特集 数理・データサイエンス・AI教育の紹介
佐賀大学における数理・データサイエンス・AI教育
〜産学官連携による数理・データサイエンス・AI教育の全学展開〜
皆本 晃弥(佐賀大学 全学教育機構数理・データサイエンス教育推進室長 佐賀大学教育研究院自然科学域理工学系 教授)
1.はじめに
本学では、2016年から数理・データサイエンス・AI教育(以下、数理・DS・AI教育と略す)に取り組んできました。この取組みは、地元企業や自治体との連携を基盤とし、全学的な教育プログラムとして展開されてきました。2022年8月には文部科学省より「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(リテラシーレベル)」に認定され、2023年8月には「リテラシーレベルプラス」にも選定されています。本記事では、これまでの取組みとその背景、そして今後の展望について述べます。
2.本学における数理・DS・AI教育の沿革
以下では、本学における数理・DS・AI教育の取組みを時系列に示します。
- 2016年度:マイクロソフトイノベーションセンター佐賀(現・マイクロソフトAI&イノベーションセンター佐賀、略称MAIC佐賀)が佐賀市に開所されました。これに伴い、本学は「マイクロソフト・AIイノベーションセンター in SAGAを核とした七者連携協定」を締結しています。七者とは、日本マイクロソフト、キャリアバンク、佐賀電算センター、EWMファクトリー、佐賀県、佐賀市、本学を指します。なお、締結当初は、日本マイクロソフト、パソナテック、佐賀県、佐賀市、本学の五者でした。この協定では人材育成を目的としており、その一環として、MAIC佐賀で「チャレンジ・インターンシップ(データサイエンス)」を教養科目の選択必修科目・集中講義として全学部・全学年の学生を対象に開講しました。このように、本学の数理・DS・AI教育は企業・自治体を巻き込む形で始めました。日本初のデータサイエンス学部が滋賀大学に設置されたのは2017年度ですが、その前に実施した取組みでもあったため、週刊ダイヤモンドや地元メディアにも取り上げられました。
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写真1 「チャレンジ・インターンシップ」での成果発表の様子(2016年度) |
- 2018年度:教養科目「データサイエンスへの招待」(2単位・後期・選択必修)を開講しました。この科目は全学部・全学年を対象としたデータ解析入門です。また、全ての研究科が連携して開設する大学院教養教育プログラムにおいて「データサイエンス特論」(1単位・後期)を開講しました。理系研究科では必修となっており、履修者は200名を超えます。「データサイエンス特論」では、実際のデータ分析事例を紹介し、佐賀県と企業10社が関わっています。
【協力企業(順不同)】福博印刷、FabLab SAGA、フィロソフィア、SHKコーポレーション、オプティム、佐賀電算センター、アイセル、木村情報技術、日本マイクロソフト社、あいおいニッセイ同和損保
2018年度の開始時には対面とオンライン同時中継という形態で行っていましたが、現在はオンデマンド型オンライン授業として実施しています。
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写真2 「データサイエンス特論」でのグループワークの様子(2018年度) |
- 2019年度:理工学部の改組に伴い、1年次必修科目「データサイエンスⅠ」(前期・2単位)および「データサイエンスⅡ」(後期・2単位)を開講しました。内容は、確率・統計解析の基礎およびExcelによる実装です。さらに、教養教育科目の枠組み(インターフェース科目サブスペシャルティコース)を用いて「プログラミング・データサイエンス副専攻」を設置しました。本副専攻は、4科目(各2単位、計8単位)で構成されており、学生が高度なプログラミングスキルとデータ分析能力を養うことを目的としています。また、同年に大学院理工学研究科にデータサイエンスコースが設置されました。
- 2020年度:全学的にデータサイエンス教育を展開するため、数理・データサイエンス教育推進室が設置されました[1]。また、「佐賀大学データサイエンス教育プログラム(リテラシーレベル)」(以下、DSリテラシーと略す)を策定し、学習到達目標を達成するための共通教材(15コマ分)を作成しました。共通教材の作成には地元企業2社(オプティム、木村情報技術)も参画しており、実例を踏まえた教材が提供されています。本学の数理・DS.・AI教育体制を図1に示します。
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図1 数理・DS・AI教育体制 |
- 2021年度:DSリテラシーを全学で開始し、全6学部中4学部(経済学部、農学部、理工学部、医学部)で必修化しました。DSリテラシーは2022年8月に文部科学省より「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(リテラシーレベル)」に認定され、2023年8月には「リテラシーレベルプラス」に選定されました。また、理工学研究科博士後期課程に数理・情報サイエンスコース設置が設置されました。
- 2022年度:DSリテラシーが全学部で必修化されるとともに、「佐賀大学データサイエンス教育プログラム(応用基礎レベル)」が開始されました。理工学部では応用基礎レベルが必修化され、2023年8月には文部科学省より「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(応用基礎レベル)」に認定されました。理工学部の「サブフィールドPBL」では日本マイクロソフト社と協力してAI実習を実施しており、学生は実践的なスキルを習得しています。また、理工学研究科ではAI・データサイエンス高度人材育成プログラムも開始され、さらに高度な専門知識と技術を持つ人材の育成を目指しています。
- 2023年度:理工学部理工学科にデータサイエンスコースを設置[2]するとともに、大学・高専機能強化支援事業(高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に係る支援)に選定されました。この事業により、情報分野において、学部定員が2023年度より30名、修士定員が2027年度より20名増員されます。また、高校生向けにオンデマンド型オンライン授業「データサイエンスBasic」の提供を開始し、高校生にもデータサイエンスの基礎知識を提供しています。
3.本学の数理・DS・AI教育の特徴
上記の沿革で示した内容について特徴的なものをもう少し詳しく説明します。
- 地元企業と連携した共通教材:共通教材(スライド、動画、課題、小テスト)を地元企業と協力して作成しました。学生の学習意欲向上に寄与し、「学ぶ楽しさ」や「学ぶことの意義」を理解させることを目的としています。学生アンケートでは、企業と協力して作成した項目が特に関心を集めています。
図2にアンケート結果を示します。左側の「社会で起きている変化」や「データ・AIの活用領域」などが企業が作成した教材です。これらの項目は高評価を得ています。
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図2 学生が関心を持った項目(青)と難しいと感じた項目(ピンク) |
- 全学必修化:2022年度からDSリテラシーが全学必修化され、全学部で入学者に対する履修率は100%となっています。全学必修化に当たっては、新規科目を立ち上げるのではなく、既存の必修科目にDSリテラシーの内容を入れていくという形をとりました。そのため、図3に示す通り、学部ごとに修了要件科目数が異なります。「情報基礎概論」のすべての内容をDSリテラシーに変更した学部と、複数の既存科目の一部を変更した学部に分かれます。
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図3 リテラシーレベルの修了要件 |
また、編入学生に対しても必修化が進められています。2026年度には大学全体で収容定員に対する履修率が100%に達する予定です。
- インターンシップ:2016年度から地元企業と協力して教養科目「チャレンジ・インターンシップ(データサイエンス)」を継続して実施しており、これまでに44人の学生が履修しました。2023年度には生成AIを活用したインターンシップも開催されました(図4)。
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図4 インターンシップ募集案内 |
チャレンジ・インターンシップでは、学生の成長を見るために、参加企業と協力してルーブリックを作成し、初日と最終日に評価を行うことで、学生の成長を把握しています。学生は、ルーブリックを見ることにより、求められる能力と水準を把握することができ、結果として学習支援にもつながるものと期待されます。さらに、2021年度以降は理工学部の「地方創生インターンシップ」においても地元企業と協力してデータサイエンスに関するインターンシップを実施し、学生がAI技術を用いたソリューションの提案などを行っています(図5)。
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図5 学生によるAIソリューション提案例 |
- 「科学へのとびら」:本学では高大接続事業として、高校生向けに「科学へのとびら」を開催しています。この「科学へのとびら」において、機械学習やAIに関わるテーマを導入しており、高校生が早期にデータサイエンスの魅力に触れる機会を提供しています(図6)。
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図6 「科学へのとびら」プログラム例 |
- 高校生へのデータサイエンス教育:佐賀県教育委員会や県内のSSH指定校(佐賀県立致遠館高校)とも連携し、SSH指定校の生徒へ、2023年2月よりデータサイエンスのオンライン講義(全8回)を試行的に行いました。その実績を踏まえて、2023年度後期からは、「データサイエンスBasicⅠ,Ⅱ」を提供しています。高校生は科目等履修生として授業を受け、単位も取得でき、本学に入学した場合には、卒業に必要な単位として認定されます(図7)。
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図7 「データサイエンスBasic」募集案内[3] |
- リスキル教育への貢献:2022年度に、社会人を対象とした「佐賀大学 DXリスキルプログラム」(A データ分析・機械学習コース、B 業務改善スペシャリスト育成コース、C 新規事業創出ハッカソンコース)を企業と協力して開講しました。このプログラムには、定員45名に対して203名から応募があり、非常に高い関心が寄せられました。また、ここで作成したオンライン教材は、大学院教養プログラム「データサイエンス特論」の履修者にも視聴できるようにしました。定員は少し減らしたものの2023年度にも実施しています(表1)。
表1 佐賀大学 DXリスキルプログラム 募集内容(2023年度)[4] |
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4.その他の取組み
2017年度よりデータサイエンス教育について、地元企業・自治体と意見交換会・講演会等(高度情報系専門人材育成懇談会)を必要に応じて行っています。
【参加・協力された自治体・企業(順不同)】
佐賀県、佐賀市、唐津市、有田町、日本マイクロソフト、佐賀電算センター、EWM、キャリアバンク、オプティム、木村情報技術、SUMCO、中山鉄工所、福博印刷、佐賀銀行、あいおいニッセイ同和損保、ネットコムBB、フィロソフィア、とっぺん、カラビナテクノロジー、アイセル、FabLab Saga、九州コーユー、CitynowAsia、ローカルメディアラボ、ナレッジネットワークなど
2023年度には、日本マイクロソフト社と協力して、生成AIに関するFD研修を2回実施しました。本研修は学内だけでなく、学外者も受講できるようにし、延べ529人が受講しました。
また、理工学部では2019年度の改組でデータサイエンス教育を強化し、リテラシーレベルを2021年度より、応用基礎レベルを2022年度より必修化しました。そして、2023年度にはデータサイエンスコースを設置しました。大学院理工学研究科においては、2019年度にデータサイエンスコース(修士)、2021年度に数理・情報サイエンスコース(博士)、2022年度にAI・データサイエンス高度人材育成プログラム(修士・博士)を設置しました。このように、リテラシーレベルからエキスパートレベルの教育を実施できる体制を整えています。なお、理工学部知能情報システム工学コースでは、2021年度より応用基礎レベルからエキスパートレベルへの橋渡し科目として、3年次科目「実践データサイエンス」、「データサイエンス演習」を開講し、数理・データサイエンス・AIの理論と実践について教育しています。この内容を教科書としてまとめ、サイエンス社より「Pythonによる数理・データサイエンス・AI−理論とプログラム―」を2023年11月に出版しました(図8)。
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図8 Pythonによる数理・データサイエンス・AI−理論とプログラム− |
さらに、2024年度には、全学教育機構においてデータサイエンス副専攻を設置しました。専門教育科目と教養教育科目を組み合わせ、文系学生(教育学部、芸術地域デザイン学部、経済学部)に数学や情報に関する科目を、理系学生(医学部、理工学部、農学部)に会計、経営、法律に関する科目を受講させる分野横断的な教育を提供することで、数理・データサイエンス・AIの理解と応用能力を兼ね備え、社会課題の解決や価値創造によって持続可能な社会構築に寄与する人材の育成を目指しています。
5.おわりに
本学の数理・データサイエンス・AI教育は、地元企業や自治体との連携を基盤とし、全学的な教育プログラムとして展開されてきました。本稿ではリテラシーレベルを中心に述べましたが、農学部と経済学部の応用基礎レベル認定に向けた取組みや、さらなる地元企業・自治体との連携を強化を検討しているところです。本学の数理・DS・AI教育については、本学の全学教育機構数理・データサイエンス教育推進室、広報室、理工学部などのWebページで随時お知らせします。
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