事業活動報告 No.2

令和5年度(2023年度)
FDのための情報技術研究講習会開催報告

1.はじめに

 私立大学情報教育協会が主催する本講習会は、大学教員の教育技術力向上を目的とした学外FD活動事業の一つとして位置づけられ、多くの参加者を集めて毎年開催されている。今年度は、追手門学院大学を会場に令和6年2月26日(月)の1日で開催した。
 文部科学省では、オンライン授業を導入して、学生一人ひとりの可能性を最大限に伸長する学修者本位の教育への転換や、教育の質向上・高度化を目指した対面授業とオンライン授業を効果的に組み合わせた新しい学びの創出を大学に働きかけており、対面とオンラインを組合せた授業を如何にデザインし、学生に最良な学びを提供できるかが問われるようになる。
 そこで、「全体会」は、反転授業、生成AIの活用、フォーラム型授業実験と、著作権に関する講演の4件を構成するとともに、アラカルト方式の「ワークショップ」は、4つのテーマを設定した。
 参加者数は37名、33大学1短期大学(前年度オンライン開催60名、42大学2短期大学)であった。

2.講習内容と結果

全体会

(1)講義映像を活用した反転授業の効果的なデザインを考える

岩ア 千晶 氏(関西大学教育開発支援センター副センター長、教育推進部教授)

 最初に、講義映像を対面授業に活かすことを目的とし、反転授業には完全習得学習型と高次能力育成型があることを示し、それぞれにどのような授業実践例が考えられるのか、解説を加えた。
 次に、実際に授業を設計する際、「授業目標と教育方法・講義映像の内容、評価やフィードバックのバランスをとること」、「授業前に行う講義映像視聴・学習活動と対面授業との接続を検討すること」の重要性について論じた。
 最後に、具体的にどのような講義映像を制作するのが望ましいのかについて言及し、「自学自習のために、導入・展開・まとめと講義映像で一つのまとまりを示した映像がよいのか」、「授業で展開の部分を膨らませるために、まとめの部分を講義映像に入れない映像が良いのか」など、どのような内容を講義映像に含むことが望ましいのかについて検討する機会とした。

(2)生成AIを活用した授業の取組み

二瓶 裕之 氏(北海道医療大学情報センター長、薬学部教授)

 AIを活用して教育の質向上を目指したDX推進計画として、学習ログを解析するAI機能の拡充に加えて、教育に必要なスキル修得支援、反転授業動機づけの刺激、グループワークの刺激、最適な演習問題の提示など、AIにより学生の学修活動を支援することで、個別最適化教育を実践している。
 なかでも、生成AIを活用した授業の取組みとして、AIに教員、相談役、学生、画匠などの役割を演じさせることで、学生自身が生成AIの信頼性や人間による判断の大切さを体験しながら、批判的視点を持つことの重要性を醸成する教育を提供している。
 さらに、これらの支援では、API版GPT 4.0やDALL Eなどの技術を活用し、学生が異なる専門分野や学年を超えたディスカッションを行ったり、具体的な添削指示を受けたり、専門的な回答を得たり、プレゼンテーションで使用する画像を生成できるようにしている。

(3)法政策系分野オンラインフォーラム型授業実験の成果と課題

中村 壽宏 氏(神奈川大学学長補佐、教育支援センター所長、法学部教授)

 令和元年から4年にかけて実施した「法政策等フォーラム型学習モデル実験授業」の概要を報告した。
 大学教育における現在の問題点は、「教員は自分が教えることができる範囲でしか学生に享受することしかできない」という点にある。教員の知識量・研究範囲に限定されることなく、学生に問題を調査させ、検討させるアクティブラーニングの手法が有用だが、ひとりの教員が指導するには、限界が生じることも否めない。
 法政策等フォーラム型学修モデル実験は、この問題に対処するひとつの方策として、「各別の教員が担当する複数の授業を合同する」、「多方面の分野の研究者や実務家の助言を得る」という授業方法を模索した。但し、この授業方法の最大の問題点は、多数の教員、多分野の研究者・実務家が、一斉に同じ時間・場所の集結が困難なことから、毎週の実施は不可能であった。
 そこで、実験では、「インターネット上に電子掲示板(電子会議室)を設置し、多数の学生がいつでも自分の意見を書き込むことができる、非同期型の議論の枠組みを構築する」こととした。また、多分野の研究者および実務家に、「手の空いた時に電子掲示板に参加し、適宜、学生への助言や指導などを行う」お願いをした。
 多分野の研究者・実務家からの支援は、電子掲示板上での助言だけでなく、全学生が参加する一斉集合型の授業回を設置し、その場で専門的な知識を提供し、参加学生との意見交換ができるよう、遠隔会議システムによってミニシンポジウムを開催した。これにより、学生は最初から一定レベルの基礎的知識を有した状態で問題の検討に入ることができ、暗中模索状態での時間の浪費を回避できた。
 最終的な学生の成果は、例年を上回る内容であり、現実的かつ実効性が望める社会に対する提案を策定できた。
 本研究講習会の参加者からは、概ね好意的な評価をいただき、午後の研修時間帯において、複数の先生から具体的な実施に係る質問や、この手法を発展させるための助言等があった。

(4)デジタル教材の著作権対応とChatGPTの対応

中村 壽宏 氏(神奈川大学学長補佐、教育支援センター所長、法学部教授)
嶌 英弘 氏(京都産業大学法学部教授)

 本研究講習会では、これまで長期に亘って著作権に関する講演を行ってきたが、今年度は、生成AIに関する著作権の問題にも対応した。
 最初に中村氏から、著作権保護制度の基礎として、著作権法による権利者保護と他人著作物の利用、補償金制度によるデジタル教材の利用について解説した。他人の著作物をサーバーにアップロードし、教室内の学生に配付する場合や、学生が好きな時にデータをダウンロードして勉強する異時授業公衆送信も35条に基づく補償金制度によって無許諾で利用できる。また、授業外で大学が他者の著作物を管理している場合、経年で利用するなどの場合にも補償金の支払いが必要となる。
 補償金の支払いは、大学が毎年5月1日の在籍学生数に720円と消費税を掛けた額をSARTRASという団体に支払う。プールされた補償金はSARTRASの活動に伴う経費を除く残額が全部著作者に分配される仕組みになっているが、全ての著作権利者に分配されていないという最大の問題がある。
 次に嶌氏から、生成AIと著作権の関係について、・生成AIを利用してそのまま文章や画像を授業だけに使っていたら問題はないが、自分の著作物として利用する場合は、既存の著作物との類似性と依拠性があれば著作権侵害になる。・学生が自分で書いた文章の一部に生成AIで出力した文章を切り貼りし、類似性と依拠性が認められる場合に、部分的な利用であっても著作権侵害の危険は出てくる。・画像の生成AIに一番問題が生じやすい。例えば、プロンプトの中で「トトロと似たって」と指示した場合には、依拠性がある。同一性保持権侵害になるのは明らかで、学生が一番やりかねないと思う。
 今の段階では、学生も教職員も著作権教育を大学として行っていくことが急がれる。
 午後の研修時間帯での質問には、生成AIに関するものはなかったが、遠からず多くの教員が授業実施に際して、生成AIと関わることにとなって行くことは明らかなことから、今回の講演も意味あるものであったと考える。

ワークショップ

(1)ワークショップ1

オンデマンド動画教材作成の紹介

杤尾 真一 氏(追手門学院大学経済学部経済学科准教授)

 パワーポイントから音声を付加した動画を作成し、その動画に字幕を付ける講習を行った。また、自分の声や合成音声を用いてナレーションを付けた。将来はAIを用いた自分の合成音声に置き換えることも可能となる。字幕により難聴者は内容の理解が進み、加えて健常者でも音声と活字の両方を通して理解が深まる。
 演習の手順は、・パワーポイントでリハーサル的なナレーションのため、Wordなどのディクテーション機能で文字に起こし、見直して編集、・音声合成ソフトVOICEVOXで文字を音声ファイルに変換、・パワーポイントに音声ファイルを貼り付けて調整、・パワーポイントから動画ファイルに書き出す、・Microsoft Clipchampで字幕作成を行い調整、・Clipchampで動画ファイルを作成する。
 参加者からは、「具体的なポイントを聞くことができたので、後は実践あるのみだと思った」、「自分のパソコンで実際に操作確認できたのが良かったと思う」などの感想があった。

(2)ワークショップ2

1コマから反転授業を実践しよう!:対面授業における講義映像の活用法

岩ア 千晶 氏(関西大学教育開発支援センター副センター長、教育推進部教授)

 授業回において反転授業を1コマから導入するための方法を考えることを目標とした。
 ワークシートを用いて、1つの科目に対する「講義映像として取り上げる学習内容」、「講義映像の視聴後に行う学習活動」、「対面授業で行う内容」の3点を検討する場を設けた。各自でこれらについて記述をした後、関連分野を専攻する教員同士でペアをつくり、それぞれが記載した内容についてピアレビューを行った。
 その後の発表では、「対話の機会をこれまで以上に設けたいと考える授業回に反転授業を取り入れた」、「常々課題に思っていた授業回に反転授業を取り入れることにした」など、授業をよりよくするためのFD活動に結びついている様子が見受けられた。
 参加者からは、「難易度が高いイメージから、気軽に導入できるイメージに変わった」、「内容が実践的で、次年度の授業からできるような気になった」、「ワークとグループで意見交換できたのが良かった」などの感想があった。

(3)ワークショップ3

対面・オンライン授業でのICT活用

及川 義道 氏(東海大学教育開発研究センター所長、理系教育センター次長・教授)

 対面やライブ型オンライン授業を中心に、ICTを活用した学生の授業への参加促進方法について解説、実習を行うとともに、テキスト生成AIの教員を支援するための活用方法に焦点を当てて解説、実習を行った。
 LMSの授業利用では、サンプルコースを提示しながら、シラバスや重要情報を学生に読ませる工夫、動画教材を予習・復習に活用するためのインタラクティブコンテンツについて紹介、解説を行った。さらに、アイコン操作による擬似的な身体移動が行える2Dメタバース、CommentScreen、Slidoといったリアルタイムで学生の意見、理解の状況を取得可能なクラウドサービス、教卓で講義を行うスタイルからフロアの学生と近い距離で授業を展開するタブレットとワイヤレス環境を用いた板書等について解説、体験実演と技術的な解説を行った。
 生成AIの活用では、ChatGPTを用いた授業設計、問題作成など、教員が授業を行うためのサポーターとしてのテキスト生成AIの利用方法を解説、実習した。
 参加者からは、「様々な授業支援の方法を知ることができ、実際に使用してみたいものがたくさんあった」、「学生が普通に使っているChatGPTをどうするのか分からなかったので、体験できてよかった」などの感想があった。

(4)ワークショップ4

多様な学習環境における学修評価方法(学生の生成AI利用を含む)

渡辺 雄貴 氏(東京理科大学教育支援機構教職教育センター教授)

 ミニレクチャーとその話題をもとに、参加者同士でディスカッションを行う繰り返しにより、授業改善、シラバスの改善を目的とした。
 ミニレクチャー1「イントロダクション」では、大学を取り巻く環境、ポストコロナ時代の大学教育についての説明を行い、ディスカッションでは、グループ内で自身の授業シラバスをもとに説明する活動を行った。
 ミニレクチャー2では、「インストラクショナルデザイン(授業の入り口・出口・方法)」を説明し、ディスカッションでは、学修目標と評価方法の妥当性を検証した。
 続いて、ミニレクチャー3では、「生成AIと大学教育」についての説明を行った。ディスカッションでは、生成AIを自身の授業において、どのように考えるかについて議論を行った。参加者は、活発に議論に参加され、有意義なワークショップとなった。
 参加者からは、「自分のシラバスは良くできていると自負していたが、学修目標と評価方法がリンクしておらず、明確でもなかった」、「新しい授業を考えねばと奮起し、ARCSモデル(学修意欲向上の動機づけ)の話はとても共感した」などの感想があった。

3.おわりに

 参加された先生方の講習会全体の感想として、「レクチャーで得た知識をワークショップでスキルとして身に付ける素晴らしい構成だった」、「反転授業を実施する基本的な考え方に頭の整理がついた」、「学会等でDXをもとにした授業の取組み報告を聞いたが、どのように対応すべきなのか分からないままだった。今回は、いろいろな方法・やり方が聞けて良かった」、「生成AIと著作権の話は考えたこともなかった内容で大変興味深かった」などの意見が寄せられた。
 参加者の内、アンケート回答者22名の集計によれば、参加者個人が抱えている課題の達成について、「達成できた」と「見通しが立った」との回答がほとんどであることから、本講習会の目的は達成されたと見られる。

表1 アンケート集計

 過去3年間における新型コロナウィルス感染は、各大学における新しい授業形態、特にオンライン授業形態への転換を促進することとなったが、ICTの活用による新たな授業形態が十分に確立され、普及しているとは言い難い。ポストコロナにおいては、むしろ対面とオンラインを活用し、また生成AIへの対応とDXの推進という新たな課題をも考慮した新しい教育・授業形態の在り方が問われている。
 本年の講習会は、オンデマンド教材開発の方法と反転授業の導入、デジタル教材開発と生成AI活用における著作権の問題、さらに多様な学習環境における授業設計と評価方法の問題など今日大学教育が対応すべき課題とニーズに応えるタイムリーで有意義な内容であったと言えよう。
 今後も、ICT支援教育をテーマとした先導的取組みである本事業は、これまで私情協が永年実践し積み上げてきたノウハウと、教育界の趨勢・最新のニーズを見極めつつ、立案・推進されなくてはならない。次年度も、今回の実績を精査し、より実りある研究講習会を開催したい。

文責:FD情報技術講習会運営委員

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