数理・データサイエンス・AI教育の紹介

北陸大学のデータサイエンス・AI教育プログラム

田尻 慎太郎(北陸大学学長補佐(情報・IR担当)経済経営学部 教授)

1.はじめに

 本学は、石川県金沢市に位置する私立大学です。1975年度に薬学部のみの単科大学として創立され、その後、2017年度に3学部を改組・新設しました。現在は、薬学部、医療保健学部、経済経営学部、国際コミュニケーション学部の4学部7学科で構成され、2024年5月1日時点での学生数は2,284名となっています。本学は、「自然を愛し、生命を尊び、真理を究める人間の形成」を建学の精神とし、「健康社会の実現」を使命・目的に掲げています。
 また「2025年度までに学生の成長力No.1の教育を実践する大学となる」という長期ビジョンを掲げ、これまで様々な改革に取り組んできました。
 本学では、建学の精神や使命・目的を達成するためにも、また社会からの要請に応えるためにも、全学的にデータサイエンス教育を推進することが重要であると考え、2022年度から全学部の学生を対象とした「北陸大学データサイエンス・AI教育プログラム」を開設しました。本稿では、このプログラムの概要と特色ある取組みについて紹介します。

2.北陸大学データサイエンス・AI教育プログラムの概要

(1)プログラム開設の経緯

 本学では、2019年度に経済経営学部と国際コミュニケーション学部でノートPC必携のBYOD(Bring Your Own Device)を導入し、2020年度にはこの2学部で初年次必修の入門科目である「情報リテラシー」の内容を共通化しました。2020年度にはGoogle Workspace for EducationとMicrosoft Office 365 Educationも同時導入し、これらクラウドサービスの利用についても1年生から学び始めることとしました。2021年度には、薬学部と医療保健学部でもBYODを導入し、薬学部の「情報リテラシー」の内容も共通化しました。そして全学教務委員会で新しいデータサイエンス教育について議論を重ね、2022年度に医療保健学部でも情報リテラシー科目を開設するにあわせて、全学部で「北陸大学データサイエンス・AI教育プログラム」を開始しました。
 本プログラムの目的は、全学部の学生がデータサイエンス・AIに関する基礎的な知識を修得し、データを理解・活用して情報の解釈と意味を見出すことができる「データリテラシー」を身につけることです。プログラムの内容は、文部科学省「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」のモデルカリキュラムの項目をカバーすることに加え、私立大学等改革総合支援事業タイプ1の関連設問や経常費補助金(特別補助)「4 数理・データサイエンス・AI教育の充実」区分1の要件を満たすように予め設計しました。具体的には後述するように、全学部の必修科目で開講すること、法人格のある組織と協定を交わして実データの提供を受け実課題に取り組む実践的な学修内容にすること、他大学への普及活動をすることなどが求められます。

(2)プログラムの構成と運営体制

 本プログラムでは、既存の科目や組織を活用して速やかに立ち上げることを目的にしました。まず、全学部1年生対象の必修科目である「情報リテラシー」の内容を、リテラシーレベル認定制度の5つの審査項目に対応するモデルカリキュラムの項目をすべてカバーするように一部修正しました。授業構成を表1に示します。それに加えて、各学部独自の内容で実施する選択の統計学入門科目では、オプションの項目を扱います。表2のとおり、科目名、配当年次、履修、単位数は既存科目を活用したため、学科によって異なっています。両科目を修得した学生には、オープンバッジによる修了証が発行されます。

表1 情報リテラシーの授業構成
表2 北陸大学データサイエンス・AI教育プログラムの科目構成(2023年度)

 プログラムの教育内容についてはアメリカ統計協会(ASA)が2016年度に出した「統計学教育における評価と指導のためのガイドライン(GAISE)」レポートも参照しました。GAISEでは、①統計的思考を教える、②概念の理解を重視する、③文脈と目的を伴う実データを用いる、④アクティブラーニングを促進する、⑤テクノロジーを使って概念を探究し、データを分析する、⑥学生の理解度を適切に評価し学習を改善する、ことを推奨しています。
 2022年度には、まず1年生482名が情報リテラシーを、104名が統計学入門科目を履修し、内93名が両科目に合格しました。2023年度は、4学部6学科10クラスで情報リテラシーを開講し567名が履修し513名が合格、統計学入門科目は3学部5学科で開講され384名が履修し314名が合格しました。これによりプログラムを開始して2年間で計411名がデジタル修了証を授与されました。2022年度入学の2年生の65%が修了したことになります。
 運営体制としては、前述の全学教務委員会がプログラム改善のための体制と自己点検・評価体制を兼ねています。授業運営ではプログラムコーディネーターの教員を設け、情報リテラシー教材の作成にあたっています。クラス担当教員とアシスタント学生(SA)がメンバーのチームをMicrosoft Teams内に開設し、教材の配布から授業運営に関する意見交換までリアルタイムのコミュニケーションを実践しています。SAは担当クラスの授業終了後、当日中に活動報告を投稿することになっており、その内容を翌日以降のクラスで役立てることができています。それに加えて毎週オンライン会議を開いて、各週の授業の振り返りと次週の授業内用についての情報共有を行っています。学期前には新任教員・SAを対象とした講習会を開催し、学期終了後の振り返りミーティングでは、成績評価や次年度の改善事項について議論し、複数教員が担当する科目でも教育の質が一定に保たれる工夫を行っています。
 学外との関係では数理・データサイエンス・AI教育プログラム拠点コンソーシアム北信越ブロックや金沢市近郊私立大学等の特色化推進プラットフォームにおいて事例発表を行い、複数の企業と連携して教育内容の充実を図っています。

3.プログラムの特色ある取組み

(1)ノーコードツールの採用

 本プログラムでは、学生がプログラミングの習得に時間を割くことなく、データ可視化や分析の概念を学べるよう、プログラムのすべての科目でノーコードツールを採用しています。情報リテラシーでは、ビジュアル分析ツールの「Tableau」を導入しました。Tableauはドラッグ&ドロップの簡単な操作で、データの可視化や分析が行えるツールです。これにより学生はプログラミングスキルがなくても、大量のデータを扱い、そこから新しい知見(インサイト)を導き出すことができます。
 従来用いられたExcelでは、グラフ要素のデータはまず範囲指定する必要がありますが、Tableauではフィールドをドラッグ&ドロップで直接操作することで可視化を行うことができます(図1)。また、データソースであるExcelファイルとTableau上の分析が分離しているため、RやPythonなどを使わずともテーブル形式の構造化データの取り扱いに習熟することができます。

図1 Tableauの操作画面

 Tableauを採用したことでデータ分析の敷居が下がり、学生の学習意欲が顕著に高まりました。授業では、Tableauの基本的な操作方法から、データの可視化、ダッシュボードの作成、ストーリーの作成など、EC(電子商取引)企業の1万行からなるサンプルデータセットを使って段階的に学習を進めます。
 統計学入門科目では経済経営学部で「Exploratory」、国際コミュニケーション学部では「HAD」、薬学部と医療保健学部では「EZR」というノーコードの分析ツールを採用しています。ExploratoryはRを分析エンジンとしながら、シンプルでモダンなUI(User Interface)を通してデータ加工、可視化、統計分析、機械学習までを容易に行えるツールです。
 2年生の「統計学T」では、記述統計、推測統計、分散分析、重回帰分析などを学習します。プログラム対象科目ではありませんが、連動して開講している「統計学U」では、さらにロジスティック回帰、決定木、ランダムフォレスト、XGBoost、主成分分析、クラスタリングなどのより発展的な内容を扱います。学生は、Exploratoryを使って、これらの手法を実際のデータに適用し、結果を解釈する演習を行います。Exploratoryを活用することで、学生はコーディングに煩わされることなく、統計分析や機械学習の概念を直感的に理解することができます。また、分析結果をノートとしてまとめ、Webに公開することもできるため学習成果の可視化にも役立っています。

(2)教室内反転学習の実施

 情報リテラシーと経済経営学部の統計学科目では、動画を活用した教室内反転学習を実施しています。従来のPC演習は長らく教員の操作をプロジェクタに投影し、それを見ながら受講生が操作を真似るものでした。しかし、これだと教員には学生が操作についてきているかが分かりません。また習熟度が異なる学生がいるにもかかわらず、一定の進度が強制されるという課題がありました。そこでコロナ期の遠隔授業以後、ツール操作に関する部分はすべて動画教材にし、教室内でそれを視聴し、反転授業形式にすることで既存課題を解決することができました。動画にすることで担当教員のスキル差に関係なく、全クラスで一定の品質を担保することにも繋がりました。
 情報リテラシーの授業では、写真1のように学生はTeams上にアップされた動画教材を自身のスマートフォンで視聴しながら、ノートPCを操作します。この学習方法は学生から好評を得ており、アンケート調査では「ハンズオン動画の内容と難易度は適切だった」と回答した学生は87%を超しています。

写真1 教室内反転授業の様子

(3)Tableau分析コンペティションの開催

 学生のデータ分析への興味・関心を高めるため、ツール操作の学習後に授業内で分析コンペティションを開催しています。学生は、大学から提供されたデータセットを用いて、Tableauで自由に分析を行い、インサイトを導き出します。
 分析コンペティションでは、実際の企業データや公開データを用いて課題を設定しています。
 2022年度は、キャンパス内の売店を運営している株式会社太陽アソシエイツと協定を結び、コロナ禍前後の販売データを提供いただきました。さらに日本インスティチューショナル・リサーチ協会の提供する学生調査アンケートのダミーデータと国勢調査の都道府県別人口推移データを加えて、3つのデータセットから1つを選んで分析するようにしました。売店データは日付、商品カテゴリ、売上金額などの情報を含んでいます。学生はこのデータを用いて売上の時系列変化、商品別の売上構成などを分析します。例えば、ある学生は「季節ごとに売れ筋商品が変化するため、商品構成を適宜見直す必要がある」という分析結果を示しました。
 2023年度は、同じ企業が運営する学食の食券販売機の4年分、35万行に達するデータを学生に提供しました。学生調査アンケートもダミーデータではなく、実際に学内でIR室が実施しているアンケート結果を匿名化したデータに替えました。このようにキャンパス・ライフに関わる身近な実データを扱うことで受講生は高い意欲で取り組むことができます。分析結果はクラス内で発表し、相互に評価し合います。優秀者は全学の発表会で表彰され、連携企業の審査員から講評をいただく機会を設けています。

(4)企業連携の実施

 プログラムではデータサイエンス分野で先進的な企業と連携し、実践的な教育を行っています。Tableauを販売している株式会社セールスフォース・ジャパンからはデータリテラシーに関する講演動画とTableauの操作方法を解説する動画教材を提供いただき、上述のように分析コンペティションの受賞者の選考、講評に協力いただきました。同様にExploratory Inc.からも講演動画と教材の提供を受けています。データ分析を専門とするヴェルク株式会社からは、スーパーマーケットにおけるデータ活用の実際について解説いただき、それを学んでから学生はデータ分析コンペティションで売店データに向き合いました。
 経済経営学部の統計学Tでは株式会社truestarの協力で、同社が提供するPrepper Open Data Bankのデータを用いて金沢市内の出店プランをTableauで分析する特別授業を実施しました。また統計学UではDataiku Japan株式会社に協力いただき、データ準備から可視化、機械学習、AI、アプリ開発までを統合しておこなうデータコラボレーションツールであるDataikuを用いた、携帯電話の解約顧客予測の機械学習プロジェクトの特別授業も実施しました。
 これらの企業連携を通じて、学生は最先端のデータ分析ツールに触れることができるだけでなく、データ分析の実務的な側面についても学ぶことができます。企業の課題解決にデータ分析がどのように活用されているのか、データ分析の結果がビジネスにどのようなインパクトをもたらすのかといった点について、具体的なイメージを持つことができます。

4.プログラムの成果と評価

(1)学生の学習意欲と満足度

 情報リテラシーのTableauセクション学習後のアンケートでは、学生の高い学習意欲と満足度が示されました。図2で示すとおり、2023年度のアンケート結果では、「意欲的に取り組んだ」と回答した学生が94.0%、「満足した」と回答した学生が90.9%に上りました。この結果は、文系学部の学生を含めた全学部で共通して見られ、プログラムが学生に好意的に受け入れられていることが分かります。

図2 Tableauセクションアンケートの結果

 また、プログラム開始時の学習意欲と、終了後の「意欲的に取り組んだ」「満足した」との回答に有意な差は見られませんでした。このことから事前の学習意欲にかかわらず、ほぼ全ての学生が意欲的に取組み、満足感を得られるプログラムであったことが示唆されます。学部別では、文系学部である経済経営学部の学生の満足度が特に高いことがわかりました。
 自由記述の回答では「データからインサイトを見つけ出すことの面白さを知った」「データ分析の手法が身についた」「データアナリストという職業に興味を持った」といったコメントが寄せられました。プログラムが文系・理系を問わず学生のデータサイエンスに対する興味関心を高め、学習意欲を喚起する効果があったことがうかがえます。

(2)学外からの評価

 2022年度に実施した内容を踏まえ、2023年度にリテラシーレベル及びプラスに同時申請したところ無事に選定されることができました。リテラシーレベル自体は過去3年間で382件が認定されているものの、他大学等の規範となりステークホルダーから支持される先導的で独自の工夫・特色が求められるプラスに選定された私立大学はこれまでに6大学しかありません。その中で文系学部を持つ大学は本学と前年に選定された大正大学だけです。プラス選定には独自内容に加え、全学部において履修必須としているプログラムが重視され、全学の50%以上の学生が履修しているか、3年以内にそれを実現する具体的な計画を示す必要があります。本学では「情報リテラシー」が必修であり、学生数の多い経済経営学部2年次の「統計学T」を履修必須にしたことでクリアすることができました。
 プログラムに協力いただいた企業からも、高い評価を得ています。連携企業の担当者からは、「北陸大学の活動が活発で、学生に実践の機会を提供している点がすばらしい」「学生のうちからデータ分析ツールに触れて学べることは素晴らしい」といった声が寄せられています。実際、プログラムを受講した学生の中から4名が、これまでにデータ分析企業3社の長期インターンシップに採用されました。
 2023年9月には、Salesforce本社のアンバサダープログラムであるTableau Academic Ambassadorに、本学から学生1名と教員1名が選出されました。この学生は2022年度のTableau分析コンペティションの優勝者であり、それにとどまらず学内外においてTableauを用いた実践に取組み、その成果を大学教育学会課題研究集会で発表するなどしました。Tableau Academic Ambassadorは、世界中の教育機関から選ばれた、Tableauを活用したデータサイエンス教育の推進者の証であり、本学の取組みが世界的にも注目されていることの表れと言えるでしょう。

(3)外部コンテストでの入賞

 プログラムで培ったデータ分析スキルを活かし、学生が外部のコンテストで入賞する成果も挙がっています。2022年度には大学生を対象としたTableau企業分析AWARDで、2023年度にはその後継のTableauデータ分析AWARDで、本学の学生チームがいずれも3位入賞しました。2023年5月には社会人も参加するSnowflake社主催の「Rising 未来のデータサイエンスコンテスト」のアイデア部門で、本学の学生チームが「生活習慣病患者を減らし、10年後の健康な高齢者を増やそう!〜少子高齢化が引き起こす2030年問題への対応策〜」というテーマで準優勝を果たしました。これらの成果は、プログラムで身につけたスキルが実社会でも通用するレベルであることを証明しています。

5.おわりに

(1)データサイエンス・AI副専攻の開設

 本学ではプログラム実施の経験を踏まえ、2024年度から「北陸大学データサイエンス・AI応用基礎(副専攻)プログラム」を立ち上げました。この副専攻ではすべての学部の学生を対象に、情報リテラシーと統計学入門に加えて、プログラミング、AI入門、データサイエンスのための数学、多変量解析、機械学習を学ぶ科目を用意しています。副専攻の開設により、データサイエンスに興味を持つ学生が、より専門的なスキルを身につけることができるようになります。将来のデータサイエンティスト、AIエンジニア、ビジネスアナリストなどを志す学生に魅力的な学習の場を提供することを目指しています。

(2)学内外の学びのコミュニティ形成

 本学では、データサイエンス・AI教育プログラムの学びを単なる授業で終わらせるのではなく、学内外の学びのコミュニティを形成することで、学生のデータサイエンスに対する興味と能力を持続的に高めることを目指しています。2023年度からは学内でデータ分析に興味を持つ教職員を対象にしたゼミ形式の「データ分析塾」を開催し分析スキル向上を図っています。教員はデータ分析塾に参加することで、データサイエンスを自身の授業に活かすためのアイデアを得ることができます。職員はIR室が管理する教学IRデータを実際に用いて、自身の部署の課題を解決する最終課題に取り組みます。
 また本学の学生と教職員が中心となって、地域の企業や教育機関のTableauユーザーと共に「北陸Tableauユーザー会」を2024年3月に立ち上げました。ここで、データサイエンスのコミュニティ形成と地域課題解決に立場を超えて取り組んでいきます。ユーザー会では、Tableauに関する勉強会や交流会を定期的に開催し、学生と社会人が共に学び合う場を生み出すことを目標にしています。
 学生が企業のデータサイエンティストと直接交流できる機会として、志願した学生が東京のデータ分析企業を訪問するツアーも2024年3月に実施しました(写真2)。学生は、データサイエンスの最前線で活躍する企業を訪問し、データ分析の実務について学ぶとともに、将来のキャリアについても考えを深めることができます。このような取組みを通して、学生のデータサイエンスに対する興味関心をさらに高め、学習意欲を持続させていきます。

写真2 セールスフォース・ジャパンを訪問した学生

 データサイエンスは、特定の学部の学生だけが学ぶものではありません。文理を問わず、様々な分野の学生が学び、それぞれの専門分野に活かしていくことが重要です。1〜2年次科目で学んだ分析スキルを、3〜4年次の専門科目、卒業研究で活用できるように今後もFD研修などに取り組んでいきます。これらの取組みを通して、本学は、データサイエンス教育の先進的なモデルケースを確立し、地域社会と連携しながら、データサイエンス人材の輩出と地域の課題解決に貢献していきます。本プログラムをきっかけに生じた様々な取組みについては本学のサイトで公開しているのでご覧いただければ幸いです[1]

関連URL
[1] https://www.hokuriku-u.ac.jp/sptopics/datascience.html

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