特集 ICT活用によるリカレント教育(社会人の学び直し)の推進

食×ビジネスの専門知識をリカレント教育で届ける

石井 沙耶香(学校法人中村学園 経営企画室係長)

1.はじめに

 昭和29年開校の福岡高等栄養学校を出発点に発展した中村学園大学は、「食の中村」として知られ、特に管理栄養士の国家試験では全国トップレベルの合格者数を誇ります。
 本学が提供する「食MBAリカレント教育プログラム」は、社会人を対象としたオンラインの教育プログラムです。このプログラムは学内シーズを生かしながら、地元企業のニーズに応えるため、「食×ビジネス」に特化したリカレント教育を提供し、「食産業の高付加価値化に寄与する食イノベーション人材」を育成することを目的として開講しました。受講対象者は、食関連分野の企業や団体でキャリアアップを目指す方を中心に、管理栄養士や食関連分野において独立や起業を目指す方など幅広い方々に受講いただいています。
 ここでは、開発の背景や本プログラム内容とともに、社会人が受講しやすい工夫や取組みについて紹介します。

2.プログラム開発の背景

 創立者中村ハル先生は、日本人に必要な栄養の知識や食を非常に大事にしていました。学園の前身である食物栄養学科が設立されてから現在に至るまで、食に特化した様々な取組みや産学官連携事業を実施してきた70年という歴史と実績があります。
 平成29年度には、食産業に携わる企業の方や自治体とコンソーシアムを作り、「食産業で求められる人材」について議論をしました。また、国内外の食分野の人材育成を担う教育機関の調査を行い、あらゆる視点から食産業の関係者がどのような人材を求めているかを考察し、大学のプログラムとして「フード・マネジメント学科」を開設しています。開設後も企業との交流の中で、「フード・マネジメント学科で学ぶような授業を社会人向けにも作ってほしい」というお声をいただき、卒業生や食産業で働く人々の活躍のための一助になればと考えたことが開発のきっかけです。折しも、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、飲食サービス業を含む食産業は大打撃を受けました。このような食産業の状況を鑑み、アフターコロナを見据えた学びの機会にしてもらえればと、令和3年度から本プログラムを開講しました。
 開講にあたっては、令和3年度に文部科学省「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業」の一環としてベーシックコースを、令和4年度には同省「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」でアドバンスコースを、さらに令和5年度には同省「成長分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業」の一環としてプロフェッショナルコースを開講し、予定していた3コース全てを開講することができました。

3.プログラムの具体的な内容

 前述の通り、社会人向けプログラム構築の必要性を感じながら、国内外の教育課程の違いを調べ、今後の日本の食産業を支えるために必要なリカレント教育のカリキュラム案を作成しました。これが、現在のプログラムのベースとなりました。海外には、経験を積みながら理論を学び研究して、理解を深める学問体系になっている国もあり、このような海外の高等教育機関を参考に、食MBAプログラムはカリキュラムを組み立てています。
 プログラムでは、食産業で活躍するために知っておくべき3つの領域「食マネジメント」「食技術」「食文化」について学ぶことができるようになっています(図1)。食マネジメント領域では、食に関わる経営戦略やマネジメントを学び、食技術領域では調理や栄養科学を含む食技術を習得します。さらに、食文化領域では、和食を含む世界各国における食文化を学ぶことでグローカルな視点を学んでいきます。

図1 プログラム領域のイメージ

 また、プログラムは、基礎、応用、発展と到達レベルに合わせて選ぶことができるように3つのコースで構成しました(図2)。「ベーシックコース」では、基本的な経営戦略やマーケティング、基礎調理学などを学ぶことができ、食産業で必要とされる民間資格の初級レベルに対応しています。次に、「アドバンスコース」ではホスピタリティマネジメントやイノベーション戦略、DX戦略、応用調理学など各分野の応用的な知識を学ぶことができます。特にアドバンスコースで特徴的なのは、料理とお酒のマリアージュを体験するという社会人ならではの調理実習が組み込まれている点です。詳しくは後述しますが、社会人が受講するための工夫としてドロップアウト防止の観点からも、受講生同士の交流機会として設定しました。さらに、「食マネジメント」「食技術」「食文化」の3領域を融合させた実践的な「プロフェッショナルコース」では、戦略実現に役立てる人材マネジメントや食産業の海外展開、ホスピタリティを浸透・実践させるための技術を学びます。プロフェッショナルコースでは、一部でオンラインでのリアルタイム授業を実施し、講師と受講生、受講生同士のディスカッションを通して、学びを深めていくコースになっています。

図2 構成する3コース(HPより)

4.受講に関する工夫

(1)社会人を対象とした授業運営

 対象とする受講生が社会人であり、特に飲食業は一般的に休日が不定期であることなどを考慮し、授業は一部科目を除き原則オンデマンド配信としました。1つの講義動画は最短15分で、忙しい社会人の方にも時間を有効活用しながら、好きな時間に学べる仕組みとなっています。受講生は、オンデマンドのメリットを活用し、隙間時間で受講したり、講座の再生速度を調整しながら自身の理解度に合わせて視聴したりと、工夫しながら学ばれています。
 また、本プログラムでは視覚的に自らの学習状況(受講の進捗やレポートの提出状況など)をグラフで見ることができる学習管理システムを導入しています(図3)。これにより、受講者自身が受講状況を管理しやすく、管理者側も受講に遅れが見られる方や、長期休暇のような受講が進みやすいタイミングで、定期的な激励の連絡を行っています。

図3 受講画面例(Cloud Campus)
※Cloud Campusは株式会社サイバー大学が開発したeラーニングプラットフォームです。

 社会人が受講するための工夫として、スクーリングにも配慮しました。アドバンスコースでは、前述の通り調理実習を含む科目を1科目加えていますが、事前学習としての調理示範動画を活用することで、1日のみのスクーリングを可能としました。さらに、プロフェッショナルコースでは、オンライン上でのリアルタイム授業を設けていますが、授業は平日夜間や土曜日などに実施し、受講しやすい時間帯にも考慮しています。
 このようにオンラインをメインとしつつも、調理実習による対面授業で、実際に受講生と接する機会を設けたり、リアルタイムでの授業を実施したりする中で、モチベーションの維持に加えて、共に食産業の発展を志す者同士のネットワーク構築の機会にもなっています。

(2)選べる受講プラン

 各コースでは、全科目を受講し、修了証としてオープンバッジ(図4)を授与することができる「修了証取得プラン」と、好きな科目を選択して受講できる「部分受講プラン」の2パターンを用意しています。体系的に学べる「修了証取得プラン」では、コースを修了した方に国際標準規格に準拠したオープンバッジを授与しており、SNSで公開したり名刺に記載したりしている受講生も見られます。

図4 オープンバッジイメージ

(3)法人向けオーダーメイドプログラム

 食産業と一言でいっても、製造業から卸売業、外食・中食とその業務形態は広範囲に及びます。また、各企業にて育成したい役職や階級も異なるため、必要とされる人材像や従業員の方に求めるスキルを把握し、最適な学習プランを提案する仕組みを構築しました。提案にあたっては、受講期間にあわせた週当たりの授業時間などの要望を伺い、科目構成を行っています(写真1)。

写真1 導入後インタビュー(YouTube掲載)

5.受講生の声や今後の展望

 受講後の受講生の様子を伺うと、「起業を考えて受講し、プログラムで得た知識を使って会社設立に向けて奮闘中です。」「ビジネスプランコンテストで食をテーマにした地域活性化プランで奨励賞を受賞しました!」「育休中の時間を成長の機会にしたいと受講し、会社に貢献できるという自信を持って復帰できました。」など、嬉しい報告をいただいています。

 これらの結果は、連携企業や団体の皆様の協力を得ながらプログラムを開発し、授業には外部講師としても登壇いただくなど産学官連携で取り組めた結果ではないかと考えています。今後もプログラムをさらに充実すべく、企業および受講生からのニーズが高い分野を増やしていく計画で、最終的には修士課程の設置も目指す予定です。
 また、本学と企業の関係だけでなく、受講者と企業とのつながりも築くことができています。例えば、副業的な形になりますが、受講生と外部講師を担当された企業とで新しいビジネスも生まれており、大学がハブとなって地域や産業の発展につながる芽が出始めていると感じています。今後も日本の食産業の発展の一助になるべく取り組んでまいります。


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