特集 生成AIを利活用した授業等の紹介と今後の授業の在り方を考える
前田 吉広(福山大学 大学教育センター講師)
この研究は、大規模言語モデルAI(ChatGPT)を活用することで、大学生が自分自身を深く理解する手助けになり、彼らのキャリア支援に役立つ可能性を探るものです。学生の皆さんには、ChatGPTを用いて自身の学習成果物(本研究では課題レポート)を分析し、その結果を自己理解に役立てるために振り返りをしてもらいました。
大学生にとって、自分自身をよく理解することは、卒業後のキャリアを考える上でとても重要な要素の一つです。しかし、自分の得意なことや苦手なこと、個性や能力を正確に把握することは簡単ではありません。その結果、表面的な自己認識に留まってしまう学生も少なくありません。この研究では、生成AIを使って学習成果物(課題レポート)を分析し、振り返りに活用することで、学生が自分自身をより深く理解する手助けになるかを探りました。もし、生成AIを用いた自己分析が有効だとわかれば、支援を得るために一定の条件(時間の調整や費用など)が必要なキャリアカウンセリングや専門家の助けを借りることなく、スマートフォンがあればいつでも気軽に自己理解を深めることができると考えられます。
筆者が勤めている私立総合大学のキャリア教育科目「キャリアデザイン・」(学部1年生を対象とした必修科目)を受講したことがある11名の学生に、その講義内で提出した3回分の課題レポートの内容と指定のプロンプトをChatGPTに入力してもらい、出力された分析結果に対する考察をアンケート形式で回答してもらうよう依頼しました。この調査では、協力してくれた学生が無料で利用することができるGPT-3.5を使用しました。
(1)課題の内容「キャリアデザインⅠ」の授業で出される課題は、大学が定める1年次の教育目標の「自立」に必要な力や、社会で必要とされるコミュニケーション能力の向上につながる8つのテーマの中から1つを選び、約3ヶ月間継続して取り組むものです。学生はその期間における行動や失敗、問題解決のための工夫などから得られた気づきや学びをレポートとしてまとめ、提出します。自分の意識や行動が、時間の経過とともにどのように変化していくのかに気づきやすくするために、学生は課題の開始から約1ヶ月ごとにレポートを作成し、合計3回レポートを提出します。1回のレポートで求められる文章量は700〜900文字です。
(2)プロンプトプロンプトは、大きく2つのパートに分類できます(表1)。最初の入力パート(ステップ1〜4)は、ChatGPTによる分析に必要な前提条件やレポート内容を伝える内容。出力パート(ステップ5〜7)は、入力パートの情報を基にChatGPTに分析結果を出力させるための内容になります。
表1 プロンプトの全体像
学生には、教員が事前に用意したプロンプト(表2)を全7回のステップに沿って、順番にコピー&ペーストしてもらうように指示をしました。こうすることで、11名の学生がChatGPTに入力する内容の統一を図りました。また、学生には自身が3回に亘って提出した課題レポートの内容を指定のタイミング(ステップ2、3、4)でコピー&ペーストしてもらい、ChatGPTに学習させる内容をパーソナライズする作業を行ってもらいました。
表2 プロンプトの詳細
ステップ5、6、7では、前のステップで学習した3回分のレポート内容に基づき、ChatGPTに3種類の異なる分析結果を出力するよう求めるプロンプトを用意しました。
(3)調査方法この調査は、Zoomを使ったオンラインのライブ配信による講義形式で実施しました。学生はそれぞれのパソコンからオンライン講義を受けながら、教員から提供されたプロンプトをコピー&ペーストしてChatGPTに入力しました。ステップ2、3、4で自身の課題レポートを入力する際は、個人情報に当たる内容がレポートに含まれていないかを確認してもらい、該当箇所が見つかった場合は、その部分の修正を勧めました。その後、ステップ5、6、7で出力された分析結果が自己理解にどの程度有効だったか5段階で評価してもらい、その回答理由と合わせてMicrosoft Formsで作成されたアンケート(表3)に回答するよう依頼しました。
表3 分析結果の有効性を測るアンケートの概要
この研究では、アンケート結果とChatGPTの出力結果の2つに関して考察を行いました。
(1)アンケート結果と考察学生がChatGPTによるレポート課題の分析結果をどのように評価したかをまとめたものが表4になります。
表4 各ステップの分析結果に対する学生の評価 ※赤枠部分は、最も回答が多かった選択肢
多くの学生がChatGPTによる3種類の分析結果に対して肯定的な意見を持っていることがわかりました。特にステップ6、7の分析結果は「とても参考になった」という評価が最も多く、ステップ5と比べて、より高い満足度が示されました。
特に高い評価を受けた理由は、「課題レポートの一部分を根拠にして、自分が成長した能力がはっきりと表現されていた」ことや、「普段、自分では使わないような語彙や表現を通じて、自己の特性が明確に描かれていた」こと等があげられました。
社会人基礎力の指標に基づく成長分析(ステップ6)では、社会人基礎力12の能力要素の視点が加わり、新たな切り口から学びや気づきを得られたことが評価されたと考えられます。ステップ6の分析結果に挙げられていた12の能力要素の選出回数を整理したものが図1です。「主体性(11回)」が最も多く、次いで「柔軟性(9回)」、「課題発見力(6回)」という結果になりました。
図1 ステップ6の分析結果に挙げられた
社会人基礎力12の能力要素の選出回数
一方で、「どちらとも言えない」「参考にならなかった」という回答を選択した理由に、「ありきたりな内容だと感じた」といった意見も見られました。今回、ChatGPTに学習させた情報が学生の作成したレポートのみだったこともあり、既知の内容と重なる部分が少なくなかったことが、このような評価・意見につながったと考えられます。
(2)ChatGPTの出力結果と考察ステップ2、3、4で入力された各学生の課題レポートの文字数と、ステップ5、6、7で出力された分析結果の文字数を比較した結果が表5です。
表5 レポート(3回分)の合計文字数とChatGPTによる
分析結果(3回分)の合計文字数の比較※グレー部分は、文字数の差がマイナスを示したもの
今回用意したプロンプトでは、個人単位による違いは若干ありましたが、入力した情報の文字数と出力された情報の文字数の合計に大きな差はなく、概ね入力した情報に相当する分析結果が出力されたことが確認できました。
アンケート結果と照らし合わせて、特に評価の高かった(とても参考になった)分析結果の特徴を導き出したところ、「自分が自己認識していた強みや弱みが、結果としても明らかになった」こと、また「これまで気づいていなかった強みや弱みを新たに発見できた」こと、「自分ではうまく整理や表現ができなかった内容が言葉にされていた」こと等が主な高評価の理由として挙げられました。
これらのことから、ChatGPTのような生成AIを利用した学習成果物の分析は、学生のみでは難しい深い自己理解を促すキャリア支援の方法として一定の効果があると推察されます。生成AIの更なる改善と進化によって、キャリアカウンセリングや専門家の手を借りることなく、学生が自己理解を深め、自己肯定感を高めることができるようになることが期待できます。
この研究を通じて、生成AIを使用した学生の自己分析支援には一定の効果があることが確認できました。この結果は、現代の大学におけるキャリア教育に求められる時代のニーズに合った支援方法の一つとなる可能性があると考えます。
しかし、協力してくれた学生が11名と限られていることや、特定の科目におけるケーススタディに過ぎないため、結果を一般化することには難しさがあります。今回の調査では、学生自身が気軽に利用できる無料版ChatGPT(GPT-3.5)の出力結果を使用しましたが、有料版ChatGPT(GPT-4)を利用することで分析結果も大きく変化することが確認できています。今後、生成AIの進化によって分析結果が変わる可能性や、他の科目や学習成果物に対しても同様の効果があるのかどうかを確かめるためには、より多くの学生を対象にした更なる調査が必要です。さらに、学生の将来のビジョンに適した分析結果を得るためには、プロンプトの改善や追加情報の入力が求められます。また、生成AIの分析結果に過度に依存しないような教育方法の開発も必要になります。
ChatGPTを始めとする生成AIの潜在能力と限界を教員が理解し、その特性を活かしながらキャリア教育に適切にとり入れ、指導とサポートを行っていくことが大切だと考えています。