特集 ICT活用によるリカレント教育(社会人の学び直し)の推進
鷲崎 弘宜(早稲田大学 グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所 所長 理工学術院 教授・データ科学センター 管理委員)
本稿では、本学を代表として大規模な産学連携により筆者を事業責任者として進めている社会人向けのIoT・AI・DX分野のリカレント教育プログラム「スマートエスイー」[1]の工夫やリカレント教育の展望を説明します。
スマートエスイーは、IoT・AI・DX分野の履修証明プログラムであり、職業実践力育成プログラム(BP)の認定を受けています。文部科学省の2017年度補助金「成長分野を支える情報技術人材の育成拠点の形成enPiT-Pro」に本学を代表として14大学、モバイルコンピューティング推進コンソーシアムを含む20超の企業・団体の産学連携によるリカレント教育プログラムとして提案採択され、2017年度に立ち上げたものです(図1)。その後は本学データ科学センターの事業として継続実施しています。
図1 スマートエスイーの立ち上げにおける全体像と連携
具体的には2018年度からIoTシステム技術検定・中級合格相当者向けに履修時間120時間以上・6か月のIoT/AIコースを実施し、IoT・AI・ビッグデータの各技術を深めた上で、領域を超えた価値創造をグローバルにリード可能な人材を育成しています。加えて文科省リカレント教育推進事業の採択に基づき、2022年度にビジネス経験者向けのDXコースの新設、さらには2023年度にサステナビリティに係るプログラム全体の拡充と運営の持続性向上からなるサスティナビリティトランスフォーメーションを進めています。
立ち上げにあたり、企業・団体へのヒアリング等を通じてIoT・AIや無線通信等の要素技術群の一通りを抑えたうえで、ビジネスへの実展開を構想可能な実践力を備えたイノベーティブなプロフェッショナルのニーズが高いことを確認しました。そこでニーズに応えるために、特に以下に応えるように教育プログラムを構築して実施しています。
具体的には、自社展開済みのキャリア育成プログラムの弱みを補完する教育プログラムのニーズを確認したため、イノベーション理論を含むビジネス、アプリケーション、情報処理、通信・物理および総合実践の5領域すべてを網羅したフルスタックの科目群を提供して応えています。特に、センサ・モノのインターネット(IoT)によるビッグデータの取得からクラウドを経た機械学習・人工知能(AI)活用に至るデータ駆動・循環の技術群を学び、さらにはイノベーションの実現力をIoT・AIコースにて養成しています(図2)。
図2 スマートエスイーの各領域において設置している科目群
加えて、IoT・AIデジタル技術領域を理解し、DXおよびデジタルビジネスの企画・立案・推進を担う人材育成のニーズを確認したため、DXコースを設立し、ビジネス領域を手厚くしたカリキュラムにおいて、ビジネス経験を有する幅広い受講者層に向けて、新たな価値創造を推進するビジネス×デジタルマインド・技術を扱う人材を育成しています。
設置科目群を、先端スマートシステムや関連技術の国際的な標準的枠組みRAMI4.0、国内産業界標準である経産省iCD/ITSS+、ならびに情報通信技術に全般におけるグローバルなスキル標準の一つであるSFIA Frameworkに基づき、スキル・知識体系へと対応付けることで、他の講座群と組み合わせたキャリア育成計画を容易としています。
必要な科目を網羅的体系的に用意し、さらにプロジェクトベース科目を豊富に用意することで、実践性を実現しています。関連して、情報技術をビジネス展開に活かせる人材育成というニーズを確認したため、イノベーション&デザイン思考、ビジネスモデル仮説検証プログラムを用意し、全科目にビジネスとの接続を意識したケーススタディや演習を組み入れています。受講者においてほぼ全科目で産学両面からの講師陣で講義演習の指導にあたり、さらには受講者の実課題に対して講師のマンツーマンもしくはグループ指導下で解決にあたる修了制作(IoT・AIコース)ならびにDXゼミ(DXコース)を通じて高い実践性を養っています。
加えて広く一般への学習機会として、専門科目の一部について演習無しで、オンライン講義プラットフォームJMOOC上で無償提供しています。加えて1科目は英語化しedX上でも無償提供しています。
有料のIoT・AIコースならびにDXコースについて毎年それぞれ25-30名程度が修了し、修了者の75%-95%が評価アンケートにて総合満足と回答しています。また修了1年後調査では、80-90%の方々が業務改善や開拓へつながったと回答し、修了制作の成果を発展させた共同研究を通じた論文発表や独立・起業事例も得られ、高い育成効果を実証しています。
JMOOC上のオンライン科目を4年間で約90,000名履修登録し、最高80%以上が満足と回答しています。
ほぼ全科目で実践に優れた産業界と理論に優れた大学の両方から第一線の講師が開発・指導し、受講アンケートに基づき継続的改善にあたっています。またセミナーを20回超実施し、3,600名強の参加登録を得ており、技術や考え方の普及や啓蒙に取り組んでいます。加えて筆者らが主導して教育プログラムの開発実施ノウハウと展望をまとめた論文・解説公開(例えば[2][3][4])や教科書執筆、対外講演を通じた積極的な一般展開を進めています。
これらの実績が認められた結果、文科省enPiT-Pro事業としての最終評価において最高のS評価を受け、文部科学大臣表彰や経済産業省局長賞(工学教育賞)、電子情報通信学会 第6回教育優秀賞ほか多数の表彰を拝受しました。また内閣官房日本経済再生総合事務局「未来投資戦略2018」において、AI時代に求められる人材の育成の先端的な取組・事例として紹介され、日本経済新聞やBS朝日、NHKほか、多数の報道や掲載を得ています。
コロナ禍に伴い2020年度は、準備済みのオンデマンドコンテンツを活用するとともに、実機を受講者に配布し、全講義演習をオンラインで実施しました。場所を選ばず学びの機会が広がり、議論やチーム演習もスムーズに進行しました。ただし、一部のデバイスにおける細かな質問対応や、受講者間の打ち解けたコミュニケーションのあり方などに幾らかの難しさもありました。
そこで以降は、特に実機演習やチーム討議を主とする科目を中心に対面機会を用意したハイブリッド実施とし、オンラインと対面のそれぞれの良さを生かしつつ受講者の都合に応じて柔軟に選択可能としています。
連携組織へのニーズ調査に基づき、先進的な教育をさらなる人材育成や交流、研究へ展開するためのコンソーシアムを設立しています。地域展開として石川県庁、小松製作所および業界団体と連携してスマートエスイーIoT/AI石川スクールを立ち上げて、ものづくり産業に応じて教育をカスタマイズし実施しています。
交流機会としては、産学連携フォーラムをはじめとする数多くのシンポジウムおよびセミナーを開催しています。
研究機会としては、修了者や講師が修了制作および教育成果を論文にまとめて発表するとともに、ワーキンググループを設立し特定テーマの調査研究を進め、その成果を教育へと還元するサイクルを進めている。例えば2020年度には、DX時代のビジネス目標達成の戦略とその実行プロセスおよび方法論について調査研究を進め、2021年度にも後継の研究活動を実施し、その成果をDXコースの科目として取り込みました。こうした研究と教育の循環に引き続き取り組んでいます。
こうした様々な活動を社会ニーズに即して短期間で進めるカギは、アジャイルマインドに基づく迅速かつ柔軟な運営にあります。受講者・修了者からのアンケートやヒアリングを通じた継続的改善に加え、顧客である業界団体や企業と密に連携してニーズの把握と改善のサイクル、価値提供を高速に回してきました[3]。機敏な意志決定にあたり大学内部の理解も不可欠であり、大学の中長期ビジョンにおいて社会人教育を明確に位置付けるとともに関係各所との密な情報共有を図っています。
今後は、スマートエスイーをはじめとするリカレント教育プログラムを通じて、様々な立場の社会人がデジタル技術を習得し、DXをリードすることが期待されます。その発展に向けて、各プログラムの実践性向上や位置づけの整理、さらにはオープンバッジに代表される学習歴の共有と相互運用の促進が期待されます。スマートエスイーでは修了制作などを通じて実践機会を最初からプログラム内へ組み入れています。
加えて、社会におけるメンバーシップ型からジョブ型への人材採用と職務遂行の転換や、継続的な学習への経済的支援の増大も重要であり、スマートエスイーとしても各方面と連携しつつ社会変革へと貢献してまいります。
スマートエスイーは文部科学省のリカレント教育事業他の採択を得て進めてきました。講師陣をはじめ関連大学・企業・団体、学内や運営ほか関係各位に御礼申し上げます。
参考文献及び関連URL | |
[1] | スマートエスイー https://www.waseda.jp/inst/smartse/ |
[2] | 鷲崎弘宜, 内平直志,“IoT時代のイノベーションマネジメント教育”, 研究・イノベーション学会誌, 33(4), 2018 |
[3] | 鷲崎弘宜,“DX時代のAI・IoT活用イノベーティブ人材育成 スマートエスイー”, 文部科学 教育通信, No.497, 2020 |
[4] | H. Washizaki, et al.,“Smart SE: Smart Systems and Services Innovative Professional Education Program”, COMPSAC 2020 |