数理・データサイエンス・AI教育の紹介
鈴木 貴(大阪大学 数理・データ科学教育研究センター副センター長)
AIに関する産業競争力強化や技術開発等についての総合力戦略として、政府が定めた「AI戦略2019」では、2025年に達成すべき人材育成目標が掲げられています(図1)。「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(MDASH)」は、この戦略を実現するために、文部科学大臣が大学・高等専門学校の数理データサイエンス教育に関する正規課程教育のうち、一定の要件を満たした優れた教育プログラムを認定するものです[1]。MDASHには、学部低学年次を対象とするリテラシーレベルと学部高学年次を対象とする応用基礎レベルがあり、特に優れた取組みに対して付与されるプラス認定もあります。
図1 AI戦略2019とモデルカリキュラムの構成
毎年3月から5月にかけて募集があり、8月に採否が通知されます。リテラシー、応用基礎いずれのレベルも実績に基づいて審査されますので、前年度までにカリキュラムとシラバスを整えて受講生を受け入れ、修了生を送り出していなければなりません。リテラシーレベルは2021年度に開始し、2023年8月時点で382件、応用基礎レベルは2022年度に開始し、2023年8月時点で147件が認定されています。認定の有効期間は、2021年度認定については5年間、2022年度以降の認定については3年間です。
認定は、リテラシーレベルでは教育機関単位のみですが、応用基礎レベルは学部(大学)、学科(高等専門学校)単位でも行います。本学ではリテラシーレベルが2021年度に認定され、応用基礎レベルでは2022年度に全学プログラムに加えて、工学・基礎工学・理学・経済学・法学・薬学部の各学部プログラムが認定されています。2023年度では応用基礎レベル認定の学部プログラムが、人間科学部・文学部・外国学部に広がり、さらにリテラシーレベル(全学)と、工学・基礎工学の応用基礎レベルでの学部プログラムがプラス認定を受けています。
本学は数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム(以下、全国コンソーシアム)に拠点校として参加し、エキスパート人材の育成に携わるとともに、MDASHが全国に普及するために様々な方策を実践する任も与えられています。
本稿では、工学部、基礎工学部の応用基礎レベル学部プログラムを中心として、文部科学省事業である「数理・データサイエンス・AI教育全国展開の推進」における、本学の取り組みについて紹介します。
MDASHにおいて、リテラシーレベルは「学生の数理・データサイエンス・AIへの関心を高め、適切に理解し活用する基礎的な能力を育成」を目的とするとされ、また応用基礎レベルは「文理を問わず、自らの専門分野で、数理・データサイエンス・AIを活用して課題を解決するための実践的な能力を育成」を目的とするとされています。いずれのレベルも、全国コンソーシアムが定めた「モデルカリキュラム」に沿った実績を審査して認定します。モデルカリキュラムは、リテラシーレベル「データ思考の涵養」と応用基礎レベル「AI×データ活用の実践」があります。そこでは高等教育でとり上げるべき内容や、それらのモデルカリキュラムが必要となっている社会的背景、各レベルでの目標、プログラムが対象とする学生や標準的な総単位数、望ましい授業の実施方法などが記載されています。MDASH申請のプログラム構築に当たっては、リテラシー、応用基礎それぞれのモデルカリキュラムの趣旨を生かすことが必要になり、修了認定をはじめとする事務作業や、全学的な評価委員会の運営などの要件も整備しておかなければなりません。
モデルカリキュラムは、在籍する学生の状況や各教育機関の設立理念に応じた多様性を重んじていますが、同時に目標が明確に設定され、それらを実現するための標準的な授業内容や授業方法が、具体的に述べられています。これらの方策は、いずれも数理・データサイエンス・AIに関する基礎的な事項にわたるものですが、本学のそれまでのリベラルアーツ、専門基礎、専門の授業の中には、これらを過不足なく提供する科目は見当たりません。また、拠点校としてのミッションである、リテラシーレベルや応用基礎レベルを指導できるエキスパート人材の育成を実現するためには、リテラシーレベルと応用基礎レベルを有機的に接続し、継続的な教育体系を構築することが前提になると考えられます。
学部生の進路では文系は就職、理系は進学という傾向もあり、各学部では、その特徴や実情に合わせた数理・データサイエンス・AI教育の実践が模索されています。こうした要件を鑑みて、リテラシーレベルを「リベラルアーツ」として、応用基礎レベルをリテラシーレベルと専門教育をつなぐ「専門基礎科目」として、それぞれモデルカリキュラムで謳われている要件をコンパクトに網羅した標準科目を新たに設置して全学に提供することが、数理・データ科学教育研究センター(MMDS)に与えられたミッションであると、覚悟を定めました。
MMDSは、大学院博士前期課程学生を対象とした、学際的な副専攻・高度副プログラムである「金融・保険」、「数理モデル」、「データ科学」を運営する部局として2015年に設立されたものですが、英語名がCenter for Mathematical Modeling and Data Scienceとなっているように、広く数理科学とデー科学の教育、研究に携わる全学部局として位置づけられています[2]。社会的な動向や国の政策もあり、近年ではその活動範囲が様々な領域に広がり、特に、学部生、後期課程、社会人を対象とする数理・データサイエンス・AI教育や、応用研究や産学共創研究を通した産業界や経済界との連携が深まってきました[3]。これらの状況を踏まえて、MMDSはカリキュラムの運営を以下の指針に従って行うこととしました。
① 統計学を含む数理科学や、情報科学の研究教育リソースを活用しつつ、MMDSがリテラシーと応用基礎の全学プログラムを提供する。
② 同時に応用基礎においては、各学部による独自のプログラムも構築する。
③ MMDSが全てのプログラムの修了判定と、全学的な評価委員会の運営をする。
モデルカリキュラムで要請されているポイントはいくつかありますが、ここでは応用基礎レベルに関する以下の項目に着目したいと思います。
① リテラシーレベル「選択(オプション)」をカバーする内容である。
② データサイエンスとデータエンジニアリングのいずれかに軸足を置いたものである。
③ 社会の実例を題材とし、演習やPBLを効果的に組み込んでいる。
④ 主に学部3、4年を想定する。
以下ではこれらの項目について、本学におけるMDASHプログラムの概要を説明していきます。
①リテラシープログラムは、多くの学部で卒業要件としている「情報社会基礎」「情報科学基礎」のいずれか2単位に加えて、「文理融合に向けた数理科学Ⅰ」2単位を必修科目に、MMDSが提供する基盤教養科目から2単位を選択し、計6単位で修了します。モデルカリキュラムの記載項目は「文理融合に向けた数理科学Ⅰ,Ⅱ」で網羅しています。Ⅰ、Ⅱそれぞれ2単位で、教科書・オンデマンド教材・グループ演習の3つを併用します。必修科目であるⅠは、1クラス300人を上限として、曜日と時限の異なる12クラスを全学に向けて開講し、11学部の学生はいずれかのクラスで履修できるようになっています。この科目はオンデマンド教材視聴と毎回のクイズ自動採点によって授業を進め、第15週で対面によるグループワークとプレゼンを行います。Ⅰはモデルカリキュラムの「導入」「基礎」「心得」のすべてと「選択」の「統計基礎」「アルゴリズム基礎」までを取り上げ、モデルカリキュラム「選択」の残りである「時系列データ」「時系列解析」「機械学習基礎」「特徴抽出」「テキスト解析」「画像解析」「ビッグデータ利活用の実際」「多変量解析(重回帰、判別分析、数量化)」はⅡで扱います(図2左)。Ⅱはリテラシーレベルの選択科目ですが、応用基礎レベルでも、全学共通・学部独自のいずれのプログラムでも、選択科目にあげています。後で説明しますがこの科目はメディア授業で、曜日、時限、教室は指定されていません。
図2 モデルカリキュラム準拠教科書(本学)
②応用基礎レベルは、データサイエンスに軸足を置いた「データ科学のための数理」と、データエンジニアリングに軸足を置いた「データ・AIエンジニアリング基礎」、それぞれ2単位を選択必修としています。これらは教科書と動画が主な教材です。教科書では共通項目として「データサイエンスと社会」「AI」「知識表現」「数学準備」「回帰分析」「ニューラルネットワーク」「深層学習」について述べ、データサイエンスでは「次元削減」「クラスター分析」「ガウス過程回帰」「データの識別」「自然言語処理」を、またデータエンジニアリングでは「データの収集・蓄積・加工」「ITセキュリティ」をとり上げています(図2右)。この教科書の内容はやや高度ですので、オンデマンド動画は、基礎的な部分の説明と、クイズの解説に主眼を置いた教材にしています。
③応用基礎の全学共通プログラムは、上記選択必修科目2単位に加えて、MMDSが提供するデータサイエンス・データエンジニアリング・AIに関するいくつかの教養科目2単位で修了となりますが、個別学部プログラムは、選択必修科目2単位に加えて、各学科で行われている専門科目のいくつかを、学部全体に提供して選択科目とすることで構成されています。個別学部プログラムには座学だけでなく、演習の要素が含まれていますが、全学共通プログラムでは、学部を越え、多様な学生のための演習を実施する必要があります。そのために「データ解析の実際」という集中科目を9月後半に設定し、企業の協力も得て、オンラインを活用した「大学間共同PBL」を短期で実践しています。これについては次の「共同PBLの実践」の項で説明します。
④MMDSが全学に提供する科目群は、全学教育機構の「基盤教養科目」と「高度教養科目」です。本学では高度教養科目は2年次後半から開講されますが、応用基礎レベルの選択必修科目「データ科学のための数理」「データ・AIエンジニアリング基礎」は1年次から履修できる基盤教養科目です。
本学はキャンパスが豊中・吹田・箕面にあり、2年次以降は学生が3つのキャンパスに分かれます。①で触れましたが、リテラシーレベルモデルカリキュラムの「選択」の項目のうちで「文理融合に向けた数理Ⅰ」の残り部分を扱う「文理融合に向けた数理科学Ⅱ」や、選択必修の「データ科学のための数理」「データ・AIエンジニアリング基礎」は、曜日・時限や教室を定めないメディア授業として、学部高学年次でも履修が容易にできるように配慮しています。これらの科目では、オンデマンド教材視聴と毎回のクイズ自動採点によって修了判定します。教務システムを使い、学生への修了通知も含めてかなりの事務作業を自動化して、MMDSの少ない業務リソースでも対応できるようにしています。
このカリキュラム設定により、例えば2年次後期で応用基礎選択必修科目を修了した学生は、その段階でMMDSの提供する選択科目を修了すれば全学プログラムで認定され、加えて3年次以降で指定された学部提供の選択科目を履修すれば、所属学部プログラムでも応用基礎レベル修了が認定されます。
本学は、リベラルアーツとして、統計学を系統的に扱ってきた伝統があります。現在でも、学部1年次においてA(文系)B(医歯薬系)C(理工系)として、それぞれⅠ(前期、2単位)、Ⅱ(後期、2単位)を提供しています。全学に向けたこれらの科目は、統計学Ⅰがリテラシーレベル、統計学Ⅱが応用基礎レベルの選択科目として、全学プログラムの中に組み込まれています。
上述の大学間共同PBLは、9月の後半に、オンラインを用いて各大学でのPBLを共同で行うものです。2021年度に開始し、毎回50名から100名程度の学生が参加しています。例年、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所の協力のもとに、チュートリアル講演会を開催した後、大学、企業から、リテラシー・応用基礎・エキスパートの3つのレベルで、それぞれ1つずつ課題が出されます。グループワークは各大学で行うのですが、オンラインを活用して課題を共有し、受講指導について担当教員が共同で準備し、学生が他大学の成果発表や出題者の講評に参加することで、教員エフォートの省力化やFDを進めると同時に、受講生のデータサイエンス・AIの楽しさや難しさを体験して、動機を高めることを狙った試みです。2023年度は香川大学、九州大学、静岡大学をオブザーバーとして、茨城大学、愛媛大学、本学、高知大学、島根大学、広島工業大学、和歌山大学が参加し、以下の3つの課題に取組みました(図3)。
図3 2023年度大学間共同プログラム参加校
①「ジェスチャーアプリを作ってみよう」MMDS
②「視聴率を予測しよう!」電通
③「実践データサイエンティスト」日立システムズ
最初の①は、人間行動の画像解析、機械学習、可視化を狙ったもので、スマホカメラや動作解析アプリを活用して農作業の負担や、授業中の学生の集中度を分析した発表などがありました。②の目標は、視聴率寄与度予測モデルの開発ですが、Pythonプログラミングを通した機械学習・深層学習を活用することが中心になっています。これに対して③は、データを利用した経営課題解決の体験を目指したものです。解析手法の本質的な性質を理解していないと正確な課題が遂行できないように設計され、数学的・統計的な知識を前面に出すことでスムーズに解決できるようになっているものです。
大学間共同PBLは、2023年度が3回目でしたが、例年通り各大学の担当教員が事前に課題を共有した後、9月20日基調講演、9月22日に最終成果発表を行いました。本学を除く他大学では担当教員のリソースの制約もあり、この中の課題を1つずつ選びました。2023年度での参加学生は例年以上に、理学・工学・農学・経済学・法学など、文系から理系まで、学部生から大学院生まで多岐にわたりました。大学間共同PBLは文理を問わない全学的なプログラムであるとともに、大学院生がTAとして参加してエキスパートレベルとの橋渡しとなります。オンラインやグループワークで体験を共有することで、受講生、TA、担当教員のいずれも異なる視点やアプローチに触れることができます。
2023年度の新しい試みとして、11月18日にMMDSが主催する「数理・データ教育研究会」を「全国コンソーシアム近畿ブロックシンポジウム」に重ねてハイブリッドで開催したときに、上記参加大学から学生を5名まで選抜して、担当教員、出題者とともに本学に来ていただきました。各グループでの取組みの発表、出題者の意図の解説、1時間の自由討論を行った後、最後に来賓としておいでいただいた、統計数理研究所の岩崎学先生の講評があり、受講生や担当教員にさらに上級を目指す動機付けとなりました。
ここで、応用基礎レベルでプラス認定を受けた工学部と基礎工学部のプログラムについて見ていきたいと思います。最初に、本学のリテラシーレベルの履修率ですが、2023年度では大学全体として86%で、工学部(入学定員3,628)、基礎工学部(入学定員1,920)はともに89%です。リテラシーレベルプログラムの科目の中に卒業要件となるものが入っていることがあり、履修率が90%を越えている学部もいくつかありますが、工学部・基礎工学部は、大学の中で履修率が高い学部となっています。
一方で応用基礎レベルの履修率は、工学部が51%、基礎工学部が25%です。全学では工学部が最も履修率の高い学部ですが、基礎工学部よりも履修率が高い学部として、40%台の経済学部、薬学部、30%台の理学部があります。ただしこれらの学部は、所属学生のために提供している専門科目が小数で、受講生の多くが全学プログラムを履修しているため、学部プログラムとしては、プラス認定の申請に至っていません。いずれにしても、本学では応用基礎レベルの履修率は、まだまだこれから伸びていくことが期待されます。
工学部と基礎工学部は、それぞれデータエンジニアリングとデータサイエンスに軸足を置いた特徴あるプログラムを構築しています。工学部の学部プログラムでは、高度教養科目としてMMDSが全学に提供する選択必修科目である「データサイエンスのための数理」、「データ・AIエンジニアリング基礎」に加えて、選択科目として「制御系設計理論」、「空間情報学」、「環境設計情報学」、「情報工学演習」、「数値解析学」、「環境・エネルギー数理」他を指定しています。これらは計算工学、環境エネルギー工学、量子科学、生物工学、材料工学の各分野に数理・データサイエンス・AIを応用する内容です。また「計算機とプログラミング」、「確率統計」では、自然や社会における様々なデータを統計的・確率的に扱うための基本的な概念・理論・演算方法を習得すると同時に、計算機の仕組みとプログラミングの基礎・アルゴリズム設計・計算機へのインプリメンテーションといったプログラミングに必要不可欠な能力を自習形式で学習できるように設計し、選択必修科目の講義内容を専門的に学習する機会を提供しています(図4)。
図4 工学部カリキュラムマップ(本学)
一方、基礎工学部の学部プログラムでは、「知識工学」、「統計解析」、「社会数理」という選択科目があり、人工知能や金融市場モデルのような専門分野で、数理・データサイエンス・AIを応用する内容になっています。また「データ構造とアルゴリズム」、「データ科学」は、データサイエンスの高度な基礎として、学部専門科目を指定したものです。ここでは回帰分析や正則化法等の代表的なデータ解析法についての幾何学や統計的推測を通した普遍的な解釈とともに、計算科学で扱われる様々なデータ構造に対して機械学習を行う際に必要不可欠なアルゴリズムを学びます(図5)。
図5「基礎工学部カリキュラムマップ(本学)」
大学間や部局間の枠組みを通して、国際連携も進めています。日本とドイツの両国間の学生・研究者の交流の促進や共同プログラム等を実施する日独6大学アライアンス(HeKKSaGOn)の枠組みでは、ゲッチンゲンが主催するデータサイエンスサマースクールに工学部・工学研究科、基礎工学部・基礎工学研究科の学生・大学院生が参加し、エキスパートレベルとの橋渡しにも活用されています。
MMDSは「数理・データサイエンス・AIエキスパート人材育成プログラム」(以下エキスパートプログラム)も運営しています。エキスパートプログラムは、全学の研究室が連携して、学術研究と連動したエキスパート人材を育成して、アカデミアと産業界の人材の循環を実現するものです(図6)。
図6 エキスパートプログラム
現在、連携研究室は全学の研究科や研究所の38研究室に広がっています。MMDSは、本学に在籍する学生、研究員と数理人材育成協会(HRAM)個人会員、法人賛助会員を対象として、受講生を募集し、マッチングを行って連携研究室に配属します。連携研究室では個別指導をしますが、この際にMMDSより教育活動支援費が配分されます。
また、MMDSは3か月ごとにオンラインで全体ミーティングを行って進捗状況を確認し、1年間を標準(半年の期間延長、短縮も可)として学会発表または論文執筆を要件として修了判定します。要件に達した受講生に対しては、全連携研究室、全HRAM会員を参加可能対象とした公聴会での審査で、最終修了認定を行います。
HRAMは次項「8.」で述べるデータ関連人材育成事業(D-DRIVE)自走のために関西地区コンソーシアム(DuEX)が設立した一般社団法人で、主に社会人を対象として、学び直しを目的とした「リカレント講座」、産業イノベーションを目指す「DuEX講座」、課題解決を通して転職・就職を支援する「リスキリング講座」の3つの講座を、会員の年会費によって非営利で運営しています(図7)。3つの講座それぞれに、コースやコンテンツがありますが、常時300名程度の会員が何らかのコースを受講しています[4]。
図7 HRAM社会人向け講座
リカレント講座には、リテラシーレベルと応用基礎レベルに相当し、スマホ対応や字幕を備えたコンテンツを活用する「初級コース」と「AIコース」、ベネッセと共同開発したコンテンツを使用する「入門コース」、厚生労働省事業で開発した社会人向け標準教材を改良したコンテンツを使用する「基礎コース」と「応用コース」があります。
初級コースとAIコースは、社会人の学び直しの他、学生や教員が、大学での数理・データサイエンス・AI教育プログラムの内容理解を深め、授業設計の参考とするために活用されています。2024年6月からは、メンタリングボックスでの質問受付は継続しつつ常時公開し、視聴履歴とレポート課題の自己採点で毎月自動修了判定することになっています。
入門コースと基礎コースは5か月のプログラムを年2回開催、応用コースは5か月のコースを年1回開催し、2024年3月では入門、基礎、応用でそれぞれ7期107名、7期138名、4期108名の修了生を輩出しています。ちなみに初級コース、AIコースはそれぞれ6期220名、3期63名です。MMDSのエキスパートプログラムは、応用コースの上の「実践コース」として、HRAMリカレントコースに組み込まれ、MMDSのエキスパート人材育成プログラムは、この枠組みによって社会人受講生を受け入れています。連携研究室と受講生のマッチングを設定する前の書類審査では、学生についてはMDASHプログラム、大学院博士課程前期副専攻、高度副プログラム受講状況で行い、社会人についてはHRAMのリカレント講座、DuEX講座、リスキリング講座の習得状況を参考にしています。
MMDSエキスパート人材育成プログラムとHRAM実践コースは、これまで第1期生4名、第2期生5名を受け入れてきました。これまでは10月開講でしたが、MMDSからの配分予算が年度ごとになっていることを配慮して、2024年度では開講を早めて7月開講を予定しています。また第1期生の募集時に学部生の応募があったのを機会に、「奨励コース」として修了要件を課さず、大学院進学後再度受講できる制度も設置しました。
このプログラムは、データを分析したい受講生や研究室とドメイン知識を得たい受講生と相互に交流して学術研究のイノベーションを進めることで、数理・データサイエンス・AIでの教育、研究をリードできるエキスパート人材を育成することを目指しています。2024年3月までに第1期生2名が公聴会に臨んでいますが、1名は配属時に学部2年生で、産業科学研究所の「知能推論研究分野」研究室で研鑽を積んで、学会発表を行ったものです。内容は理論の開拓によるデータサイエンスの新規手法の提案と実験による検証で、指導教員からはもう少し実験を重ねれば国際誌に論文が掲載される内容であるという講評がありました。もう1名はHRAM応用コースを修了した社会人で、こちらも因果推論によるデータ分析によって学会発表を行っています。
HRAMには十数社の企業が法人賛助会員として参加し、数理・データサイエンス・AIを活用したビジネス展開、社内業務改善、研究開発も進めています。賛助会員企業の中には、マーケッティングや技術支援等の専門職で、大学院博士課程前期修了者が携わることが多く、これらの社員に対して会社として学位取得を期待していることも少なくありません。このような事情から、実践コースを社会人ドクターの前段階として活用することを検討している企業があり、大学にとりましても、拠点校が課せられたミッションを果たす一助となり得るものではないかと考えています。
文部科学省の「データ関連人材育事業」(D-DRIVE)は、高い潜在能力を持つ博士人材に対して、データ産業界へのキャリアパスを切り開く支援を行うものです[5]。ここで、博士人材とは、大学院博士後期課程在籍者と博士号を持つ社会人を指しますので、AI戦略2019で述べている、年間25万人輩出の応用基礎レベルと年間2,000人輩出のエキスパートレベルの間に位置するものとなります。したがいまして、この事業はデータサイエンティスト育成ではなく、専門領域(ドメイン)でデータサイエンスとの掛け算ができる人材の育成を目的とするものです(図8)。
図8 D-DRIVE事業とDuEX
また、このプログラムの運営主体は、個別の大学ではなく、いくつかの大学と企業や研究所で構成するコンソーシアムです。コンソーシアムは全部で5つあり、それぞれ北海道大学、早稲田大学、東京医科歯科大学、電気通信大学、本学を代表機関としています。さらに「D-DRIVE全国ネットワーク」(全国ネットワーク)は、本学が幹事機関となり、これらの代表機関と、協働機関である東京大学、HRAMによって構成されています。
「データ関連人材育成関西地区コンソーシアム」(DuEX)は、本学を代表機関とするコンソーシアムで、本学の他に、滋賀大学、奈良先端科学技術大学院大学、大阪公立大学、和歌山大学、神戸大学が参画機関となっています。6つの大学は、大学間協定によって単位互換協定を結び、データ基礎コース(A)、データ実践コース(B)、医療データ基礎実践コース(C)を共同で運営しています。
各大学の担当教員は、DuEX事業の一環として、Aコース、Cコース受講生向けのテキスト・動画・スライドの形態で、50科目以上のe-Learning教材を開発してきました。DuEXの了解のもとで、HRAMはこれらを共通・学び直し・業種別・データサイエンティスト向けの4つのカテゴリーに分類し、DuEX講座e-Learningコンテンツとして会員に無償提供しています[6]。
DuEXの特徴的なプログラムとして、Bコースのインターンシップ、Bコース・CコースのPBL・スタディグループがあります。DuEXのインターンシップは、当初は2〜3名の学生と企業のマッチングを定期的に開催するものでしたが、これに加えて、全国ネットワークによって本学と東京大学が交代で年2回開催する全国合同インターラクティブマッチングや、一般社団法人C-ENGINEによるインターンシップと連携し、多様なニーズやシーズに応える形態に移行しています。
PBLは、期待される答えが用意されている課題に対して受講生が取り組むもので、DuEXのBコース・Cコースには、非常勤講師やソフト開発会社に委嘱して自然言語処理やバイオインフォマティクスなどの題材を扱う科目があります。一方、スタディグループは企業や研究所から提示される課題に対して、短期間のグループワークによって数理・データサイエンス・AIを用いた解決法を提示するものです。
課題は、学会や研究プロジェクトでの討論、DuEXや全国ネットワークの技術相談窓口などから提出されます。スタディグループ運営の流れはいくつかありますが、課題に対してMMDS担当者がヒアリングして企画するのが通例です。最近では、電気工業会社からの課題に対して、担当者が情報科学、データ科学、数理科学の3つのアプローチを考え、MMDS所属の教員、招聘研究者、DuEX参画機関研究者に説明して具体的解決策を考えていただいた後、Bコース受講生の前でそれぞれの方法と学術的背景をプレゼンして、参加メンバーを募ってグループ分けするという方式を取った例があります。
全国ネットワークの活動として、全国合同インターラクティブマッチングがありますが、その他に各コンソーシアムプログラムの広報と連携に主眼を置いたものがあります。コンソーシアム間で合同企画したシンポジウムや若手研究交流会もありますが、最新の学術研究や製品・システムの紹介講演1時間と質疑応答1時間で構成し、日本応用数理学会・HRAM・MMDSと共同運営する「AI・データ利活用研究会」(利活用研究会)、キャリアパスを考える学生のために、日常業務を気鋭の若手データサイエンティストが報告して参加者とのパネルディスカッションで構成する、データサイエンティスト協会との共同イベント「D-DRIVEデータサイエンスセミナー」(DSセミナー)は、どなたでも無料でオンライン参加できるものです[7]、[8]。毎回利活用研究会は40名から200名、DSセミナーは30名から60名の参加者があります。
MMDSは、本学において数理・データサイエンス・AI教育を担う全学部局です。現在5名の教員と2名の研究員が専属で所属し、加えて理学・工学・基礎工学・経済学・情報科学の5つの研究科を連携部局とし、全学に及ぶ38の連携研究室、60の兼任教員が参加しています。
これらの教員・研究員は学部低学年(リテラシーレベル)、学部高学年(応用基礎レベル)、博士前期課程(副専攻・高度副プログラム)、博士後期課程(D-DRIVE)、専門人材(エキスパート)にわたる人材育成プログラムと、数理モデリングとデータサイエンスに係る基礎・応用・実用研究に従事しています。MMDSのミッションは、学問分野、業種、地域による横の垣根、職層、学習歴による縦の垣根を乗り越え、学術研究と産業の活性化、人材育成とその循環、社会の幸福と活力を増進することにあります。横断的な個々のプログラムと、それらを有機的に結合した縦断スキームによって、縦と横の垣根に縛られない、頼もしい人材の育成を目指しているところです。
紙数の関係で、成長分野における即戦力人材輩出事業、生成AI教材の開発、特定分野会議の主催と理工系モデルシラバス・医歯薬系実践手引きの取りまとめについては紹介できませんでした。本報告に少しでも有益な情報がございましたら幸いです。
関連URL | |
[1] | 文部科学省 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00001.htm(2024年3月12日閲覧) |
[2] | 大阪大学 数理・データ科学教育研究センター(MMDS) https://www-mmds.sigmath.es.osaka-u.ac.jp(2024年3月12日閲覧) |
[3] | MMDS魅力発信サイト https://www-mmds.sigmath.es.osaka-u.ac.jp/faculty/for_all_organizations_and_persons/for-corporate/index.html(2024年3月12日閲覧) |
[4] | 数理人材育成協会(HRAM) https://hram.or.jp/(2024年3月12日閲覧) |
[5] | D-DRIVE全国ネットワーク https://ddrive.jp/organization(2024年3月12日閲覧) |
[6] | データ関連人材育成関西地区コンソーシアム https://duex.jp/(2024年3月12日閲覧) |
[7] | AI・データ利活用研究会 https://www-mmds.sigmath.es.osaka-u.ac.jp/structure/activity/ai_data_index.php(2024年3月12日閲覧) |
[8] | D-DRIVEデータサイエンティストセミナー https://ddrive.jp/event/workshop/117.html(2024年3月12日閲覧) |