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ノースカロライナ・インフォメーション・ハイウェイ(NCIH)
下田 博一(明治大学理工学部助教授)
1.はじめに
在外研究の機会を得て、1996年2月より1年余り米国ノースカロライナ州にあるUniversity of North Carolina at Charlotte(UNCC)に滞在した。
ノースカロライナ(NC)州は、南北戦争時にアメリカ南部連合(The Confederate States of America)に属していたという点では正真正銘の南部州である。南北戦争以前までの南部の産業と言えば、直ちにプランテーションが連想されるように、綿花・タバコ栽培等のいわゆる労働集約型農業が中心であった。20世紀に入ると、テキサスでの油田開発が契機となり、南部にもエネルギ資源産業を中心とした経済的発展の兆しが見え初めてきた。南部経済が全米の注目を浴びるまでに発展したのは、せいぜい1960年代に入ってからである。米国のSouth Eastからメキシコ湾岸地域、さらには西海岸のカリフォルニアに至るまでの地域は「サンベルト」と呼ばれており、陽光溢れる一帯という本来の情景に、経済的発展が光輝くという意味が込められているように思う。
筆者が滞在していたNC州では、現在でもなおタバコの栽培と豊富な森林資源を背景とした木材加工製品の生産が盛んであるが、先進技術に関連して全米あるいは世界に誇れるものが二つある。近年、この地域には環境・自然・物価・気候等の生活環境の良さが幸いして、高度先端技術の研究開発に関わる企業・研究機関の進出が目覚ましい。NC州にあるリサーチ・トライアングル・パーク(RTP)は、ノースカロライナ大学チャペルヒル校(UNC-CH)、デューク大学(Duke)、ノースカロライナ州立大学(NCSU)のキャンパスを結ぶ三角地帯のほぼ中心にあって、40を越える民間企業の研究開発部門ならびにマイクロエレクトロニクス、バイオテクノロジー、薬学、環境科学等の研究機関が集中し、南部における先進工業化の象徴にもなっている[1]。
今一つは、州全域をカバーする先進ディジタル・ネットワークである。NC州はもともと、電話通信分野においてはリーダー的存在であって、1984年には音声・データ送信がディジタル化され、州内におけるネットワーク構築のきっかけとなっている[2]。NC州政府では、ネットワークが実行に移されると同時に、次に何が必要になるかについての検討をいち早く開始し、このような将来を見据えた着想が今日あるNCIHの礎となっている。
本稿では、NC州におけるネットワークの現状とNCIHの概要についてご紹介する。
2.NC州におけるネットワーク・サービス
NC州では、North Carolina’s Integrated Information Network(NCIIN)と呼ばれるネットワーク・ウェブが構築、運用され、州内における教育、保健、医療、刑事裁判、経済、政府行政等に関するサービスが、テキスト、イメージ、音声、ビデオ等の情報としてユーザに提供されている。現状でのサービスは次のようである。
(1)低価格ダイヤルアクセスサービス
州内の地方自治体、図書館、学校および州政府の出先機関等が主たるユーザで、インターネットとの接続により、電子メールやデータベースが利用されている。ユーザ負担は、月額$34と接続に伴う長距離電話料金である。
(2)アンカーネット
州政府の大型コンピュータシステムおよび全ての政府機関、市・郡政府のパソコンと州内はもとより全米、全世界との通信を可能にしている。主に、州政府の税務や郡政府から州のデータベースへのアクセス等に利用されている。利用料金は月額$700である。
(3)ノースカロライナインフォメーションハイウェイ
NCIHはデータとビデオの高速通信を意図したNCIINのパイロットプロジェクトであり、TV会議、遠隔教育、マルチメディアの応用等、従来のネットワークの利用範囲が大きく拡張されている。1ヶ月64時間のビデオ利用を含めて月$4,000の基本料が課金される。また、スペースの確保と設備の購入で約$100,000の初期投資が必要とされる[3]。
3.NCIHの基幹技術
NCIHは膨大なデータ、音声、ビデオの情報を1.5Mbps以上で高速転送するためのシステム(ブロードバンド)をもつ先進ディジタル・ネットワークである。NCIHにおけるインフラ技術は、SONET/ATMネットワークと光ファイバーケーブルの使用が基礎となっている。SONET(Synchronous Optical Network)は最新の転送システム技術であり、転送レート51.84Mbps-2.5Gbps対応の光ファイバーケーブルによって実現される高速データ変換に対する国際標準であり、高度な操作性、管理・メンテナンス機能を有している。一方、ATM(Asynchronous Transfer Mode)は高速データ・ビデオ通信に要求されるバンド幅を供給するための新しい多重送信とディジタル・スイッチングの技術である。NCIHでは現在のところ、最大転送速度155Mbpsで運用されており、T1(1.54Mbps)と比較してもSONETの技術には驚嘆すべきものがある[4]。
NC州政府は、情報資源を有用なものとし、その利用を活性化する上で、インフラの品質レベルが決定的要因であるとの共通認識に立ち、州内全域に対してこの技術の供給を計画し、そのために、州内の主要電話会社三社と密接な協力関係を形成してきた。1994年8月に33サイトからスタートし、1996年3月までに125サイトがオープンした。125サイトのうち主なものは、高校が53、コミュニティカレッジが25、大学が12となっている。もちろん、この中にはUNCの5つのキャンパスは全て含まれている。
4.NCIHで提供される情報[4]
NC州政府では、市民に対する一般的知識の普及と教育のための情報、州内の経済発展の促進に寄与しうるような情報、さらには州政府機関の意志決定に民意を反映させるための情報等の提供を目的としている。
4.1 政府情報・統計資料
合衆国政府の各部署にアクセスして利用できる情報は、連邦予算・政府便覧・公報、大統領文書、最高裁判決、連邦議会の立法経緯等である。合衆国政府の掲示板にアクセスするためのゲートウェイも用意されている。
NC州図書館では、図書館による電子出版物、州機関の作成した統計データを、環境局では環境法規・取締りや環境管理計画を提供している。
州議会下院では、議会開催以前における未決法案の最新版、上下両院のスケジュール、未決事項の現況と経緯、州議会会計検査院による会計報告、各委員会の活動報告、法案提出者による法案、NC州各郡に関わる地方法案を提供している。
統計情報としては、州の経済指標、人口統計資料、労働力・農業データ、ビジネスと経済統計、政府の法律施行・諸活動の統計が提供されている。
4.2 地理情報システム(GIS)
NC州地理情報・解析センター(CGIA)との協力のもとに、州図書館はマッピングサービスを提供している。CGIAは現在、州全体にコンパイルされたGISフォーマット上のディジタルデータを60層以上有している。
4.3 ビジネス情報
良く知られたビジネス情報の一つが米国商務省経済掲示板で、政府機関により作られた膨大な統計データシリーズである。さらに、NC州内の企業が有する企業のディレクトリー・リポートとニュース・傾向と予測・マーケッティングと製品情報・応用技術・国際マーケット等のデータにアクセスできるよう検討している。
4.4 教育用情報
NCIHは学生の能力向上および州内の公立学校、特に地方に対する教育的平等の確保を重視している。UNCは膨大な情報ファイルを有する上、NC州情報 に関する種々のマルチメディア製品を開発している。一例として、南部歴史コレクションより供給されるフォークミュージックの公開が挙げられる。州図書館は、マルチメディア・オンライン百科事典を開発しており、これには歴史的ハイライト、NC州の経済、教育、文化資産、地理等が含まれる。NC州ネットワーク・インフォメーション・センター(NCNIC)では、アクセスとインターネットの使用をより容易にし、エンドユーザに対してより魅力的なものとするためにサービスを提供している。
5.NCIHの応用と恩恵
NCIHの関係者が思い描いている応用とそこから得られる利益は以下のようである[4]。
(医療分野)
- 遠隔地における治療の質の向上(Telemedicine)
- メディカルセンターの先進診断装置の遠隔利用
- 遠隔地における医療従事者への訓練
- 患者情報の管理、転送および電子保険金請求処理
- 最新医療情報データベースへのマルチメディア環境でのアクセス
(教育分野)
- ビデオ通信による遠隔地授業
- 公立学校における高度ネットワーキング能力の向上
- 学校と各サイト間での文書、データの電子的変換の簡便化
- 大学教授、科学者、政府関係者、企業人ら専門家集団によるビデオ授業
- 教員に対する研修、訓練の実施
(政府行政)
- ペーパワークの減少と業務効率の向上
- 州政府機関によるデータベースの有効利用
- 危機発生時における緊急対応業務の改善
- TV会議による旅費の節減
- 州市民による就職情報へのアクセス
- 各機関間の協力および情報シェアリングの推進
6.おわりに
NCIHはその種のネットワークとしては世界最初のものである。NCIHの究極の目的は、全てのNC州市民が図書館、教育機関、研究機関、州政府機関、計算センター、官民の各種サービス機関等に対して公平かつスムーズなアクセスを可能ならしめることにある。この目的達成に向け、NCIHでは、Universal Service, Equalized Rates, Shared Resources, Public/ Private Partnershipの四原則に基づき、最新インフラ技術の導入、広範な情報資源の開発・提供を官・学・民一体となった協力体制のもとで推進している。言うまでもなく米国内では、フロリダ、ジョージア州を始め多くの州で同じ目的を指向したプロジェクトが進められている[5]。しかしながら、運用開始後2年を経過して数多くの問題点も指摘されているし、他州においては一部のプロジェクトが既に頓挫している事例も見られる[6]。
いずれにせよ客観的評価と改善の継続性が今後の発展を左右するように思う。
<<参考文献>> |
[1] |
James M. Vardamann: アメリカ南部 講談社現代新書, 1995, p.166. |
[2] |
North Carolina Office of the State Controller: A Trip Along the North Carolina Information Highway, May, 1996. |
[3] |
North Carolina Office of the State Controller: North Carolina’s Integrated Information Network, Jan, 1997. |
[4] |
Joel Sigmon: Prepare for the Ride of your Life on the Information Superhighway. |
[5] |
North Carolina Office of the State Controller: North Carolina Information Highway Summary Information, Jan, 1997. |
[6] |
North Carolina Office of the State Controller: NCIH Assessment and Evaluation Report, May, 1996. |
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