政治学の情報教育

情報基盤を利用した経験的な政治学の授業の一例


村山 皓(立命館大学政策科学部教授)



1.情報基盤に依拠する政治関連の授業

 政治学の領域は、そのアプローチに注目すると、政治理論や政治思想史のような観念的な議論が中心になるものと、政治行動や政治心理のような調査から得られる経験的なデータに基づく研究に大別できる。もっとも、どの研究にも両アプローチは見られ、理念的か経験的かのいずれの研究が比較的多いかの区別にすぎないともいえる。政治意識や投票行動を専門とする私のアプローチは意識調査データを多用することから、経験的な政治学の典型である。したがって、その教育内容や教育方法もデータの分析に深くかかわっている。データ分析のウェイトの高い授業は、大学での情報基盤に依拠している。ここでは、政治学の専門教育における情報教育の応用を、私が担当する授業を例に紹介してみる。
 立命館大学政策科学部は1994年に設置された新設学部であり、今年度がはじめての4回生を卒業させる完成年度にあたる。同時に、1年早く今年度から大学院研究科修士課程を開設し、2年後の博士課程の開設準備にかかりつつある。私の政策科学部での担当科目は、社会調査法(2回生前期配当)、政治意識論(3回生後期配当)、政策科学部演習(3、4回生配当、今年度は3回生)、政治行動アーカイブ(研究科1年次後期配当)、プロジェクト「情報化社会の参加システム」(研究科1、2年次配当、今年度は1年)である。さらに、法学部の演習科目の「意識調査実習ゼミ」(3、4回生配当、今年度4回生)を担当している。いずれの科目でも、情報基盤に依拠した情報教育の応用が、政治学の教育との関連で展開されている。科目ごとの具体的内容は、以下の通りである。


2.授業で用いるデータと利用法

 授業で用いる政治意識調査データには2種類ある。自らが調査したデータと他の研究者や研究機関が調査したデータである。第一次調査者として学生自らが調査するために必要な労力は大変なものであり、大学の政治関連の授業としてたびたび実施できるものではない。私の担当科目の中でも、この形態をとるのは、意識調査実習ゼミだけである。ゼミ生は3回生時に、自らが作成した質問票による、有権者名簿から抽出した京都市民1,000人を対象とする面接調査を実施した。現在では、その元データが分析可能なファイルとなっており、今年度は個々の学生が、卒業論文作成に向けて情報機器を用いた分析を行いつつある。
 もう一つの形態である既存の政治意識調査データを用いるものが、私の授業ではもっとも一般的である。この第二次分析を中心とする授業にとっては、既存データがどれだけ容易に利用可能な情報環境が提供されているかが重要である。現在、3種類のデータを利用している。なかでも主要な第一のデータがICPSRデータである。これは世界最大の社会調査のデータバンクであり、現在400以上の世界の大学が加盟する大学間ネットワークInter-university Consortium for Political and Social Research に加盟することで、そこに所蔵されている様々なデータアーカイブの元データを利用できる。そのなかのEuro-barometerを、政治意識論での政治文化の代表的な研究の理解のために使用する。社会調査法では標本調査の代表例として、American National Election Studyを用いている。
 いずれも講義形式の授業であるが、社会調査法は政策科学部のカリキュラムのなかでは情報科目と位置づけられており、授業内容も、通常の社会調査の授業とは異なり、調査データとその分析を重視する。そこでは、他の情報科目と同様にTAがついている。TAは直接に授業で学生からの質問に対応するとともに、学内ネットワーク上の社会調査法の会議室で、個々の学生の質問に答えている。このように比較的きめ細かな指導をする社会調査法に比べて、政治意識論では、専門的な議論の根拠となる資料に実際に触れる機会が持てればと考えて、情報基盤の利用を講義に加味している。したがって、すべての受講生が情報教育の応用的活用を一定のレベルでできることを目指すわけではない。授業で取り上げる図表の元データとその分析技法を紹介し、オプショナルな提出物を求めることで、経験的な政治学での専門的な分析により踏み込もうとする学生の興味に応えようとしている。いずれにしても、それらの元データは大学の図書館に配置され、コードブックなどのデータの詳細はWWW上のICPSRから得られるので、学生はそれらを利用して、授業で指示された課題の分析を行い提出物を作成する。
 授業で使用する政治意識調査データの第二のものは、国内の選挙に関わる政治意識調査である。この分野でのデータの整備も最近少しは進み、リヴァイアサンデータバンクから、明るい選挙推進協会のサーベイデータを中心に、地域別投票結果のアグリゲートデータも入手可能である。政治行動アーカイブではこれらのデータの利用方法に加えて、政治意識調査のデータベースの作成のための枠組みを研究する。リヴァイアサンのデータは、全学的な研究機関である地域研究室で購入されておりそのデータを使用する。第三の使用データは、京都市民の政治意識調査データをデータベース化したものである。三宅一郎教授をはじめ、京都の研究者が集めた25の京都市民や京都の政治エリートを対象とする調査のうち、現在のところ10をデータベース化した。この京都政治意識調査データベースは、立命館大学の学内ネットワーク上で利用可能であり、政策科学部演習では、これらのデータの第二次分析と、学生自らのフィールドリサーチを結び付けた演習を試みようとしている。


3.情報教育の応用的活用のために解決すべき問題

 政策科学部の大学院教育はリサーチプロジェクトを中心に行われており、調査結果を踏まえた、より応用的な情報教育の活用が意図されている。私を含む複数の研究者の共同研究プロジェクト「情報化社会の参加システム」に大学院生が参加することで、学生自らの研究を進める。我々のプロジェクトは、いくつかの地方自治体と共同でプロジェクトを展開している。市民情報と行政情報の出会いの場を、意識調査データの結果などを踏まえて政策科学部のサーバー上で実現しようとするこのプロジェクトでは、その実現を図る大学院生がまさに情報教育の応用的活用を実践している。そこには、プロジェクトの推進に必要な政策科学部独自の情報環境を、全学的な情報基盤の上でどのように運用しうるかなど、解決しなければならない問題も多い。
 調査データの分析のためには、立命館大学ではSPSSとSASが利用できる。私の授業では、Windows、Macintosh、Unix版のSPSSXを使う。政策科学部の全学生が入学時にPowerBookを購入しており、政策科学部のオープンパソコンルームはMacintoshの環境にある。法学部との共同開講の政治意識論と意識調査実習ゼミでは、Windowsの環境にある法学部学生をも対象とする。元データがいずれの環境のものかによってデータ変換等の手間がかかるが、第二次分析で既存のデータを利用するためのデータ変換は不可欠な手続きであるから、学生がその手間をかけることは教育上無駄ではない。現在の問題は、学内メールやWWWの利用の拡大がオープンパソコンルームの利用率を高めた結果、データ分析のための機器利用が困難な状況になっていることである。立命館大学の情報環境の運営にあたる教育研究システム課の配慮を得て、使用者が限定されるUnix端末のオープンパソコンルームでのUnix版のSPSSXを、データ分析のための情報環境として利用している。
 以上のように、私が担当する社会調査法からリサーチプロジェクトまでのすべての科目で、政治意識調査データを中心に調査の実施からデータ分析、分析結果の利用まで、政治学の専門教育での情報教育の応用を実践している。


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