特集 ICT活用によるリカレント教育(社会人の学び直し)の推進

青山・情報システムアーキテクト育成プログラム(ADPISA)

山口 理栄(青山学院大学 社会情報学研究科プロジェクト教授)

居駒 幹夫(青山学院大学 社会情報学部 教授)

宮川 裕之(青山学院大学 社会情報学部学部長 教授)

1.はじめに

 企業や組織の将来の成長、競争力強化のためにIT技術を活用し、新たなビジネス・モデルを創出・柔軟に改変するデジタル・トランスフォーメーション(DX)が注目されています。経産省が2018年に発行したDXレポート[1]によれば改革施策の一つとして「ユーザ企業のあらゆる事業部門で事業のデジタル化を実現できる人材の育成」があげられ、ビジネスとITが分離されていた国内のIT業界で融合的なスキルを持つ人材の育成が課題の一つになっています。
 本プログラムは、そのような人材の育成を目的として2016年度から検討を始め、2019年度から社会情報学部の履修証明プログラムである青山・情報システムアーキテクト育成プログラム(Aoyama Development Program of Information Systems Architect、以下ADPISA)[2]として社会人教育を開始しました。2022年度からは初級、中級、上級の3プログラムに編成され現在に至っています。

2.ADPISAの目標、位置付け

 ADPISAの目標は、「新たな価値を創造する情報システムアーキテクトを育成すること」です。ここでいう「情報システムアーキテクト(ISアーキテクト)」の位置づけを図1に示します。

図1 ITアーキテクトとISアーキテクト

 従来、情報システムというと、IT技術を使ったコンピュータを中心にしたシステムのことを指していました。このシステムを企画、設計できる人材をITアーキテクトと呼んでいます。一方、ADPISAでは、この(従来の定義での)情報システムを「狭義の情報システム」ととらえ、そのシステムを使う人間や、利用する組織やプロセス、さらには社会までを含めた情報システム学[3]における「広義の情報システム」を対象とします。この広義の情報システムを企画、設計できる人材をIS アーキテクトと呼び、ADPISAではこの人材を育成することを目的としています。

3.ADPISAの教育内容

(1)教育プログラムの概要

 ADPISAは、ISアーキテクトの育成を最終目標に、図2で示すようなADPISA-H、ADPISA-M、ADPISA-Eという3つの履修モデルで構成されています。

図2 ADPISAのプログラム構成

 上級履修モデルののADPISA-Hは、2019年度から実施しているDXリーダー向けの情報システム教育です。中級履修モデルのADPISA-Mは、DXリーダーを目指すIT職種経験者を対象にしています。エントリーモデルのADPISA-Eは、2021年度のADPISA-F(女性対象)の後継プログラムで、単なる初心者向けIT教育ではなく、DXに対応した情報システム教育として再編成し、プロジェクトマネジメント等ITSS2相当の知識・スキルもカバーしています。
 ADPISA-H、ADPISA-Mは120時間/60時間履修証明プログラムであり、H、M、Eの定員はそれぞれ20名、30名、30名です。
 なお、ADPISA-M、Eは、令和3年度文部科学省事業「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」に、そして令和4年度文部科学省事業「成長分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業」に採択されました。

(2)教育プログラムの特徴

 ADPISAの教育には、以下のような特徴があります。

 キャリアコーチングでは個人との経験、価値観、興味関心をもとに、理想的なキャリアの選択(キャリアチェンジ、転職、セカンドキャリア)について支援するのに対し、テクニカルコーチングではスキルや業務経験をもとに学ぶべき技術分野、選択科目の提案、学び方などについて支援します。

(3)教育プログラムの詳細

 上級履修モデルのADPISA-Hの2023年度の実施結果は、120時間コースに15名が参加し、全員が修了しました。実施科目を表1に示します。実施環境としては青山キャンパスでの対面(ハイブリッド)授業を中心とし、一部はZoomによるオンラインで実施しました。受講生は15名中会社派遣が1名、個人参加が14名。職種はIT職が11名、その他が4名。年齢は36歳から59歳で、平均は46歳でした。
 中級履修モデルのADPISA-Mでは2023年度29名を受け入れました。うち12名は製造業からの団体受講であり、これらの受講生には一部のプログラムを企業ニーズに合わせる形で追加して実施しました。受講生は会社派遣が団体12名+2社2名、職種はIT職16名、その他13名(コンサルタント、生産技術等)、年齢は30歳から64歳で平均は44歳でした。
 エントリーモデルのADPISA-Eは、ITを体系的に学んだことがない社会人を対象とし、DX分野の人材としてITと情報システムの基礎を習得させるものです。定員30名に対して75名の申し込みがあり、30名(女性22名男性8名)を選定しました(1名辞退)。授業は一部の授業を青山キャンパスで実施し、IT基礎科目、IT職種対応科目はオンライン授業およびオンデマンドで実施しました。受講生の職業は会社員26名、公務員2名、無職1名。年齢は22歳から61歳で、平均は40歳でした。「楽しく学べるプログラミング入門」ではScratchでプログラミングして図形を描き、それをコンピュータミシンで刺繍するという授業を行いました(写真1)。

表1 ADPISA-H 実施科目

写真1 ADPISA-E
楽しく学べるプログラミング入門

(3)運営体制

 ADPISAは社会情報学部内のADPISA事務局を主体に社会連携部や関連する事務部門との協力で運営されています。さらに、学内外の講師で形成される講師会議により科目間の連携や情報共有を実施しています。また、学外の有識者による外部評価委員会、文科省事業実施時に設置が義務付けられた事業実施委員会との協議を実施しています。

4.実績

(1)教育の実績

 2021年度から実施しているADPISAプログラムの受講者数は、2021年度:ADPISA-F、ADPISA-Hで64名、2022年度:ADPISA-E、ADPISA-M、ADPISA-Hで81名、2023年度:ADPISA-E、ADPISA-M、ADPISA-Hで79名であり、延224名になります。受講者のプログラムに対する評価は、5段階評価で平均4.8(5人いれば4人が最高評価)という結果を得ました。
 2023年度から始めたコーチングへは、キャリア、テクニカルともに高い評価が得られました。

 修了生からは「情報システム学の学習により組織活動全体で捉えることの重要さをはじめとした、企業では学べない理論を知ることができた」「学ぶ事の楽しさ、視野を広げ選択肢を増やすことが自分の糧になってゆく心強さを実感した」という感想がありました。

(2)国会議員による視察

 2022年10月に文部科学省総合教育政策局 生涯学習推進課からの依頼で文部科学部会の衆議院議員と文部科学省の局長による視察がありました。大学によるリカレント教育の視察が目的で、プログラミング体験、大学との意見交換、授業の視察、受講生との意見交換等に対応しました。

(3)東京都女性活躍推進大賞

 2021年度の「女性のためのITリカレント教育プログラム ADPISA-F」が東京都が主催する東京都女性活躍推進大賞の教育部門において優秀賞を受賞しました。(写真2)

写真2 東京都女性活躍推進大賞贈呈式

(4)BA賞

 IIBA日本支部が実施する「BA賞2023」にADPISAが選定されました(BA:ビジネスアナリシス)。ADPISAの受講者が毎年増加しており、BAの普及に大きな影響を及ぼしているとして評価されました。(写真3)

写真3 BA賞受賞式

5.今後の課題

 ADPISAが目的としてきた情報システムアーキテクトの育成については一定の成果を得てきたものの規模が小さく、受講を必要としている人材の多くが所属する企業へのさらなるアプローチが必要です。そこで、2023年度からADPISA PLUSという形で個別の企業のニーズに応える形でADPISAの各科目を柔軟に組み合わせてプログラムを提案する取組みを開始しました。また、大学の所在地自治体での産学連携を促進し、あらゆる組織のDXへの取組みに協力していきたいと考えています。

参考情報および関連URL
[1] DX: Digital Transformation, ITの浸透による新ビジネスの創出,改革を目指す動き
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
[2] 青山・情報システムアーキテクト育成プログラム
https://adpisa.si.aoyama.ac.jp/adpisa/
[3] 浦昭二,細野公男,神沼靖子,宮川裕之共編著:情報システム学へのいざない,培風館(1998)

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