科目群は基礎コースと発展コースに細分としており、一般教育プログラムも含めると、数理・データサイエンス・AIの基礎から応用までを特定の研究分野や学部に限定することなく、シームレスに修得できる構成になっています。基礎コース・発展コースとも、修了要件を設定しています。
基礎コースの終了要件は、一般教育プログラムを修了した上で、基礎コース科目から6単位以上を取得することです。数理・データサイエンス・AI分野に関わる能力を確実に習得した人材であると認定する目的で、修了要件に算入できる単位のGPには3.0以上という条件を設定しています。数理的な内容の基礎力を学習することを推奨する意味もあって、一般教育プログラムから4単位を超えて取得した単位は4単位を上限として専門教育プログラムに算入できます。ただし、理系の場合、専門教育プログラムに算入できる科目は「情報学Ⅱ」、「微分積分学Ⅱ」、「線形代数学Ⅱ」のみとなっており、各科目の難易度を反映しています。
発展コースの修了要件は、基礎コースを修了した上で、応用コース科目から6単位以上を修得することです。修了要件に算入できる単位のGPは基礎コースと同様の3.0以上です。
(3)実践教育プログラム
実践教育プログラムは、本学の教育プログラムの特徴の一つです。
上記の一般教育プログラムと専門教育プログラムは、AIや専門分野の基礎力を養う教育プログラムです。一方、モデルカリキュラム(応用基礎レベル)では、課題解決型学習を効果的に取り入れることを推奨しています。実践教育プログラムは、卒業研究に取り組む学生を主な対象とします。卒業研究等を進める過程でデータ分析が必要となり、周囲に適切な指導者が見つからずデータ分析が困難となるようなケースを想定し、そのような学生に対して数理・データサイエンス・AIを専門とする教員が個別に指導を行う教育プログラムです。これはPBL(Project Based Learning)の側面を持つ課題解決型学習でもあります。
参画学生は次のように決定します。全学部を対象として8月頃に受講生を募集し、9月に受講生と個別指導を担当する教員とのマッチングを行います。マッチングに際しては、応募者のテーマやデータと、個別指導を担当する教員の専門分野や指導可能分野を検討しつつ、最適な組合わせを目指して設定します。
募集時期は、卒業論文や修士論文の研究に間に合うように設定しているものですが、早い時期に応募するには研究が一定段階まで進んでいる必要もあるため、年によっては10月以降に再募集することもあります。このように、学生の研究テーマに合わせた個別指導を実施するオーダーメイド型プログラムとなっています(図2参照)。担当する教員は、本学数理・データサイエンス教育研究センターの専任の教員および学内の兼務教員から構成します。個別指導の回数は対面で1時間程度の指導を3回と電子メール等での5回程度の指導としています。学生の専門分野における課題を数理・データサイエンス・AI分野の側面から解決することで、専門分野と数理・データサイエンス・AIの両立を促進できると考えています。
図2 課題解決型学習
内閣府の策定した「AI戦略2019」では数理・データサイエンス・AI分野におけるエキスパート人材を育成する役割を大学および高専に求めています。本学ではデータサイエンスの基礎力を学ぶ学部教育(専門教育プログラム)からエキスパート人材育成へシームレスに接続する大学院教育プログラムを展開しています(図3参照)。基礎力を学ぶデータサイエンス基礎力養成プログラムとPBLを中心とするデータサイエンス実践力養成プログラムによる構成となっています。
図3 学部・大学院をシームレスに接続する教育プログラムの全体
(1)データサイエンス基礎力養成プログラム
このプログラムは文理の別なくあらゆる専門分野で必要とされる数理・データサイエンス・AI分野の基礎力を学び、合わせて個々の大学院生の専門分野の能力を強化することを目的としています。提供科目は専門教育科目とDS(データサイエンス)応用科目という2つの科目群に分かれています。
専門教育科目は、学部生向け専門教育プログラムと同様に、3つの科目群(数理分野・生命分野・社会分野)に分かれ、2023年度は36科目が提供されています。各専門分野において数理・データサイエンス・AI能力を養成する科目群であり、学生自身が自らの進路に数理・データサイエンス・AIスキルを含めて進路設計し、社会が求める複数の専門性に対応しうる能力を養成することを目的としています。
DS応用科目は、社会展開力やコミュニケーション力の基礎を養成し、数理・データサイエンス・AI分野の応用として社会問題を解決する際に必要となるスキルを習得することを目的とし、次の10科目で構成しています:「プロジェクトマネジメント特論」、「パーソナルスキル特論」、「科学技術コミュニケーション特論Ⅰ,Ⅱ」、「創造的人材育成特別講義」、「科学技術政策特論」、「企業と仕事特論」、「グローバルマネジメント特論」、「理系・科学技術系大学院生のステップアップキャリア形成Advanced COSA Ⅰ,Ⅱ」。
学生は特別にエントリーする必要はなく、それぞれ4単位以上の修得で修了となります。
(2)データサイエンス実践力養成プログラム
データサイエンス実践力養成プログラムは課題解決型DS-PBLと社会展開実践DS-Designの2プログラムに分かれています。
課題解決型DS-PBLは、企業や地方公共団体から提供される課題、あるいは修士論文等の研究等をテーマにしたPBL演習を行い、実社会で解決すべき課題を体験するとともに、社会問題解決に向けた数理・データサイエンス・AI実践力を育成することを目的としています。修士論文等の研究をテーマとする場合は、学部教育プログラムの実践教育プログラムに相当します。データサイエンス実践力養成プログラムの受講生は学部教育プログラムの実践教育プログラムと同時に募集します。
社会展開実践DS-Designは、主に実践力養成プログラムの応募者から希望者を対象としてプレゼンテーション力を高める指導を実施しています。また、研究成果を社会に展開する発想力や、専門分野が異なる研究開発者や市民に伝えるためのコミュニケーション力の養成も行っています。
このような課題解決型のPBLおよび企業・地方公共団体連携型PBLを経験した学生の中から、民間企業や地方公共団体等との共同研究に参画する学生が多く出現することを期待しています。そして、可能な限り民間企業等との共同研究機会を設けて人材育成を進めるために、産学連携型の人材育成プログラムを用意しています。
前述の通り、学部教育プログラムと大学院教育プログラムにはPBLが重要な要素となっています。基礎力を養成するプログラム(学部では専門教育プログラム、大学院ではデータサイエンス基礎力養成プログラム)のもとで確立したデータ分析能力を基盤として、実践力を磨きます(図3参照)。
以下、学部の実践教育プログラム、大学院の実践力養成プログラムを総称して実践教育プログラムと呼びます。いずれも2017年度から実施しており、学部・大学院を合わせて毎年度20名程度の参加者がいます。
文学部や経済学部からの受講も多い点が特徴で、文理を問わない教育プログラムの成果ということができると考えています。
2021年度および2022年度は実施形式を変更し、応募者はまず基本的な数理・データサイエンス・AI分野のe-Learningを受講し、基礎的なデータ分析力を身に付けた後にPBLへ進むものとしました。これによって個別指導を担当する教員が入門的な技能を個別に教える時間を削減することができ、本来の卒業研究や修士論文の内容に関わるデータ分析に集中できるという効果がありました。同時に、受講者にはe-Learning中の負担感が増大し、指導の先が見通しにくいという短所もあり、2023年度には2021年度までの形式に戻し、e-Learningは個別指導の中で活用することに変更しました。このように、実践教育プログラムの実施形態は試行錯誤を重ねています。
受講者の感想は概ね好評で、特に周囲にはデータ分析の指導者がいないにも関わらず研究テーマとしてデータ分析を実施する必要があるために受講した応募者からは特に好評です。そのようなニーズをより広くくみとって、実践教育プログラムを今後はさらに充実させる予定です。
本学は、数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム[6]の拠点校として活動しています。現在のコンソーシアムの構成では、北海道ブロックの代表校として、91校にPython演習システムを提供しました。Python演習システムはMDSプラットフォームとよぶMoodle上に展開するものであり、これ以外にもR演習システムや本学データサイエンスセミナーと呼ぶe-Learning教材を展開しています。
特に北海道内の大学や高専に対しては、北海道データサイエンスネットワークとして参画機関へMDSプラットフォーム上の教育コンテンツを提供しています。
また、本学では人材養成プログラムの一つとして「データ関連人材育成プログラム(D-DRIVE)」が採択されています。このデータ関連人材育成プログラムで形成された産学コンソーシアムは博士課程におけるエキスパート人材の育成に重要な役割を果たします。ここで実施された共同研究では、博士課程学生をRA(Research Assistant)等として確実に雇用しながら実社会の課題解決に数理・データサイエンス・AI分野の技術を応用します。これらの活動は、モデルカリキュラムに基づいた教育プログラムを修了した学生のキャリアの一つになっており、導入から実践までシームレスな教育・育成環境が整っています。社会実装の課題解決を学ぶ上で、これらの産学コンソーシアムは重要な役割を果たしています。2023年度は情報系・工学系・理学系の3部局を基礎とした産学コンソーシアムが活動しており、数理・データサイエンス・AI分野における産学連携の幅を広げています。その活動は、自然言語処理等を活用するPBLベースの大学院生向け集中講義、インフラ管理にデータサイエンスを活用するPBLなど、多岐に亘っています。
以上のように、本学における数理・データサイエンス・AI教育における学部・大学院専門教育について簡単に説明してきました。まず認定教育プログラム(リテラシーレベル)プラスに認定され、2022年度には認定教育プログラム(応用基礎レベル)プラスの認定を受け、本学の教育プログラムは独自性と同時にモデルカリキュラムにしたがった質を保証されています。また、学部・大学院それぞれにおけるPBLを中心とする実践教育プログラムについては、基礎力を養成しつつ実践力を磨くプログラムとなっており、学部からでも大学院からでも参画できる教育プログラムです。
本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムは開始から5年目を迎えました。今後も数理・データサイエンス・AI教育の充実に努めます。
関連URL | |
[1] | 北海道大学 数理・データサイエンス教育研究センター https://www.mdsc.hokudai.ac.jp |
[2] | 令和3年度「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」の認定・選定について https://www.mext.go.jp/content/20210804-mxt_senmon01-000016191_2.pdf |
[3] | 令和4年度「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」の認定・選定について https://www.mext.go.jp/content/20220824-mxt_senmon01-000188414.pdf |
[4] | モデルカリキュラム (リテラシーレベル) http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/model_literacy.html |
[5] | モデルカリキュラム (応用基礎レベル) http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/model_ouyoukiso.html |
[6] | 数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/index.html |