特集 ICT活用によるリカレント教育(社会人の学び直し)の推進
西川 紀子(金沢工業大学 大学事務局共創教育推進室長)
本学は、石川県野々市市にメインキャンパス(以下、扇が丘キャンパス)がある4学部12学科、3研究科11専攻の理工系総合私立大学です。本学のリカレント教育[1]は、まず2004(平成16)年度に東京・虎ノ門のサテライトキャンパスにて、働きながら夜間・休日に学修し、MBA(経営管理)やMIPM(知的財産マネジメント)の学位を1年で取得できる大学院を開設したことに始まります。学位取得コース以外にも科目等履修が可能で、毎年200名以上の社会人が就業と並行して学びを深めています。また、扇が丘キャンパスでは、20歳前後の学生が学ぶ学部や大学院があり、2009(平成21)年度より企業と連携して金属熱処理学習に関する社会人向けのプログラムを開始し、最近では、AIやデータサイエンス、ものづくりに関するカリキュラムや講座を開講しています。
2016(平成28)年度、第6代学長に就任した大澤敏学長は、これからのSociety5.0によるデジタルやサイバー空間を活用した社会を見据え、「世代・分野・文化を超えた共創教育」[2]を新たな教育の方針として掲げました。20歳前後の大学生に対して、卒業後に進む社会とはどういうものか、大学で学んだことを社会で活かすとはどういうことか、新しい価値を創出するとはどういうことかを考え、さらには社会人が学び直す姿勢から学びの大切さや意欲を高めてもらうことが必要であるとして、授業や研究活動に積極的に社会人や企業との連携に取り組むことを推奨して学生と社会人による共創教育を始めました。加えて、社会人が業務を遂行するために、もう一度基礎を学び直すことや、社員がAIなど新しい技術を修得するために科目等履修生として受講を薦めるなど、組織的な連携を通して社員の学びや気づきによる人材育成と、企業における新たな価値創出に向けた支援を行っています。現在では、2つのキャンパスにて、様々なリカレント教育プログラムを用意し、年間約400名の社会人が参加しています(図1)(図2)。
図1 本学のリカレント教育全体像
図2 KITリカレント教育プログラム参加者人数
大澤学長が推進する「世代・分野・文化を超えた共創教育」のうち、「世代を超えた共創教育」においては、在学生と社会人がともに学び合うことでそれぞれの学びの相乗効果を図ります。以下に、扇が丘キャンパスで実施する、社会人が参加できる世代を超えた共創教育プログラムを紹介します。
(1)社会人共学者
本学には「社会人共学者」という制度があります。これは、単位修得を目指した科目等履修生ではなく、社会人(実務者)から企業内の課題や業界の現状、専門知識・技術の活用事例の情報提供を頂くとともに、世代を超えて学生と社会人(実務者)がディスカッションをすることを目的に授業に協力参加してもらう制度です。年間約20名程度の社会人の参加があり、社会人には予め担当教員より参加いただきたい日時と役割が示されます。社会人が参加する授業では、学生は異なる世代の人とのコミュニケーションにより、同世代と違う視点や新たな知識が得られる他、実務経験のある社会人と触れ合うことで、社会や企業のリアルな状況について知ることができるため、社会人共学者に対する期待の声が高まっています。
また社会人においても、学生と一緒に社会や企業の課題について意見交換することによって、今の若者の思考や価値観が把握できるほか、若者とのコミュニケーション方法やプレゼンの仕方など、自らのスキルへの気付きがあるとの感想があります。科目によっては、指定時間以外の授業にも参加できるため、改めて基礎知識の学習にも役立っているとの評価もあり、学生・社会人がともに学び合う姿が見られます(写真1)。
写真1 社会人共学者(中央)の
授業参加の様子
(2)情報技術教育(科目等履修生)
企業ではDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速化させるために、AIやIoTを学ぶ機会が増えています。本学では2019年度より、全学部生を対象とした情報技術教育プログラムを開講し、毎年約20名の社会人の科目等履修生も受け入れています。本プログラムは、学生・社会人が共創学習に参加しやすいよう、夏期・春期休業中の集中講義として開講しています。「AIとビッグデータ」「IoTとロボティクス」「情報ネットワークセキュリティ」の3コースが全14科目から構成されており、「AIとビッグデータ」「IoTとロボティクス」コースはそれぞれ6単位修得で履修証明書が発行されるほか、個別の科目の履修も可能となっています。個別の科目は1科目1単位とし、学修時間は2〜3日で修了するため、短期の出張程度で学修が可能です。
学習レベルは学部1年次を対象とした入門レベルから、学部2・3年次を対象とした基礎・応用レベルがあります。授業は基本的に演習やグループディスカッションなどアクティブラーニングが主です。eラーニングで聞き流すという学習方法とは異なり、学部学生とコミュニケーションを図りながら学習を進めます。ここでも社会人共学者と同様に世代を超えた共創学習が行われています(写真2)。
写真2 社会人(左端)が
IoTの授業に参加する様子
(3)ポジティブ心理学と組織活性化(科目等履修生)
社会では仕事は個で行うことはなく、組織やチームで行われています。一人ひとりが能力を発揮し、効率よく成果を出すためには、良いチーム作りが欠かせません。本学では学部生がウェルビーイングの実践的な方法やポジティブ心理学を活用した組織改革の有り様に関する基礎的な学習を通して、チーム学習に活かしています。
社会人向けには、夏期・春期の集中講義として学部3年次を対象とした「ポジティブ心理学と組織活性化」(1単位)において、科目等履修生の受け入れを行っています。これも2日間程度で学修できる内容となっており、学部生との対話を通しながらポジティブ心理学の理解を深め、職場環境の改善に向けて求められるリーダーシップのあり方について基本的な手法を演習を通して学習します。学部生にとっては、未知である企業組織に関する学習となりますが、これまでのチーム学習等の経験を踏まえて社会人との対話から企業組織について理解を深めていきます。ここでも社会人共学者と同様に、世代を超えた共創学習による相互の学び合いが行われています(写真3)。(令和6年度より公開講座として開講する予定)
写真3 社会人と学生の演習の様子
先輩社員として、学生が提案する専門的な解決提案や実践活動に関するアドバイス・相談に応じることが必要となるため、課題解決に向けた成果以外にも、これまでの業務の見直しや自らの能力に対する気づきが得られ、リーダーシップやこれまでと異なる新たなスキルが身に付けられるといった評価をいただいています(写真4)。
写真4 企業内で課題に取り組む学生と社会人
大学の授業や研究活動に社会人・企業を受け入れることについては、教員にとっても授業や学生の指導方法の改善の大きなきっかけとなっています。教員からは企業と連携することへの理解は高く、社会人の授業参加は教員にとっても良い緊張感が増すといった感想があります。社会人の授業に対する評価は学生よりも厳しいこともあり、大学教育で求められる知識・スキルや指導方法など新たな気づきがあるといいます。また、企業の実態やリアルな課題を現場で働く人から伝えてもらうことで、学生はそれらを身近に感じることができ、社会で必要とされる教養や専門知識・スキルの必要性の理解が増し、学生の学びに対する姿勢が変わるといいます。加えて、世代の異なる社会人が授業に参加することで、学生にも緊張感が生まれ、教室の空気が変わるため、学生・社会人・教員にとってもWin-Winになることが多いとのことです。
本学では、リカレント教育は社会人に学びを提供するだけではなく、世代・分野・文化を超えて、キャンパスに集う人たちがお互いに学び合い、相乗的な学びの価値を創出できる場であると認識しています。学びたいと思う人たちが集まるのが大学であり、本学では誰一人取り残さず、学ぶ一人ひとりが成長する場をこれからも提供していきます。
参考文献および関連URL | |
[1] | 金沢工業大学リカレント教育プログラム https://www.kanazawa-it.ac.jp/rec/ |
[2] | 世代・分野・文化を超えた共創教育(金沢工業大学) https://www.kanazawa-it.ac.jp/kitnews/2016/20160405_education.html |
[3] | KITコーオプ教育プログラム(金沢工業大学) https://www.kanazawa-it.ac.jp/intern/midterm/index.html |