数理・データサイエンス・AI教育の紹介

武蔵野大学データサイエンス学部における
データサイエンス・人工知能(AI)人材育成プログラム

藤崎 弘士(日本医科大学 数理・データサイエンス・AI教育センター センター長)

1.はじめに

 教育や研究そして産業界において人工知能(Artificial Intelligence, AI)が今後重要な要素になるということを踏まえて、2019年に政府はAI戦略2019を策定しました。それに伴い、大学でのAIリテラシー教育を推進し、高校においても「情報」の授業を必修にするために、現在は高校・大学の教育カリキュラムが大幅に改定されつつあります。本学は、2021年から人工知能の教育をカリキュラムに取り入れ、文部科学省によって2023年には数理・データサイエンス・AI教育プログラムに関してリテラシー認定、2024年にはリテラシープラス認定されました。ここではそのカリキュラム改定の経緯や、医学部ならではの特色について簡単に紹介していきたいと思います。

2.AI教育導入の経緯

 本学の弦間昭彦学長は2017年に京都大学の西田豊明氏(当時)との対談で以下のように述べました[1]
 「私は2015年に日本医科大学の学長に就任しました。そのときに、これからの医学教育に何が必要となるかを考えましたところ、人工知能、仮想現実、ロボット・テクノロジーの3分野がこれからの医療、医学には必須なものであるだろうし、日本医科大学としても力を入れて行かなければならないとの結論に達しました。」
 「医学教育は生命科学が中心でしたが、これからは人工知能をはじめとした情報科学の比重が高くなりますから、そこに精通した医師の養成は避けて通れません。今後の医療、医学に欠かせない臨床研究統計、バイオインフォマティクス、臨床応用ロボットの研究を東京理科大学や早稲田大学などと連携して進めています。必要とあれば、これらの大学の研究室に学生が行って、研究する体制を整えました。電子黒板を46台入れ、Small group leaningに活用して電子情報を蓄積したり、救急などの医療情報サーバを整備して人工知能につなげる予定です。病理診断やレントゲン画像などを人工知能を使った読影について企業と共同で研究をする体制を築いています。」
 この考えに基づき、その後、本学においてはロボット手術、VRを用いた救急医療や教育、またアンドロイドを用いた診断に関する教育体制などが整えられてきました。またAIを用いた研究も泌尿器科、放射線科、病理学科、形成外科、救命救急科などで始まり、シミュレーション教育にどのようにAIを活用するかという議論も行われました[2]
 そのような状況において、2023年度からの新カリキュラム発足に向けて、本学の授業内容を刷新する必要性が生じ、物理学教室と数学教室が主体となって、1年次のカリキュラムにAI教育を取り入れることになりました。数学教室においては、すでに統計学やコンピュータリテラシーなどAIに関わることを一部教えており、物理学教室においてもPythonのプログラミング授業などを行っていたので、これらを統合し、またAIリテラシー教育の部分を加えることとしました。リテラシー部分の授業の名称は「人工知能概論」とし、この授業を統括する機関として、数理・データサイエンス・AI教育センターを設立しました[3]。また医学部におけるAI教育ということを鑑みて、臨床医によるAI研究に関する講義を含ませることを必須とすることにしました。さらに、AIカリキュラム評価委員会も立ち上げて、授業内容の精査や改善などを行っています。2022年5月に文部科学省の数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度に申請を行い、その結果、本学の教育が2022年8月にリテラシーレベルのプログラムとして認定されました。またその翌年にはリテラシープラスの申請も行い、私立大学の医学部として初めて認可されました。

3.本学のAI教育の内容と特徴

 文部科学省の数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度に関する資料を参考に、表1の16項目を本学のカリキュラムで身につけることのできる能力として定めました。医学や医療とAIとの関連も含まれますが、一般的な大学生が身につけるリテラシーの内容としては順当なものだと考えています。

表1 本学のカリキュラムで
身につけることのできる能力

 2023年度における授業内容の概要は以下の表2になります。

表2 2023年度における授業内容の概要

 本学におけるAIリテラシー教育の特色は、先に述べたように臨床医によるAIに関する講義が含まれるということであり、表2の4、6、8がそれに当たります。2023年度に関しては、それぞれ救命救急科の五十嵐豊講師、放射線科の町田幹講師、泌尿器科の赤塚純講師が担当しています(写真1、2、3)。具体的な内容としては、五十嵐講師はCOVID-19の患者の振り分けや、ECMOなどの取り外しの判定にどのように機械学習を使うかということについて、町田講師は富士フィルムとの共同研究による医療画像AIの開発(放射線によるブラーをどのように取り除くか)と、その医療器具としての様々な問題点について、赤塚講師は前立腺がんの大量のデータの取得に関すること、説明可能なAI、マルチモーダルなAIの利用のことなどについて講義を行いました。やや専門性の高い内容を含む講義ですが、学生にとってはアーリーエクスポージャーの意味合いもあり、後で行った授業アンケートを見ても興味をもって聞いているようです。また、去年度から富士フィルムによる「AI技術開発支援サービスで体験する画像診断AI開発研修」という内容を学生向けにアダプトしたものを講義していただいており、どのように企業と連携していくか、また実際のAIのプロダクトを利用する際の注意点などについても学ばせています。

写真1 本学でのAIリテラシー授業風景
(五十嵐 豊 講師)
写真2 本学でのAIリテラシー授業風景
(町田 幹 講師)
写真3 本学でのAIリテラシー授業風景
(赤塚 純 講師)

 それ以外の内容としては、AIに関するリテラシーと、Pythonによるプログラミングになります。まず初回ではAIの最新の状況から話を始めて、去年度からはChatGPTやBingAIのような大規模言語モデルに触らせる、使う際の注意を喚起する授業を行っています。赤塚講師の授業でレポートを書かせるときにも、お茶の水女子大学の伊藤貴之教授のアイデアにしたがい、ChatGPTなどを使う際に

1.自分が解決したいと思う医療テーマを1つ挙げてください。

2.選んだテーマについてその解決策を見つけるために生成AIに相談し、その内容をレポートにそのまま写してください。

3.生成AIからの回答の気になる点や不自然な点を見つけ、それを自分で修正し、完成された内容をレポートにしてください。

4.修正した点について、その理由を説明してください。

という一連の手順を指示し、ただ生成AIの結果をコピー&ペーストするのでなく、どのように活用すべきなのかということを学ばせています。リテラシーの内容としては、それ以外では、データとは何か、機械学習とは何か、どのように社会で用いられているのか、ということに関して一般的な講義を行っています。授業に取り上げる内容やそのレベルとしては最新の教科書[4,5]に準拠したものになります。
 一般的なAI導入の講義を終えてから、Pythonを用いたプログラミングやデータの利活用についての授業に入ります。まずはGoogle Colaboratoryの使い方や、Pythonの文法についての最低限の説明を行ってから、実際の数値データや画像データを使って、AIやデータサイエンスの利用法に関して手を動かして学ばせます。具体的な医学関連データとしては、Wisconsin大学の有名な乳がんデータ[6]、脳波の時系列データ[7]、病理画像データ[8]、GenBankの遺伝子配列データ[9]などです。それらを用いて、統計的な基本処理(箱ひげ図、ヒストグラム、散布図、フーリエ変換など)やロジスティック回帰、決定木、畳み込みニューラルネットワークといった機械学習の初歩について触れさせています。
 ただし、医学部の1年生には既にプログラミングの経験のある学生と、PCにあまり触ったことのない学生が混在しており、授業をゆっくり進めても進度に差が出てしまうため、4名のティーチング・アシスタント(他大学の修士や博士課程の学生であり、物理学科や情報学科に所属する)に授業のサポートをしてもらうことにしています(本学の1学年には120人ほどの学生がいますが、午前と午後に分けて60人ほどに対して同じ授業を1日で行うというスタイルです)。また2回の授業ごとにレポートを提出させますが、それらはTAの学生が評価を行い、学内のLMSのシステムを使って医学生にフィードバックさせます。授業の終わりにはLMS上でアンケートも行い、授業の難易度やAIのリテラシーは身についたか、AIと医学の関連は理解したかということについて尋ねたところ、2023年度は7割が内容を難しいと感じていましたが、AIのリテラシーは身についたと感じた学生は7割以上、AIと医学に関係があると感じた学生は9割以上もいました。また文章による匿名のクレームから、難しさの大部分はPythonのプログラミングについてであることが分かりましたので、難易度を調整したり、ある程度項目を絞って時間をかけて教えることにしています(写真4)。

写真4 本学でのAIリテラシー授業におけるPythonプログラミングの授業風景

 また本学には、GPA上位者プログラムや学部3年時に研究配属という独自のプログラムが存在し、医学に関連することを自主的にもしくは教員とともに学ぶことが可能となっています。その機会に数理・データサイエンス・AI教育センターにおいて、さらにAIやデータサイエンスに関することを学ぶことも可能です。また、本学は東京理科大学や早稲田大学とも業務連携しており、研究配属においてこれらの大学に研鑽を積みにいく学生も増えてきています。そこでは医工学的な研究やAIに関わることを学んでいます。学部でのリテラシー教育と直接の関係はないですが、本学の大学院でもAIについて学ぶコースが設けられています。

4.おわりに

 本稿では2021年度からの本学のAIリテラシー教育の試みについて紹介させていただきました。本学では、人工知能概論という授業をスタートさせ、AIのリテラシーに関する授業やPythonのプログラミングに関する授業とともに、本学の特色として臨床医によるAI活用事例の講義、企業(富士フィルム)による講義などを行っています。またティーチング・アシスタントの援用による授業サポートとレポートなどの採点・フィードバック、また授業後の学生アンケートやAIカリキュラム評価委員会による授業の改善などがポイントとなるかと思います。一方で、数十年前から本学においてはコンピュータリテラシーという授業を既に行っており、そこでは情報リテラシー(メールの読み書きやSNSの使い方など)やWord、Excel、PowerPointのような情報ツールの使い方に関して教えています(これは他大学でも似たような授業があると思います)。また数学の授業でも微分積分、確率統計、線形代数といったAI機械学習に関わることをある程度教えており、これらを統合してAIリテラシー全体のカリキュラムとなります。それらを修了した学生は修了バッチをもらうことができます(必修科目でもあるので、進級する全員がもらうことになります)。
 2021年から授業を開始してまだ3年ほどしか経っていませんが、AIの進歩に合わせて授業を調整していかねばならず、これは物理学などの確立した内容に対する授業とは全く異なったことになります。またPythonなどのプログラミングの手法だけをやらせても、その内容がすぐに風化する可能性もあるため、どれだけ原理についても解説するべきか(しかし、そうすると、時間もかかり、またリテラシーの範囲からは逸脱してしまいます)頭の痛いところです。近年のもっとも大きな変化はChatGPTなどの生成AIの登場で、これによってレポートの巧妙な「剽窃」も可能になり、評価の際にはレポート以外の手段を考えることが必須になります。また、プログラミングに関してもGPT4以降であれば、ブラウザー上で日常言語を用いるだけで実行したり、結果の視覚化ができてしまいます。プロフェッショナルなプログラマーになる必要がなければ、将来的にはプログラミングを習得すること自体が不必要になる可能性もあります。
 また医学部、医学生に対してのAI教育ということに関しては、さらに考慮しなければならないことがあります。それは患者などの生体データを将来的には扱うということで、その管理やプライバシーの問題についても通常の学生よりは深く理解している必要があるということです。そのようなデータを収集するためにはどれくらいの苦労(労働)が必要か、ということも知る必要があります。これらの話題に関しては、臨床医による講義である程度はカバーしていますが、AI倫理[10]などの問題は非常に新規のテーマ(生成AIにどこまでデータを与えてよいかなど)であり、今後はそのようなテーマについて研究している法律関連の講師を招くことも考えています。
 本稿が大学においてAIリテラシー教育を導入しようと考えている教育者の方の参考になれば幸いです。本学においてAIリテラシー教育に関わっているすべての教職員の皆様に感謝いたします。

参考文献および関連URL
[1] 日本医療学会:医のこころ:人工知能時代の医学教育と日本医科大学の選択.
https://www.jhcs.or.jp/no_category/index.html?cid=28
[2] 藤倉輝道,内藤知佐子,羽場政法,高橋優三:人工知能(AI)をいかにしてシミュレーション医療者教育に活かすか?日本シミュレーション医療教育学会誌2021; 9: 89―92.
https://doi.org/10.50950/jasehp.2021-09-14
[3] https://sites.google.com/nms.ac.jp/ai-edu/
[4] 北川源四郎,竹村彰通編,教養としてのデータサイエンス,講談社(2021).
[5] 北川源四郎,竹村彰通編,応用基礎としてのデータサイエンス,講談社(2023).
[6] https://www.kaggle.com/uciml/breast-cancer-wisconsin-data
[7] https://repod.icm.edu.pl/
[8] Lung and Colon Cancer Histopathological Image Dataset(LC25000)
https://arxiv.org/abs/1912.12142v1
[9] https://www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/
[10] 福岡真之介,AI・データ倫理の教科書,弘文堂(2022).

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