事業活動報告 No.1
本協会では私立大学における職員の職務能力の開発・強化を支援するため、ICTを駆使して質の向上を目指した新しい学びの創出、教職員の意識改革、学修者本位の教育への転換に向けて、教育改革DX、学生支援改革DX、業務改革DXについて、知識・理解の獲得と実践的な考察力の促進支援を目的とした研究講習会を実施している。
基礎講習コースでは、まず初めにDX化に向けた取組み情報を提供し、ICTの活用が大学の管理運営、教育活動の充実に果たしている役割を認識してもらい、その上でグループ討議による問題発見・解決プロセスの体験を通じて、自己の業務の改善や職場における課題解決にICTの活用を考察し、大学改革に向けたアクションプランを提案できるようにすることを目指している。
過去3年間はコロナ禍の影響を受けZoomを利用したオンライン開催であったが、本年度は新型コロナウィルス感染症の5類移行もあり、4年ぶりの対面講習会として、10月18日(水)〜20日(金)の3日間にわたりダイワロイヤルホテルTHE HAMANAKOにおいて実施した。
本年度の参加者は36大学62名であり、オンライン開催であった前年度の2日コースの参加者22名に比べて約3倍の参加者となった。
所属部門では、情報センター部門35%、学事・教務部門が24%と多く、学生部門6%、人事・企画部門が5%、就職、総務・広報部門がそれぞれ3%、そのほか管財・会計・図書館等であった。年齢別では、20代が69%、30代が23%、40代以上が8%であった。男女比は男性63%、女性37%であった。構成比はほぼ例年通りであり、幅広い部門からの参加となった。(図1・2参照)
図1 所属部門構成
(a)年代別 (b)男女比 図2 年代・男女比
本コースでは、1日目の全体研修において、職員の役割を共有した上で、①教育改革に向けたDX、②学生支援改革に向けたDX、③業務改革に向けたDXについて、それらを考察するためのICT利活用の意義・好事例について大学や企業等の方から情報提供を受け、デジタル技術を駆使した大学改革を進める上での課題認識を深めること、1日目の後半及び2日目のグループ討議・発表において、本研修のテーマとして設定した①から③の観点から、具体的な課題を絞り込み、自らがどのように関与すべきか、ICTを道具として利活用した望ましい改善案の提言作りを行い、グループ発表・相互評価を通じて、主体的な考察力、イノベーションに取組む姿勢の獲得を目指すという構成とした。また、今回から参加者に対してPCの持参を推奨し、グループ討議での活用を促した。
冒頭、本運営委員会の担当理事である金沢工業大学常任理事の河合氏が協会を代表して挨拶した。同氏は参加者、情報提供者への謝辞、協会の目的及び開催の趣旨について語られた。
上智学院理事である運営委員会の木村委員長から、「大学職員として主体的に取り組むための心構え」として、①環境の変化を知る、②社会に目を向ける、③「見える化」、「はかる化」から「見せる化」、「課題解決」へ、について紹介があり、大学職員が果たす役割について、理解と共有化を図った。
①「データドリブン思考による意識・業務改革」
桜美林学園総務部長、総合企画部長 和田 満 氏
意識・業務改革において、「①個々人の意識の持ち方が重要②そこへの気づき、踏み出す動きへの支援③「ムリ・ムダ・ムラ」をなくす方向性への導き④ビッグデータ(宝の山)から何を汲み取り導きだすか」を推進する必要があり、桜美林学園では、データドリブン思考によるワークスタイル改革を行った。また、マイルストーン(Version1.0、2.0、3.0)を設定し、具体的な取組みとして、ペーパーレス化を推進した。紙の削減量については、ファイルメータを設定し、総削減量、部署別削減量の推移について見える化をした。さらに、データドリブン思考により、業務量の測定を行い、意識・業務改革を進めるための要改善課題、「①民間企業に比べてストラテジー業務が10%少なく、オペレーション業務が10%多い、②正規(専任)職員のノンコア業務が多くかつ部署によって偏りがある」が明らかになった。これらの課題解決にむけて、ISO90001(マネージメントシステム)認証取得に向けた取組みを行った。「今何をしなければならないのか、データをどのように活用すればいいのか、誰が、何のために、何を、どのように、いつまでに、どうするのか」について、3W1Hに基づき、方針・計画を立てて、意識・業務改革を進めた。
②「業務のIT化とDX」
駒澤大学学長補佐、教務部長 絹川 真哉 氏
駒澤大学における稟議・決裁へのワークフローシステムの導入ならびにグループウェアの刷新に関して、情報提供があった。
駒澤大学では、稟議や各種申請等の効率化やスピードアップを検討していたが、コロナ禍を契機に導入を前倒しした。取組みにおいては、システム化可能なすべての稟議書・申請書等を対象に調査した。申請数が上位8つを対象に調査したところ、効果として受け渡し時間を62.2%削減できることが確認できたため、2022年度に200フォーム以上を稼働(年間14,000件)、上位3フォームの効果測定で受け渡し時間の1,400時間の削減に成功した。
従来のグループウェアは2003年に導入されていたが、運用制限・ルールにより利用者がごく一部に留まっていた。そこで学内コミュニケーションDXとしてGaroonとGoogle Workspaceを併用することを決定した。「グループウェアによる学内情報発信・共有のガイドライン」を作成し、教員への連絡をGaroonに移行するなどの抜本的な見直しを遂行する中で、不慣れな教職員から戸惑いや不満が聞かれたが、ほぼ全ての学内主要委員会の構成員である教務部長の立場で根気強く説明・対処することで、組織と文化の変革が図れたと取組みを振り返られた。
③「生成系AIの企業での活用事例と向き合い方、そして大学業務への展開」
三井化学株式会社DX推進本部DX企画管理部データサイエンスチームリーダー・信州大学工学部特任准教授・大阪大学基礎工学研究科招聘教授 向田 志保 氏
化学系民間企業において生成AIを活用する技術者としての立場から、生成AIの特徴や導入・活用方法、化学分野における生成AI活用事例の情報提供があった。
Open AI社が2022年11月に公開した大規模言語モデル(LLM)・生成AI「ChatGPT」は、使いやすさとその性能の高さから急速に浸透している。
化学分野の文献や特許などからの情報抽出は、専門用語、表記の揺れ、化合物構造画像や図表などによって、困難とされていたが、情報抽出するための機械学習用の単語辞書・学習データを作成し、「ChatGPT」を活用することで、金属ガラスの臨界冷却速度のデータベースを構築することに成功し、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)に活用展開されるなど成果を上げている。生成AI活用には、インタラクション最適化の観点からプロンプトエンジニアリング手法が重要であり、生成AIが抽出した情報を生成AIに確認させ、誤りの可能性を指摘させる一連の質問を考案・実行することで、精度の高いデータベースを構築した。三井化学株式会社では、自然言語処理技術を活用し、特許や文献などの外部情報と材料情報を基にMI等と連携し、既存材料の新規用途・新市場探索の高精度化と高速化の実用検証に取組み、新たな材料開発手法の確立に取り組んでいる。
学術分野において、LLMの普及課題とされるハルシネーションに対しては、プロンプトエンジニアリングなどによって対処していくことで、「BioGPT」や「chemGPT」が出てきており、化学分野に特化した大規模言語モデルが登場する可能性もある。
今後、複数種類のデータを組み合わせて処理するマルチモーダルAIが進展してくる。改善提案AIとして開発することで、これまで「勘、コツ、経験」を基にヒトが実験し、MI分析してきたものが、ロボットによる自動実験と改善提案AIによるMIサイクル自動化によるデータハーベスティングの時代が実現していく。
④「大学データの収集・前処理から分析、結果の共有まで:そして価値創造へ」
上智学院IR推進室チームリーダー/上智大学基盤教育センター非常勤講師 鎌田 浩史 氏
データサイエンスのあらまし、大学におけるデータの取り扱いの勘所、データを基にした価値創造について情報提供があった。大学経営において、データに基づいた意思決定は大変重要である。データを処理分析し、価値を引き出す手法であるデータサイエンスは科学である。科学的な説明とは、因果的な説明である。原因となる変数をx、結果となる変数をyとすると、xとyの間に相関関係があるからといって因果関係があるかは分からず、さまざまな観点から考察する必要がある。このことをよく理解して業務に取り組んでほしい。データの取り扱いにおいて、個人情報の事業所内利用は「個人情報保護法第23条」の適用範囲外である。次に、分析の際は「いきなり細部を見ない」ことが肝要であり、鳥の目で全体を俯瞰し、虫の目で詳細を分析し、魚の目で潮流を把握することを意識する。会議資料はグラフ化すると直感的に分かりやすくなり、データの性質に合わせて適切なグラフ作成を心がける。グラフにおいては、「事実」をメッセージにすることが大切である。メッセージは一般的な話から始め、抽象論、最後に一般的な話と、砂時計の形を意識する。改善提案は1つではなく3つ入れることを意識したい。価値創造において、ユーザーの希望(Wants)があった際、理解の内容(Needs)を掘り下げることが大切である。最後に参加者に対し、「データに則った根拠や裏付けをもって教育改善に取り組んでもらいたい」とのメッセージが届けられた。
⑤「サイバー攻撃のリスクとセキュリティ対策の基礎知識」
(講習会2日目、オンデマンドによる情報提供)情報処理推進機構セキュリティセンター 松坂 志 氏
「IPA 情報セキュリティ10大脅威2023」ではランサムウェアが組織に対する脅威の1位となっており、攻撃者は企業を脅迫して金銭を得ることを目的としている。今はサイバー攻撃が分業・組織化されている。侵入までの専門家、ウイルス作成の専門家、それらの情報・ツールを購入し攻撃を行う実行犯など、お金でつながるプロ集団となっている。日々努力していても対策することは難しいが、やらないと攻撃される。脆弱性、ウイルス、設定ミス、意識の低い人、全方位の対策が必要である。
攻撃者が侵入を試みる対象である攻撃対象領域(attack surface)の把握、管理が重要となる。いつのまにか設置されているサービス、設定を間違えてアクセスできでしまうサービスなどを外部から定期的にScanして発見し管理する。経済産業省「ASM(Attack Surface Management)導入ガイダンス」にとりまとめられている。
「CIS Critical Security Controls」には対策の具体的なガイドラインがレベル別に示されている。「MITRE ATT&CK」にある過去に攻撃者が用いた手法を参考に対策を講じて欲しい。
「MITRE Engage」は攻撃を検知するための偽入口や、攻撃者に渡してもよいダミー情報を用意しておくことで敵と戦う考え方もある。防御だけでなく、データを盗み出されてもそれが偽物なら防御側の勝ちである。これらの情報を活用して、今後の対策に役立てていただきたい。
(1)グループ討議は1グループ6〜7名で構成し、10グループ(2会場)に分けて行った。各会場には2〜3名の運営委員が常駐し、討議が行き詰まらないようにファシリテートを行った。1日目は、前半に行われた情報提供や参加者が準備してきた課題等について情報共有しながら、グループ単位で「教育改革DX」、「学生支援改革DX」、「業務改革DX」の3テーマを一つに絞り込み、解決すべき課題を設定の上、具体的提案課題決めを行った。
(2)2日目の前半は、課題解決の洗い出し、解決策構想の深堀をしつつ、後半ではグループごとに中間発表を行った。また、中間発表の終わりには、参加者全員から他のグループに対しての具体的なフィードバックを行い、多様な質問や意見等を共有できるように配慮した。それらを参考にしつつ、最終日の発表資料の作成を行った。
(3)3日目の最終日には、グループごとに最終発表提案を行い、全員で質疑や相互評価を行うとともに、運営委員から講評を行うことで、講習会のまとめとした。
(4)各グループの発表は、10グループ中、「学生支援改革DX」が1グループ、「業務改革DX」が9グループ、「教育改革DX」を提案したグループは無かった。具体的には、データやシステムの一元化、ペーパーレス化、グループウェア、Chatbot、AIツール導入等による改善提案が複数見られ、中にはその周知、定着方法、意識改革、保護者認証ワークフローに言及しているグループもあった。職員対象の講習会であることもあり、グループの多くが、参加者に共通する日常的な課題に直結する業務改革DXを選択するという傾向が顕著であった。
(5)発表後には、都度、質疑・参加者全員での相互評価を行い、発表内容の共有や実際に導入する際の問題点等の深堀を図った。講習会の最後に、木村委員長から、「電子化、デジタル化、ペーパーレス化が進展する中、歴史は記憶ではなく、記録が作るという言葉がある。その担い手としてデジタルアーカイブメントについても検討することが重要である。」との挨拶があった。続いて河合担当理事から、「大学は厳しい時代に入っており、参加者の皆さんはそれを支える年齢層に入っている。ぜひ、本講習会で得た経験を自学の強みを引き出していくような発想に役立てて欲しい。」との総括が行われ、閉会した。
(a)研修の成果 (b)グループ討議 図3 アンケート結果
参加者には、本講習終了後、2週間程度の期間をとり研修事後レポート・アンケートの提出を求めた。
講習全体を通して「課題解決力」は、発揮・伸長した34%(前年対比+8%)、ヒントを得た63%(前年対比−5%)と参加者の97%が、何らかの“気づき”を得ている結果となった。
「創造的思考力」については、発揮・伸長した36%(前年対比+10%)、ヒントを得た61%(前年対比−13%)と昨年同様、参加者のほとんどが何らかの成果を感じている結果となった。
「ICT・データ活用意識」については発揮・伸長した34%(前年対比+13%)、ヒントを得た63%(前年対比−11%)と全体の97%を占め、ほとんどの参加者に活用意識があるという結果となった。グループの発表の中にも、Chatbot・AI・グループウェア等の今日的なキーワードが複数みられた。
グループ討議での「発言」については、積極的だった75%(前年対比+43%)、発言はした25%(前年対比−33%)、あまりしなかった0%(前年対比−10%)、「交流と人脈形成」については、積極的だった66%(前年対比+29%)、対応はした34%(前年対比−24%)、あまり広がらなかった0%(前年対比−5%)、「課題・企画の検討」については、積極的だった71%(前年対比+18%)、発言はした29%(前年対比−13%)、周りに頼っていた0%(前年対比−5%)という結果であった。オンライン開催での課題であった「交流と人脈形成」については、対面開催で実施したことにより、参加者の満足度を大幅に向上させることができたと思われる。
①イントロダクション・情報提供については、高評価が多かったが、会場設備の問題もあるにせよオンラインによる情報提供シーンでの音声・映像データの聴きづらさ・見づらさ等が複数指摘されており、課題を残す結果となった。
②研修全体を通しては、普段は経験することのない他大学の職員との情報交換、交流ができたこと、長時間にわたるグループワークの難しさも感じながらも、役割分担を行い発表までまとめ上げるという経験ができたことを有意義に感じた参加者が多かった。
① 4年ぶりの対面・集合型講習会であったが、運営側、参加者とも大きな支障はなく運営することができた。参加者も62名と当初の想定50名を上回るものとなった。1グループの構成の6〜7名としたことも活発な討議の様子から適切であったと思われる。
② アンケート結果から見ても、3日間にわたり業務や経験年数の異なる他大学の参加者で構成されたグループにおいて、苦労しながらも情報を共有し、課題解決提案を考え提案するということは、貴重な経験となったと思われる。また、他大学の職員と交流することで、参加者自身が自分の知識・経験等のベンチマークを感じとれるという効果も見てとれた。
③ 一方で、会場の設備の関係もあり、オンデマンドでの情報提供や発表時の映像・音声が視聴しづらいという指摘もあり、改善策が必要となった。
④ また、今回からできる限りPCの持参を推奨したが、次年度以降、PCは必須として、加えてオンライン会議システム(Teams・Zoom等)をすべての参加者に利活用してもらうことで、グループ討議がスムーズに進められ、運営委員もグループの状況を把握しやすくなり、適切なファシリテートにつながるという意見もあった。
⑤ テーマ設定については、どうしても業務改革DXに偏りがちになることから、新しい価値創造につながるテーマを設定していく必要があるとの意見もあり、今後の課題となった。
最後に、業務多忙の中、全国から3日間にわたる講習会に貴重な時間を割いて参加をしてくれたこと、また、職場に戻ってからの力強い行動計画を示してくれたことに対して、運営委員一同から感謝とエールを送るとともに、本講習会への参加がきっかけとなり、少しでも日々のDX推進に寄与することを願ってやまない。
文責:大学職員情報化研究講習会運営委員会