巻頭言
村田 玲音(明治学院大学 学長(任期:2020年4月1日〜2024年3月31日))
本学では2024年4月から、理系の新学部『情報数理学部』と、文理接続を目指す研究所『情報科学融合領域センター』をスタートさせる。本学は160年の歴史を持つが、これまで文系の学部しか持っておらず、情報数理学部は初めての理系学部になる。最近では、多くの大学でデータサイエンス、あるいは情報系の学部新設や学部改組が行われている。この中で、『情報科学融合領域センター』を同時に設立する点が本学の特徴になると思われるので、背景などについて記してみたい。
本学が理系学部設立を考えた理由は大きく二つあって、「真の意味での総合大学には、人文・社会・自然の三つの視点がしっかり揃っている必要がある」ということ、もう一つは「時代と社会の要請」である。人文や社会の視点と対等に渡り合って物事の本質を見極めるという重要な役割を理系の部局に求めるなら、どうしても学部という形にならざるをえない。ただ、これまで理系の土壌を持たない大学が新たに理系学部を作り、既存の学部と調和しながら発展していくのは、想像以上に難しいことだと思う。外から専門家集団を招いて優れた学部を作れば、分野的にも人的にも既存の学部と共通部分の少ない学部になってしまい、新しい学部が「離れ島」になってしまう恐れがある。
そこで本学では新学部と同時に『情報科学融合領域センター』を開設する。これは、既存の学部の教員と新学部の教員が問題を持ち寄り、文系的な課題と新学部が持つ理系的な発想や手段を組み合わせて問題解決を考えていこうとする研究所で、文理融合を目指す《場》を用意したのである。本学がこれまで蓄積してきた文系の膨大な研究・教育の成果を新しい方向に活かすことができれば、後発で情報数育を始める本学の魅力になるのではないか。既存の学部と新しい学部の教員の間に共同研究が始まれば、新学部も大学に早く溶けこめるのではないか。将来は『情報科学融合領域センター』が全学部を繋ぐハブのような役割を果たしてくれるのではないか等々、期待は大きい。
幸い、情報科学は従来の文系的な研究と非常に組み合わせやすい分野である。情報科学をここまで発展させてきたのは理系の学問、主として数学であるが、これが成熟してきた現在、その成果をどのように社会に活かすかが大きな課題である。この段階になると、応用先の社会に関する知識や感覚が非常に重要である。今後は、理系的思考と文系のセンスを併せ持った人材が活躍する社会になっていくのであろう。
新しい学部では、3年次以降の教育を3つのコースに分けて行う。『数理・量子情報コース』『AI・データサイエンスコース』『情報システム・セキュリティコース』である。データサイエンスを中央に置き、その右に今後の発展が期待される「システムへの組み込み」をコースとして配置した。もう一つのコースは理論を重視したコースで、情報科学の教員を目指す人や、これから大きな進展が期待される量子計算アルゴリズムなどを学ぶコースである。こうした情報教育を、数学の基盤の上に組み立てていくことを明示するため、学部の名称は敢えて漢字表記の「情報数理」を用いた。
現在、社会では官民を挙げて理系人材の育成や、文理融合を進めようとしている。私もここまでは便宜上理系・文系という言葉を使ってきたが、文系・理系という区別は早く解消した方が良いと考えている。この区別が重要視されているのは大学入試の世界である。ここに大きな関門があるため、高校生は早い時期に自分の進路を文系・理系と決めてしまい、多くの生徒はそれ以後数学の学習を止めてしまう。今後の社会で期待されるのは、その頭脳や感性の中に文系・理系の教養や関心が混然と混じり合っているような人材であろう。数学は理系学問の共通言語として、特殊な地位を占めている。日本の社会が本当の意味の文理融合や理系人材の育成を考えるなら、数学教育の充実を図るのが結局は早道になると思う。