特集 ICT活用によるリカレント教育(社会人の学び直し)の推進

 我が国では生産人口が減少する中、Society5.0社会の到来を見据え、新たな経済成長に向けた社会人の学び直しが指摘されている。VUCAの時代に必要とされるスキルは、分野横断的知識・能力、理論と実践の融合、分析的思考等であり、高等教育機関しかできないリカレント教育は、労働生産性を高める国の成長戦略として国家的課題とされている。
 しかしながら、大学などでの学びに必要な取組みについては、費用の支援、時間の配慮、情報を得る機会の拡充、実践的かつオンライン活用など受講しやすいプログラムの拡充、企業の評価・環境整備など課題も多い。そのような中、大学にとっても新たな経営資源として、また、社会人を授業に交えることにより、現場情報や知見などの知的資源を充実できる可能性に期待が持てることから、大学教育の質的向上につながるリカレント教育の推進が不可欠となろう。
 そこで、文部科学省におけるリカレント教育推進施策の動向を紹介いただくとともに、対面とオンラインによるハイブリッドや、eラーニング等により先導的に試みている大学に、リカレント教育における取組みの工夫・受講生の声、展望をたずねてみた。

リカレント教育の推進に関する
文部科学省の取組みについて

野 智志(文部科学省総合教育政策局生涯学習推進課 リカレント教育・民間教育振興室課長補佐)

1.はじめに

 「人生100年時代」、「超スマート社会(Society 5.0)」の到来といった2030年以降の社会に向けて、大きな転換点を迎えています。我が国においては、少子高齢化が進み、2040年には年少人口が1,142万人(2020年は1,503万人)、生産年齢人口が6,213万人(2020年は7,509万人)まで減少し、我が国の総人口の三分の一以上が65歳以上となる見込みです(国立社会保障・人口問題研究所)。さらに、日本の労働生産性はOECD諸国と比べて低く、今後高めていくことが求められています。
 世界的なデジタル化の動きや社会変化が複雑で予測困難な時代において、人生100年時代を豊かに生きるために生涯学習の重要性が高まっています。学校を卒業し社会人になった後も大学等でさらに学びを重ね、新たな知識や技能を身に付けていくことが必要です。
 特に大学等高等教育機関においては、デジタル技術等を使いこなすための知識やスキル、さらに、新たな価値を生み出すことができる人材育成が求められています。

2.リカレント教育の現状と課題

 「リカレント教育」とは、元来はいつでも学び直しができるシステムという広い意味を持つもので、キャリアチェンジを伴わずに現在の職務を遂行する上で求められる能力・スキルを追加的に身に付けること(アップスキリング)や、現在の職務の延長線上では身に付けることが困難な時代のニーズに即した能力・スキルを身に付けること(リスキリング)の双方も含むとともに、職業とは直接的に結びつかない技術や教養等に関する学び直しも含まれています。
 職業に関する学び直しでは、OECD「国際成人力調査(PIAAC)」によると、仕事関連の成人学修参加率が高い国ほど、時間当たりの労働生産性が高い傾向にあることがわかっています(図1参照)。

図1 成人学習参加率と労働生産性の相関関係

 しかしながら、日本では、企業の人材投資(OJT以外)も諸外国と比較して低く、低下傾向にあります。さらに、社外学修・自己啓発を行っていない個人の割合も諸外国と比べて著しく高くなっています。(図2参照)。

図2(左)企業のOJTの国際比較 (右)社外学習・自己啓発を行っていない人の割合

 OECD加盟諸国の時間当たり労働生産性において、日本は30位(2022年/38カ国比較)と比較可能な1970年以降で過去最低を更新しました。「現在の職場で働き続けたい」と考える人の割合は5割程度と諸外国と比べて低くなっています。また、転職や独立・起業したいと考える人の割合も低くなっている現状があります。
 日本でも社会人の学び直しが行われていますが、その多くが民間の教育訓練機関であり、その次に公共職業能力開発施設で、大学や大学院で学ぶ社会人は少数となっており、企業が大学等へ従事者を送り出した実績も少なくなっています。大学等を活用していない理由については、「大学等でどのようなプログラムを提供しているのかわからない」、「本業に支障をきたすため」の次に、「自社等の研修プログラムを保有しているため」、「教育内容が現在の業務に活かせないため」など、大学等で提供されているプログラムの認知不足や、大学等が提供するプログラムと企業や社会人が求めているニーズが乖離していることが伺えます。
 現状では、企業、個人及び教育機関それぞれが、職業に関するリカレント教育に取り組めていません。主な理由としては、

企業

などが、

個人(社会人)

などが、

大学

などがあげられます。

 上述の通り、我が国の職業に関するリカレント教育は世界的に見ても大幅に遅れています。我が国の経済成長や労働生産性の向上を図るため、さらに人生100年時代の個人のウェルビーイングを実現するためにも、それぞれのライフステージに応じて、最新の知識やスキル等を学び続けていく必要があります。

3.政府におけるリカレント教育の取組み

 人生100年時代における職業人生の長期化や働き方の多様化、また、個人のキャリアアップ・キャリアチェンジのため、リカレント教育を推進する必要性が高まっており、幅広い観点から必要な施策を講じていく必要があります。
 そのため、政府ではリカレント教育を総合的かつ効果的に推進するため、内閣府、文部科学省、厚生労働省及び経済産業省が連携して、「リカレント教育の推進に係る関係省庁連絡会議」を令和3年8月に設置し、リカレント教育を総合的かつ効果的に推進しています。(図3参照)

図3 リカレント教育の推進に関する関係省庁の施策

 厚生労働省では、職業能力開発、環境整備の観点から、職業訓練や教育訓練給付制度を通じた個人のキャリアアップ・キャリアチェンジや、企業が労働者に対して新たな分野の知識等を習得させる訓練経費等への助成、個人の主体的な学び直しや企業の学び直しへの支援を推進しています。
 経済産業省では、我が国の競争力強化に向けた機運の醸成・環境の整備の観点から、デジタル・グリーン等の成長分野における人材育成の推進や、価値創出の源泉である人材力の強化に取り組むとともに、中堅・中核企業の経営力向上を促進しています。
 また、文部科学省では、実践的な能力・スキルの習得のための大学・専門学校等を活用したリカレント教育プログラムの充実の観点から、大学等における「リカレントプログラム」の開発・拡充に向けた支援や、大学等の教育シーズと産業界のニーズのマッチングや、企業側の評価・環境整備等に向けた産官学金の連携体制の構築など、リカレント教育推進のための学習基盤の整備に取り組んでいます。

4.文部科学省におけるリカレント教育の主な取組み

 文部科学省においては、社会人を主なターゲットとして大学・大学院や専修学校等においてリカレント教育を進めています(図4参照)。特に令和2年度以降、大学や高等専門学校、専修学校での魅力的なリスキリングプログラム開発を支援しており、R2年度補正〜R4年度補正予算事業で大学・高専の207プログラムの開発を支援し、約7,000人が履修しました。大学等の強みを生かした多様なプログラムを提供し、開発されたプログラムの受講ニーズや受講生の満足度は約93%と高い評価を受けました。その一方で課題も明らかになりました。

図4 文部科学省におけるリカレント教育の施策

 など、開発したプログラムの評価は高いものの、個人と一部の大学の意欲に頼ることには限界があります。前述の「2.リカレント教育の現状と課題」で示しましたが、我が国の現状を変えるためには、産業界と個人と教育機関がリカレント教育を通じて成長するエコシステムの構築が必要です。企業が求めている人材ニーズを大学がしっかりと把握し、産学が協働してプログラム開発することや、より高度で専門的な学術機関として大学等高等教育機関にしかできない人材育成(イノベーション創造を含む)のプログラム開発が求められており、文部科学省では、大学等が産学連携と地域連携を進めるため、以下(1)と(2)の2つの取組みを実施しています。(図5参照)

図5 令和6年度文部科学省リカレント教育の主な取組み

(1)リカレント教育による新時代の産学協働体制構築に向けた調査研究事業

 1つ目の産学連携を進める取り組みは、「企業成長に直結する」ことと、「高等教育機関しかできない」ことを目指したリカレント教育モデルの確立です。具体的には、例えば「建設」「エネルギー」「小売」「福祉」「農業」など、異なる業界ごとに人材育成に関する課題を抽出します。業界ごとの企業ニーズと、それに応える教育リソースを持つ大学等にヒアリングを実施し、企業従事者派遣による安定的な学生確保と最新の高等教育を受けた社会人による企業成長という大学と企業の双方の実益が得られる仕組みを作り、リカレント教育が社会の成長基盤となることを目指します。今年度の調査研究の結果を活用して、来年度、アウトラインに基づき、大学において教育プログラムの実証に取り組む予定です。

(2)地域ニーズに応える産学官連携を通じたリカレント教育プラットフォーム構築支援事業

 2つ目は、地域の産学官等が連携して、各地域の人材ニーズを調査分析し、求める地域人材を育成するためのリカレント教育プログラムを開発するとともに、地域企業の経営者や従業員が働きながら学ぶ環境を整備するリカレント教育のプラットフォームを構築する事業です。地域の大学は若者の進学先として重要ですが、リカレント教育の拠点となることで、若者と地域の社会人がともに学ぶことや、地元就職先となる地域企業の高度化、雇用維持、産業創出等地域産業の維持発展に貢献します。今年度は全国14機関において実施しています。[1]
 また、上記以外にも以下の取組みなどを実施しています。

(3)職業実践力育成プログラム(BP)

 平成27年度から社会人や企業等のニーズに応じて大学等が行う実践的・専門的なプログラムを「職業実践力育成プログラム」(BP)として令和5年12月現在で426課程が認定を受けています。認定を受け厚生労働省の指定を受けた講座は教育訓練給付制度の対象となるため、受講者の負担軽減となるメリットもあります。
 テーマについては、①女性活躍、②地方創生(地域活性化)、③中小企業活性化、④DX(AI・IoT等)、⑤環境保全(カーボンニュートラル等)、⑥就労支援、⑦医療・介護、⑧ビジネス等(経済・政治等)、⑨起業(アントレプレナーシップ)、⑩防災・危機管理の10のテーマを設けています。

(4)社会人の学びの情報アクセス改善に向けたポータルサイト「マナパス」の改良・充実

 社会人のリカレント教育が進まない理由の一つとして、何を学べばよいか分からないなど学習に関する情報が不足していることです。そのため、全国の大学等の社会人向けプログラムのデータベースとして、令和2年度より社会人の学びの情報サイト「マナパス」[2]を運営しています。大学や専門学校等の約5,000の講座を掲載しています。
 講座アクセスランキングのほか、土日開講やオンライン講座、奨学金制度の有無等の条件に応じて絞り込み検索が可能で、各講座のページに「いいね」制度についても詳細に記載しています。
 大学(大学院を含む)や専門学校等の教育機関の方は無料で講座情報を掲載いただけます。ぜひ、ご活用ください。(図6参照)

図6 社会人の学びを応援するサイト「マナパス」

5.おわりに

 日本では、少子高齢化による人手不足が深刻化しており、社会全体でDXを推進しています。令和5年度に(独)中小企業基盤整備機構が行った調査では、中小企業の7割がDXを必要としており、その期待する成果・効果として「業務の効率化」や「コスト削減」等を上げている一方で、実際に「DXに取組済」あるいは「DXを検討している」企業は3割強にとどまっています。そのような状況を踏まえ、最新の知識や知見を活用して企業や社会人のDXの学びを支援する大学が増えています。
 今後大学では、地域の多くの企業や産業界、行政等に大学が持つ強みである教育力・研究力を知ってもらうとともに、産学官連携を深め、地域の産業ニーズに対応した人材育成や、地場産業のイノベーションの創出に取り組むなど、大学が産業界や行政等と連携して、地域振興や産業振興に貢献することが期待されています。
 これまで大学では、主に高校を卒業する18歳を学部生として受け入れてきましたが、少子化が進み18歳人口が減少する中、今後は18歳をベースにした学生の受け入れだけではなく、社会人や外国人など多様な人材を受け入れていくことも必要です。特に社会人に関しては、個人の希望による受け入れの他、企業等から派遣された者を、学位プログラムの学部生や大学院生として、もしくは履修証明プログラムの履修生としての受け入れることなども考えられます。
 デジタルやAIの発達により社会やビジネス環境が急激に変化していく中、DX人材やデジタル人材を確保することが必要で、大学のリカレント教育には大きな期待が寄せられています。政府全体としても予算事業を通じて、リカレント・リスキリングの推進に取り組んでおり、大学に置かれましてはそれらの予算事業も活用していただき、産学官連携の下、急激な社会変化に対応できる人材育成や地域産業の振興に取り組んでいただくことを期待しております。

関連URL
[1] https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/manabinaoshi/mext_00016.html
[2] https://manapass.jp/

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】